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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第25章
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第4部25章『奇跡の護り』4

 いない! 彼は何処へ?!

 ソニアは再び家屋の屋根に乗り上がり、辺りを見回した。ソニアがどうしても邪魔をするから、彼はセルツァと戦うのを一時中断して本来の目的遂行に切り換えたらしい。気配を感じると思ったら、向こうにある国教会の高い尖塔の上に彼の姿を見つけた。そこから町を見下ろしている。

 その時、数軒離れた小さな家から若い男が飛び出してきた。弟らしき少年の手を引いている。最初の爆音からずっと腰を抜かしてでもいて、逃げるのが遅れたのだろう。少し音が止んだから、逃げ出すのは今だと外に出たのだ。

 だが、今は物凄くまずい。

 それを心配した瞬間、ほんの一瞬だが、尖塔の上の彼とソニアの目が合った。悪鬼はニヤリと笑った。

 しまった!

 しかも、2人の後から腰の抜けた妻を支えて父親らしい中年男性までが出て来た。

 ああ! 彼等はこの瞬間の危険を全く解っていない! 知りようもない!

 今この時、セルツァも普段首に下げている謎のリングを手に抱え、呪文詠唱を始めているが、とても間に合いそうにはなかった。

 ルークスが鎌を振り上げた。

 この瞬間、竜時間でもないのに、彼女の時間はおそろしくゆっくりと流れた。まるで世界全体がスローモーションになってしまったかのように。

 どうしたら彼を止められる?! あの家族を助けるのだ!

 剣を取れ! 渾身の力でありったけ振るい、風を集めて刃にし、全て彼に叩き付けるのだ! そうすれば、きっと彼の腕は止まる。きっと彼は死ぬ。

 手にした精霊の剣が、急かすように光を増していった。

 彼が死ぬ? 嫌だ……! 殺すなんて嫌だ……!

 それじゃあ……私はどうすればいいの?! 彼の手を、あの武器を永久に止めるには!

 ふいに、世界は暗くなった。彼と彼女だけがその中で星のように光っている。そして、2人を結ぶ空間だけが生き、そこに一筋の光が走るのが見えた。彼女の目にだけ、それは確かに映った。

 ソニアは剣を手放した。

 目の前に輝く光の筋が道標となり、彼女はもはや迷わなかった。

 剣は煌きながら屋根の上を弾み、地に落ちていく。ソニアはそれよりもずっとずっと速く飛んだ。風の力が、彼女に奇跡のような速さを与えた。

 ルークスは見せしめとして、彼女の前で惨劇を披露しようとしていた。己の決心と、復讐の力を知らしめる為に。彼が振り下ろす鎌が放とうとした圧倒的破壊力の刃は、奇しくも彼の最終奥義であった。

 闘気と魂を込めた鎌は、今まで以上に力強く鋭く宙を斬った。

 ――――――――が、それは振り切られずに中途で止まってしまった。何かを斬り裂き突き破る感触と共に。

 血飛沫が彼の顔に飛び散る。

 呪文詠唱をしていたセルツァ

 やっとここに辿り着いたディスカス

 そして何より、今、正にそれを目の当たりにし、感触を直に知り、凶器の柄を伝い流れてくる液体の生温かさを感じるルークスには恐怖の瞬間だった。

 鎌は、

 この距離では間に合うはずのない、有り得ない対象を貫いていた。ソニアの体を左肩から深く裂き、腹部に至って完全に貫通している。柄ごと、串刺しになっているのだ。

 彼の最高の技を受けた体は、見事な鎧さえもズタズタにされて、その下の生身の部分を激しく損なっていた。

 普通なら即死なのに、彼女はそれでも両手でその柄を強く握り、まるで自分に引き寄せようとするように力を込めていた。

 おそろしさのあまり、ルークスは手を離した。

 すると彼女の膝がガクリと折れ、そのままそこに座り込み、彼女は尖塔の上に立つトライアスを模した女神像に寄りかかった。

 彼女の目は薄く開かれ、涙に埋もれていた。そして次々と溢れ出る血が細い川となって、幾筋も尖塔の屋根を滑り、流れ落ちていく。

「…………るして……」

彼女の口から、言葉が小さく漏れた。それと共に血も流れる。

「……もう…………やめ……」

恐怖に震え怯えながら、ルークスはそこにヨロヨロとしゃがみ込んだ。

「……ソニア…………ソニア……」

すると、血塗れの彼女の手が、弱々しく彼に向かって伸ばされた。おそるおそる、震えながら彼はその手を取り、彼女が自分に微笑んでいるのを見た。呼吸など、すっかり忘れていた。

「…………もう……」

彼女の瞳は閉じられ、涙が零れる。頬を伝い、口から流れる血と混ざったそれは、そのまま首筋を流れていった。

 彼は完全に畏縮し、ただ震え、ソニアの頬に強張る指で触れた。

 彼女は夢見心地のような、実に幸せそうな笑顔を見せ、彼の顔に触れようと手を伸ばしかけた。が、届きはしなかった。

「……ああ……うれし…………来て……くれたの……おにい……さま…………」

 そして彼女の瞳から生気の色が失せ、宙を見たまま手の力が抜けてダラリと落ち、その反動で上体が傾いで倒れると、彼女の体は鎌ごと尖塔の屋根を滑り降り、そのまま人形のように力なく地に墜ちていった。


 赤い近衛兵服の襟首に留められていたバッヂがふいに弾け飛んで落ちた。近衛兵隊長の標である黄金の鷲が翼を広げた紋章は、中央回廊を歩いていた彼の前に落ちると、そのままクルクルと勢いよく回りながら端の方に転がっていき、円柱にぶつかるとそこで止まった。

 これからすれ違う所だった女官がそれに気づいてバッヂを拾い上げ、彼に渡そうとしたのだが、掌に乗せて差し出されたそのバッヂを、アーサーは受け取ろうとしなかった。ジッと鷲の形を見つめたまま、そこで戦慄し、ただ立ち竦んでいる。

 そのバッヂは、先代近衛兵隊長の古ぼけたものを受け継がずに、その人の意向で新しいものを作るよう勧められて新調し、アーサーの就任祝いに、習わし通り国王と国軍隊長からともに贈られたものだった。国王がくれたのが右襟用の雄鷲。そして軍隊長ソニアが彼に贈ったのが、今女官の手の中にある、左襟用の雌鷲であった。

 乾期には珍しく、遠雷が響いてきた。


 沢山の生花が飾られ、芳しい香りが満ちる眩しい部屋の一角で、大きな姿見に一本の亀裂が走った。縦に真っ二つになっているその鏡面を、無言でエアルダインは見上げた。

 強い風が吹いてきて、薄桃色のカーテンを揺らし、幾度も翻らせた。


 雪原の灰色の空で、ふとゼファイラスは彼方を振り返り


 返信の手紙を読んでいたルビリウスの手元に蝋燭が倒れ、溶けた熱い蝋が手紙にかかり


 ポピアンのサンダルの紐はちぎれ


 双子の弟を激しい腹痛が襲い


 海風は止まり


 雲は淀み


 小さき者達が天を仰ぎ


 木々が黙し


 光が沈んだ

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