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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第25章
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第4部25章『奇跡の護り』9

 何食わぬ顔で城に戻ったセルツァとディスカスは、その後の軍務を実によく切り盛りした。帰りの道すがら打ち合わせはできていたので、予定された行動だけを順にこなしていった。

 まず、近隣の町で起きた事件は軍隊長を付け狙い、誘き出して戦おうと町の破壊を始めた挑戦者だったということにした。刺客ということにしなかったのは、力の程を見たら退散して行ったという結末に合わせる為だ。とにかくそういうことにしないと、彼女が外出した先で事件が起きたことがあまりに不自然に見えてしまう。

 ヌスフェラートの戦士が挑戦してきたが、軍隊長の実力を見るや退散、このシナリオは人々をおそれさせるのと同時に興奮させた。何しろ、その後で当の町から入ってきた被害報告によれば、家屋の破損や多少の負傷者は出たものの、奇跡的に死者はゼロだったのである。さすが軍隊長、守護天使、ということで民の意気は上がった。

 偶然彼女が側にいたが為にとばっちりを受けてしまった不運な町については十分なケアを約束し、王の指示にもよって早急な治療部隊と家屋の修理部隊の派遣が成された。

 このようにして、置かれた状況の中ではかなり最善を考慮した対処をした2人であったが、どうしても一部の人間の疑念と不安を拭うことはできなかった。王もそれを理解していた。

 テクトでの勝利以来、刺客が来て壮絶な戦闘が発生したし、今度は町が破壊された。彼女がいることは大変に心強い反面、いるが故にこのような事件が起きることもある。刺客の時は森が戦場になったから一般市民は巻き込まれずに済んで良かったようなものの、もし都などであの戦いが起きていたら大変なことであった。今後また、いつ何時そのようなことがあるかもしれないのだ。

 国そのものへの侵攻に比べれば小規模であるとは言え、おそろしいものはおそろしい。彼女がいた方がいいのか、いない方がいいのか、正直迷ってしまう。だから手放しで喜べない。そんなわけで、今回の出来事はどうしても彼女にとって不利な影響を底辺にもたらした。

 部隊の派遣と報告と指示を繰り返し、その後いつも通りの軍務をこなすと、今日は予期せぬ戦闘でとても疲れたから、とはっきり申し出て、セルツァはソニアの部屋に引き籠ろうとした。皆もそうしろと言ってくれたので、心置きなくセルツァとディスカスは日没後に部屋に向かった。

 肝は座っている方のセルツァであったが、彼こそ激しい戦闘と心労の後にこの神経の遣いようで大いに疲弊していたので、本当に休息したかったところだ。ディスカスも同様にグッタリとしている。

 2人はソニアの部屋の前まで来ると、溜め息をついて一緒に部屋に入っていった。

 この様子を、陰から窺っている者があった。2人が城に戻ってから、いつもと比べてやけに口数の少なかった近衛兵隊長、アーサーである。

 ディスカスは、この近衛兵隊長を騙し納得させるのが一番困難であろうと踏んでいたので、いざ城に入り、2人の帰城の知らせに飛んできた彼が、あまり事件のことを根掘り葉掘り聞かずにすぐ引き下がったので、とても拍子抜けしていた。「そうか、無事で良かった」の一言でその後は離れてしまい、セルツァがその後の処理に追われている間は一度も邪魔をしには来なかったし、今日はもう休みたいという申し出にも、「わかった、ゆっくり休め」と笑顔ですんなり承諾したのである。

 ディスカスはそれで大いに安心したのだが、それはまだ人の心に通じていない彼の未熟さが成せる誤算であり、誤解であった。アーサーの事をまだよく知らぬセルツァも、彼が普段と比べてどう違うのかなど解らず、気が回らなかった。


 ソニアの部屋に入った2人は、内側から鍵を閉めて覗かれないようにすると、すぐ仕事に取りかかった。

 まず、ディスカスの部下の知らせでルークスが予定通り南側に面した森の中に潜んでいることが解っていたので、いつソニアを渡されてもいいようにディスカスはベッドのチェックを始めた。女官が既に整えていった後であるのだが、それでも枕の位置や上掛けの状態などを神経質なまでに調べていく。宮殿のガルデロンには敵わないまでも、彼の世話焼きもなかなかのものであった。

 セルツァは軍隊長姿のままで部屋を暗くし、ランプを手にテラスへと出た。今度はディスカスが一旦そこから消え、森の中で待機していたルークスの前に出現し、自分の肉眼でソニアが無事であることを確かめると、あのランプの明かりがテラスの位置であるとルークスに示した。セルツァが宙に円を描いたので、それがよく判る。

 ルークスはそれを頼りに、彼女を腕に抱いたままヒラリと飛び上がり、城壁の幾つかのポイントを蹴るだけで軽々とテラスに舞い下りた。

 セルツァは人に見られぬようランプの光を手で隠し、少ない光の中でソニアが無事であることを確かめると、ルークスに頷いて見せた。

「……ご苦労だった」

セルツァはランプの炎を弱めて足元に置き、軍隊長姿のままで腕を差し出してルークスからソニアを受け取った。ルークスは慎重に差し出し、セルツァも大事そうに預かる。

 セルツァは腕の中で眠り続けるソニアの姿を暫し眺め、複雑な思いで彼女の重みと温もりを感じた。過去と現在と、昼間見たエアの姿とが交錯する。

「いいぞ」

そうしていると、いつの間にか別ルートで部屋に戻って来たディスカスから声がかかり、セルツァは部屋に入って彼女をベッドに横たわらせた。そして胸の上で手を重ねさせる。

 ルークスは部屋には入らず、テラスの暗がりから彼女の寝姿を眺めていた。ディスカスは、彼女を寝かせた後も枕の位置にかなり拘り、ようやく納得がいくと上掛けを腰の辺りにまでゆったりと被せた。

 セルツァは立ったまま彼女を見下ろし、ディスカスはベッド脇に椅子を運んできて監視員のように座り込んでジッと凝視し、ルークスはテラスの柵に腰掛けて夜風に当たりながら、今度は下方に広がるミラル湖に映る街の明かりに目をやった。

「夜までには何とかならないかと期待していたんだが……ダメか。これでは、いつ目覚めるか見当もつかないな」

セルツァは溜め息をついた。この通り、ソニアには全く変化が見られない。

「魂が戻ってきていないのだとして……この状態が長く続くと何か支障はないのか?」

「……わからん。無いということはないだろう。通常……魂抜けの術を行った者は、一定時間の間に戻れないと良くないと言われている。肉体に入り辛くなるという説もあれば、肉体という制約を離れた世界の方がずっと楽だから、望んでそのまま、あの世に行っちまうという説もある。彼女の場合は術で魂抜けをさせたわけではなから、必ずしも当てはまるわけではないだろうが……。まぁ……あまり続くのは決して良くないだろうな」

「……何か手はあるか? 私はこの辺のことはさっぱりだ」

「経験はないが……できる限り調べてみるつもりだ」

魔術や神秘に通じているセルツァのことを、既にディスカスはかなり信頼している。自分の属する世界の知識では、このような時の対処方法など全く解らないので、このエルフだけが頼りだった。

「暫くこの部屋に他人は入れられないな」

「しかし……入れない訳にもいかないぞ。食事はここでしているんだ」

「そうすると、場所を変えなければならんか……」

「……何処に?」

セルツァは無言で悩んだ。背後のテラスにいる男にこれ以上彼女を任せたくはないし、実は訳あって今はエリア・ベルに連れて行くこともできない。

「何とか応援を頼んでみるか……」

セルツァがそう言った時である。ディスカスの頭に部下からの報告が入った。近衛兵隊長が来る、と。今、取り合ってはいられないし、部屋には鍵がかかっている。返事をせずに眠ったと思わせた方がいいだろうと判断し、彼は無視した。だが、これも誤算だった。

 ノック音。セルツァはチラリと扉とディスカスを見た。ディスカスは掌を見せてジッとするように示す。

 やがて、ドアノブを回す音がした。鍵がかかっていることが解ると、音は途絶えた。

 そしてコツコツと離れていく足音がしたので、去っていくのだと思い、彼等は安心した。

 実は部下は、セルツァとディスカスがこの部屋に入る際、アーサーがその様子を盗み見ていたことを特に報告していなかった。それが危険である、という認識がなかったからである。軍隊長と従者が部屋に一緒に入って鍵をかけるなどという異質な行動を目撃されていることの危険性は、ボスであるディスカスに情報が届いて解析できてこそ判断できるものだった。しかしこの時は外にいるルークスとソニアに付けた監視の方に神経を集中させていたものだから、ディスカス自身も他のことに気が回っていなかったのだ。

 その足音はたった5つで止まった。

 そして次の瞬間、鍵のかかった扉が蹴破られ、バアンという大きな音を立てて開き、壁に勢いよくぶち当たって震動した。ディスカスは椅子から転げ落ちた。

 ズカズカと入り込んできたアーサーが全てを目撃したのは、そのすぐ後だった。セルツァも、転がり落ちたディスカスも、そこに固まったままギョッとして彼と目を合わせた。

 ランプの明かりを少々弱めに灯している薄暗い部屋の中、ベッド脇にディスカスが転がっており、まだ鎧甲冑姿のままである軍隊長は反対側の脇に立っている。どちらも目を見開いてアーサーを凝視していた。テラスにはもう1人の人影が見える。

 そしてベッドに横たわって目を閉じているのは、ソニアだった。

 2人のソニア。

 アーサーは、そこに立っている者と、ベッドに横たわる者とを何度も見比べ、鼻息だけは荒いものの、実に冷静に、声も上げずに目だけで状況を把握した。

「これは……お前が説明をすべきなのかな……? ディスカス」

ようやく、搾り出すようにして言ったその声は、怒りで僅かに震えていた。

 するとそこへ、今の大音声を聞きつけた者がやって来る足音がしたので、セルツァが慌てて部屋の外に出て行き、戸を閉めて部屋の外で説明した。何でもない、物が倒れただけだと聞いた女官は、心配そうな顔のまま「そうですか」と立ち去っていった。

 セルツァが今日何度目かの溜め息をつきながら部屋に戻ると、そこではもうアーサーがベッド脇にしゃがんで、眠るソニアの頬を撫でていた。

 扉は鍵が壊れただけで、蝶番に異常はないようだったので、セルツァは簡単な呪文でそれらを一瞬で直した。そして改めて扉を閉め、鍵をかけた。

「参ったな……」

その声はもう、ソニアのものではなかった。

 アーサーはこの異常な状況においても騒ぎ出さず、他には一切目もくれないでソニアの寝顔ばかりを見つめている。セルツァはディスカスと目を合わせた。どちらも弱り顔だ。

「……彼はこの方の事情を殆ど知っている。説明して納得してもらうのに、それ程手間はかからないだろう」

ディスカスがそう言うと、セルツァは「そうか」と応えて、その場で変身術を解いた。奇跡の護りも魔法で生み出した虚構であったから、薄らと光る霧が発生してそれが彼を包んでから消えると、そこには元の旅装束のエルフだけが立っていた。

 アーサーはこの時だけチラリと彼のことを見た。そして言った。

「……エルフの助っ人が来ていると彼女から聞いていた。それがあんたか?」

確かにディスカスの言う通りだと悟ったセルツァは、取り繕うこともせずに真顔で頷いた。

「……そうだ。私はセルツァ。彼女の故郷の村から遣わされた。今、ここにいる者は皆、彼女を守ろうとしている者だけだ。まずはその点だけ理解して、安心してもらいたい。今のこの状況については……これから私とディスカスで説明しよう」

2人はそれぞれに伏せておきたい事情があるので、それらを避けたことだけを述べ、今日起きた事件のことを説明した。セルツァが言い、ディスカスが補足し、今度はディスカスが説明すると、それをセルツァが補った。

 どのような経緯でそうなったのかは知らないが、知り合いらしいヌスフェラートの男が彼女の外出先に現れて口論となり、やがて戦いに発展してしまったのだと。そしてヌスフェラートの男は人間の町を破壊して彼女への見せしめにしようとしたのだが、彼女が身をもってそれを防いだので、被害は最小限に食い止められ、事無きを得たのである。

 しかし、その後に厄介な問題が生じてしまった。

 アーサーはとても難しい顔をして目を伏せ、大きく鼻息をついた。

「まさか……死んだのか?」

守護者として、セルツァもディスカスもそれを言うのには大きな屈辱と敗北感を味わうことになった。

「……言い難いことだが……そうだ。一時的にはそういうことになった。だが……奇跡的に一命は取りとめている」

アーサーは、彼女がまだ身に着けている軍服の裂け目に気づいていた。左肩から大きく切り裂かれている。彼は上掛けをそっと持ち上げて、その裂け目がどこまで達しているか確かめた。腹部にまで続いている。何かに引っ掛けてできた鉤裂きとは明らかに違うものだ。今は体のどこにも傷が見当たらないが、この裂け目が、どんな傷を負わせたのかを物語っていた。想像するだけでおそろしくて、アーサーは震える溜め息を零しながら、目を閉じた。

「……ディスカス。そのヌスフェラートとやらだが……例の双子か?」

「い、いえ。そうではありません。全くの他人で、別の事情のようです」

知り合いのヌスフェラートと聞いて、アーサーははじめ双子が遂に来て戦いになったのかと思った。だが、ディスカスが否定するのであれば違うだろうと思い、それならば誰なのか、全く見当がつかなかった。

 しかし、今そんなことはどうでもいい。一番重要なのは彼女の容態だ。

「……彼女はなぜ起きないんだ?」

それを説明することもまた、セルツァにとっては非常に心苦しいことであった。勿論、死の宣告をするよりはずっとマシであるが。

「肉体には何ら問題がないんだが……ずっと意識がないんだ。どうやら……彼女の魂がまだ戻ってきていないらしい。そうとしか思えないんだ」

アーサーは彼女の手を取り、己の額に当て、俯き、震えた。何があったのかは、まだ解らない。だが、昨晩のことが思い出され、彼女がこのことを予感していたのだと知り、やるせない気持ちになった。

 ここ数日、彼女はおかしかった。皇帝軍に対する漠然とした恐怖の為にそうなっていたのではなく、何か別の、れっきとした原因があったのだ。何かに心痛め、ずっと1人で苦しんでいたのだ。

 どうして、どうして……自分に打ち明けてくれなかったのか。それを思うと悔しい。彼女に任され託されたのはこの国であって、彼女を守ることは期待されなかった。自分にはその力がないと思われていたのか、それとも、決して人には話せないような彼女の闇がそこにあったのか。いずれにしても、彼の落胆は大きかった。

 あれ程苦しんでいた彼女が、昨晩あんなに落ち着いて自分に言葉を残せる状態になるまでには、一体どれだけの苦労をしたのだろうと思う。こんな事が起きることを覚悟していて、あんな風に笑っていたなんて。彼女が労しくて仕方がない。

 何があったのか聞きたいのに、彼女はこの通り死んだように眠っている。

 どうして…………

 セルツァはアーサーの嘆き様を見守りながら、密かにこの人間の目に感心していた。魔術師としてのプライドを少々傷つけられたものの、一体どこで自分の変化に気づいたのだろうと思ってしまう。魔術師同士でさえ、見抜くことはなかなかに難しいのだ。卓越した者の変化は。

 彼女が素晴らしいからこそ、自然と優れた者が身近に集まるのかもしれない。そう考えると、なかなかにこの人間は侮れないと思った。

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