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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』20

 正午近くに、ビヨルクに行っていたメンバーが全員一時帰還した。勿論ゼフィーも一緒である。亜熱帯出身の彼等がずっと北方王国に出ずっぱりでは、さすがにホームシックになってしまうので、こうした小休止が必要なのだ。

 ソニアもゼフィーもお互い会いたかったので、到着するや彼女はゼフィーに体当たりして抱きついた。ゼフィーも大喜びで、鼻やら喉やらいろんな所を鳴らし、彼女に体をなすり付けていた。

 騎馬訓練場に降りて来たゼフィーの大きさに、皆が改めて目を奪われ、そちらにばかり関心がいくので、端でまた腰を抜かしているディスカスのことには誰も気づかなかった

 教師役のアスキードはすっかりゼフィーの扱いに慣れたようで、誇らしそうに首を撫でている。

「この子はどうだった?」

「とても精力的に働いてくれましたよ。あちらにはまだ流星術の使い手がいませんから、こちらの魔術師では手が足りない時などには、人を乗せて他の街に運んだりもしましたし」

ゼフィーは、どう、偉い? といった素振りで顎を上げて見せた。こんなところがまだまだ幼く可愛らしかったので、ソニアは大いに誉めて白い剛毛をグシャグシャに撫で回した。

 アスキードも含め、派遣隊は全員王室に赴いて経過報告をした。王は満足そうにそれに聞き入る。あれから徐々に遠方の集落とも連絡が取れるようになり、生活が難しいほどに荒廃した土地の者達は、皆一様に城での生活を望んで、続々と氷原を進んでいるそうだ。その運搬にはゼフィーも一役買っている。まずは城都市で人々は生活し、スネッフェルスを復興させていくのだ。やがて可能になれば、再び故郷に戻って己の村を甦らせるという希望を多くの者が持っているらしい。

 ディライラからも支援が来ているそうであるし、ホルプ・センダーの呼びかけで他の国からも使者が続々と訪れているらしい。全ての始まりはソニアであるから、メルシュ王子は心の底から彼女に感謝しているそうだ。彼等の助けになれて、ソニアは本当に嬉しく思った。

 そして1人がこう言った。暖房資源に乏しい状態であるはずなのに、城内は思いの他暖かくて快適であったと。その不思議についてメルシュ王子に尋ねると、『春の女神が我らの復興を見守って下さっているのでしょう』と言ったそうだ。それを聞いて、ソニアはもしやハイ・エルフの村からも既に助けが来ているのではないかと思い、これまた嬉しくなった。もしそうであったなら、王子がその理由を公に語れるわけもない。

 あそこまで徹底して滅ぼした国であるから、皇帝軍もすぐには手を出さないだろう。あそこに移住計画を進めることはないと思われるので、これで当分は安心だと、ソニアはホッとした。

 これからの活動計画を王に告げ、支援規模の拡大について相談する様子を見守りながら、ソニアは自分の中にも春の風が通っていくのを感じた。

 寄り集まって、大きくなろうとしている小さな光の粒達。集まる光もあれば、砕けて分かれ散る光もある。春の風を感じつつも、心から手放しで喜べぬ彼女の瞳はどこか陰っていた。

 そんな彼女に、報告を終えたアスキードが声をかけた。

「ソニア様、ルビリウスという子供をご存知で?」

その名を聞いて、ソニアの顔はパッと明るくなった。

 ああ、あの、可愛いルビ。銀色の巻き毛の、小さなルビ。

「ソニア様にと、これを預かって参りました」

アスキードがそう言って差し出したのは、手の平ほどの小さな巻紙であった。公式の書簡に似せて、細い紐で縛ってある。ルビリウスが覚束ない手つきで一生懸命に紐をくくろうとしている姿が目に浮かぶようで、ソニアは実に穏やかな笑顔でそれを受け取った。アスキードの方も可愛らしい手紙の配達人になれたことを楽しんでいる様子だ。

 ソニアは、メルシュ王子やソーマから届いていたソニア宛ての書簡も受け取ると、王の許可を得て外出することにした。久々のゼフィーの散歩である。

 騎馬訓練所で待っていたゼフィーに乗って飛び立つと、ソニアは海を目指した。ゼフィーに食事をさせる間、ゆっくり手紙を読もうというのだ。

 ソニアは海岸線に到着すると、自分は岸壁に降ろしてもらい、後はゼフィーの好きにさせた。早速沖の方に飛んで行くと、ゼフィーは魚を追ってダイビングを始める。

 その様子をひとしきり眺めてから、ソニアは腰を下ろし、1つずつ手紙に目を通していった。形式は型通りで、ソーマからのものは、あの時の非礼を詫びる内容だった。ルビを旅に同行させるかどうかで言い争った時のことを気にしているのだ。彼の立場からすれば当然の意見であったし、万一ルビに何かあったら大変な責任を負っていたのはソニアの方であるから、結果的に最善となっただけのことなので、ソニアは苦笑しつつ、そのことを手紙に書こうと考えた。

 メルシュ王子からのものは、他人に見られた場合のことを考えて当たり障りのない感謝状になっていた。しかし、よく読んでみると言葉の端々に隠れた意味が込められていた。

《貴女なら、無事にガラマンジャのあの地に辿り着けると思っていました》

《我が国をお発ちになってからの旅の内容を、いつか詳しく伺いたいものと存じます》

ソニアも是非そうしたいものと思っていた。あの村を知る外部の人間との語らいは、どんなに楽しいことだろう。あのマナージュを、村の家々を、輝く畑を、妖精達を、そして何よりハイ・エルフ達をどう思うのか、あの人の口から聞いてみたいものだ。

 帰国おめでとう、ソニアさん。

 ええ、ありがとう。メルシュ王子。ソーマさん。

 温かな溜め息をついて書簡を大切に巻き戻すと、最後に取っておいた小さな巻き手紙を手に取り、ソニアは口元を綻ばせた。子供らしい、たどたどしい文字が並んでいる。


《ソニアお姉ちゃん、元気ですか。

 ぼくは毎日、まほうのれんしゅうやおべんきょうをしています。

 お姉ちゃんと会ってから、ぼくはまじゅつしになろうと本当にきめました。

 だから毎日がんばっています。

 いつか、もっともっと強くなって大きくなった時に、きっとお姉ちゃんを助けに行きます。

 だから、何か困ったことがあったら、ぜったいぼくに言ってくださいね。

 強くてやさしいソニアお姉ちゃん。

 お姉ちゃんも、がんばってくださいね。 さようなら。



 ついしん。

 まだ書くことがあったので困ったけれど、ソーマお兄ちゃんが教えてくれました。ついしんてべんりですね。

 イエティーは元気です。ぼくらはおともだちになりました。

 ノルビーナと名前をつけました》


 手紙を胸に当て、ソニアは水平線に目を向け、遠い波の輝きを見、涙した。

 幼子の無垢な激励。そして未来を……異なる者同士が仲良く共に暮らせる理想郷を予感させる追伸。

 何故、こんなにも心が震えるのだろう。

 止めどなく流れる涙に、ここ最近はよく泣くようになったものだと思いながら、ソニアは徐々に力が沸き起こってくるのを感じた。涙が流れ落ちるほどに、彼女の体を、心を、信念に向かう勇気が満たしていく。

 アイアスの思い出でもなく、鏡に向かっての自己暗示でもなく、このたった1枚の小さな手紙が、彼女の純粋な力を呼び覚ました。

 おはよう、ソニア。

 自分にそう呼びかけたくなるくらい、彼女は光の中で癒された。

 自分を必要とし、そして助けてくれる仲間達。ささやかで、平和な未来。

 ああ……お兄様。この世界は凄いですね。滅びの中から、こんな風に美しく甦ることができるのですね。平和を願う心と、愛が滅びない限りは。

 そしてきっと……それは滅びない。

 ソニアは天を仰いだ。どこまでも澄んでいる、乾期の高くて青い空。

 遠くでは、白い飛竜が夢中でダイヴを繰り返している。その姿の愛しいこと。

 これまで彼女を苦しめていた悩み、苦しみ、おそれは、彼女の肩と心から雪のように軽く解け、融けていってしまった。

 おそれるべきは……愛の滅び。

 そう辿り着いた時、彼女の心に共鳴するかのように鎧が光を増し、空よりも海よりも青い 宝石となってそこに輝いた。


 森の中で、小川のせせらぎや小鳥の囀り、木々の葉擦れの音などに耳を傾けながら、ルークスはずっと木の下に腰掛けていた。クローグの甘い香りはここにまで漂ってくる。

 さして急ぐ指令ではないこともあり、主に多少済まなく思いつつも、彼はこの大切な一時を彼女への想いにあてた。

 昨晩のことを思い返す度、体に炎が灯る。口の中に血の味が甦って、彼女の感触と鼓動が甦って、頭の中に沢山の星を詰められたような気分になる。

 胸が痛くて痛くて、でもこれまでのような痛みとは違って、血流に乗り全身に痛みが流れていき、それが炎を灯していくようだった。

 彼の唇もまた、ソニアと同じように薄っすらと傷跡を残している。

 彼女が苦しんでいること、心から望んでいるのではないことは解っている。それが唯一残念な点だ。だが、それ以外の全てを、彼は深く感謝し、喜び、満足していた。

 彼女という素晴らしい女性がこの世に存在した奇跡。あの歌。心優しさ。健気さ。美しさ。そして出会い。

 ああ、あんな貴重な人が存在したことも知らずに、助けることもできずに死なせることがなくて本当に良かった。彼女はまだ理解してくれていないが、いずれ時が来ればおのずと解るだろう。そもそも自分に出会ったことこそが、彼女を救うよう運命が仕向けた奇跡だったのだと。

 そうすれば、きっと自分に救われたことを彼女も感謝する。そうなるのだ。

 自分は、どこまでも彼女を守る。彼女が気持ちよく歌を歌えるような素晴らしい場所を探し、自分もそこで歌を聴いて過ごすのだ。

 そして彼女が自分を認め、感謝し、心から受け入れてくれるのなら、その時……

 自分は彼女に全てを捧げよう。彼女の全てを感じよう。

 未来を考え、ルークスは震える溜め息を漏らし、目を閉じて己が肩を抱き締めた。

 早く、彼女をパースに会わせてやりたい。そして空の素晴らしさを見せてやりたい。これまでに見てきた数々の素晴らしい自然を彼女にも見せ、共有したい。

 彼女を救ったという人間の男以上に、いい旅を彼女にさせるのだ。そんな男のことは忘れさせるのだ。こんな人間の国で人生を終わるような、狭くてつまらない一生は彼女には似合わない。もっともっと、彼女に相応しい世界に連れ出すのだ。

 彼の心と身に押し寄せる波は、まさに今目の前にしている、この花咲き誇る素晴らしい森が放つエネルギーと同じだった。自分の中にまだ目覚めていないところがあって、それが一気に覚醒し、光の中に出てきたような新鮮さだ。不遇の幼年時代を過ごした後、ヴォルトと出会って肉体が癒された時の歓びに勝るとも劣らない衝撃である。

 ソニア、ソニア。名前を心に浮かべるだけで胸が疼く。

 こんな陽射しの中で彼女を見たら、どんなに光輝いて美しいことだろう。

 ああ……早く彼女の住まいを見つけて、いつでも連れ出せるようにしなければ。

 歩いても彼女のことばかりが頭に浮かぶのだが、本来の目的の為にルークスは城都市へと戻り、人間に気づかれぬよう注意を払いながら情報収集と捜査を再開した。

 そうしてすぐのことだった。城の上空に流星術の星が到着し、城の中に入る前に星から姿を変え、白い飛竜がそこに出現した。そしてゆっくりと城の中に下降していく。

 ルークスは、これまでこの国で見た何よりそれに驚かされた。以前から地上世界をいろいろ旅しているので、どんな種類の竜がどの辺りに棲息しているのかは大体把握している。

 このナマクア大陸に竜は本来棲んでいない。翼竜も飛竜も地竜も。そうすると、あの竜は何なのか。

 聞き込みで、軍隊長が竜と帰還したとは話にあったが、白いと言うし、一度も姿を見ていないので、彼は本気にしていなかった。何しろ、これまでに数多の種の竜をこの目で見てきたが、白くて毛の生えたものなど、出会ったことがないので、竜ではない何か別の獣のことを勘違いして、しかも大袈裟に言っているのだろうとしか思わなかったのだ。

 しかし、今、確かに目の前にいる。しかも下降していく際、数人の人間を背に乗せている様子がチラリと見えた。人間に懐いているのだ。信じられない。

 この一時ばかりは、ソニアのことも頭から吹っ飛んで、ルークスはこの竜のことを考えた。もっとよく見たいのだが、日中の侵入は難しいので、城内の様子を見るわけにもいかない。

 そこで、改めてあの竜に関して、人々の認識を掻き集めた。

 あの鎧武者と友達? まだ子供で、ゼファイラスという名前?

 竜が人間のような劣る種に心開くということが全く信じられないのだが、あの人物が天使であるならば、そんなことも可能なのではないかと思えてくる。ますます、あの鎧武者は天使であるとしか思えなくなった。いや、そうでなければ許されないような気がした。

 そのうち、また白い竜は東の方へと飛び立って行った。今度は流星にならずに自身で飛んでいる。その背に、一瞬だがあの戦士が乗っているように見えた。今回は彼だけが騎乗している。

 戦鬼大隊に壊滅させられたと聞いた北方王国のビヨルクに、復興支援の為に派遣されているだなんて。そんな事の為に高貴な竜が働いているということが信じ難い。

 まだ幼い個体だから、竜らしい誇りある感覚判断ができないのだろうか?

 ルークスは飛竜が飛び去って行った方を見上げたまま、マスクで覆った口元に手を当て、ずっと考え込んだ。ふと気づけば、他の一般市民も何人かが同じようなことをしている。竜が怖いのだ。それでこそ当たり前だと想い、ルークスは少し安心した。人間などが簡単に竜と親しみ、慣れてなるものか。畏怖してこそ、本来の姿だ。

 だが、こうなるとどうしても城に、しかも活動が活発な日中に潜入したくなってきた。変装がもう少し楽な気候風土であったならば、とっくに実現していたのだろうが、もし敢行しようとするならば、かなりの長時間、竜時間を使わなければならないだろう。

 いざあの鎧武者と遭遇して、そこで戦いが生じた時の為には、万全の状態でありたいので、あまり一度に長く竜時間を発生させたくはないのだが……。

 ルークスは悩んだ。何しろ天使である可能性が大変高い相手なのだ。甘く見てはいけない。テクトの時のように、聖域魔方陣を発動させられたら、下手をするとサール=バラ=タンのように危うく殺されかける可能性があるだろう。天使はとても謎めいていて危険だ。そして敬意を払わなければならない相手だ。師匠と同じように。

 夜は彼女を待つと決めたから、どうしても夜の潜入は真夜中過ぎになってしまう。城の構造はもう粗方把握しているが、肝心の鎧武者のことがまだ判っていない。もはや、どれを優先するのかという取捨選択の時だった。

 後からでは遅いものは一つだけ、ハッキリとしている。それはソニアのことだ。天使か否かの調査は、多少遅れたからといって皇帝軍の不利益になるようなことはあるまい。主のこの調査にかける興味も、いずれ自分が乗り込む際の前準備としてちょっと思い付いた程度の、あくまで気楽なものだ。それに、一番望んでいることは復活したらしいアイアスの消息を知ることであり、こちらは副次的な事項なのである。

 また、師匠本人が『手を尽くせ』と言ってくれた。だから彼女を救うことを優先して生じる少々の遅れを、あの方は責めるまい。きっと解ってくれるだろう。

 そう考え、ルークスはやはりソニアの住処を突き止めることに専念すると決めた。小一時間ほどで白い飛竜は城に戻って来て、その後は自由に過ごし始めた。周囲を飛び回ったりしている。パースメルバがいれば追いかけて接触してみたいところだが、それは別の機会にしよう。

 純粋に新たな竜と触れ合いたい気持ちはそうして抑えて、ルークスは城下街を歩き続けた。あれ程美しい女性だ。もしかすると、人目に触れて奪われぬよう、何処ぞの屋敷にでも日中は閉じ込められているのかもしれない。それなら、これほど探しても見つからぬことに納得がいく。

 ハーフはどうしても閉じ篭って暮らすことを強いられてしまうのだろうか。もしそうであるとしたら、彼女のことは自分が自由にしてやらねば。

 ソニア、きっと見つけるよ。

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