第4部23章『悪魔の子』23
※※注意※※
この章は大変ネガティブな内容になっております。
文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。
詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。
(※このエピソードは安全です)
ルークスは強く慕い、願い、ヴォルトが許してくれる限り共に旅をし、修行を続けた。そしてヴォルトも、彼が十分に独り立ちできると判断できるまでは弟子として側に控えさせ、弟子として彼を愛した。
地下世界のあらゆる種族の領域を訪れ、観察させ、旅をしながらヌスフェラート語も少しずつ教えていき、ヴァイゲンツォルトを訪れた際には問題なく人々と会話できるようになった。
ルークスの辛い過去は遠ざかったようにも見えたが、それでも時々夢に出て彼を苦しめることがあり、どうしても完全に断ち切ることはできなかった。
ヴォルトと共に生きるようになってから世界が全く変わってしまい、最初は驚かされてばかりだったが、今は日増しにこう思うようになっていた。あの過去は、あの世界は、あの苦しみは何だったのだろうか、と。
母の苦しみ、献身は何だったのか。デレクの死は何だったのか。
そもそも、あの人間という生き物は何なのか。
新たな種族を見れば見るほど、それらは何かしらにおいて素晴らしく秀でており、他の種族と一線を画している。獣族しかり、虫族しかり、エルフ族しかり、ドワーフ族しかり。そのどれを見ても言えることは、人間が一番劣っているということだった。
一見して弱い生き物は沢山いるから、必ずしも能力が生きる価値や存在意義には結びつかないのだろうとは思う。だが、あれ程愚かで、何より残忍な人間という種が地上であんなに繁栄していることの理由が全く解らなかった。ヌスフェラートが度々地上侵攻を目論むのは当然のことだと今では思い、納得している。そのせいで受けた苦しみは大変なものだったが、バル=バラ=タンに憎しみはなかった。むしろ、あの時に何故成功できなかったのかの方が不思議だった。
そんな疑問を師にぶつけることもあり、そんな時初めてヴォルトは天使という存在のことをルークスに説明し、かの英雄アイアスがそうだったのだと知らされ、また複雑な気持ちになった。
人間を守護する為だけでなく、あらゆる災厄の対処に遣わされる特別な存在であり、ヴォルトもまたその一人だと言われていることも知った。ルークスは改めて驚いた。ヴォルトは、これまであまり自分の過去については語らなかったからだ。
徐々にだが、ヴォルトは己の過去をルークスにも話すようになり、おそらく世界で彼の事情をこれほど知る者は他にいるまい、というくらいにルークスだけが彼を理解した。
ルークスにとってそれは嬉しく誇らしいことだったし、知ることで一層ヴォルトへの忠誠心が強まった。ヴォルトには天使というものに対するある見解があり、それはルークスにも大いに共感できるところがあった。
世界的に見ても、人間が侵略の危機に晒されて人型の天使が遣わされるケースが一番多いのだという。だったら、人間さえいなければ、その天使達も度々出動して苦労することもあるまいに。
大多数の邪悪な人間達を教え導く為なのか、癒す為なのか知らないが、母のように、デレクのように、極一部だけに純粋で善良な人々がいて、人間世界の慰めとなっている。それと似ているような気がした。
母もデレクも、おそろしいほどの苦労をして不遇の人生を送った。それでも清さを失わなかった。しかし、人間世界の方は相変わらず邪悪で、残忍な闇を秘めた営みを続けている。
善人達が生まれ、苦しみ、何かを清めようとしたことの成果があったのか、意味があったのか、まるで解らない。ルークスにしてみれば、《何も意味はなかった》としか思えない。
さんざん苦しむだけ苦しんで犠牲になって、最後は母もデレクも悲惨な死を遂げた。
最初から、人間という、あんな忌まわしい種がいなければ、天の意志だか神の意志だかで天使や善人が遣わされて苦しむこともないのだ。
「自分は神を信じていません。だが、師匠の言うような天や天意というものがあるのなら、自分はそれを認めません」
ここが、ヴォルトとルークスを以後も強く結びつける共通見解だった。心の奥底にある信念に相違があると、いつかは別れがやってくる。だが、このとても深くて大事なところで2人は意識を同じくしていたから、例え別々に行動することになっても精神的な繋がりを保てる要因となり、師と弟子の絆を強めていた。
そして、この認識が、数年後にやってくる大変革の際に彼らに立ち位置を決めさせる重要な要素となるのだった。
そうして早5年が経過した時、ヴォルトはある事に気がついた。ルークスの成長は、平均的なヌスフェラートより明らかに早く、人間並みの速度で身長が伸び、逞しくなっていたのである。
「お主は、外見や特質は明らかに父上の性質を強く受け継いでいるのだが、どうやら成長については人間のペースに沿っているようだな」
これは、とても大切なことだった。そして、ヴァイゲンツォルトで暮らしていなくて良かったと改めて双方が思った。ヌスフェラートの中にいたら、ルークスの早い成長が目立ってしまい、ハーフであることがいずれバレてしまっていたことだろう。ヌスフェラートは通常約50年で成人するが、人間並みであれば18~25年ほどで大人の体になるのだ。一度成長してしまえば、ヌスフェラートの中に混じっても目立たないだろうが、成長期というのは特に差が顕著に出てしまうのだ。ヴォルトの弟子の存在は既に知られているし、リヒテンバルドの息子だということも伝わっており、面が割れる。だから異常成長を知られぬよう、以後は一定期間ヴァイゲンツォルトに近づかない方がいいということになった。
やはり、そもそも生涯をそこで暮らす運命にはなかったのである。
そしてヴォルトは考えた。己は天使としていつ死すべき運命か解らぬし、この弟子も地下世界種族の平均からいくと、かなり早くに寿命を迎える可能性がある。だからこそ時を大切にし、教えることを全て託したら、後はこの弟子自身の人生を早く送らせなければ、と。
それはルークスにも解っていたが、だからこそ彼はヴォルトとの旅を望んだ。
「人間は18で独り立ちします。それまでは大体親の下で暮らします。その真似をするつもりはありませんが、せめて自分が18になるまではお伴させてください。師匠、お願いします」
自立できない甘えではなく、少ない時間をどう使うかについてルークスが選んだ心からの選択だったので、ヴォルトはそれを受け入れ、彼が言うように18歳になるまでは旅の同行を許すことにした。
14歳を過ぎた頃からは、竜に近づいてもいいだろうと判断して竜との接近戦を体験させたり、ヴォルトのように空を飛んだり流星になったりすることのできないルークスの為に竜を乗りこなす技を教えていったりもした。
これまでの修行のどれよりも、ルークスは生き生きとして竜に体当たりでぶつかっていった。いかに竜時間が使える戦士とは言え、子供では危険だからと近づくことを許されていなかったのである。
知能の低い竜もいれば賢いのもいるし、鱗の硬さだけで十分歯が立たず、どう攻撃すればいいのか判らないようなのもいれば、柔軟性のある体をしているのもいる。そしてどれも気位が高い。
母の才能を受け継いで行える呪文は、結局治療や癒しに役立つ初歩的なもの止まりとなったルークスの移動手段として、幾つかの竜が試された。大きさや動きのクセや性格など、彼に合うものを見つけるには試行錯誤が必要なのである。
まず始めにヴォルトが試させたのは、ヴァイゲンツォルトで皇帝騎士団が使うキンサーという種類の翼竜だった。セリオルのように比較的小型なので、馬に近い感覚で跨れるのである。全身銅色で鱗の強度も高い、防御に優れた乗り物だ。しかも小型だと、多少反抗したとしても御し易いし、飼料の調達も楽である。だから騎士団の常用として選ばれているのだ。
かつて父が乗りこなしていたのと同じ種類ということで、ルークスにも特別な期待があったが、どの個体で試してもいまいちしっくりとこなかった。
「お主の腕の問題ではない。相性というものがある。心通わせられるものを見つけるには時間がかかるものだ。気長に試していけばよい」
そこで、種を変え個体を変えては騎乗を試し、己のパートナーとなる運命の竜を探す日々が続いた。
ヴォルトと長いこと時間を伴にしているからか、それともグラスマの心臓を食べたからなのか、不思議とルークスは竜の気持ちが解った。言葉ではないが、思考がそのまま肌を通して伝わってくるのである。だから、彼らがどのような感覚で自己を拒否しているのかが感じられた。ある者は子供を乗せることを許さず、ある者は単におそれ、ある者はヌスフェラートを嫌っている。そしてある者はルークスの異質さを受け入れたがらなかった。
「人間世界の馬も、名馬と言われるものは気性が激しく、主人を厳しく選ぶことがある。竜はそれに何重にも輪をかけて気難しい生き物だ。探すのは大変だが、その代わり一度馴染めばとことん忠実だぞ」
ヴォルトの励ましで100頭、200頭と試すうちに、遂に10日目でルークスはこれだと思う竜に出会った。それはバインバークスという種で、鱗のキメが細かく柔軟性に富んだ体をしている翼竜であり、その個体はまだ若くて小さい体をしていた。小さいと言っても胴体は馬ほどもあり、成長すればキンサーより一回りは大きくなるという。
若さという点が共通したのか、はじめは驚いていたそのバインバークスはすぐにルークスと意志疎通できることが解ると懐き、友達のように楽しんだ。それが解ったルークスも嬉しくて、一緒にひとしきり飛行を楽しんだ。相手が拒否し振り落とそうとしなければ、素乗りでもルークスは実に器用に竜に乗っていられる。見守っていたヴォルトもようやく見つけられたようだと安心し、その様を楽しく眺めた。
そして降りてくると、ヴォルトからそのバインバークスに挨拶をした。挨拶と言っても言葉を交わすのではなく、バインバークスの額に手を載せて心を伝えるのである。
竜人であるヴォルトは特別な存在だ。最も高等な竜がそこにいるのと同じで、どんな種類の竜もヴォルトと静かに対面すれば敬意を示す。
そのヴォルトから、この少年が貴重な存在であるから宜しく頼むとのメッセージが与えられ、若い竜はブルンと体を震わせて興奮し、了承した。それが解ったルークスもとても嬉しくなった。
バインバークスは茶錆色の体表と、それより少し薄い色の腹を持っている。その腹を撫で、セリオルよりは短い首を撫で、ルークスは親交を深めた。
「お主もまだ成長する。この竜と共に大きくなるので丁度いいかもしれんな」
この竜は言葉を話せないが、竜同士テレパシーで相手を呼ぶ時の発音しない名はある。それをヴォルトが心で聞き、《滑らかで素早い翼のチビ》という意味だと知ったので、ヌスフェラート語で《滑らか》と《素早い》を意味する単語を掛け合わせ、この竜をルークス達は《パースメルバ》と呼ぶことにした。
そしてこの近辺で十分にパースメルバに乗り馴らしてから、ヴォルトはドワーフの工房を訪れ、成長するパースメルバに合わせてサイズ調整できる騎乗具の作成を依頼した。武器、防具、そして騎乗用の装備などを作らせて、ドワーフほど仕事の確かな者はいない。
パースメルバに圧迫感を与えないデザイン。そして軽量かつ強度に優れた金属と革。そういったものを駆使し、尚且つ機能美を感じさせる騎乗具が完成し、パースメルバによく断って了解を得てからそれを装着させた。
飛行に支障のないよう、首と腹をベルト留めして首の付け根にルークス用の鞍が位置する形である。馬の鞍と違う点は、手綱がなく、鞍の前部に手掛かりがあるところだ。高速飛行する時は体をほぼ密着させるので、しっかりした掴み所が両手分必要なのである。鞍の形も、騎手に楽なよう機能的にデザインされていた。各種族から注文を受けて様々な生物に合わせて騎乗具を作っているので、こんな仕事はお手のものなのである。
早速その装備で飛んでみると、パースメルバもルークスも互いに楽で、より激しい動きができるようになった。ルークスの体が大きくなれば鞍の調整が必要になるが、パースメルバの方は当分の間ベルトの調節だけで対応できるようになっている。
仕上りに満足したヴォルトは、入手困難な魔物の体の一部など、旅の間に手に入れた貴重品で十分に支払いをし、ドワーフを喜ばせた。
こうして自由な移動手段を得たルークスは毎日パースメルバに乗れるのが楽しくて輝いていた。パースメルバも、ヴォルトやルークスと旅をするうちにこの2人がどれほど主人や友として優れているかを知っていき、供にいられることを誇りに思うようになっていった。