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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』3

 ソニアは出来る限り王に近づき、人払いをさせたと言ってもなるべく気をつけて、密かな声で言った。

「人を下げていただき、ありがとうございます。ご報告がありまして……人には聞かれてはならぬことでございますから……」

王は何を言われるのかと構え、ほんの一時息をするのも忘れてソニアを見入った。

「今回の長い旅で……実は……私の生まれが判りました」

「ま……まことか!」

王は身を乗り出してソニアの肩を取った。互いに多忙の身であるし、王には休息が必要であるから、ソニアは簡潔に、出生に纏わる出来事だけを彼に伝えた。

 父親は不明だが、母はハイ・エルフという種族で、やはり自分は純粋な人間ではないということ。そして自分を愛する弟が、いつかこの国にやって来るかもしれないということを。

 気を遣って要約したのだが、王の方はもっと、もっと、と詳しく聞きたがり、質問攻めにするので、結局は出生に纏わる物語を殆ど説明することになった。

 王も、彼女の出生についてはこれまでいろんな想像をしていた。だが、彼女から聞かされた事の重さは予想以上で、王は全てを聞くと、その後は暫く何も言えず、深く考えた。

 アーサー以上に、彼には王としてこの問題に対処する責任がある。国の大事になりかねない問題を、彼女は抱えているのだ。とても軽々しく結論は出せない。

 だが、一個人としてどう思っているのかは、すぐに答えが出ていた。

「……まずは、王としてではなく、一人間として言おう。ワシは今でも、そなたを我が娘と思うておる。どのような生まれであれ、それは変わらぬ。そなたはワシの……優しく勇ましく、愛しい娘じゃ。……だが……」

王は、王としての顔と父としての顔を混在させた複雑な表情を見せた。

「だが……それが人々に知れた時……果たしてそなたはこの国に居続けることができるのかどうか……」

王を悩ませたくないソニアは、この件についての自分の考えを一気に述べた。

「……この事実を伏せて、これまで通り軍隊長として用いて下さるならば、私は誠心誠意、勤めて参る所存です。私が標的であった場合は速やかに戦場を遠方に移します。私の望みは、今もこれからも、このトライアが無事であること。国王陛下や皆が平和に暮らせることですから、私の存在がそれに支障をきたすようであれば、自ら身を引きます。

 ですが……ギリギリまで、本当にそんな事態になるまでは、私がこの国にいて、これまで通り国の守りにつくことが、一番の策だと思っております。率直に申し上げて、私の力を欠いた状態では、皇帝軍には決して立ち向かえますまい。そう信じるからこそ、私はこの国に戻って参りました。しかしながら……それは私個人の判断です。もし、適当でないとご判断されるようであれば、私に出国をお命じ下さい。それが国の為、民の為ならば、私は潔く出て参ります」

 沈黙。

 昼下がりの陽射しは窓の外を眩しく照らし、それに比して室内が薄暗く感じられた。先程まで大勢いた後では、妙に寂しく感じられる。真昼の中にふと見つけられる暗がりに嵌り込んだような感じだった。

 王は真剣に、彼女の提案を考えていた。

「エルフ……か……」

外世界に向けられていた王の思考と視線がソニアに戻り、彼女の中に何かを見出そうとするかのうように改めて姿をよく眺めた。

「そなたの非凡なる……いや、神懸りな能力は……その為であったのだな。エルフのことは知らぬが……さぞ神秘なる技を持つ種族なのであろう」

「……はい」

エルフを語ろうとするソニアの瞳がキラリと輝いた。

「とても温厚にして、平和的な人々でした。外界の争いや汚れを嫌う為に、全く独立した世界に住んでいるんです。妖精や、ドワーフという種族達とも協力して、その世界を築き上げていました。あの空間だけは……時を超越しているように感じられた程です。いつか……あの人々と人間とが共に暮らせたら、どんなにいいだろうと思っています」

素晴らしい種族を賞賛するのと同時に、その血が自分にも流れているという誇らしさがソニアには表れていて、彼女を光らせていた。それには王も優しい微笑みで頷き、胸を温めた。

「……もしも……そなたがこの国を出ねばならぬことになったら……そなたはそこへ行くのか? ソニアよ」

「……いいえ」

彼女は即答した。この国にもいられず、血の故郷であるその村にも住まないのであれば、一体何処へ行くつもりなのか見当がつかないのだが、王はその返事に内心自分が喜んでいることに気づいた。ソニアは凛としていた。

「例えこのトライアを追われたとしても、私はこの国を陰ながら見守る所存です。おそらく覆面戦士にでもなって……このナマクア大陸を流離いながら、外敵を退け、戦い続けるでしょう」

王は瞳を震わせて、ソニアの両肩を掴んだ。

「トライアの民におそれられ……追われる身となったとしても……この国を守ると……そう言うのか? そなたは」

ソニアは揺らがぬ強い決意を瞳に宿し、ゆっくりとした頷きで示した。

 王は彼女の肩を掴んだまま座を下り、跪いている彼女と同じ目線になって、ひしと抱き締めた。

「ソニアよ……! そなたは……何という……」

その身を不憫に思い、尚且つ国に対する健気なまでの忠誠心に深く痛み入って、王は泣いた。自分を心から大切にしてくれる王の想いが嬉しくて、ソニアもまた瞳を潤ませた。この方がどんな決断を下そうとも、いずれ何が起きようとも、自分はこの国を出て行くことに何らおそれはない。そうソニアは思った。

 涙声で王は言った。

「そなたをそのような目には遭わせぬぞ……! このことは……決して誰にも言うでない。よいか……? 言うでないぞ……!」

娘を思う父の情だけのようでありながら、向かい合って見た王の眼差しは、果たして王としての厳しいものであった。

「そなたの申す通り、いずれ皇帝軍の手が伸びてきた時、この国が存続できるかどうかは、そなたの力にかかっておると思うておる。そなたが国を出たとして……それは一部の危険の可能性を避けるだけに過ぎん。今、最も確実な危険は、そなたの弟でもなく、そなたへの刺客でもない。このトライアを狙ってやって来る皇帝軍なのじゃ。そなたが去ろうと、それは変わらない」

強い糸で繋がれたように、ジッと2人は見つめ合った。意志と心の力の強い者同士がこうして互いを想うと、そこに見えない光の糸が生じる。この世で最も強靭な糸だ。

「……一生隠し通せとは言わぬ。いつか……平和な……誰にも侵略されぬ穏やかな世を迎えることができたら……その時は何もかも打ち明けてしまうが良い。皆も知るべきじゃ。そのような素晴らしき者達が存在し、その血をそなたが引いていると。じゃが……今はよせ。今は隠すのじゃ。隠して……このトライアに居ておくれ。王として、そなたに頼む。解ったか、ソニアよ」

王の言葉と情愛をこれまで信じてきたソニアであったが、自分の出生の真実を知ってどのような反応を示すのかは、実際こうして話してみなければ判らないことであった。だが、その不安は空を覆う雲が掻き消えて太陽が顔を覗かせるようになくなっていった。

 決断をさせたことで、万が一の時に連帯責任を負う関係にさせてしまったことは申し訳なく負い目を感じるも、知らせずにこの国に居続けることはできなかったので、ソニアはただひたすらに感謝し、愛と忠誠を心に誓った。

 2人は再び抱き合い、絆を確かめ合った。

「……この国でそなたが育ったのも、異国へ飛ばされてしまったのも……何もかもが運命の成せるところなのかもしれぬな。何処ぞの他の国でなく、このトライアに縁付いたことを……ワシは大変嬉しく思うておるぞ」

「私も……この国であなた様にお仕えすることができて……今ほど嬉しく……誇らしく思ったことはありません。この命に代えましても……このトライアをお護り致します……!」

王はソニアの顔を両手で包み、今は優しい父の顔で微笑んだ。

「……さぁ、この話はもうこれきりじゃ。誰ぞに聞かれるかわからぬから、滅多なことではもう口にせん方が良い。当分は、今日を限りとしておこう。ここを出れば、そなたは今まで通り国軍隊長じゃ。涙を拭いて、その顔を何とかして、いつもの様に凛々しく行きなされよ」

ソニアも微笑み、懐から布巾を出して涙を拭った。再び目を開けた時には、すっかり涙も消えて軍隊長の顔になっていた。

 王の促しに応じてソニアはすっくと立ち上がり、その場で敬礼した。王も立ち上がり、王らしく堂々とした様子でそれに頷いて見せる。

 ソニアは会議室を退出し、廊下にまで下がっていた近衛兵に礼を言った。彼が見たソニアは、いつも通りの颯爽たる歩きぶりでその場を去って行った。その姿からは、これだけ長い間国王と2人だけで何を話していたのかは察せなかった。だが、何か特別なことなのだとは思った。

 そこで隊長が後ほど近衛兵隊長のアーサーに、このような事があったのだが何だろうかと尋ねてみたのだが、彼は「祭りのことで礼でも言っていたんだろう」と簡単に誤魔化したので、それが概ねの噂として流れた。だが、現場にいた者は、何かしらそれだけではないということに薄々勘付いていた。

 そうしてこの頃から、彼女には王とだけやり取りしている何かしらの秘密があるらしい、との見解が生まれ、憶測を呼び、ゆっくりと広がっていくのだった。何しろ、壮大な旅をして戻ってきて、大きな竜や見事な鎧まで持ち帰ってきた人だ。さぞ立派な秘密があるのだろう、と人々は考えた。

 それが好意的な憶測で留まるうちはいい。だが、日々の積み重ねによって熟成が始まり、悲観的な人間や竜をおそれる心がどうしても捨て切れない者の恐怖がそれに作用すると、思わぬ酒になる。もしそんなものが出来上がれば、後はほんの少しのきっかけで皆が悪酔いをしてしまうのだ。

 果たしてこの噂がどのような方向に流れていくのか、この時点ではまだ誰も想像ができなかった。

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