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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第23章
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第4部23章『悪魔の子』27

※※注意※※

この章は大変ネガティブな内容になっております。

文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。

詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。

 訪れようと決めていた土地は、あと1つだけだった。大戦が始まり殺されそうになるまで住んでいた、シェルトランだ。

 彼の中に残る忌まわしい記憶は幾つもあるのだが、その中でも最も許しがたいトラウマとなっているものがこの町にはある。母や自分への迫害。母の受けた傷。失ってしまった視力。数々の痣。それらもそうだが、あの火刑の光景は今でも彼の脳裏に焼き付いていた。

 主の心の震えが止まらず、日に日に大きくなっていくのをパースメルバは心配し、気遣っていた。

 そんなパートナーを別の森に残し、ルークスはシェルトランの森を訪れ、小屋を見つけた。おそらく、当時のあの勢いで村人が火付けでもしたのだろう。小屋は完全に焼け落ちて、柱や基礎部分が少々残るのみとなっていた。それ以来放置されている様子で、ここも緑に侵略され、覆われてしまっている。

 それは、母と子が受けた迫害の象徴そのままだった。もし、あの時自分が竜時間を使えず脱出できていなかったら、この小屋と同じように母も自分も焼き殺されていたことだろう。成し遂げられなかったからといって、彼等が抵抗する力のない母子を殺そうとしたことには変わりない。この小屋は、彼等の邪悪な心を映したものなのだ。

 焼け落ちた小屋を後にし、怒りと決意を新たにしたルークスは、グレネルトへ足を向けた。胸が痛くて、息苦しくて、それでもこの目で見ないわけにはいかなかった。

 母子を火刑にしようとした村は健在だった。建物の大半が当時のまま残り、一部には増設している家屋さえあった。石畳の広場も、火刑の時に使った杭も変わらずそこにある。杭そのものは新しいものに換えたらしく、木の色が新しかったが、場所は同じだった。

 あの場所に母子は括りつけられ、火を焚かれたのだ。

 背に物々しい槍を背負ったマント姿の男が、何やら妙な様子で町を徘徊しているものだから、グレネルトの人は怪しんだ。どこぞの戦士が旅の途中かとも思えるし、少々違う気もする。

「宿をお探しなら、あっちですぜ、ダンナ」

当たりをつけようとそう言葉をかける中年男がいても、ルークスは無視した。心の中で起こる苦しみと葛藤の炎のせいで、それどころではなかったし、相手にする気もなかったのだ。

 何故、母があんなに苦しい思いをして死んで、デレクのような子供までが悲惨な死を迎えるような世の中で、この町が今も尚、平然と残っているのだ?

 それはルークスにとって許し難く、理解し難い由々しき問題だった。

 いずれ皇帝によって滅ぼされることは解っている。だが、ここは特別だ。特に、必ず、間違いなく消し去らなければならない。

 ルークスはその思いを強めながら町を満遍なく回った。記憶に焼き付いている顔立ちと結びつけられる者にも何人か出会った。やはり、確かに、この町だけでなく、そこに生きていた人々も生き残っているのである。

 今、ここではならない。

 ルークスはそう自制し、大いに自分の逸る心を抑えて、押し込んで、町の中心部から離れていった。町の外れにある一軒の農家は今もあの頃と同じ姿で建っていた。それを確かめたかったのだ。

 離れた木立から身を隠して見ていると、時々中から家の人間が出てきて彼の記憶を刺激した。あれから10年以上経過している。向こうも年を重ねており、どうやらあの時母子を匿い助けてくれた男らしき人間は頭にかなり白いものが混じるようになっていた。

 あの時、涙を浮かべて母子を助けてくれたあの男。そしてその家族。娘は母の手を引き手助けをしてくれたし、あの時も、凶事に心痛めて泣いていた。

 あれらはいい人間なのだ。あの家族は、別に扱わなければならない。

 ルークスは当時とほぼ同じ人数があの家に住まっているらしいことをつき止めると、一旦グレネルトを離れてパースメルバと合流し、もっと別の町を訪れた。そこで持参している貴重な品を人間世界の通貨に交換した。

 人間世界でもその物と希少性が解り、取り引きできる品というのは限られている。あまりの珍品だと相手にその価値が理解できなかったりするのだ。だからルークスは地下世界の旅で手に入れた指の先大の金を出して、鑑定士の検品も通り、かなりの額に換えて全てを一番価値の高い硬貨にした。持ち運びが楽な方が旅には向いているからである。

 こんな金額をやり取りできるような金商人がいるのは大きな町であるから、ルークスはここまで出向いて来たのだった。


《※都合によりカット》


 準備が整ったある夕暮れ時に、ルークスはあの一家を訪れた。農家は基本的に日が沈むと外でできる仕事はなくなるので、家族全員が家に揃うのだ。

 マント姿の、見るからに強者そうな雰囲気を醸し出してる戦士が、急に自分の家などを尋ねて来たものだから、主人は大いに驚いた。得体の知れぬ相手に警戒してはいるが、やはり親切だった。

「これは名のある戦士の方とお見受けしますが、我が家に一体何のご用でございますかな? 宿をお求めでしたら、もう少しだけ行けば町の中心に行けまして、そこにいい宿がございますよ。こんなボロ屋ではなく、寝床も綺麗で、いい食事も出ます」

どうも町の男が想像したのと同じような用向きだと思われるようだ。

 ルークスはそこに家族全員がいるのを確かめた。男の妻や例の娘は特に警戒を強めている。背の槍がいけないのだ。

 あの時の娘は、面立ちはそのままに成長し、それに年頃の輝きが加わって、それなりに美しくなっていた。

 しかし、その娘を目の前にしてルークスは不思議なものだと思った。ヴァイゲンツォルトでヌスフェラートの娘を見ても、こうして人間の娘を見ても、特に惹かれるものがなかった。父が母を見初め愛したように、この世には恋というものがあるらしいのだが、それらしき予感を感じさせるものには出会ったことがなかった。母が人間だったから、どちらかと言うと人間の娘の方に惹かれたりするのだろうかとも思うのだが、実際人間を見てみるとそうでもない。

 人間に対する嫌悪が強過ぎるせいか、そしてあまりに母を愛していたせいか、母のような、死にまで至るほどの確固たる清さを持っている者にでも巡り会わなければ、そんな感情に目覚めることはないのかもしれなかった。

 そんな一瞬の思考を娘の顔を見ながらすると、ルークスは尋ねた。

「家族はこれで全員か?」

「は……? そうですが、それが何か?」

ルークスはそこでマントとフードを取り払った。人間達は仰天して目を剥きだし、仰け反った。

「おそれるな。危害は加えない」

制止するようルークスが手を差し出すと、他には何もできない彼らはそのままそこに硬直した。

「……あの時は世話になった」

それで、男もすぐに目の前のヌスフェラートが何者であるかを理解し、表情を少し和らげた。

「何と……あんた……あの時の……! ラニルトさんの息子の……! まさか……!」

久々に母の名を聞いて、ルークスも胸が熱くなった。母のことを覚えている人と出会うのは何年ぶりだろう。

「ああ、ルークスだ。あの時のことは今でも感謝している。母も随分世話になった」

相手の正体が判ったことで、男や家族の様子が変わった。難しい相手ではあるが、こう言っているし、この家族に悪いことをするわけがないと解って安心したのである。

「あんた……まぁ立派に大きくなったなぁ……! ラニルトさんもさぞご自慢だろう。それで……ラニルトさんはどうしているかね?」

ルークスは一度声を詰まらせて、一呼吸置いてから言った。

「……母は、あの後すぐに死んだ」

その様子で、どんな別れがあったのか容易に察しがつき、男も家族も目を潤ませた。ヌスフェラートはおそろしいし、ルークスのこともまだ慣れはしないが、母のことは皆が心から好いて気にかけてくれていたのである。その母のことを思い、彼らは涙した。

 共感してくれる者が側にいる時、涙は甦り易い。ルークスもまた目頭を熱くした。

「あんた……さぞ苦労したんだろうなぁ。それなのに、こんなに立派になって……」

ルークスは皮肉めいた笑みを口元にほんの少しだけ見せた。それだけで、彼の苦難は十分に滲み出ていた。

次回エピソードで終章となります。

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