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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第23章
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第4部23章『悪魔の子』26

※※注意※※

この章は大変ネガティブな内容になっております。

文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。

詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。

 装備の完成形に至ったからではないのだが、その後ルークスは暫く単独で行動することをヴォルトに願った。数年後の皇帝による大侵攻の計画を受けて、確かめたいことがあると言い、地上世界に自分とパースメルバだけで行きたがったのだ。

 ヴォルトは深くは追求せず、ただ承諾した。大侵攻に至る前に、何かしら精神的に決着をつけておく必要のある物事があるのは当然だからだ。

 そこで2人は暫し行動を分かち、ルークスは初めて己とパースメルバだけで地上世界を目指し旅だったのだった。

 彼が向かったのは、かつて己が辿った道程と、因縁ある土地だった。

 ヴォルトなしの旅は流星呪文が使えないので、パースメルバで地道に移動することになる。

 ルークスは、パースメルバが十分飛翔できる広さを持つ、虫族の領域とヴィア=セラーゴを繋ぐ通り道を使って長い坑道を上昇飛行し、やがて地上世界に達すると中央大陸ガラマンジャ西部を目指して大山脈を越えていった。

 パースメルバが嫌がるし人目にもつくので、日中の飛行はできるだけ控え、夕暮れ時や夜間を選んで飛び、太陽が昇る間はパースメルバを近隣の森や山などで休ませ、ルークスだけが人里に入って行き、場所を確かめるということを続けた。

 マントとマスクでしっかりと身を包んで覆い隠し、背に武器を負っているので、昔と違い誰も容易には近づいたり触れたりせず、何者だろうと怖々ルークスを見る者ばかりである。こんなに人間に近づいたのは久しぶりなので、ルークスの方もずっと心騒いでいた。

 殺されたり、危害を加えられたりということは、もはやない。マントの下の戦士は、そこら中の男を集めて束にしてかからせても到底敵わぬ高みに行ってしまっている。

 だが、物理的な危害を加えられることはなくても、一度このマントを脱げば、おそろしいまでの嫌悪と迫害の見えぬ矢をルークスに浴びせ、内面を傷つけることに成功するのだろう。

 臆病になってそう考えているのではないし、もはや人間に傷つけられることをおそれてはいない。だが、わざわざそんな騒ぎを起こす必要は何もない。

 そして本人も、こうして人里に近づいたことで改めて実感したのだが、人間との接触は、明らかに彼にとって根深いトラウマの存在を確認させた。無理もないことだった。

 ヴォルトと出会い、全く別の世界に誘われ、ようやく保護や機会に恵まれた素晴らしい時を過ごすことができた。信じるべきもの、守るものができ、虚ろだった人生に炎が灯った。それまでの人生など、何処か遠くに追いやってくれそうな程に生活が変わった。

 だが、決して過去は消えなかったのだ。母を忘れられないのと同じように。今でも愛しているのと同じように。良い思い出が心にあれば、どうしても忌まわしい思い出も残ってしまうのである。頭に酷い怪我を負うでもして記憶をごっそりと失うようなことがなければ、断ち切ることなどできないのかもしれない。

 だが、もういい。今目に映っている者達は、近い将来に全て滅びるのだ。その滅びと共に、自分の過去も葬り去ることができるだろう。

 ルークスはそんな感慨に耽りながら町々を歩き、以前より少し平和で豊かになったらしい人々の生活を見て廻った。

 今でも何処かで、不遇の子を攫い坑道で働かせる非道の輩がいるのだろうか。

 そう思ったルークスは、以前の記憶を呼び起こして、脱出後に最初に辿り着いた村を発見し、夕暮れ時にその近辺をパースメルバで飛びながら荒野の農家を探した。一見農家に見えて、その実、地下では子供達を閉じ込めているあの坑道である。

 見つかった時には、本当にそれがそうなのか目を疑ったが、着陸して地形を確かめてみれば、あの涸れ井戸があり、沢山の通気孔が地表に顔を覗かせていたので間違いなかった。

 人の気配は全くない。あの時の火災が原因かは不明だが、焼けてしまっている。

 当時の記憶が甦り、胸の苦しさを覚え、ルークスはそこでマントもマスクも脱ぎ去り、地べたに腰を下ろして、ただ建物を眺めていた。

 あれから何があったのかは知らないが、ここは閉鎖され、子供達はいないようである。当時いた子供達の中に、今でも生きている者は存在するのだろうか? タイタスは生き延びたのだろうか? この悪事が明るみに出て、男達が捕まり、子供達が救出されたのであればいいのだが……。

 どうせ数年後に滅びると解っていても、デレクのような子供達に最後の数年くらいはまともな空気を吸わせてやりたいと思うので、ルークスはそう願った。

 主と心通わせ易いパースメルバは、ルークスの心の疼きを敏感に察し、鼻を鳴らして心配した。

 いつの間にか、ルークスは涙を零していた。


 デレクの墓を見つけようという発想は全くなかった。当時と同じく、ルークスはそこにデレクの中身を入れていた入れ物があるだけとしか考えていないので、そんな所に行ってもデレクを感じたり会ったりすることはできないと解っていたのである。

 だからその土地を離れて次へ向かう時、ルークスは同じ理由から母の墓を探すこともしなかった。道に倒れてそのまま逝ってしまい、その場に埋葬した母。あの場所が見つけ難いだろうということもあったが、やはりあそこにも母はいないのだ。

 そこでルークスは次に生まれ故郷を目指した。


 驚いたことに、故郷周辺の村々は先の大戦で殆どが焼かれてしまい、現在では僅かに生き残った人々が点々と住んでいるだけの状態だった。当時あまりに幼かったので、焼けてしまった今は何処に何があったのかよく思い出せない。

 そこで村は早々に後にし、森の奥にある小屋を探した。

 離れた一軒家ということもあり、小屋は戦火を免れて今も尚そこにあった。そして誰も手入れをする者がいないから、荒れ放題に荒れ、草が伸び蔓が伸び、小屋が緑に覆われてしまっていた。父を葬った場所も、生い茂る草花に隠れて墓碑が埋もれてしまっている。

 まるで胸を抉られるように懐かしい日々を思い出し、実際ルークスは己の胸をギュッと掴んで痛みに耐え、ここでも涙を零した。

 ここに父はいない。でも、一番父の記憶を甦らせることのできる場所だったから、ルークスは心の中で父に言った。

 父さん。オレはヴァイゲンツォルトに行ったよ。皇帝にも会った。師匠のお陰で、オレは父さんの名に恥じない戦士になれたよ。皇帝騎士団には入らなかったけど、でも、父さんと同じようにオレも竜に乗っているんだ。どうか誇りに思って。

 それに、オレにも竜時間が使えるんだよ。しかも、それで心臓を悪くしないように師匠がオレを強くしてくれた。だから、オレは自分の寿命の続く限り、この力をいつまでも使えるよ。

 返事はないが、それでも良かった。これで初めて、父に語りかけをしたのだから。

 父さん。人間は今度こそ滅びるよ。そして、その計画にオレも参加するんだ。

 父さんには複雑かもしれないね。でも、父さんもまだ騎士団にいたら、皇帝の命に従って、きっとこの地を攻めたんだろうね。母さんがまだ生きていたら勿論守ったよ。父さんが生きていたらそうするだろうし。でも、もう母さんはいない。

 もう、人間は滅びた方がいいんだ。これ以上、母さんやデレクのような人が生まれてきて苦しむことのないように、全てを終わりにさせた方がいいんだよ。

 この事について文句は言わないで。もう、決めたことなんだ。オレはやるよ。

 でも、お願いがあるんだ。

 母さんのような、いい人達が時々いるから、どうかそういう人達がなるべく苦しまずに死ねるよう助けてあげて。できるだけ楽に逝けるよう、手助けしてあげて。

 苦しむのは、邪悪なその他の連中だけでいい。

 どうか、お願いします。

 ルークスはそうして今一度生家を目に納めると、涙を拭ってその地を後にした。

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