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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第24章
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第4部24章『出会い』1

 薄曇の天気に見える空の中を、小さな影が幾つも舞い、飛び交って幾度もぶつかり合っては領空を巡る小競り合いをしている。この空で毎日のように見られる光景だ。その空の下に広がる大森林に住む鳥達が、飽くことなく己の領域をかけて戦うのである。

 大森林の大きさは壮大なので、木の下は勿論、その下の根が張る地下部分にまで王国が及んでおり、上にも下にも道が伸びていた。

 まるで沢山の小さな星が落ちてきて地中で弾けたかのような地形をしており、この奇妙な地形の至る所に穴が開いている。穴は通路となり、宛ら迷路のように王国中に張り巡らされている。

 地下世界(アールヴ・ガード)、辺境の地、ブルアーヴァー。

 曇りのように見える空は天候の為ではなく、この地下世界独特のものであり、いつもがこんな色だった。晴れと言えば、これがこの世界の晴天である。

 その空の中で繰り広げられる戦いは、森の主の心を表すかのようにいつもより激しく、大いに乱れていた。

 この大迷宮の如き地下の道を進んで奥へ奥へと行くと、厳重な結界に守られた巨木群に行き当たる。これが、この王国の都市だ。巨木は言わば城や宮殿に当たり、選ばれた高貴な者だけが住まっている。その他の一般的な民は巨木の麓に家を持ち、巨木の根にできた無数のコブのような住居が足下に広がっていた。

 今日は、森で3番目に大きい巨木の中にある会議室に、長老や代表者たちが集まっていた。重要な議題でなければ、この面々が一同に集うことはあまりない。実に数年ぶりのことである。

「……急に族長召集をかけるとは、ハイ・エルフの長殿は何を考えておいでなのだろうか」

「……うむ」

老いた男4人と、老いた女5人。そして若い男が1人。木の空洞をそのまま部屋にしたような、壁も天井も床も全てが丸みのある会議室で、その中央にある楕円形のテーブルを囲むようにぐるりと座している。頭上には葡萄の蔓と実を模したシャンデリアが煌き、空間を明るく照らしていた。光の元は魔法の炎と、自然発光する貴石だ。壁は木目をそのまま活かしており、テーブルと椅子の方は暗色の漆塗り仕上げが施された、掘りの細かい重厚な造りになっている。

 彼等は炎を扱うのが得意で、家具の焼き彫りは彼等の伝統芸なのである。彼等は誰もが身の丈高く、その耳は天に向かってスラリと尖り、長い。そして肌の色は青みの強い灰色で、老いた者の肌は粉をふいているように見えた。若い者の肌はそれに比して艶やかで、よく磨かれた石のようにハリがある。

 ヌスフェラートの肌も青いが、この種族の肌色はそれとは違っている。ヌスフェラートの場合は青さのバリエーションが幾つかあり、紫がかかっていたり、緑味を帯びていたり、黒ずんでいたりと様々で、人間が打ち身をした時の様なゾッとする色の存在感があるのだが、彼等の場合は皆が一様にこの灰色を含んだ鮮やかな青をしていた。

 そして、共通種族と見極められる顕著な特徴がもう一つある。それは頭髪で、色の残る者は皆、紅い色の髪をしている。勿論若者は全てが目の醒めるような紅色の髪で、まるで炎が燃えているかのようだ。年齢と共にその色が抜け、白髪になっていくのは、頭髪を持つ種族すべてに共通していることで、今ここに集まる者は老齢が多かったから、殆どの者は9割方が白髪に覆われていた。

 男は短いのと長いのといるが、女は皆の髪が長く、長い者は床につくほどに伸ばして垂らしているか、軽く結ったり三つ編みにしていたりと、好きなように纏めていた。

「この時期に、一体何の用事がおありなのか……」

「……あそこはこの200年近く、だんまりを決め込んでいたというのに……」

「そうか……あの騒ぎから、もうそんなになるのか……」

議題は、つい最近ハイ・エルフの使者が来て連絡が入ったばかりの、族長会議についてであった。何か重要な連絡事項があったり、族長レベルでの密な相談が必要だったりする時に、各族長は召集をかけることができ、呼ばれた方は必ず出向かなければならないのだ。

 急ぎの要件であれば、使者を立てて各種族を巡ればいいのだが、一同が会している場で同時に伝えることに重要性がある場合は、このような招集を行うのである。

 はっきり言ってそれ程良好な間柄ではないし、ずっとなかった召集でもあるから、どんな重大発表があるのかと訝って警戒してしまうのは、彼等らしい性格の表れだった。

 唯一人の若い青年だけは席に着かず立っており、一番位の高そうな真紅のローブを身に纏った老人のすぐ脇に控えている。そして皆の発言を見守っていた。

「……大事な用件とあっては、ワシが地上へ行くべきなのじゃろうが……あちらは皇帝が戦を起こしている最中だと言うし、何よりワシももう年で、地上への旅は骨が折れる。そこで、代理を立てたいと思うのだが、誰か行ってくれぬか?」

それは、この一族の長であった。この面々の中で一番年老いており、その発言が尤もな身体をしていた。ハイ・エルフの長エアルダイン程の老齢ではないが、それでも齢600以上であるし、地上の旅というのは、そう易々と気軽にできることではないのだ。

 各種族共通して、ある程度老いると、流星術を使用した際に肉体が十分に適応できず、体調不良を起こしたり、酷いと死に至ることもある。勿論、魔法に秀でた種族であるから治療術にも呼び戻し術にも長けているのだが、余程の理由がなければ態々それらの術を使用するかもしれない危険は冒さないものだ。呼び出す方も、普通はそこまで期待しない。

 やがて、長老の右隣に座していた男が面を上げてゆっくりと目を開けた。これまでは目を閉じて黙想していたのである。

「私が行きましょう」

「マロンド殿」

「そなたが」

「……なに、最後の地上見物とでも思って楽しんで参りましょう。エリア・ベルは美しい村です。もう一度くらいは見ておきたい」

長がマロンドを見て、満足そうに頷いた。

「……そうか、そなたならば申し分ない。そなたが行ってくれるのであれば安心だ」

居並ぶ一同も賛同して頷いた。

「フレア様、願わくばドレス殿をお借りしたいのですが」

そのマロンドの申し出に、皆が一斉に長の横に控え立つ若者を見た。彼はずっと無表情で、今もただ静かに長の反応を見ている。長はチラリとだけ若者を見ると、言った。

「……そうじゃな。ドレスが行けば、そなたも心強いであろう。――――ドレスよ、お主は若く、術にも長けておるし、落ち着いている。族長会議に出席させるに何の遜色もないと思う。地上行きはお主の勉強にもなるじゃろう。――――どうだ? 行くか?」

若者は何の躊躇いも見せずにすんなりと頭を下げた。了解のしるしである。

 これで無事に名代は決まったと、皆は手を叩いて喜んだ。これにて会議はお開きである。席を立ち部屋を後にしながら、皆は言葉をかけ合っていった。

「我々も土産の品を用意します故、出立は少しお待ち下され。マロンド殿」

「なに、準備にも時間がかかりますから、それ程急がずとも大丈夫ですぞ」

マロンドと、長の付き人である若者はその場に残り、他の面々が去ると長を含めて3人きりとなった。皆の面前では言い難かったことも言えるようになり、マロンドが尋ねる。

「……フレア様、何か思われる所がおありで?」

長は長老席に座したまま眉を顰めている。長の髪も眉もすっかり白くなっているが、瞳だけはまだ美しい黄金色を保っていた。若者は《2人の話を自分は聞いていません》とでも言うように、テーブルの上を片付け始める。

 長も、皆の前では軽々しく自分の推論を述べることができなかったのだが、ここでは口にした。

「ワシの思うに……この召集は、もしや200年前の事と関係があるのではないかと……そのような気がする」

「あの、族長の娘のことでございますか? 確か何年も前に亡くなったのでは……」

「……うむ、そうなのだが……」

長はその先については言葉を続けなかった。

 ふと、若者が会議室の上に掲げてある時計に目をやった。楕円を縦にした形のガラス管で、その中に1つの星が浮かんでいる。両脇には目盛りがあって、自然物の図柄が描かれていた。地下月の運行によって時の流れを計るものだ。

「フレア様。そろそろお仕度を。もうじきヴァリー様がお見えになりますよ」

ようやく言葉を口にした若者の声は、その立居振る舞いに違わず密やかで美しいものだった。

「おお! そうであった。今日であったな」

長は嬉しそうに顔を輝かせ、言われるままに席を立った。若者の方も、心なしか所作が弾んでいるようである。マロンドも声を上げた。

「おや、何と今日お帰りだったのですか。たった1人で修行の旅とは……いやはや、感心なことでございますな」

「あれは利かん気の強い娘じゃからな。ワシによう似たわ」

長は機嫌よく肩を揺すらせて笑っている。供など要らぬと突っぱねた孫が可愛くて仕方がないのだ。それを知るマロンドも、長の喜びように顔を綻ばせた。


 同じ頃、ブルアーヴァーに入ったことを示す白く舗装されたクネクネ道を往く者の姿があった。炎が踊るような柄の刺繍が施された紫色のローブをすっぽりと被り、首元で真っ赤なリボンを結んでいる。

 道を行く足取りはとても軽く、面倒な回り道はどれも避けてヒョイと飛び上がり、木の根を飛び越えたりして直線的に進んでいた。小さな谷なども、同じ要領で渡ってしまう。

 そうして都市の入口にさしかかると、そこには迎えの者がいて、待ち人と見るやすぐに駆け寄ってきた。城で側仕えをしている若い娘である。

 はじめ、2人は嬉しそうに抱き合い、背を叩くなどしていたが、やがて若い娘が何か言うと、ローブ姿の者は急に走り出した。慌てて若い娘も後を追うが、ローブの者の身軽さにはついて行けず、やがて姿を見失ってしまう。

「――――――待って下さい! ヴァリー様! まだ、使者が来ただけなんですってば!」


 巨木の下にある通路では、先ほど会議を終えたばかりの老人3人が、各々の領地へと戻りマロンドに渡す土産の用意をしようと歩んでいた。急ぐのであれば簡単に飛翔術を使えばいいのだが、彼らには会議の場では言えなかった疑問や疑惑があり、こうして徒歩で行きながら話を続けていた。魔法の障壁が3人を包んでいるので、外の者は何を話しているのか聞こえない。

「何せこの時期だからな……。あの村からも、遂に新たな者を立てることにしたとしか思えない」

「そうだな……。だが、あの村には適当な者はおらなんだったはずだが……」

「……いや、わからぬぞ。あれ以来、あの村は一切出張らずに沈黙を守ってきた。何か、公にしておらぬことがあるやもしれん」

「……何かとは?」

答えはしなかったが、訊いた方も訊かれた方も、その『何か』が薄々解っていた。だが、いかに障壁で会話を守っているとは言え、誰もそれを口にできなかった。

 すると、その沈黙を破る若い声が通路に響いた。

「――――――何かとは?」

ハッとして3人が振り返ると、そこには紫色のローブの者が立っていた。障壁を破り会話を聞くことは大変な失礼に当たるのだが、3人は誰もそれを咎めることができなかった。何故なら、そこにいるのは、そのようなことをしても無礼に当たらない特権を持った人物だったからである。

「おお……! ヴァリー様!」

「お帰りになられたのでございますか!」

3人は横一列になってその人物と対面した。

 その人はフードを下ろす。すると、紅色の長い髪が露になり、目尻に入れ墨の入った勝ち気そうなつり目がキラリと輝いた。黄金色の瞳に睨まれ、3人はその場で蛙のように居竦んでしまった。この若く燃えるような気性の娘には、それだけの威厳と風格が備わっていたのである。フードの封印を解かれて自由になった髪は、紅色の蛇のように揺らめき波立った。

「……たった今、帰り着いたところだ。――――それより、答えろ。《何か》とは何だ?」

「…………」

3人は顔を見合わせて、弱り果てた。如何に未来の長となるべき血筋の娘の要求とて、それを言ってしまえば問題になる。憶測だけで滅多な事を言って、ハイ・エルフ族を侮辱することになってはいけないし、また仮にそれが真実であったとしても、この炎のような姫がそれを聞いたら、どんな行動を起こすのか想像をするのもおそろしい。

 万が一そんな事態になりでもしたらと思うと、3人の誰もが責任を取る気になれず、押し黙ってしまった。

「今、ピカラナルから聞いたところだ。ハイ・エルフの村から族長会議の召集が来たとね。私にはその真意が解らない。だが……お前達の方では、何か解っているようだ。《何か》とは何だ? 私に教えるんだ」

「…………」

「私は、お爺様に会う前に知っておきたい。隠さずに早くお言い!」

彼女が痺れを切らすと、それもそれでおそろしいから、3人はまた顔を見合わせた。そして目線で疎通し、頷き合うと、皺だらけの口でモソモソと言い難そうに語った。

「あくまで憶測なのですが……その……この族長会議の開催理由ですが……」

急かすように彼女は頷く。

「200年前……禁を犯したとして……ハイ・エルフの長の娘が村を追放されたことはご存知でらっしゃいますでしょう?」

「それ以来……あの村では、次代の代表候補が途切れておりました。あそこは長の血筋が他にありませんでしたから、長に新たな子でもできない限り、候補になる者はいないのです。しかし長が既に老齢ですし、噂によれば無理に子を得ようともしなかったようなので、やがてお亡くなりになる時に、他家の者に族長の権利を譲渡するつもりなのであろうと推測しておりました。それがしきたりですからな。ですが……そろそろ寿命のようだから、権利を移行するという発表で召集することはまずありませんし……あるとすれば、死後になりますから。それに……まさかではありますが、新たな子を身篭ったであるとか、誕生した、というようなお披露目であったとしても、そのような理由で召集などできません」

「つまり……代表がらみの発表であるとすれば、何らかの方法で新たな候補の目星をつけて、しかも……その者が代表の適齢に近い時でもなければ、会議を開くことなどできないのです。勿論……その辺りの規約はヴァリー様もご存知かとは思いますが」

話を聞くにつれて、彼女の顔が段々と険しいものになっていく。彼等の話の先が見えてきたのだ。彼女のその様子を見て、3人の声はますます、もそもそとくぐもっていき、頭も低くなっていった。

「それでですな、……その……つまり……もし新たな候補のことだとしたら……時期も時期ですから、その可能性は高いと思うのですが……」

「その……」

「その……例の、追放になった長の娘……もう20年近く前に死んだそうですが……その娘の子が……生きていたのでは……と」

「当初は病死した……と言われていましたが」

空間中に放電されたような、ピリピリと張り詰めた一瞬の沈黙。

ヴァリーこと、ヴァリアルドルマンダ――――このダーク・エルフ族の族長フレアルマンダの嫡孫であり、次代ウージェン代行者最有力候補――――は黄金色の目を燃え上がらせ、ローブを翻すと、長の待つ主城を目指して大股に進み始めた。

「――――新たな候補だって?! 冗談じゃない!」

己の領地に戻るはずであった3人は、姫の剣幕を心配して道を引き返し、彼女の後を追った。

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