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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第25章
196/378

第4部25章『奇跡の護り』11




 白




 白い 霧




 白い 雲



 深い


 一面の


 白



 上も下もなく

 深い山の中で乳白色の濃霧に包まれたような

 足元も見えず

 何も周りには見えない

 一面の 白

 白いけれど

 暗い世界

 霧のすぐ向こうには暗黒の世界が待ち受けているような

 白いけれど

 怖い世界


 その中に 小さな 泥だらけの少女が蹲っていた

 髪は汚れでバサバサになり

 体は餓えで痩せこけている


 そして 泣いていた

 身も世もなく 心細そうに


 ドウシテ ナイテイルノ?

 霧が訊いた


 お兄ちゃまがいないの

 少女が答えた


 ドウシテ イナイノ?


 わからない

 どこかへ行っちゃったの


 ズット イッショダッタノ?


 一緒だと思ったの

 迎えに来てくれたんだと思ったの

 でも……いないの


 ……ソウ マイゴニナッタノネ

 アナタノオニイサンヲサガシテ……


 少女は再び泣いた


 アナタガミタ オニイサンハ マボロシヨ


 まぼろし……?


 エエ アナタガソレヲズットノゾンデエイタカラ……

 トテモトテモツヨクノゾンデイタカラ……

 ソレヲミテシマッタノヨ


 少女は顔を上げた


 お兄ちゃまは……いないの?


 ……ココニハネ

 ゴランナサイ


 霧がそう言うと 辺りは次第に晴れていき

 視界が広がり 景色が見えた

 山の高い所にいて 雲が流れ消えていくようだ

 そして所々に霧のかたまりを残しつつも

 周囲が見渡せるようになった

 近くにも 遠くにも 青い山々が連なり

 足元には丈の低い草花が色とりどりに咲き乱れ

 目の前には 大きな 鏡のような湖が広がっている

 全ての色が生き生きとしており

 そのどれにも汚れがなかった

 そして輝きを放っていた

 少女がその湖の遠い遠い対岸を見ると

 そこに 湖の中で一番輝いているものがあった

 まるで星がそこにいるようだった

 木陰に立つそれは 1人の女性だった


 ここには あなたのお兄様はいません

 呼んでごらんなさい

 探してごらんなさい

 きっと 来ないから


 少女は力の限り 兄の名を呼んだ

 この世界はとても穏やかで静かで

 果たして少女とその女性以外の者は

 姿を現さなかった


 ほらね?


 お兄ちゃまはどこなの?

 知っているの?


 かわいい子

 ずっと探していたのね


 どこなの?


 対岸の女性は手招きをし

 足元の湖水を指差した


 見てごらんなさい


 少女は岸に近づき 水面を見た

 湖水は透明でとても深く

 底にいくほど明るく光っていた

 水の中には もう1つの世界があった

 傾斜の多い港町がそこにある


 ここが何処だか わかる?


 お兄ちゃまと……ここに来た


 そうね でも……それだけかしら?


 対岸の女性がそう言うと

 水の中の世界がグッと近づいた

 今度はそこに 桶を手に歩く老婆が映る


 これは誰?


 ……リラばあ


 街角を走っていく子供達


 これは?


 ……お友達


 朗らかに笑う港衛兵達


 これは?


 ……仲間


 白馬を駆る老兵士


 これは?


 ……ジェラード国軍隊長様


 高座の老夫婦


 これは?


 ……王様と王妃様


 敬礼する国軍兵達


 これは?


 私の……部下


 ふと気がつくと

 少女の姿は成長していた

 小汚い服から 鎧甲冑姿に変わっている


 これは?


 次々と映し出される人々の姿

 それらを全て知っているということが

 彼女にゆっくりと 今を思い出させていった


 森の仲間達

 アイアス

 リラばあ

 デルフィーの子供や教師達

 デルフィー港衛兵

 トライア国軍

 軍隊長に国王夫妻

 数百 数千の兵

 白い馬

 戦った敵達

 異国の友人達

 異種族の仲間達

 白い竜

 黒装束の竜騎士


 光の雫が頬から零れ落ち

 湖面にその光の波紋を広げていった


 ……思い出しましたね

 あなたは いつまでもこんな所にいてはいけません

 そうでしょう?


 ……はい


 あなたにとってお兄様がとても大切であるように

 ……ほら、あなたを探して心配している者が

 こんなにいるのですよ


 暗い部屋が映る

 ベッドを囲んで 見知った者達が首を落としている

 ベッドに横たわり 眠っているのは……


 あれは……私


 ええ そうですね

 やっとわかりましたね


 ようやく気づき ハッとして対岸を見ると

 その女性は彼女に向かって優しく微笑んでいた

 白くて長い衣を纏い 虹色の光の輪を頭上に輝かせている

 温かな眼差し

 遠い昔に聞いたような気がする 透明な声

 日々鏡の中に見ていた自分がそこにいるようで

 でも別人だと判るその姿


 あなたは……


 生きていれば いつかきっと再びお兄様に会える日が来るでしょう

 彼はここにはいません

 あなたが今ここにいるように

 彼も一度は滅びましたが

 あなたと同じように彼も甦るのです

 でも……あなたはもう

 お兄様なしで生きてゆかねばなりませんよ

 待ち続けることは もうおやめなさい

 あなたには……大切な人が

 こんなに沢山いるのですから


 湖の中に映る暗い部屋

 ベッドに横たわる自分の姿

 その傍らには 嘆き悲しむ者達の姿が……

 申し訳なく思う気持ちがふいに募る


 対岸の女性は 空を撫でるように手を振った


 さぁ おゆきなさい

 早く彼等を安心させておやりなさい

 そして あなたと 彼等の未来の為に生きなさい

 可愛い……私のソニア


 光の飛沫が風に乗って流れ 湖に降りていく

 その波紋が水面をさざめかせた

 温かな風と清い光の粒がそこかしこに舞い

 彼女をも包んで清め 勇気づけていった


 お母様……


 対岸の人は 手を振りながら 深く頷いた

 行け とばかりに


 あなたの道の茨に負けぬように

 私はいつでも あなたを見守っていますよ


 湖が遠く2人を隔てていたが

 2人はそれ以上近づこうとはせずに

 ただ 優しい風を送り合った

 光の粒を乗せた風が 長い髪を掻き撫でていく

 それは風による抱擁だった


 ……ありがとう エア母様

 私は……行きます


 鎧武者は岸から進んで水の中へと入っていき

 ゆっくりと前進を続け 体を沈めていった


 さようなら

 可愛い ソニア


 互いに微笑みを交わし

 それを最後に

 彼女の姿は水の中へと消えていった


 岸辺の女性がそれを見届け 木立の中に戻っていくと

 また 白くて深い霧が辺りを覆い始め

 山々も 草花も 木も湖も その中に隠してしまい

 白い世界だけが

 そこに残った




 幾つかの光の球が彼女を先導し

 彼女が道に迷わぬよう 列になって道を示した

 口を開けるように ぽっかりと浮かぶ 他の世界から

 彼女の行く道を阻もうとする 姿なき者や

 好奇心で覗き見る 大きな者の影が現れ 道を陰らせたが

 光の球は彼女を守るように寄り集まって包み

 彼女が戻るべき世界へと導き 守った



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