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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』11

 トライア城の高官専用居住区、近衛兵隊長の部屋では、ランプの灯の下、アーサーとディスパイク2人きりの話し合いが進められていた。

 今朝ソニアと食事を共にしたばかりのこの部屋も、片や真剣な顔と片や無表情の男2人が向かい合って談議する緊張感の中にあると、全く違った雰囲気を見せる。

 高官居住区の窓はガラス張りになっており、今は人に聞かれぬよう窓を閉めているので、そこに2人の姿が映っていた。その向こうには庭園と城壁がある。彼の部屋は1階にあるので、ここからは森が見えない。

 今朝ソニアが座っていた椅子には、見知ったばかりの謎の男が不動の姿勢で座っている。その様子は、魂を吹き込まれて年季が入っている人形か、或いは呪われた人形のようだった。

 テーブルの上には軽食が並べられている。話が長くなるようであればアーサーも手を伸ばすつもりではあったが、それはディスパイクの為に用意したものだった。結局、どちらも全く手をつけていない。ディスパイクの方は遠慮しているという訳ではなく単に不要であるのと、人間らしく食事をするという演技にエネルギーを割きたくなかったし、アーサーの方は口にする気が起きなかったのだ。

 この部屋に来る途中で女官に頼んで届けさせたのだが、届けに来た女官は明らかにソニアと一緒にいることを期待している様子で揚々としており、部屋の中には入れず扉の所でアーサーが受け取ったものの、チラリと中を覗いて見た時に見知らぬ男がテーブルにいるものだから、驚いて眼を丸くしていた。さすがに何も訊かずに下働きの者らしく去っていったのだが、あれは何者なのだろうと何度も首を傾げるのであった。

「……そうか、いつかは判らないのか……」

「はい。その時が近づけば、判るとは思うのですが……」

今は、ディスパイクが一番の懸案事項だと言っていた、ソニアの兄弟がらみで発生する未来の危険について、察知できるかどうかということを尋ねていた。

 直前になれば、これから出向く旨の連絡が主から入るであろうから、ディスパイクはこのように答えたのである。勿論、真実を言えるはずはない。

 アーサーは深く考え、ずっと難しい顔をしていた。細かな所にも気を払う必要がある問題である為、どう活用すればいいか思案しているのだ。

「……あんたは、これからどうするつもりなんだ? 暫くこの国にいるのか?」

「水晶の導くままにこの城へやって来ただけでございますから、特に考えてなどおりませんでした。新たな地へ赴くべき時が来たら、水晶が知らせてくれますので、それに任せております。今のところ……このままこの地に留まるよう、水晶は言っております。この出会いもご縁でございましょう。この大事、私が関わるべき運命であるなら、ここに留まり全てを見届ける所存にございますが」

「そうか……」

ディスパイクは水晶を右手に持ったまま、殆ど姿勢を崩さないでいる。人間というものは大体、長時間同じ格好をしていると骨格や筋肉のバランスを取ったり解したりする為にちょっとした身動きをするものだのだが、この男は異常にその動作が少なく、時々するにしても普通の人間とどこか少し違う。その違和感には重々アーサーも気づいていたのだが、才能ある占術者はどこか得体の知れないものである、という彼自身の認識によって、それはその範疇に入れられ、無理矢理納得していた。

 さんざ考えた挙句、アーサーは背筋を正してディスパイクに面と向かった。

「あんたは、彼女が人間でないことも見抜いた。オレは、あんたの力を信用しようと思う。オレに……無期限で雇われてくれないだろうか?」

「……と、いいますと?」

「これから毎日、彼女のことを占って、危機を察知して欲しいんだ。何を占っているのかは人に知られぬようにして。そして危険が判ったら、すぐに知らせて欲しい」

「……それだけでよろしいのですか?」

何か含みのある言い方をするので、アーサーは眉を上げた。

「そうして差し支えないのであれば、私はその方のお側に控えて、片時も目を離さずにお守りする覚悟がございますが。只今、水晶にもそれが良いと出ました」

「本当か?! ……いや、訊くまでもないか。あんたを信用することにしたんだからな。片時も離れない……本当にその覚悟があるんだな?」

「はい」

ディスパイクは、誠意を示そうとゆっくり頭を下げた。

「剣術、武術などには全く明るくありませんが、魔術には自信がございます。敵の撃退とまではいきませんが、その方お1人をお守りして姿を隠すことぐらいであれば、簡単にできます」

その状況を思い浮かべているかのように、アーサーは視線をやや上方に置き、小さく頷いた。

「……それでいい。いざという時にあいつを守れるのなら、逃げようが姿を消そうが手段はどうだっていい。敵とはオレが戦う」

その言葉に、ディスパイクは正直感心した。この男は主の妹君を本気で守ろうとしている。どんな手を使ってでも。己が盾になってでも。ディスパイク自身が彼女を守りに来ているので、同じ目的意識を持ち、しかも命まで懸けている者を見るのは、心に響くものがあった。ディスパイクは忠誠の為、そしてこの男の場合は人間が好んでよく使う《愛》というものの為だが。

 《愛》……ディスパイクにとって生まれながらに認識のある概念ではない。しかし、献身や無我という言葉も合わせて、この《愛》というものは主の姿を思い起こさせる。主が妹君を想うあの姿こそ、《愛》というものではないだろうか。

 今この国に自分が来ていることも、その《愛》によるものだと信じたい。ディスパイクはそう思った。

 アーサーは視線をディスパイクに戻し、手を差し出した。

「あんたがそうできるのなら、是非ともお願いしよう。彼女が何者か、どんな生活をしているか、これから説明する。あんたはこれからこの城で生活することになるぞ。手筈の方はオレが整えるから、早速明日から頼む。彼女を守ってくれ。これから毎日、片時も目を離さないでくれ」

ディスパイクはその手を取り、握手した。

「承知いたしました」

ディスパイクは心の中、主に言った。どうやらこれで、私の使命は最高の形で果たせそうです。お喜び下さい、ゲオルグ様。

 彼女を守るよう、道筋が整っていく。やはりこれは、定められた使命なのだ。


 城でアーサーとディスパイクが打ち合せに没頭し始めた頃、水辺の2人の方はひっそりと穏やかな声で昔語りをしていた。

 ソニアの生い立ちを聞かされたルークスは、驚きのあまり何度も目を見開いて彼女に真偽を問うていた。彼女を疑う訳ではないのだが、信じられなくてつい口にしてしまうのだ。

 何と言っても、苦しい過去があるという点でますます自分との共通点が見出せて、それを喜ぶ体全体の波が強過ぎるのである。人間世界で暮らすハーフを見つけたということだけでも大きな発見だったのに、彼女はそれ以上の存在だったのだ。

「……今でも、そのお兄様を待っているの。いつか迎えに来てくれると信じているから」

ソニアは、生まれ育った森を離れ、森の仲間が皆殺されて1人きりとなってしまい、そこを人間の若者に助けられ妹にしてもらい、この国にやって来て預けられたところまでを話した。相手が皇帝軍の人であるから、その兄が英雄アイアスであることは伏せている。

 大きな感慨を受けた様子で、ルークスは視線を度々彷徨わせ、深く頷いた。

「……その男に救われ、その男を好いたから……君は人間を恨むことはしなかったんだな」

「……そうね。そうだと思う」

「その男は……名の知れた戦士なのか? 幼い君を連れて世界中を旅したなんて、ただの男ではないだろう」

「……実を言うと、名前は知らないの。最初からずっと兄と呼ばせていたから」

ソニアは嘘をついた。だが、今はその方がいいと思われた。彼はどうも、ソニアが人間に執着する源を気にしているようである。そこが彼女を連れ出せるかどうかの鍵になっているからなのだろうが、それにしてはかなり拘りを持っているようだった。今も、名前が解らないと言うので不満そうにしている。

「……名も知らぬ男の為に……君はこの国に残るつもりなんだな?」

「あら、自分の為よ。お兄様に会うことが長年の夢なんだもの」

兄を語る時の彼女の様子があまりにも愛しさに溢れているから、それが彼の苛立ちを募らせた。彼女に惹かれている者ならば、誰もがその愛を向けられる相手に嫉妬せずにはいられないのである。

「死の危険を冒してまで、人を待つなんて馬鹿げている! 本当に来るかどうかも判らない人間の為に、解り切った未来の危機を避けないなんて、ただの自殺行為だ!」

彼は苛立ちのあまり拳を握り締め、座っている岩を叩いた。暴力的というのではないが、礼節を持って紳士的に振る舞うこの若者の、情熱的な本来の性が表れたのではないかとソニアは感じた。ほんの一瞬の仕草なのだが、そこに抑制された炎を垣間見た気がしたのである。

 戦士としてある領域を越えた高みに行ける者は、心や闘気など、内面から発されるエネルギーの統御に優れているものだとソニアは考えている。この人は相当の炎を心と肉体に宿し、それが戦士としての能力を決定付け、しかもその炎を抑えて平時は静かな生活を心掛けることで、さらに高域に達しているのではないだろうか。ソニアはそう思った。

「……あなたには、そうしてもいいと思える相手はいないの?」

「それは……《待て》と言われれば何があっても待ちたいと思う方はいるが……それとこれとは別だ。オレがそう思う方は、そんな無責任な命を出したりはしない」

「ああ、仕えているご主人様のことね? 素敵ね。そこまで慕える方に仕えるなんて」

「……君にとって、君の兄が命の恩人であるように……オレにとってはその方が命の恩人なんだ。それに、幼い君を余所に預けて放っておくような男とも違う。最後まで面倒を見られる方だ」

そう言われると、聞きようによっては、この物語を人はそのように受け取るのかもしれないとソニアも思った。アイアス本人をよく知っているから悪く思う気はないのだが、他人を納得させるのは難しいかもしれない。そして、一途に主に仕えている彼のことが好ましく思え、ソニアは笑んだ。

「人に何と言われようと、私はお兄様を待つわ。それがこれまで生きてきた望みで、夢だから。でも……あなたのご主人様も素敵な方のようね。今度はあなたの番よ。どうやってその方と出会ったのか、教えてくれる?」

彼女の待ち人をもっと批判して説得したい様子のルークスであったが、彼女に間近で願われて、そこでグッと止めた。しかも、彼女が彼を鎮めたくて彼の手に触れたものだから、それが本当に彼の苛立ちを薄れさせた。肌を通して伝わる温もりに体が痺れ、気にならなくなってしまう。何をしていても、そうして触れられたら自分が止まってしまうような気さえした。

 彼の生い立ちを知る者は、この世に一人しかいない。それが彼の主である師匠だ。

 他の人に話そうなんて思ったことも、その機会もなかったから、今回初めて他の誰かに話すことになる。そして彼自身、ソニアの過去を聞いたことで、自分のことも話して構わないと思うようになっていた。むしろ、早く分かち合いたいとさえ思った。

 それに、いかに人間が残酷でおそろしいものであるかを己の過去から知ってもらえれば、彼女も自分の甘い見解を改めて避難に同意してくれるかもしれない。そう期待できる。だから、できるだけ正確に、己の辿ってきた傷だらけの歩みを彼女に聞かせよう。そう思った。

 ルークスは、最初の一言は特に彼女がどのような反応を示すのかを見たかったので、ジッとソニアを見つめたまま言った。

「……実は、オレも君のようにハーフだ。半分は人間の血が入っている」

ソニアは驚きをそのまま表情に表した。ヌスフェラートの平均を知らないから、らしくなさがどこかに現れているのだとしても気づかないのだ。言われなければ、全く判らない。

「……どちらが人間なの? お父様? お母様?」

「……母だ」

母という言葉そのものを口にする機会もないから、言葉にするだけで胸が疼く。

 ルークスは目を閉じ、その疼きが痛みに達しないよう願った。彼女の側にいれば平気なような気がするのが不思議なのだが、念の為願わずにはおれなかった。

 見ているソニアの方は、もうそれだけで痛みの予兆を感じ取っていた。この人には、何か深い悲哀と苦しみの記憶がある。それを肌が読み取っていた。

 ルークスはゆっくりと、己の物語りを始めた。

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