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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』14

 いつになく身嗜みを過分にしたソニアは、さっぱりと美しいなりでその人と対面した。アーサーの紹介だというからどんな人物かと思っていたのだが、何やら怪しい雰囲気の若者がそこにいた。2人の間に立つアーサーの様子がピリピリとして厳粛であるから、楽しい面会ではないことがソニアにも判る。

「お初にお目にかかります。ソニア様。私はディスカスと申します」

彼女はディスカスのかしこまったお辞儀を訝しげに見下ろし、眉を顰めた。何かを感じる。が、それが何なのかまだ解らない。

「まず、オレから説明する。彼は腕の立つ占者でな。外国から来てるんで、この国の人間じゃない。彼の能力は、お前に敵が来る時に、それを事前に察知できる」

ディスカスは顔を上げ彼女と面と向かった。そしてブルッと震えた。部下の送る映像で普段見ているし、昨日も遠巻きながらこの目で彼女を見たにもかかわらず、改めて本物を前にすると圧倒された。

 宮殿で見たドレス姿でもなく、ディライラで見たマントの戦士姿でもなく、これがトライア国軍隊長としての彼女の正装姿! 何たる威厳! これほど凛々しい女性が人間世界にいるだろうか? さすがエングレゴールの血統。そしてゲオルグ様の妹君!

 その感動が彼の体から電気刺激のように迸り出て、ソニアに触れた。それを感じたソニアの目がキラリと光る。

「独断で悪いんだが、この男がお前の側近になって、何時でもお前のそばに控えることを許可して欲しくて連れて来た。お前さえ良ければ……今すぐにでも彼を迎え入れてやって欲しい」

「アーサー……」

ソニアは突然の申し出に驚き、困惑した。全く予想だにしていなかったことだ。

 ソニアはまずディスカスをそこに待たせ、アーサーだけを引っ張って少し離れ、話し合った。

「……どうやってあの人を選んだの? どこで見つけたの?」

彼女がとても不審そうにしているので、それを宥めるようにアーサーは彼女の肩を取り、落ち着いた口調で説明した。

「こんな突然のことにお前が驚くのも無理はない。それはよく解ってる。オレも……昨晩までは考えもしなかったことだ」

「昨晩?」

「ああ。……マーギュリスは国全体のことを占うのに忙しいし、お前の事情を教える訳にはいかないから、日々お前の為だけに占ってもらうことはできない。それで、近々お前の身に危険なことが起きないか、密かに他の占い師に見てもらおうと思ったんだ。勿論、お前のことは伏せてな。そこで……あの男に出会った」

「城にいたの?」

「ああ」

ソニアはディスカスの方に目をやり、もう一度じっくりと彼を観察した。先程感じられたような気配はもう隠れてしまったようだが、一度判ってしまった者から見れば、違和感は依然として残っていた。無表情に立ち、あちらもソニアのことをジッと見ている。

 これから側近になろうという程の者なら愛想笑いでも浮かべているか、意気込みを見せて目を輝かせていても良さそうなものだが、そんな雰囲気が全くない。

「……あの人は普通の人じゃないわ」

「……それはオレも解ってる。会ったばかりの時は、天才的な占術者だから普通と違うのかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。でも、信じてくれ。あの男の方からオレに近づいて来たんじゃない。オレの方から行ったんだ。お前の心配する……刺客なんかの類ではないと思う。だからこうして紹介した」

「それは……私も解るけど……」

怪訝そうなソニアの様子に落胆するどころか、アーサーは力強く彼女の肩を揺さぶって己の真剣さと熱意を彼女に伝えようとした。驚いたソニアは目を見開き、2人してジッと見つめ合った。

「……あの男は、お前の事情を見抜いている。本物の占術者じゃなくて、事情を知っているから言えたんだとしても、側に置いて利用する価値はあると思うんだ」

「見抜いている……? どの程度?」

「あの男は、お前の目下の危険は、決裂しても諦めずにお前の所にやって来ようとしている双子の兄弟の片割れだと言っているんだ。しかも……お前が普通の人間ではないことも解っている」

これで、ソニアは彼の正体を確信したのだった。彼女の鋭さは以前にも増して磨きがかかっているのだ。異形の者を見極めることは然程困難ではない。しかも一度その気配を知ったことのある相手ならば尚のことだった。

 ここに居ること、そして言っていることを併せて考えれば、意図も使命もあからさまだ。

「利用するかどうか、全てはお前の自由だ。だが……オレとしては少しでもお前の安全を確実なものにしておきたい。お前を守ると誓ったあの男の言葉に嘘はないと思っている。どうか……側に置いてやってくれないか?」

「…………」

それはきっとそうなのだろう、とソニアも思った。だが、簡単に承諾することはできない。

「……あなたの心遣いには感謝するわ。アーサー。ここまでしてくれる人はいないもの。でも……」

彼女の乗り気ではない言葉を聞くと、アーサーはじれったそうな顔で視線を床に落とした。彼の行いは彼女の為を思ってのことであるから、それを見てソニアも切なくなる。

 ソニアはふと、自分に笑いかけるアイアスの顔を思い出した。温かで、おそれのないブルーグレーの瞳。何者にも怯まぬ英雄の眼差し。

 ……そうだ。何も、ここで臆病になることはない。危険がないとは言い切れないかもしれないが、自分の力となり得る者は利用するつもりで受け入れるくらいの度量を持つことが、この難しい時代を生きる鍵になるのではないだろうか。

 これは、そんな冒険を試すいい機会なのかもしれない。

「……わかった。ありがとう、アーサー。彼と少し話してみるよ」

一度は断られるかと思った彼女の態度が変わったことで、彼はパッと明かりが点るように顔を輝かせた。

 ソニアはディスカスの側に行き、手振りでアーサーには離れていてもらうよう示し、2人だけで話した。

「……お前の目的は何?」

彼女の眼差しは、見る者が見れば解る強さで何事かを語っていた。だが、ディスカスことディスパイクには、それが何を意味するのかは理解できず、ただ眼光の鋭い人だとしか思わなかった。彼には、まさか彼女が既に自分の正体を見透かしていようとは、しかもただの人間ではないというだけでなく、その姿や、誰の命令でここへ来ているのかについても全て見抜かれているとは、到底考えつきもしなかったのである。何故ならば、彼が彼女の前に姿を――――それがどんな姿であれ――――現すのはこれが初めてのはずであり、まさか以前に真の姿を宮殿で目撃されていようとは思いも寄らなかったのだ。

「私は旅の占い師です。目的など……我が水晶の示すままにこの地を訪れ、己の使命を知ったまでです。貴女をお守りせよ、と」

ソニアの目は、彼の真意を探ろうとするように彼を射抜いて、内部を照らし見るべく炎を翳すようなパワーを彼に感じさせ、少なからず怯ませた。

 何という威圧感。さすがだ。これが、人間世界にあっては軍を率いるトップにまで昇り詰めた力なのだろう。

 そのパワーを畏れながらも、彼はソニアを主人として惚れ始めている自分に気づいた。

「そう……私を守れ、と。それだけなのか?」

「それだけ……とは?」

「私は故あって、多方面から命を狙われている。お前にも……その可能性がないとは言えない」

単調だったディスカスも、こればかりは顔を上げて強く否定した。

「――――そんな! 私は貴女様のお命を狙おうなどとは微塵も思っておりません! 我が命を懸けてもお守りする覚悟はございますが、まさか逆にお命を狙うなど……! とんでもない!」

ソニアはピリリと眉を上げた。

「……なぜ、今、会ったばかりの私にそんな簡単に命が懸けられるんだ?」

しまった、とディスカスは思った。そうだ。つい主に仕える者の熱意そのままに口走ってしまったが、行き過ぎた忠誠心は今の場合逆に疑いを抱かせてしまう。だが、どうやって彼女に自分の決意と本気さを解ってもらえばいいのだろう。怪しまれることなしに。

 狼狽えつつも、ディスカスは苦しそうに言った。

「……運命……なのです。私は、今まで運命の指し示すままに生きて参りました。運命の流れに逆らわず、従うことが……占い師の道だからです。その運命が……今度は貴女様を命懸けでお守りせよ、と示しているのです。運命の示す道に沿って歩むのは私の喜びであり……宿命なのです。それに反して生きるなどということは……考えたくもない苦痛です。どうか、お解り頂きたい」

アーサー以上に彼の言い振りは必死だった。痙攣と言った方がいいような震えで全身を覆っている。生まれながらの奉公人にとって、主の命を全うできないなど、死ぬようなものである。勿論主は己が失敗しても「死ね」などとは言わないだろうが、達成できなかった自分が許せない。何としても彼女に認めてもらわねば。

「運命……ね……」

ソニアは遠くを見る目をした。それが何故なのか、その理由も彼には解らなかった。

「その運命とやらは……どうして私を守れ、とお前に言うの? 何の為に?」

「それは……私にも解りません。ただ……貴女の健やかなることを運命が望んでいるのです。運命にとって……それが大切なのではないでしょうか。それに……運命の意図するところなど、本当に理解し得る者がこの世にあるのでしょうか?」

それを聞いて、ソニアの目から鋭さが失せ、彼女はまた遠くを見やり、笑った。

「……そうだね。そんなもの、解る者などいないか」

そしてひとしきりフフフと笑い、気を取り直すように改めてディスカスと向き合った。その顔は、既に達観したところのある凛とした光に満ちていた。

「私を守るだけなんだね」

ディスカスはカクンと、やや奇妙な頷きを見せる。

「わかった。あなたに守ってもらうことにしよう」

 そしてソニアはアーサーを呼び、決意を告げた。彼はとても喜び、彼女の背を叩いた。

「良かった! 決めてくれたか」

「ああ。これから彼に助けてもらうよ。ありがとう、アーサー」

 こうして、たった今からこのディスカスが名目上はソニアの従者とうことで四六時中彼女の側に控えることになった。城内で働く許可は既にアーサーが手続きして得ているので、ソニアは何もする必要はない。彼が寝泊りする場所も確保されている。

 そろそろ勤務時間であるので、3人揃って王室に向かい歩き始めた時、従者らしく少し後ろを行くディスカスに近づく為ソニアは一旦歩調を落とし、並ぶと一声囁いた。

「私は、運命に伝えなければならないことがある。……いつか、お前の力を借りたい。手遅れにならぬうちに」

彼女の言っていることが理解できず、ディスカスは当惑した。しかし、彼女は再び歩調を速めてアーサーと並び、後は全くディスカスを顧みなくなる。

 彼女の言葉が理解できないのは、己の知識不足なのか? 人間世界での経験が足りないからなのか? ディスカスは必死で考えを巡らしながら彼女の後を追った。

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