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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第25章
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第4部25章『奇跡の護り』2

 その狂気じみた豹変ぶりに、ソニアはゾクリと寒気を感じた。アイアスのことを話して皇帝軍側の人間が面白がるわけがないと解っているが、彼の反応はそれ以上のものだったのだ。一体、彼が腹の底で何を思い、自分に悪鬼のような冷たい光を投げ掛けるのか、その意味するところが理解できなかった。

 陥れようと甘い言葉を囁く魔物のように、彼は残酷な一言を、十分に吟味してから、実に楽しそうに彼女に告げた。

「アイアス=パンザグロス……。そうか、可哀想に……君は何も知らなかったのか。奴は……死んだよ。君のお兄様はね」

2度目の稲妻は、ソニアに落ちた。

 雷神が、雷光迸る鉄の槍を天空遥か彼方から投げ下ろし、それが頭上から見事に刺さって突き抜けていったかのようだった。身体の全ての細胞が、危うく停止したかと思った。

 極度に痺れてしまっている身体で、彼女がようやく言えたのは、小さな言葉だけだった。

「…………ウソ…………」

彼は、予想通りの効果をもたらしていることを眺めながら、大いに満足そうに続けた。優雅に両腕を広げて見せる。

「ほんの二月ほど前のことさ。皇帝軍大将サール=バラ=タンが、サルトーリ王国近海のイクレシア島で奴を倒した。過去の英雄、アイアス=パンザグロスは、大将の鎌に体を貫かれ、果てたんだ。弟の敵討ちさ。奴はその後、灰になったそうだ」

 世界が揺らいだ。

 天も地も、彼女を置き去りにグルグルと回り始めた。

 世界からも、彼女自身からも、あらゆる色が抜けていき、白く灰になってしまいそうな風化の波が彼女を襲う。

「…………ウソ…………」

信じたくないのに、どうしてか彼の言う死の瞬間が見えてくる。凄惨で、痛々しくて、自分の頭が勝手に作り出した映像なのか、現実なのか、それは判らない。

 血塗れの彼が、ソニアの名を呼んでいた。そして、それが何度も繰り返される。彼女の気がおかしくなるか、本当に灰になってしまうまで、それは終わりなく続きそうだった。

 あの優しい笑顔。優しい声。温かくて大きな手。

 ……どこにいるの? お兄様。どこに行ってしまったの?

 まるで水の中に油を落とした世界のように、物事は全てがうねり、淀み、彼女を眩暈が襲った。彼がいるわけがないのに、ソニアは宙に手を伸ばした。何も捕まえられず、手はただ宙を掻く。

 ルークスは目を細めて彼女の様を眺め、そこに崩れそうな彼女に敢えて手は出さなかった。

「……君がここで奴を待つ意味はなくなった。後は……この国だけだな。君の未練は」

彼の身体から、今までに感じたことがないほどの強い闘気が迸っていき、森の木々をざわめかせた。

「――――――君の未練を断ち切ってやる! よく見ておけ! ソニア!」

ルークスは森の中を走り出した。

 ソニアはまだ事態が把握できず、よろめき、そこに膝を落とした。

 今まで自分が

 この国で強く生きてきた

 その理由は

 失われた

 大地に力を吸い取られていくように、彼女の上体は傾いでいく。

 倒れそうな彼女の肩を支えたのは、ようやく小鳥から元の姿に戻ったセルツァだった。

「大丈夫か? ソニア」

ソニアの表情は人形のように血の気も意志もなく、目の色は沈み、さながら濃い霧の中にいるようだった。セルツァの言葉は耳を掠めても、頭の中に達していない。

 事態が急を要することは解っていたので、セルツァは彼女の上体を激しく揺すった。彼女はそれこそ人形のように、されるがまま揺す振られていた。

「しっかりしろ! ソニア! 彼は何をする気なんだ?!」

 彼女の心が、魂が、兄の死に灰になるほど弱くなかったことが、万という民の救いとなった。セルツァの激しい問いかけに、彼女の心は立ち戻り、目覚め、発動した。彼女の身体には、まだ戦士の血が流れていたのだ。

 血の気が失せて白かった顔を、彼女はもっと蒼白にした。

「ああ……いけない……! あの人は1人で……!」

彼が言ったこと、そして走り去っていった方角を思い出し、ソニアは今までの喪失感と悲しみを越える恐怖を感じた。その先には、何万という民がいる。

「止めなきゃ! セルツァ! あの人は人間を襲う気よ!」

ソニアは立ち上がるとアトラスに飛び乗り、全速力で駆け抜けた。

「――――――ソニア!」

慌ててセルツァも後を追う。

 彼にも、あの男が何をしようとしているかの察しは大体ついていた。あのような目をする者を、彼はこれまでに何度も見たことがある。

 あれは破壊の目だ。

 あの男は、人間の町を破壊するつもりだ。あの闘気、あの鎧と槍。おそらく不可能ではない。たった1人でも、城下街を消すことだってできるだろう。

 セルツァはもはや小鳥にはならず、姿を消して空に舞い上がった。


 彼の足は速い。アトラスで追いかけても距離が縮まる様子はなかった。いかに重量が軽い鎧とは言え、全装甲しているこの格好で走って追いかけても間に合わないと思い、ソニアはアトラスに全てを託した。

 追いついて! 追いついて! お願い!

 姿は見えず、ソニアは彼の闘気を頼りに追跡をしている。それが前方にあるのは確かで、直線的にまっしぐらに城下街がある方を目指していた。

 ああ、王様! アーサー!

 復讐の鬼が、暗黒の騎士がそちらに行こうとしている!

 私が守らなければ……!

 神様……! どうか追いつきますように……! 間に合いますように……!

 ふいに、闘気の進路が変わったのを感じた。直線的に進むのを止めて、左に反れていっている。

 城下街には行かないのか? ――――――いや! そうではない! そこには……!

 ソニアは青ざめた。逸れた進路の先にも町があるのだ。彼は手始めにそこから攻撃をしかけるつもりなのだろう。

「ハ――――ッ!!」

ソニアはアトラスを急き立て、進める限りの最速で森を突き抜け、やや東に駆けた。


 小高い崖の上に立ち、その下に広がる町を見下ろして、悪鬼はニヤリと笑った。40数軒からなる、やや中規模の町だ。これは手頃だろう。

 破壊的な力が己の体に漲り、既にオーラとなって迸り出ていているほどだったが、彼はそれでも冷静にものを考えていた。

 魔導大隊にこのことが知られれば亀裂が生じるが、それは何とでも説明できるだろう。天使に関して、国境や各大隊の担当域に関係なく調査を行っていたところ、本物の天使を発見し、その場で已む無く戦闘に発展してしまった為、付近の町々もその余波で壊滅したのだ、と。

 それでゲオムンド=エングレゴールの癇にさわるようなら、魔導大隊の残る戦に関して、ヴォルトの許しを得た上で協力してもいい。北のペルガモン落としにも手を貸すのだ。

 そう、それでいい。何とでもなる。

 ルークスは槍のグリップを操作して鎌を出現させた。音静かに刃が飛び出し、カチカチと関節部分を固定させていく。鋭く細い鎌は怪しく冷たい輝きを放った。彼の闘気に呼応して、胸パーツの宝玉も共鳴し光を発している。

 彼は武器を掲げ、高速で振り回してエネルギーの流れを整えると、目標を定めた。手近な所に人間が集っている。軒先に椅子を出して男達が座り、煙管を手に談笑している様子だ。仕事の手を休めて休憩中といったところか。そのすぐ側には白い犬が寝そべっており、実に和やかな光景だ。

 回転する鎌は唸りを上げ、空気の震動以上の波を発し、辺りに広がっていく。

 窓から外を眺めていた幼い少女が一番初めに彼の姿を見つけた。窓が震動し、カタカタと音を立てる。少女は腕の中の人形をギュッと抱き締めた。

「ママ……! ママ……!」

 ルークスは狙いを定めた地点を猛禽の目で睨み、回転速度が最高潮に達した所で勢いよく鎌を振り下ろし、空を裂いた。

 砕けて消えろ!

 大きな弧を描いて真空の刃が飛ぶ。

 だが、それは空中で何かによって砕かれ、相殺した。異なる角度から同じような真空の刃が飛んできて衝突したのだ。

 衝撃波同士の衝突により爆音が轟いた。町人達は何が起きたのか解らず、狼狽え、戸惑い叫んだ。町の何処にも煙などが上がっていないから、何が爆発したのか全く不明なのである。

 事態が解らぬものの、少女の下に母親が駆けつけ、抱きかかえた。

「ママ……! ママ……! あそこ……!」

少女が指差す先を見て、若い母親は崖の上に大きな鎌を持つ死神がいるのを目にする。

「――――ああっ!! 神様!!」

母親は娘を抱きかかえたまま家の外へと飛び出した。走る母親の肩越しに少女はもう一度黒い死神の姿を見る。すると、そこにもう1人誰かがいた。


「――――――邪魔をするな! 君の目を覚まさせてやる!」

ようやく彼の居場所を突き止めて、遠方から剣の一旋による真空刃を放ったソニアは、抜き身の剣を手にしたまま尚も駆け、叫んだ。

「――――――止めて!!」

彼は次々と真空刃を放ち、ソニアが必死でそれを真空刃により追い落とす。しかし、彼の技があまりに速くて何発かすり抜けてしまい、真空刃が民家を襲った。一つ一つの刃があまりに鋭く強烈で、一度に数軒の家屋を屋根ごと斬り裂いていった。屋根瓦が弾け飛び、木片が空に舞う。

 ソニアは、生身の人間が巻き込まれていないことを祈りながら、剣握る手を強めた。こうなっては、発射塔を攻撃するしかない。

 ソニアは闘気を集束させて精霊の剣に乗せ、今まで以上に踏み込んで真空の刃を放った。最盛期のアイアスに勝るとも劣らぬアイアスの刃だ。

 敏感な彼は飛来する闘気に気づき、高速で鎌を回転させて自らの前に闘気の盾を築き、その盾がアイアスの刃を打ち消した。こんな風にして防がれたのは初めてだから、ソニアは驚く。やはり只者ではない。

 ルークスの方は、彼女が本気の技を自分目掛けて放ってきたものだから少なからずショックを受け、ますます闘志に火をつけていた。

「――――――オレを殺すか?! ハハハ! やれるものならやってみろ! ソニア!」

彼はソニアの視線から一瞬にして消えた。

 速い! こんな者がかつていただろうか?! ソニアは緊迫感に胸を高鳴らせた。

 カリストもリヴェイラも魔術先行型のヌスフェラートだった。ハーフとは言え、戦士タイプのヌスフェラートと戦うのはこれが初めてであるから、優れた戦士というものはここまでのことができるのかと、ソニアは衝撃を受けていた。

 動きを捉えられず、ソニアはひたすら彼の闘気の存在を頼りに辺りを探った。

 その途端、寒気が走った。

 後ろ!

 ソニアは振り返り様に剣で彼の攻撃を受けた。彼は鎌の柄でソニアを叩きのめそうとしている。2人はそのまま押し合った。

「なかなかの……戦士ぶりじゃないか……! 軍隊長殿……!」

ニッと笑うと、ルークスは柄を捻り、その後ろ端をソニアの腹に深く打ち込んだ。

「――――――うっ……!」

よろめきながらもソニアは立ち続け、剣を離さず、防御の体制を取りながら彼と町との間に入った。

 彼は間髪入れずに攻撃を続け、鎌の払いで彼女の手を打ち、握りが緩んだところを狙って剣を叩き落とした。ソニアが必死で拾おうとするも、足で踏み邪魔をして、剣の手前に槍を突き刺して再び手に入れさせまいとする。ソニアは何度か身を低くして転がり、奪取を試みたが、彼には全く隙がなく、やがて槍の切っ先で剣の柄を引っ掛けると、そのまま遠くに放り投げてしまった。精霊の剣は、キラキラと太陽の光を反射させながら森の中に落ちていく。

 武器を失ったソニアは、それでも彼の前に立ちはだかり、町を守ろうとした。こうなったら肉弾戦だ。ソニアは両腕を広げて町を背にし、闘気を高めた。彼女を中心に風が流れ始め、彼女を取り巻き、輝きを増していく。

 彼女の頬を、一筋の涙が伝い落ちていった。

 それでも尚、ルークスは戦鬼の闘志を失わず、再び彼は目にも止まらぬ速さで姿を消した。再び背後から刺さる闘気を感じ、ソニアは風の壁で応じた。彼は彼女に対して槍の刃も鎌の刃も向けることはなく、長い柄の部分で打撃を繰り返してくる。彼女を傷つける気はないから、打撃によって倒れさせようとしているのだ。

 風の守りによる緩衝効果はあっても、彼の技は全てが鋭くて強烈なので、腕でそれらを1つ1つ防ぐソニアはかなりの苦労を強いられた。彼が最初からソニアを殺すつもりで戦っていたら、とっくに酷い傷を負っていただろう。

 背後の町では人々が懸命に避難をしている。せめて人々が何処かに隠れられるまでは、何としても彼を止めていなければならない。

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