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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第26章
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第4部26章『時空回廊』3

 あれは、まだヴァイゲンツォルトのエングレゴールの領地で暮らしていた頃のことだ。本当の母親は既に死んでいると父に知らされ、ボンヤリとだが会ってみたかったものだと思った。

 そんな折、本邸内の大書庫で適当に書物あさりをしていた時、一冊の本が目に留まって中を見てみた。時間に関する研究の本で、章題の中に過去を見る方法についての項目があり、そこを開いてみると、それがいかに難しいことであるか、ということが書かれていたのである。面白そうだから彼はそのまま読んでみた。

 時というものは、魔法で操るのもなかなかに困難なものである。精神状態によってその者の時間が多少変化することはあるし、加速魔法や減速魔法もある。時を蓄えておいて、後で使う魔法もある。極稀に、竜時間というものを使う者も生じる。

 だが、これらは皆全て流れ行く時の速度に加減速などの変化をもたらしただけで、逆行させたり、過去のある一地点を再現したりすることはできないのだ。つまり、過去を操作することは非常に難しい。特に魔法では、それを実現可能にする方法は今の所ない。

 精神や心は過去に飛ぶことができたりする。いわゆる直感といったものが、過去に起こった出来事を感じ取り、場合によってはその情景を脳裏に見せたりすることなどによって知ることはできるのだ。

 しかし、これはあくまで過去に起こった出来事を記録している書物を読むようなもので、閲覧でしかない。それも、鮮明な像の再現などを恒常的に可能にする方法はやはりないので、過去については、ほぼ手が出せない状態なのである。

 そこまでの知識は、彼も既に持っていた。だから、母親がどのような人であったかを知ろうとしたら、肖像画を探すか、自分の心がその過去を見ることを期待するぐらいしかないのだと思って、何となくそれらを試してみたのだが、どちらも結果は捗々しくなかった。

 夢に出てこないかとも思うのだが、それも叶わなかった。

 ところが、その本にはそれ以外の方法のことも少し書かれていたのである。なんでも、竜族の中には時を渡ることができる者もいて、それに連れて行ってもらえば過去に行けるらしいという伝説や、辿り着ければそこで過去に行かせてくれる遺跡があるという言い伝えだった。

 竜のことは本当かどうかも判らぬ伝説だから期待できないとして、もう一つの方に彼は着目したのだが、何故かその部分の記述は驚くほどに誤記が目立っていた。所々文字が抜けていたり、明らかに適当ではない言葉を使用したりしているのだ。これは、作者が手書きしている原本であるので、転写時のミスではない。真実を隠そうとして暗号化したのかと最初は思ったくらいである。

 そこで、書庫の管理担当を呼んで訊いてみると、ただの書き間違いではないかと言った。そして一度はそう言ったものの、もう一度本を見てから、今度は《何処が間違っているのか?》と逆に彼に尋ねてきた。だから彼は大いに面食らった。この屋敷の者は誰も彼もが大真面目で、ふざけたり、彼をからかったりということがない。そんなことをすれば、ゲオムンド=エングレゴールにたちどころに殺されてしまうだろう。この管理担当も本気でそう言っているのだ。

 そこで彼はその本を持ち出し、他の幾人かにも見せたのだが、学識のあるどの者も同じように誤りを見つけられなかったのである。

 彼はそれで、世の中にはこのように不思議なことがあるのだろうか思い、きっと何かの呪いで他の人々にはこの誤りが見えないのだと考えたのだった。他の人々は、遺跡に関する記述そのものが何処にあるのか見つけられないようだった。他については、問題なく読めているのである。誰もがそのような結果となり、自分だけは相変わらずその記述を読めていた。だから、自分がおかしいのではなく、自分だけが偶々、何故か、それを見ることができているのだと考えたのである。

 エングレゴール家所蔵の本なので、血筋の者しか読めない制限魔法でもかかっているのかとも疑ったが、管理人に確認したところでは、そのようなものをかけた所蔵はかつてないとのことだった。エングレゴール家の財産は、侵入者や盗難に対する対策を過剰に施して厳重に守られているので、財産個々に何らかの制限をかけることはないそうなのだ。過去にそのような命をゲオムンドから受けたこともないし、話に聞いたこともないという。

 この点においても管理人が嘘をつくことはないと思っている彼は、もしエングレゴール家専用の制限魔法がかかっている可能性があるとすれば、ゲオムンド本人がこっそりとかけた場合だけのようだと考えた。

 だが、本の内容と該当の記述を見る限りでは、これを人々から隠す理由がゲオムンドにあるとは思えなかった。だから、血筋のせいで読めているわけではない可能性の方が高いようだと彼は思っていた。

 当時はこの謎を面白く思ったが、母を見てみたい欲求はそれ程ではなかったので、この事はそれ以上の進展を見せず、そのうちに忘れてしまったのだった。

 しかしその次、父であるゲオムンドに地上世界へと連れて来られて、地上宮殿で母のことを改めて教えられ、それがエルフであると知った時、母に対する憧れが強まり、心の中で大きく膨らんで、彼はあの本のことをまた思い出した。

 そこで、せめて過去に生きる母の姿だけでも見られないものかと、改めて時に関する文献を探したり、研究者に会ってみるなどして調べ始めたのである。勿論、姿を隠す為に地上世界に来たのであるから、他の者と会うときは変化してゲオムンド似の顔は全く作り変えていた。

 そうして、ある研究者と会った時、彼は謎の遺跡について少々語れる者に行き当たり、このようなことを聞けたのである。

 語れない、と。

 その人自身、彼が訪ねて来て訊くまでは、すっかり忘れていたようで、急に思い出した様子だったのだが、それでもあやふやで、思い出したりまた忘れたりを繰り返した挙句、どうにかこうにかある本に挟んでいたメモを取り出し、彼に渡したのだ。その後は何を話していたのかも忘れてしまい、二度と記憶が甦ることはなかった。

 見た目も話しぶりも正常で、十分に頭のはっきりした人であったから考え難いとは思ったが、念の為、頭が少し鈍くなっている可能性もあるかと思い、それを周辺の人物に確認してみた。誰もが、その人を正常だと言っていたので、どうやら先程の一時だけの症状らしい。認知症、妄想、幻覚症状、記憶の混濁などが普段からあるわけではないようなのだ。

 今思うと、あの研究者があの一時だけ思い出すことができたのは、自分に情報を渡すよう運命が仕組んでいたからだったのではないかと思う。

 そのメモには、例の本では間違いだらけだった情報が少し修正されて記述されていた。遺跡は竜王国の奥地にあるということ。そして竜人が番人をしているということだった。

 これだけではまだまだ情報が足りず、彼は文献と人物双方から情報を得るべく活動を続けた。そうして断片的に、細々と謎の遺跡について追加情報が入り、徐々に全容が象られていったのだった。

 しかし、明らかになるにつれて、そこに辿り着くことがとても困難で、命の危険に満ちていることが判っていた。そこまでして実行したいかというと、まだ情熱がそこまでに高まっていなかった。できることなら過去に行って母が死んでしまう病をどうにか治してやれないものかと願っていたので、過去を見ることしかできないとの情報しか得られていない今の時点では、尚のこと動機が弱くなってしまうのだった。

 やがて、父から母が実は生きていたことを知らされ、それが今度こそつい最近死んでしまい、双子の片割れが行方不明になってしまったことを知らさせてからは、彼は双子のことばかりにかかりきりになってしまった。実際に会えてからは、もう彼女に夢中になってしまい、物事の優先順位がいろいろとガタガタ並び変わって、彼は彼女を見守ることに全精力を注ぐことになった。

 遺跡のことは頭の片隅にはあるのだが、以前ほど熱心に調べなくなったので、新たな情報は仕入れられずにいた。

 双子を見てからは、それによく似ているという母のことを改めて見てみたいという思いも強まり、そして双子の成長速度に問題があると判明してからは、再び過去に行って母や彼女の治療に手を貸せないかと考えるようになった。

 そこで情報収集を再開したところ、実に有用で貴重な新事実を彼は知ったのだった。遺跡では、実際にその過去へ行くことができる。そこでの干渉を禁じられはするが、それを承諾するフリをして現場に行ってから実行してしまえばいいのだと。

 そう言い伝わっているのならば、過去にそれを行い、しかも生還した者がいるということなのだ。

 何だ。成功している者がいるのではないか。彼はそう思った。

 だが、まだ生命の危険を冒してまで行くような必要には極まっていなかった。自分がもし失敗して死んでしまえば、双子を守る者がいなくなってしまうのである。

 だから彼は、手に入れた情報をただ保存していたのだった。今日まで。

 これまでに出会った情報提供者の中には、かつて現場に行った者がいるのかもしれない。だが、誰も自分がそうだとは言わなかった。忘れてしまうのか、隠しておきたい理由でもあるのか。

 しかし今、彼は遂にこの遺跡を訪れるべき時が来たことを悟った。生命の危険など、問題ではない。重要なのは、実行できるか、果たせるか、なのである。

 光線の乱舞が終わると、ある1つの扉だけが隙間から光りを漏らした。

『さあ、あの扉だ』

番人の導くままに、彼は扉のある高さまで飛天術で上昇し、目の前で滞空した。番人も宙に浮いている。

 そして番人が扉の取っ手に手をかけ、それを手前に引いた。

 その向こうは、この空間より更に眩しい光で満たされていた。そこに、番人から先に入る。噂通り、行動の監視役として同行するつもりのようだ。彼は一呼吸して心の準備を整えてから、その光の中へと入って行った。

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