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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第27章
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第4部27章『獅子の紅』4

 一行が到着した先は、海の見える高台だった。何処の国か知らないが、石造りのなかなか美しい建築で、降り立った先は篝火の焚かれているテラスだった。

 建物の中にもランプが灯り、テーブル席に着いている人間達の姿が見える。どうやらレストランのようだ。かなり客入りのいいところを見ると、同じ夜でも、まだ時間の早い地域に来たらしい。このような所に連れて来たのだから、おかしな相手ではないだろうと見て、フィンデリアもカルバックスも安心した。

 しかし、ヴォルトが案内したのはそのレストラン内部ではなく、到着したテラスをそのまま突っ切って進んだ先にある、人気の少ない展望台であった。月の光が海を照らしているのが眺められる場所である。しかも、その周辺には夜の街が広がっていた。高台にこんな店があるくらいだから、かなり大きな街なのではないだろうか。

「ここは?」

「チェリノバ王国の街です」

展望台には、マント姿の背の高い人物が1人いた。頭からすっぽりとフードまで被っているから、顔が見えない。しかも、こちらに気づいて向けた顔にはマスクまでしていた。目の部分は陰になってしまっているので、顔の部分は何も見えない状態だ。

 ヴォルトはその人物のことを、知人のマハルだと紹介した。そして自分は少し離れた所まで下がり、そこから見守った。カルバックスは役目上、フィンデリアに命令されなければ側にぴったりとくっついている。

「はじめまして。フィンデリア=ドラ=ミスラ=サルトルです」

その人物はフードもマスクも下ろさずに、優雅な物腰でお辞儀だけをした。手も出さないので握手をする気はないらしく、フィンデリアとも一定の距離を開けようとする。

 一体どういう人物なのだろうと、彼女は少々訝った。

「……マハルと申します。姫君」

それから、次の言葉を発するまで、マハルという人物は暫く彼女に見入っている様子だった。だからフィンデリアの方から始めた。

「どのようなご用件でしょうか?」

極々少量ではあるが、その言い方には《忙しいのだから早くしてくれ》という気持ちが込められていた。彼女との面会を望む者には、時々単なるミーハーな者がいたりするので、その手合いでなければいいと願った。この見た目からは、そのようなタイプではないと思われるのだが、解らないものだ。

 やがて、マハルは言い難そうな様子でこう発した。

「実は……サルトーリが陥落する際……私はあの城におりました。貴女が無事お逃げになった後のことは、あまりご存知ないかと思い……よろしければお話ししようかと」

フィンデリアだけでなく、カルバックスの表情も強張った。現場に生き残りがいなかったものだから、どのようにして、という詳細を2人は知らない。滅びた、という現実を把握しているのみだ。しかし、聞きたいのか、聞きたくないのか、正直2人にはよく判らなかった。生き残った者として、聞いておかねばならないという義務感だけは確かにあるが。

「あなたは……サルトーリの方ですか?」

「……いえ」

「では……救援に来て下さった他国の方?」

少し考えてから、マハルは「はい」と答えた。それで、この人物が躊躇する理由を何となく汲み取った彼女は、先にこう言ってやった。

「もし……現場を逃れたことを悔やんだり恥じたりしてらっしゃるのなら、それは無用ですよ。あの夜は凄まじいものでした。生き残られたのであれば、どうかこれからは他の人々の為に役立って下さい」

マハルは頭を伏せた。カルバックスも頷いている。滅びが必至であったあの状況下で、他国の者に街と心中せよとまでは言えない。しかし本人は罪悪感を背負って今日まで来たから、いつか姫に会い、話をしたいと願っていたのだろう。そうフィンデリアは思った。

「それで……どのようであったのですか?」

また少しの間を置いてから、マハルは語り始めた。

「私は……国王と王子達の最期を見ております。大変……ご立派なものでした」

フィンデリアとカルバックスは更にギクリとした。思わず肩が震えた。

「あの王室に……? では……私達が脱出した後で駆けつけられたのですか?」

「……はい」

フィンデリアは下ろしていた手を胸元に上げて、自然に組んだ。祈っても故人は帰らないのだが、そうせずにはいられなかった。そして息を呑んだ。

「まず王子達は、貴女が無事にお逃げになったことを喜び、後は戦いに専念されました。果敢に敵に立ち向かわれましたが、1人、また1人と剣に倒れていき……それでも誰一人、その場から逃げ出そうとしたり、命乞いをしたり、泣き出すような者はいませんでした。黒髪の王子などは、『残虐の輩に天の災いよあれ』と呪いの言葉を吐きながら絶命されたほどです」

それは長兄のエストラルだ。弟や妹達に優しいあの兄が、やはり土壇場では一番勇敢に第一王子らしく散ったのだと思うと、フィンデリアの胸は詰まり、涙が出ずにはおれなかった。

「そして全ての王子が倒れた後、最後に残った国王は1人、王子達の亡骸を見ながら敵将と向き合いました。衛兵も全て倒れ、国王を守る兵は誰一人いません。国王は訊きました。『何故この国なのか』と。敵将はこう答えました。『ある場所に一番近かったからだ。私が決めたのではない。全ては皇帝のご意志である』と。そして国王は言いました。『では、これが唯一の軍勢ではなく、これはその一部で、お前はその中の頭なのだな』と。敵将はそれに応じて、冥土の土産であるからと、皇帝軍の全容、その計画などを要約して説明しました。

 国王は笑いました。『何故、ヌスフェラートというものは常に侵略を試みるのか? それほどにつまらぬ土地に住んでいるのか』と。敵将は、『ヌスフェラートのことは解らない』と答えました。『では、どうして戦っているのか』国王は迫りました。『同盟関係にあるからだ』敵将は言いました。『それでは、この国の人間に何の恨みもなければ、この土地に興味もないのか?』『そうだ』

 一通り訊きたいことを訊き終えた王は、王座の方に歩いて行き、腰を下ろしました。もう城にも火がつき、垂れ幕や敷物も燃えています。

 敵将は言いました。『この国の流儀を知らない。首を取って野に晒すなど、死体を辱めるつもりは全くないが、自分でやるのと私がやるのとどちらが望みか』と。国王は『自害もせぬし、貴様にやられもせん。ここで城と共に逝く』と言いました。敵将は、王が魔法で逃げたりできぬよう杖を取り上げ、窓の外に放り投げました。そこら中が燃えているので、窓以外に脱出口はありません。そして、もはや脱出不能であると見極めると、敵将は出て行こうとしました。すると王は、最期にこう言いました。『私が死んでも、この国も、この国の魂も滅びぬ。人間世界もまた滅びぬ。それを思い知るがいい。皇帝とやらにそう伝えろ』と。『伝えよう』と言って、敵将は窓から飛び去りました」

まるで物語を聞くかのようだった。フィンデリアもカルバックスも呼吸を忘れてそれに聞き入り、涙を流した。燃える城と、その中に1人立つ国王の姿がそこに見えるようで、胸が詰まる思いがした。口振りといい、確かにあの父が言った言葉をそのまま伝えているのだということが解る。

 しかし、このマハルの言うことがあまりに細かいものだから、フィンデリアには別の疑問が浮かんできた。それでは、このマハルという人物は、そのやり取りを全て見ていながら、王を救うこともせずに自分1人王室から脱出したのであろうか? それら全てを見ていられたのは、傷を負って倒れ、死んでいると思われていたからなのだろうか? 敵将の退散を見計らって起き上がった時には、もはや王を助けることは不可能なほどに玉座を炎が取り巻いていたのだろうか?

「……あなたは……その時、一体どうしていたのですか?」

マハルは何も言わなかった。言い難そうに、何度も顔を上げ下げしている。

「決して責めはしませんから、教えて下さい。どんな状況で、それを見ていたのです?」

やがてマハルは、まず離れた所で成り行きを見守っているヴォルトの方に手を差し出した。手を出すな、というポーズだ。マントからようやく現れたその手がやけに大きいので、フィンデリアもカルバックスも驚いた。手袋をしているのだが、その下にある指はかなり太いのではないかと見受けられる。それが何に結びつくということより先に、このせいで握手しようとしなかったのだと2人は思った。酷い火傷でも負って、包帯でグルグル巻きになっているのだろうか。

 ヴォルトが頷くのを見ると、改めてマハルは2人の方を向き、話聞きたさにフィンデリアが詰め寄っていて距離が狭まっていたものだから、2、3歩後ろ向きに後退して間合いを開いた。何の為にそうするのか、2人には解らなかった。

「今語った、王子や国王の様子は全て真実です。ただ……私は、他国からの救援人員ではありません。貴女に今の話を落ち着いて聞いて欲しくて、素性を偽っておりました」

「では……あなたは……」

マハルはその場でマスクを下ろし、大きな手でフードも取り払った。暫く外にいたお陰で暗闇に大分目が慣れていたので、その姿がよく見えた。豊かな髪が夜風にフサフサとそよぐ。まるで鬣のようだ。

 ――――――いや。

 フィンデリアは息を呑んでそこに硬直した。全身に鳥肌が立ち、放電できそうなほどになる。ほんの一瞬だけ遅れてカルバックスもそれに続き、慌てて姫を引き寄せ自分が前になった。

 本物の鬣を持ち、左側の一部だけ三つ編みにして飾りを着けている、本物の獅子がそこにいた。紛うことなき、あの憎き獅子人だ。

 獅子人は2人にも同じように手を出し、待ったをかけるような仕草をした。それは同時に、彼の方では攻撃する意志がないことの表れである。だから2人はそのままそこに硬直し続け、フィンデリアはいつでも攻撃できるよう杖を構えた。

「獣王大隊長、ラジャマハリオンと申す」

彼は、そこで改めて優雅に深々と頭を下げた。そんな者相手に攻撃を仕掛けられるほど2人は残忍ではないので、相手が礼に適った振る舞いを見せるうちは、どんなに心乱されても必至で堪えた。

 どうりで背が高いわけだった。獣人というのは基本的に人間よりかなり大きな体をしているのだ。

 先日一度傷を負わせることに成功しているからだろうか。それとも先に他人と思って話をしたせいだろうか。フィンデリアは、復讐の炎が以前ほどの高みに達していないことを感じていた。敵なら、待ったをかけられても聞かずに攻撃を仕掛けていただろう。それに、先日の襲撃に対する報復に来たのかもしれないから、いずれにしても相手の出方を見る必要があった。

「……先日の一撃は見事であった。勇敢な姫に敬意を表し、父王と王子達の最期についてお聞かせしたいと思い、この場を用意してもらった。私の方の用件はそれだけだ。何をする気もない。もし……私との決闘を望むのであれば、それはいずれ別の日に受けて立とう」

思えば、この獅子王がこんなにきちんと話をするのを聞いたのは、これが初めてであった。先日の襲撃時に彼から聞けた人間にも解る言葉は、《話がしたい》だけだったのだ。

 こうして見ると、知能も高く、礼儀が発達して備わっていることも解る。相手のことがよく判らぬうちは上り放題に上っていた憎悪も、育ち放題に育っていた冷酷な化け物としてのイメージも、これによって少々覆された。

 攻撃を仕掛けられない自分のことを、臆病なように思ってしまうのだが、それでも、今ここで動くことはできなかった。

 フィンデリアは、声を震わせながら、やっとこれだけ言った。

「私は……決して皇帝軍に屈しません……! 勿論あなたにも……! 皇帝軍側につき、人間を攻め、我が国を滅ぼしたことを……いずれ後悔するがいい……!」

獅子人は、夜の中で獣らしく目を光らせ、その瞼をそっと伏せた。

「……ええ。しています」

また、フィンデリアは面食らった。獅子人には敵意がないばかりか、そこにしおらしくしている。今、目の前で起きていることがとても信じられなかった。

 それだけ言うと、「では」と言って獅子人はヴォルトの方に歩んで行った。

「いいのか? もう」

「ああ」

2人はそれだけ言葉を交わすと、ヴォルトが何やら意味ありげな笑みをフィンデリアに向けてから流星となり、彼方へ飛び立っていった。

 そこに残された姫と従者は、ただひたすらに呆然と立ち尽くしていた。

 今聞いたばかりの、愛する家族達の最期が胸に熱いのに、これはそれどころではなかった。

 サルトーリの滅びは一体何だったのか。自分の憎しみは何だったのか。そして、あの獅子は一体何なのか。若き姫を激しい混乱の渦が襲い、眩暈を感じて、彼女は展望台の縁に手をついた。

 カルバックスもまた、複雑そうな面持ちでそんな姫を気遣う。そして彼は思った。この若い姫は、ただでさえ生まれ故郷の滅びと家族の喪失、そして復讐の炎と向き合うことで苦しんでいたのだ。そんな中で、これは彼女にますます酷な思いをさせることになるのではないか、と。

 この姫がこれ以上命を捨てるようなマネを止めるきっかけになってくれるのであれば、それはありがたいことではあるのだが、彼女が今後どうするのかは、今は何とも解らなかった。

 ただ、心の整理をする前に1つだけ、しておかなければならないことがはっきりしている。

「……デリア様。落ち着きましたら、急ぎパンザグロス邸に参りましょう。警告せねば」

「……ええ、そうですね。カルバックス」

あのヴォルトという男は、只者ではない。人間の姿をしているが、正体は人間ではないのかもしれない。そんな人物とあの夫妻は話をしていたのだ。知らせておく必要がある。

「もう少しだけ……休ませて」

姫はそう言い、月に輝く海と夜の街を見続けた。

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