第4部23章『悪魔の子』24
※※注意※※
この章は大変ネガティブな内容になっております。
文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。
詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。
(※このエピソードは安全です)
ルークスの為にあと必要なものは、最高の装備と武器だとヴォルトは思っていた。
これまでは、どのような竜がパートナーとなるのかによって適する武器防具が異なってくるので、これという最終的なものを与えずに武器は色々な物を試させて経験を積ませていたし、防具も成長が続く間は頻繁にサイズ調整をすることになるので、大掛かりな物は身に着けさせなかった。
しかし、パースメルバという竜を見つけたことによって完成形が見えてきたので、そろそろこの弟子にも装備を揃える時が来たようだと判断したのだ。
翼竜に騎乗しての戦闘ならば槍が有効だ。ルークスはどの武器も器用にこなすのだが、間合いの大きく取れる武器を特に得意としている。
ヌスフェラートは鎌を好んでよく使うので、その両方の性質を併せ持った武器などが適しているかもしれないと思い、またドワーフの工房に行って、取り揃えられている武器を借りては暫くそれを携えて旅をし、次々と新しいものに換えて試すということを行った。
ルークスはいつでも強くなりたがっていたし、ヴォルトも我が弟子が仕上っていくのを喜びとしていたので、こういう所には一切出し惜しみをしなかった。
それに、ルークス自身が既に、自分だけで稀少な魔物を捕らえられるようになっていたので、決してヴォルトが一方的に資金を出した訳ではなく、何処に行けば良い武器防具が手に入るのか、どのような物が適しているかといったアイデアや知識を授けたところの方が大きかった。
また、ヴォルトもルークスも決まった家というものを持っていないし、仮の棲家さえも作っていない。いつでも旅また旅で、行った先で野宿をするか、宿を取って泊まっている。だから財産だとか金銭を貯め込むという感覚も欲求もなくて、旅に必要なことや装備にしか金を使わないので、ある意味手持ちの品の価値はとても高くて裕福だった。だからこそ、ここぞという時には惜しみなく散財できるのである。
天使と言われる特別な竜人とその弟子のことはドワーフの国にも聞こえ伝わっており、希望の物が手に入るなら存分に支払いもする上客であるから、ドワーフの職人達の方でも、どの名工の品が彼等の眼鏡に適って認められるのか、なりゆきが注目された。
職人達の方でも己の腕と伝統、工房のブランドにかけるプライドがあり、誰の技が上客の心を掴んだかによって、今後の売上にも関わってくるし、何より名誉なことなので、誰にも負けたくないという気持ちを強くして見ていたのだ。
騎乗に適した竜を探すのに時間と度重なる試行が要ったように、この武器防具探しも難航した。どんな物を手にしても、ルークスはそれなりに使いこなすことができる。だが、何を試しても《これだ》というインスピレーションを受ける品には巡り会わなかった。
ヴォルトも、この辺りについては決して妥協することのないようにと強く言っていた。己の強さに限界を設けてはならないのと同じで、戦士はどこまでも装備に貪欲であるべきなのだ。
そうして長期間装備を求めているうちに、師弟は何度目かの地上世界を訪れた。ルークスが太陽を好んでいることを知っているから、時々は訪れるようにしていたのである。人間に目撃されると面倒だし、過去を思い出して心乱す必要もないから、師弟はあくまで人間社会を除く地上世界を広く見物した。
人間が暮らす世界とは言え、人間が己の領土だと所有権を主張している領域はごく狭い。結局、世界はとても広くて、山があり川があり、海があり、森が広がり、高原があり、その全てに太陽の光が降り注いでいるのである。
また、この地上世界でなければ月も見られない。星もこの世界ならではのものだ。それらの天体や天象が好きであることを、ルークスは初めて地上世界に戻って来た時に実感していた。
やはり、今後の生涯を一番長く過ごす世界はここでありたいという思いを改めて強くし、地上世界見物中は全身でそれらを味わった。
ルークスの濁りのない金髪は、太陽の光にとてもよく映える。光に纏わる聖人の名前は、この世界に生きてこそ合うのかもしれない。
ヴォルトもこちらの世界では初めてルークスと会った時のような赤毛の男の姿になって人間のフリをする。彼の場合はこれも実体の1つだから、特に変装の必要がないので便利であった。
幼い頃はごく狭い範囲でしか生活しなかったし、ヴァイゲンツォルトを求めての旅では街道を通って同じような景色の中を進んだこともあり、こうして成長した今になって初めて地上世界の素晴らしさを満喫できるところもあった。
大海原。熱帯域の森の豊かさ。見事な大滝。対岸が遥か向こうにある大河。
パースメルバがいれば、今ではあの大山脈を越えて一飛びでヴィア・セラーゴに行くこともできる。
だが残念なことに、パースメルバの方は生まれが薄暗い火山地帯であるせいか、地上世界は明る過ぎるようで、日中の行動を好んでいなかった。
将来この地上世界で暮らしたいのであれば、別れ別れで暮らすことになるかもしれない。折角見つけたパートナーではあるのだが、ルークスは冷静にそう考えていた。それ程に、地上世界での生活は捨て難かったのだ。その希望を強引にパートナーに押し付けるわけにはいかない。いずれヴォルトと別れるように、離れて生活しても心で繋がり、時々会う。そういう関係だっていいものだ。
ルークスは16になり、大人にはなり切っていないが、それでも素晴らしい肉体的成長と戦士としての成長を遂げていた。
パースメルバとの飛行で風の抵抗を受けないよう、体にフィットした黒いスーツを着るようになり、その上に平時はマントを羽織るのが定番の装束になり、既に見た目は皇帝騎士団にも劣らぬ騎士ぶりだった。
成長速度は相変わらず人間と同じ速さだが、肉体そのものは父親と同じくらいの身長にまで届こうとしているらしく、背もかなり伸びた。
ヴォルトの最初にして唯一の弟子は、あまり姿を見せずともそれなりに世間の注目を集めていたので、そうなるとかなり成長が早いことにも気づかれ、今ではヴォルトが弟子の早期成熟を願って成長を早める魔法をかけているのだということにしていた。老いが始まり本当に怪しまれるまでは、これで通せるだろう。
そしてこの頃、いつぞやの皇帝からたっての希望で呼び出しがあり、ヴォルトが単独でヴァイゲンツォルトに赴いた。
会談を終え、エベルゲン・ポイツ郊外の森で合流したルークスは、ヴォルトから皇帝の計画を聞かされて驚いた。
なんでも、今後10年内に準備を整えて、皇帝が総大将として率いる地下世界各種族の助けを借りた大軍団を結成し、地上世界を侵攻するというのだ。
「皇帝の真意が解っている者は少ないかもしれん。地上の侵略が目的ではない」
「では……何が目的だと?」
「あのカーンは、天と戦う気なのだ」
その言葉にルークスはゾクリと痺れを感じた。まるで、これまでに見たこともない美しい新種の竜を目撃したかのような衝撃だった。
「地上を徹底的に攻めれば、また天使が遣わされるであろう。今もかの英雄アイアスが何処かに生きているようだが、彼だけでは足りん。必ずや追加応援が必要になる。それら天使も全て破り、最終的には天が直に動かねばならんように仕向けるのだ。そして天と全面対決し、勝つ。それが真の計画だ」
震えが止まらなかった。
「その計画発表の場に呼ばれたということは……師匠も何らかの要請を?」
「……ああ、規模が大きいので幾つかの大隊に分かれる予定なのだが、その一つを率いる将にならんかと誘われた。軍団統率が好みでなければ、単独でも構わんから参戦してくれとな」
「それで……お受けになるのですか?」
「まだ正式には答えておらん。だが……大隊の将になるにせよ、単独の兵となるにせよ、私の好きにさせてくれるそうだ。それに、私はこの計画に大いに賛同している。どんな形になるにせよ、何らかの加勢はするつもりだ」
武者震いが続き、熱い溜め息が漏れた。
「その時は是非、自分も戦わせて下さい。師匠の第一の部下として、どんな任務も必ずや成し遂げます!」
ヴォルトはやや複雑そうな表情でルークスの興奮する様を見た。
「……勿論、お主の自由だ。私にとって、お主ほどの部下はいないだろう。だが……今一度よく考えてみろ。人間を滅ぼすのだぞ? これまでのように当たらず障らず生きるのではなく、母上と同じ人々を、己の血の半分を占める種族を手にかけるのだ。お主……本当に耐えられるか?」
これはルークスの戦士としての精神性に対する侮辱ではなく、心からの思いやりであった。同じ滅ぼすでも、他人がやるのと自分が直接手にかけるのとでは全く違う。人間を滅ぼすということは、自分の半身を自ら否定して殺すことにもなる。同じような境遇の者がいたら、その誰に対してもぶつかる難題であり、慎重になるべきナーバスな問題なのだ。
ヴォルトの思慮深さを知っているルークスも、それを侮辱とは受け取らず、真剣に答えた。
「師匠と同じく、これまできっかけがなかっただけで、かねがね自分も人間の滅びを願ってきました。それだけでなく、天に反意を示すことも私の望みです。お手伝いできなければ、その方がきっと後悔します」
ヴォルトは弟子の能力に何の不足も不安も感じてはいない。ただ、この弟子の繊細さが闘いにおいて正確な技を行う長所であり、また場合によっては本人を苦しめる枷となることも見抜いていた。
「……まぁ、焦るな。お主を信頼しているのは確かだ。いざ戦が始まれば、お主が役に立つ任務は幾つも出てこよう。それは必ずしも、人間の里を攻め入る仕事ではないかもしれん」
「どんな任務であれ、師匠の命であれば実行致します」
これまでヴォルトは数々の課題を与えてきて、調査員としても隠密としてもルークスを一流に育て上げてきた。魔法で保護された余程の迷宮や要塞でなければ、ルークスが潜入できない場所は殆どない。言葉通り、その任務遂行能力は素晴らしいものだった。
ヴォルトは頷いた。
「引き受けるに当たっての見返りと言ってはなんだが、皇帝は望みの地位や品を用意してくれることになっている。そこで、我々がずっと武器探しをしていることを小耳に挟んだらしくてな。皇帝は宝物殿の武器防具ならば、どれでも気に入った物をくれると言うのだ。宝物殿の品ともなれば侮れん。ヌスフェラートの所有財産というものは半端ではないからな。どうせ引き受けるのだから、そこでお主の性に合う名品が見つかるかもしれん。今度返事をする際にお主も一緒に行き、見てはどうだろう」
とても魅力的な提案だったので、すぐにルークスは同意した。
そしてルークスの方でもヴォルトの心持ちについて案ずる所があり、尋ねた。
「それでは……あのアイアスとも戦うことになるのですね?」
以前、英雄アイアスがヴォルトという男を探しているとの情報が入り、ヴォルト1人で会いに行ったことがある。何てことのない対面だったようだが、帰ってきたヴォルトを見た印象では、特に敵にも味方にもならなかったようだった。
だが、今度は違う。姿こそ違えど、同じ天から遣わされたとの伝説の、天使と呼ばれる者同士が、史上初めて敵となるのだ。果たしてヴォルトは、そのことをどう考えているのか。
「……あの男には何の恨みもないが、天と戦う上では決して避けられぬ道だ。最初に戦うべき相手はあの男となるだろう。私が直接それを行うかは……まだ判らんがな」
その様からは、できれば自分自身でアイアスに手は下したくない躊躇いが見て取れた。あの対面でどんな話をしたのか、詳しいことは聞いていないのだが、何の因縁もない相手に牙を向けることの罪悪感というのとは違っているようなので、ヴォルトはどうやらアイアスに対して何処か同情的なところがあるのではないかとルークスは思った。
ともかく、2人がそれぞれにこの大戦への参加意欲を強く持っていることは明らかなので、それ以上互いの意志を確かめることはせずに、使いを用意して皇帝に簡単な意志表示だけを先にしておいた。