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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』4

「――――あ、グルス、軍隊長を見なかったか?」

「ソニア様ですか?」

軍のトップが戻ったことで完全な状態で城が機能し、文句のつけようがない午後が過ぎて日が暮れ、夜となり、兵舎でも軍官幹部の個室でも夕餉が済んだ頃、彼女の姿を探してアーサーが1人城内を歩き回っていた。

 彼女が戻ったことで、無理に職務範囲を広げて超過勤務する必要はなくなったから、夜勤の確認も済んだ今は自由の身であるので、彼女に会いたくなったのである。

 個人的に街の見回りにでも行くのがこの時期の定番であるから、一緒に行かないか誘おうと思っていたのだが、探しても彼女の居そうな所には姿がなかった。

 防具の手入れや修理の窓口である工房の係員は、修理待ちのくたびれた鎧一式数体を背に彼に答えた。

「いやぁ……特に見てませんけれども」

「そうか、ありがとう」

多分、時々あるすれ違いというやつだなと思って、アーサーはじれったくなった。長年をかけてようやく昨晩、彼女の唇を我がものにできたのだ。見回りの後、また水辺にでも行って寛ぎ、またあの甘美な一時を過ごしたいと胸が疼いていた。

 だが、そこへ部下がやって来て彼を呼び止めた。

「――――隊長! ここにおられましたか! 王様がお呼びです!」

部下の方も彼を探し回っていたようで、中距離走でもした後のように上気していた。

「わかった。ところで――――軍隊長を見なかったか?」

「ソニア様ですか? 先程ビヨルクから戻ってきた魔術師と話をされておいででしたよ。そのまま北棟の方に歩いて行かれましたね」

魔術師が戻って来たのであれば、あのゼファイラスがどうしているか気になっている彼女のことだから、その話に花を咲かせているのだろうと思い、アーサーは想像して笑った。

 王がお呼びとあってはすぐに馳せ参じなければならない。それに、会議の後で彼女は残っていたし、部下の話によれば人払いまでして随分長いこと話し込んでいたらしいから、多分あの事を打ち明けたのかもしれないと思い、それに関することであれば、この呼び出しも長い話となるであろうと思い、アーサーは街行きができなくなることを半ば覚悟した。でも、そうならこれも大切な話である。蔑ろにはできない。

「さて、王様のお呼びだ。急ぐか」

彼のクセで軽く頬を撫で擦った後、彼は足早に王室へと向かって行った。


 自室で夕餉を済ませた後、ソニアは城内の見回りをしていた所でビヨルクからまた魔術師が帰って来たとの知らせを受けて彼と会い、王より先に報告を聞いた。

 流星術で運ばれたゼフィーは特におかしくなることもなく落ち着いていて、到着当初はむしろはしゃいでいたと言う。アスキードと彼を乗せているうちは乱暴な飛行はできないから大人しくしていたが、いざ2人を降ろすとまるで犬の様に雪にまぶれて遊んでいたそうだ。その話を聞いてソニアは大いに笑った。

 それから王子と対面すると、さすがの王子も暫く呆然としていたらしいが、やがて慣れて挨拶を交わしたらしい。すっかり懐いた雪猿まで出て来て、いきなりその場でじゃれ合いを始めたそうだ。

 ともかく、適応の面はこれで問題はないようなので、後はビヨルクの人々があの子に慣れるかどうか、そして役立てられるかどうか、時間をかけて様子を見ていくのがいいだろう。スタートはそんなに悪くないようだから、これは期待できそうだとソニアは思った。

 そして引き続き役目を頼むと魔術師にお願いし、彼女はそこで別れた。

 気になっていた事はこれで安心できたので、この後は心置きなく自由に時間を過ごすことができる。例年のように街の見回りをするのもいいが、昨日の昼に十分見て回った後であるし、今晩はあまりその気になれなかった。不在のうちに部下がよく働いてくれたお陰でどこにも滞りがないので、それに安心しているのと、昨晩に引き続き今日も自分の出生を人に打ち明けた緊張感で、少なからず精神休養を欲していたのである。

 王との話をアーサーにも教えたいと思っていたが、探しても彼は見つからず、やがて王に呼ばれて行ったと人に聞いたので、例の事で王が相談するつもりなのかもしれないと考え、時間もかかるであろうから、諦めて1人で過ごすことにした。それもいいものだ。そうと決まれば、彼女が行く所は1つである。

 ソニアは自室に戻って着替えると、今晩はセルツァを呼ぶこともしないで、そのまま竪琴を手に城壁を越え、森へと入っていった。乾期の澄んだ星空の下、あの水辺で過ごす時間ほど心地良くて癒しをもたらすものはない。

 日に日に体調も元に戻っていくし、懸念も和らいでいくので、彼女の心は水辺を思うと踊るようだった。


 一片の白い布が空を舞い、足下の木立の中に消えて行った。ムササビの腹だ。

 木々は天に向かってそそり立ち、こうして横たわって見ると、自分から遠ざかって行こうとしているようにも見える。その先には無数の星々が瞬いていた。

 木は、この俗世から逃れて宇宙の仲間入りをしようとしているのかもしれない。騎士はふと、そんなことを考えた。

 ハニバル山脈の麓に置いてきたパースメルバは、どう過ごしているだろう。

 彼は途中まで翼竜と行動を共にし、それから単独で行動を始めて、今夕このトライア城都市に到着していた。姿を見られぬよう森伝いに街の様子を見た限りでは、まだ襲撃に会っていない為だろう、随分と活気のある様子が窺えた。

 城を見れば国の気風も判るものだが、ここの城は物見用の塔以外は無理に高く作ろうとしておらず、丘の上に穏やかに広がっている。さぞ、侵略意識が低いのだろう。外敵に対する威嚇も挑発もする気はないらしい。過去の歴史の中で、戦の経験が少ないのではないだろうか。

 城下に広がる街は、これもあまり高い建物はなくて、公共の建築物と思しきもの以外は平均的に2階建てである。森が至る所で斑点状に存在しているものだから、所々で繋がっており、お陰で森伝いに何処へでも行けそうな地形をしていた。一部は城にも達しているから偵察には楽だろう。

 ただ、街の中心部に関しては実際に入ってみないことには行けない。もう少し地形や人の動きを把握してから、真夜中にでも潜入するのが無難なようである。

 テクト領の村で人間を装い尋ねてみたところによれば、あの聖域魔方陣は戦の際に発生したものらしい。魔導大隊の度重なる襲撃でテクト城は陥落寸前であった為、このトライアに救援を要請し、精鋭部隊が馳せ参じ共に戦ったということである。

 その際に、トライア側の隊長が魔導大隊の副長と戦う中で事故的に発生したという噂なのだが……だとすると、天使アイアスが復活し、この件に絡んでいるというのは考え難いようだった。新たな天使が出現した可能性もあるとの主の話であるから、何かそう思うに足る別の情報があって自分に調査を依頼しているのであれば、その可能性はかなり高いのであろう。

 そこで新たな天使が出現しているという前提でものを考えるならば、それはテクトの者ではなく、たまたまあそこに居合わせた人物……そして事故のきっかけとなった、そのトライアの隊長である戦士が疑わしいのではないだろうか。

 確かに、このトライアをよく調べてみる価値はあるようだ。彼はそう思った。

 アルエス湖畔で出会ったあの鎧武者……。名も役職も聞けなかったが、あれは間違いなくこの国の軍部上層にいる。人間世界の平均から考えると、あれ程の人物がいれば抜きん出てトップに掲げられるだろう。もしかすると……テクトに赴いて副長と戦い、事故に遭遇した隊長というのは、あの人物なのではないだろうか。

 あれ程の人物なら、聖域魔方陣の出現に関わっているとしてもおかしくない。何しろ、あれ程素晴らしい鎧に所持を許させ、認められているのだ。おそらく相当の能力を秘めているのだろう。

 本当に天使が出現しているのならば……あの人物こそ、それなのかもしれない。それならば納得がいく。ただの人間の男が、あそこまで礼節と力を兼ね備えることがあるわけがないから。人間の姿をしていようと、天使ならば特別で別格だ。

 彼はあの重装甲の戦士を今一度思い出し、その人物があの城にいるかもしれないと思うと高揚感で胸が擽られた。天使か否かを見極める為にも、どれほどの人物かを知る為にも、やはりあの戦士と一線交えたいという好奇心が生じて体を疼かせる。

 天使。師匠と同じ、選ばれし者。

 この城下街が戦火に呑まれる時、あの戦士はどうしているのか。

 騎士は街の明かりに目をやった。これまでに見てきた他国の街より、この国の民は夜が遅いらしい。この時分になっても街の至る所に明かりが灯っている。だから容易に街を覆う炎が想像できた。炎を背に、あの戦士は立ち向かうのだろうか。

 逃げ惑う人々。断末魔の叫び。

 また、哀れで弱々しい女の声が彼の名を呼ぶ。

 昨晩長いこと苦しんだせいで、今日も簡単に痛みが戻ってきた。薄く覆った瘡蓋が剥がれるように、その下の傷が露になって血が流れる。

 彼は自らの胸をグッと押さえ込み、痛みに耐えた。

 これが、父をも死なせた心の臓の病でないことは解っている。竜時間による負荷には十分耐えられる再生力を持っているのだ。これは……それとは別の、己の心弱さによる忌まわしい幻想なのだ。

 師匠と別れて己とパースメルバだけで生きるようになってから、殆どこちらの世界にいるが、その間こんなに胸が痛むことはなかった。やはり、人間に近づくのは良くないのかもしれない。そんなことを思いながら、彼は目を閉じて痛みの鎮まりを願った。

 すると、どうしたことだろう。思いの外、早く痛みは消えた。いつもは、願ったってそう簡単に痛みは引いてくれないものだが、スッとどこかに消えてしまった。

 彼は目を開き、顔を上げ、周囲を見回した。

 それが原因なのかは判らないが、何かが聴こえてくる。こんなことは初めてだった。

 彼は立ち上がり、いつの間にか歩き始めていた。無意識ながら、音源を求めて体が動いているのだ。この音が痛みを取り除いてくれたからなのか、まるで光に引き寄せられる羽虫の様に、その光に向かって動かずにはいられなかったのである。

 獣なのか鳥なのか、風に乗ってやってくるから途切れ途切れで判別し難いのだが、自分の耳に間違いがなければ、それは至上の美声であった。

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