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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』18

 中央大陸ガラマンジャ中部の大森林深部。ハイ・エルフの結界に守られてひっそりと佇む祠。崖に設けられた小屋のような作りになっており、石の壁にも屋根にも常緑の蔦が絡み付いて、全体を緑に覆っていた。その為、森をただ歩いているだけでは一見して気づかないような外観になっている。

 そこに1人のハイ・エルフが訪れて、まずは自らの手で蔦を可能な範囲で脇に寄せた。それから魔法の杖で祠の封印を解く呪文を唱え命ずると、石の扉がゆっくりと手前にせり出してきた。模様に沿って扉は3分割され、上は三角形に、下2つは台形に区切れて、自動的にエルフに向かって腕を広げるように開いていき、祠が開放される。

 封印の向こうにあるものは、下方に向かってかなりの急勾配で下がっていく細長い坑道であった。

 開放と同時に、出入口の天井部分にある植物を模したランプが点き、延々と続くその坑道の無限を明らかにする。

 これは世界に何十箇所とある地上世界と地下世界を繋ぐ通路の中でも、長年ハイ・エルフと地下のドワーフ族によって共同管理されているものである。全ての通路が管理者を持っているわけではなく、危険が少ない地域や、居住域に近いものを各種族が管理しているだけで、全く野放しの通路も多くあり、それらには大抵魔物が棲みついて侵入者を阻んでいた。

 極稀に、通路の地質による影響で深い魔性の霧が覆い、地上や地下の者を迷わせて異世界に誘ってしまうケースもある。だが、そのような異例を除けば、どの通路もよく管理されているか、侵入が不可能であることで世界の混乱を防ぎ、均衡を保っていた。

 開放して間もなく、坑道の深部に小さな光が見えるようになり、その星はあっという間にこの祠にまで辿り着いた。外界の手前で減速して到着したその星は、ハイ・エルフの目の前で停止し、そのまま滞空した。ハイ・エルフは胸に手を重ねて恭しく最上級の礼をする。

「ようこそお出で下さいました。ダーク・エルフ族の方々」

星は見る見る人の形に変わっていき、2人の人物になった。1人は老齢にある白髪混じりの男性で、もう1人は真紅の髪を優雅に垂らしている若者だ。どちらともが青灰色の肌をしており、ダーク・エルフの正装である赤と紫をメインに取り混ぜた美しいローブを纏っている。

「お出迎えご苦労。君は……リュシル殿だったかな?」

「はい。私を覚えていて下さるとは、恐縮にございます」

リュシルは2人から荷物を受け取った。滞在日数は少ないし、身の回りの品は魔法で亜空間にしまっているので、それは彼等の手荷物ではなく土産物であった。その中でも小型化魔法にかけたり、亜空間に入れたりすることで劣化するおそれのある食品など、品質に拘るものを手に持っていたので、それを預けたのだ。他にも多くの土産が用意されており、それらは魔法で保管されている。村に到着してから開封する予定だ。

 やれやれといった様子で、老いたエルフは腰に手を当てた。

「以前にもお会いしているが、改めて紹介させていただく。私は長の名代で参ったマロンド。そしてこちらは私の供でドレスと申す」

ドレスはどことなくリュシルに似た雰囲気を持つ、物静かな青年だった。年も背格好も大体同じくらいのようである。いや、年齢はドレスの方が少々若いかもしれない。

 2人は互いに儀礼的な笑みを浮かべて頭を下げた。

 先に出席者についての連絡は入っていたので、この2人については既にリュシルも色々知っていた。マロンドはダーク・エルフの長老達の中では長に次ぐ発言力のある人で、今回代理を務めても十分にハイ・エルフを辱めない地位の持ち主である。

 ドレスという青年の方は、長の右腕として主に従者的役割を担っている者だ。その役割から言っても、やはりリュシルとかなり共通するところがある。だから似るのだろうか。どちらも重要な人物である。

「長旅でお疲れでしょう。村まではもう少しです。ご案内いたしますので、お早くお体をお休め下さい」

 リュシルは2人の前で祠の扉を閉じ、再び封印をかけた。その間、マロンドとドレスは地下世界にはない陽射しの白さと眩しさに目を細めて溜め息した。輝く緑の森。緑の木々。青い風。宝石が弾けるような光輝く小川。地下世界にはない太陽光の美が辺り一面に広がっている。まさに光の王国だ。

「いやぁ……何度来ても、ここは美しい所だ」

満足そうな様子のマロンドを見てリュシルは微笑み、案内を始めた。

 そこへ、小さな星が5つ、燕のように素早くやって来た。妖精である。妖精は太陽光を好む種族で、地上世界にしか住まわないので、久々に目にした可愛らしい者達をマロンド等は珍しそうに眺めた。

「ダーク・エルフ族の方々が到着された。歓迎の準備を」

リュシルの指示を受けて、競うように妖精達は村へと飛び去っていく。1人だけはリュシルの肩に止まって、耳元で何やら報告をした。リュシルは「わかった」と一言だけ答え、妖精はすぐに飛び発った。

「……何かあったのですかな?」

「ああ、いや、何、私の友人が……旅好きの友人がいるのですが、新たな地で達者にしていることを知らせてきたのですよ」

リュシルは失礼のないよう細かく伝えた。客人の前で声を潜めて話したりするのは礼儀上も良くないので、オープンにしておかなければならない。知られたくないことの場合は、嘘をついてでも何かしらの説明をするのがマナーである。

「おお、それはもしや……あのセルツァ殿のことですかな?」

「マロンド殿は彼をご存知なのですね。これは嬉しい」

「セルツァ殿といえば、我等がブルアーヴァーにも聞こえし強者。知らぬ者などおりませぬわ」

「ほう……! 悪名の方が名高いのではないといいのですが。何しろあの放浪癖ですから」

2人は声にして笑った。友を知る相手に、リュシルは砕けた笑顔を見せる。ドレスの方だけは平たい笑みを浮かべていた。

 マロンドには今回の族長会議の意向が概ね読めているので、セルツァが何らかの役目を負って何処ぞの地に行っており、そこから経過を連絡してきたのだろうということもすぐに察せた。

 重要なことであるから、マロンドはそれとなく訊いた。

「それで……セルツァ殿は今どちらに?」

幾ら何でもない風を装っていても、リュシルの方も重々承知であるから、適当にはぐらかした。

「今度は地上世界の方であちこち点々としているようです」

「ほぅ……。噂では、、こちらの方はあのヌスフェラートの皇帝が起こしている戦とやらで大変だと聞いていたのだが……わざわざそのような所に足を踏み入れるとは、さすがですな」

「物好きなのですよ。戦の状況を見ようと各国を巡っているのでしょう」

地上世界側にいるのであろうことはマロンドにも予想がついていたので、それだけでは情報不充分であり、マロンドは表情をやや陰らせて別の角度から尋ねた。

「……つかぬ事を窺うが……リュシル殿、村にはもうどなたかが集まっておいでかね」

「ワー・エルフ族の方と、エイシェント・エルフ族の方は既にこちらに来ております。後は、一番遠方であられるあなた様方と、天空族の方をお待ちしていたところです」

そうですか、と溜め息をついてマロンドとドレスが目を見交わした。

今度はリュシルの方が、2人の間に流れる懸念を感じ取って鋭く訊いた。

「……何かご心配事でも?」

マロンドは正確に伝えることを避け、しかし十分な警告を与えられる言葉を婉曲に言った。

「……なに、我々一族の者がこちらに旅をしに来ているのですよ。もしやすると……こちらの村にも寄るのではないかと思いましたのでな」

誰のことを言っているのか、そして何が起きているのか、リュシルには大方の事が理解できた。族長会議の召集状を出した時点で覚悟していたことなので、敢えてリュシルも掘り下げなかった。

「それはいいですね。折角地上世界におられるのでしたら、是非にも我が村で寛いで欲しいものです。エルフの皆様は、どなた様であれ我々は歓迎いたしますから」

マロンドとドレスは、もう一度視線を交わした。リュシルが特に触れようとしなかったことが、既にハイ・エルフ側でもそのことを察知していることを彼等に感じさせたのである。

 傍目には全く解らぬであろうこの警告と、それに対する承知のやり取りが終わると、後は一切その話題には触れずに彼等は村を目指した。

 リュシルは友人であるセルツァのことを思った。やはり、事が起きているらしい。万一の時に役立つのは彼だ。どうか、何としても大切な姫君を守り抜いて欲しい。

 セルツァよ、頼んだぞ。




 今日も美しいルピナス色の髪が梳けるだろうか、あの2人の微笑ましいやり取りが見られるだろうかと期待してソニアの部屋にやって来た女官は、それを手にしたまま暫く頭を巡らせていた。

 何だ? 何をしたらこうなるのだ?

 目の前で、冴えない顔で食事をしているソニアを見ながらそうしていると、「どうしたの?」と訊かれてしまい、女官は戸惑いながらそそくさと部屋を後にした。

 ちょうどそこへ、アーサーがやって来るのを見つけ、女官は彼にそれを伝えないわけにはいかなかった。

「アーサー様……!」

女官はできるだけソニアの部屋から離れて話ができるよう、彼が近づく前に駆け寄った。

 彼は、彼らしい大らかな様子で女官に朝の挨拶をした。彼を慕って挨拶をしにやって来る女官は多いので、慣れているのである。

 しかし、どうもそういった様子ではないとすぐに気づき、彼も女官のように眉を顰めた。この女官はソニア付きの世話係なのだ。その彼女がこんな風に顔色を変えているのだから、何かあったのではと敏感に察した。

「アーサー様。最近……ソニア様がお疲れであることは重々承知致しておりますが……何かあったのでございますか?」

「どうかしたのか?」

ソニアの名前が出て、彼の顔はますます真剣になっていった。

 この城にもいろいろな女官がいるが、この女官は人が慌てる様を見たり、騒ぎを見たりして喜ぶ性質の者ではなかったので、その心配は大袈裟でもなく、現実的で心からのものだった。

「このところ、朝、お食事をお運びする度に何だかお窶れになっていくようで……。今日も、とても憂鬱そうにしてらして……」

それと同じ心配は彼もしていた。寝坊した一昨日の朝といい、突然習慣にもなく湖で泳いだらしい昨日の朝といい、いつもの彼女らしくなかった。

 しかし、その女官が告げたのは、アーサーが今までに気づいている以上の事だった。彼女はそれをアーサーに手渡して見せた。そして、このようなやり取りをしていることを他の者に見られていないか、辺りの様子を窺った。

「それで……これを見つけたんです。洗濯物に混ざっていたのですが……」

アーサーが手にしたそれは、彼女の普段着だった。仕事の明けた夜、軍服からこれに着替えて暫く過ごし、寝る時には寝間着に着替える。幾つかバリエーションがあるのだが、これは一番よく着ているものだった。ノースリーブの膝丈のワンピースで、腰帯で止めるだけのシンプルなものだ。動き易いデザインで、左右に大きくスリットが入っている。白地に、首回りと裾の縁に深緑と青で植物紋様の刺繍が施されている、全体的に明るい服だ。

 だから、その色はすぐに目についた。首回りの刺繍の一部に黒っぽく変色した何かが染み込んでいる。女官はともかく、職業柄血をよく見る彼には、それが間違いなく血であることが判った。

「何だ……これは……? あいつ……怪我でもしたのか?」

それは殆ど独り言で、彼は服のあちこちをよく検分した。

「私もそう思いまして……お怪我はないか、それとなく見てみたのです。ですが……外から見る限り、その辺りに傷らしきものは見当たらないんですよ。もしかしたら、御髪に隠れていたりするのかもしれないですが……。でも……何だか……お怪我をなさったのかどうか訊くのも気が引けてしまって……。私……あの方のご苦労を少しでも和らげようと今まで努めて参りましたが……でも……あんなにお辛そうなあの方は見たことがなくて……」

頭に傷を負っているのだとしたら、かなりの出血だったろう。そうでなければ、この服のこの位置にまで血が垂れてくることはない。だが、そんな傷を、オフの時間に彼女が負うなんてことは考え難い。でも、頭に傷がないのだとしたら、その染みは全く不自然な位置にある。しかも点々と斑点を描いているのではなく、垂れて流れてきたように、首周りの際から染み込んでいるのだ。余程の戦闘でなければ、彼女が出血に至ることは珍しいし、軽い傷を負ってもすぐに治療魔法で治せるから、血で服を汚すことも、服の上から傷を作ったのでない限りはあまりない。

「……気になるな。オレが様子を見てくる。彼女を気遣ってくれてありがとう。これからも頼むよ」

彼はそう言うと、歩いていられず、小走りに部屋に向かった。

 女官は受け取った服を洗い物カゴに戻すと、人に見られぬようそっと他の洗濯物の下に隠して、アーサーが部屋の中に入って行くのを見届けた。

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