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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第23章
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第4部23章『悪魔の子』19

※※注意※※

この章は大変ネガティブな内容になっております。

文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。

詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。

(ただし、このエピソード以降は暫くサクセスストーリー的になっていきますので安全です)

 最初の村に辿り着くまでにとても時間がかかったが、一度人が集まる領域に入れば、後は街道を通って何処までも進んでいけた。

 坑道にいた期間は一年と少しだったが、その間に世の中は大戦の痛みからかなり復興して活気のある生活をしている。だから大戦時と違って怪我人や病人が豊富にいるわけではなくなっているので、以前とは違った方法で食べ物や金銭を調達しなければならなかった。

 ルークスは竜時間を利用して盗みをしたり、狩りをしたりすることによって食い繋いだ。盗むと言っても、明らかに貧しくて苦しい生活をしている者から取ることはせずに、なるべく裕福そうな家から少し失敬するという風にしていた。竜時間によって狩りが楽々成功するところもあったから、盗みの方は時々必要に応じて、ちょっとだけすれば済むことだった。

 今では自分の思い通りに竜時間を使いこなせるようになっていたので、寝込みを襲われでもしなければ、誰にも負ける気がしなかった。

 再び、守る者、守ってくれる者のいない虚ろな旅だったが、自分の成長をひしひしと感じられる点はルークスに新鮮さと刺激を日々与えていった。

 マントを剥がされる事態に陥ることもなくなり、皮膚病を装ったまま、中央大陸ガラマンジャの西部への旅は少しずつだが進んでいき、遂に3ヶ月ほどの日数をかけて、ルークスは広大な森林地帯へと到達した。

 そこは目の前に噂に聞く大山脈が聳えており、山頂は厚い雲の下に隠れてしまって見えないという、壮大な景観を持つ土地だった。あの山脈の向こうが、父に聞き、噂にも聞いているヴィア・セラーゴなのだ。

 母と子供の足では踏破できないと父が言っていたことの意味が、現物を目の前にしてルークスによく解った。これまでに見たことも経験したこともない高みにまで山がそそり立っているのだ。しかも標高の高い所は全て真っ白な雪を被っている。あんな所を、子供が専門の装備もなしに登るのは不可能であろう。無理に足を踏み入れても、頂きにつく前に命を落としかねない。例え奇跡的に越えられたとしても、無事に下山するのはもっと困難だろう。

 だからルークスは父に言われた通り、その麓であるこの森林地帯で地下世界へと繋がる道の入口と、その番人を探すことにした。


 何日も何日もかけて入口を探すのだが、ルークスはなかなかその場所を見つけることができなかった。あまりに広いから、まんべんなく歩き回るとしたら時間がかかるのは当然のことなのだが、それにしても人工物に行き当たること自体が全くなかった。本当にこの森で合っているのだろうかと不安になってくるくらいだ。

 森の雰囲気は、聞いていた通りその辺の森より余程深くて魔物が多くて、危険に満ちていた。それでも、竜時間のあるルークスはそれほど危ない場面に遭遇することもなく魔物を退けられたし、魔物が豊富だということは逆に言えば狩りには不自由しないということもあって、食料には事欠かなかった。

 この森の付近に人間は全く立ち寄らないと判っていたので、この森ではルークスは己の肌を剥き出しにして自由な格好を楽しんでいる。

 いつの間にか、この森に昔から住みついている野生児のようにルークスは森に馴染み、狩りによって戦いの腕を上げていった。


 そんな風にして地下への入口を探しつつ森を巡る生活をして一ヶ月ほど経過した頃、ルークスは彼の人生を決定付ける重要な出会いをした。

 それは、竜時間を使っていつものように自分より大きい魔物の行く先に回り、障害物を作って転ばせ、そこを岩の打撃によって仕留める、という狩りを行って一息ついた時のことだった。

 ふと見ると、魔物以外の者に遭遇することがないこの森に、1人の男が立ってこちらを見ている。それは旅のマント姿の人間で、くせのある赤毛が特徴的だった。

 そしてこう言ったのである。

「ホウ、竜時間(ディナソル)か。大したもんだ」

人間に会うと思っていない場所で、しかも人間から聞くことはないと思っている言葉を聞いたものだから、ルークスは一瞬でゾッとした。そして、相手は人間のはずなのに、正体不明の恐ろしい力の持ち主に遭遇したかのように体が反応し、回避行動として竜時間が発動した。

 風が止まって見えるほどゆっくりになり、木の葉が空中で漂う。その中をルークスは走った。

 ――――――だが驚いたことに、その男も動いた。この竜時間の中で。

 こんな経験は初めてだったから、ルークスは心臓が止まるほどに仰天して目を見開いた。相手の方が大人で大きいから、竜時間が効かなければあっという間に追いつかれてしまう。しかも赤毛の男は身のこなしが軽くて、とても俊敏だった。

「――――――待て! 怖がるな! 逃げなくていい」

どちらにしても逃げ切れそうになかったので、言葉に従ったと言うより、観念して覚悟を決めてルークスは立ち止まり、男と対面した。

 まだ竜時間は続いており、止まったかに見えるほどゆっくりと進む世界の中で、2人だけが普通に息をし、瞬きをしていた。赤毛の男は、琥珀色の目を細めてルークスを見た。自分ではもう竜時間を解除したつもりなのに、まだ続いていることがルークスには不思議だった。

「私も、お主と同じことができるんだよ。小僧。竜時間がな」

そして、ニヤリと口元を綻ばせた。それと同時に竜時間は解けた。

 ルークスは男の言葉にますます驚き、息を切らせながら何度も瞬きをした。

「お主、幾つだ?」

強制力はないのだが、危険な会話ではないようだし、この男の言うことをもっと聞きたいという衝動の方が強くて、ルークスは7つだと答えた。

「7つ? それでこれだけ竜時間を操っているのか。それなら大したもんだ」

人間の男が、自分の姿を見ても敵意を露にせずに笑い、しかも誉めているということが信じられず、ルークスは緊張感をそのままに、ひたすら呆然と男の様子を見た。

「この森に1人でいるのか?」

何と答えて良いのか判断できず、それより先にルークスの方が訊いた。

「あんた……人間なのに竜時間が使えるのか? ボクの姿を何とも思わないのか?」

それで、男の方も大分察するところがあったらしく、質問に質問で返されたことには全く気を留めず、こう答えた。

「お主、人間を避けているのだな? ……無理もない。当たり前だろう。それでこの地上世界にいるということは……何やら相当の事情があるのだろうな。だが、心配は要らん。私はこの通り人間の姿をしているが、これは幾つかある姿のうちの1つで、全くの人間ではない」

そう言うと、男は見る間に肌の質を変化させ、赤い髪がスルスルと頭部に吸い込まれるようにして消えると、体表が深い緑色に変わって、幾何学的に紋様が走り、全てが鱗となった。高い鼻は低くなり。鼻腔が縦長に伸び、瞳の虹彩も縦長に変化していく。そして、いつの間にか尻から尾が生えてユラユラと優雅に宙を波打った。

 こんな変化と、こんな姿を見たことのないルークスは完全に参っていまい、しかもこれだけ異質であれば人間ではないわけだから、人間に対する警戒などはどこかに吹き飛んでしまい、クラリとして尻餅をついてしまったのだった。

 鱗人はまた笑った。

「私のような者を見るのは初めてか。もし、ずっとこの世界に生きていたのであれば、そのように驚くのもまた無理あるまいな」

その声は不思議な三重音声になっていた。

 ルークスは暫く口が利けず、ひたすらに鱗人の姿を眺めた。太陽の光を浴びて、鱗が艶やかに輝いている。何と美しいことだろう。そしていくつかの特徴が、これまでルークスを憧れさせ、ときめかせてきた竜というものに似ているように思った。

 鱗人は近づいて来て手を差し出した。なかなか手が出せないルークスに向かって、さらにもう一度手を動かして見せ、ホレ、と言うように招く。ようやくルークスは手を差し出した。するとその手を取って鱗人は軽々とルークスを引き上げ、立たせた。

「ボクの……ボクの父さんはヌスフェラートで……母さんが人間なんです。父さんから……いろんな種族の話を聞いてたけれど……あなたのような人のことは知らない」

それで更に少し事情が見えたようで、鱗人はまた目を細めた。姿を変えても、目の色は琥珀色のままだった。

「……私のような者は少ないからな。私のような者は竜人と言う」

「竜人?」

竜のつく言葉を告げられて、ルークスの目は自然と輝いた。その反応が竜人にとっても心地良かったようで、竜人の表情が一層朗らかになった。

「もう少しお主のことが聞きたい。珍しいようなら私のことも話してやるから、どうだ。その辺でゆっくり話をしようではないか」

ルークスは竜人の提案するままに移動し、もっと日の当たる明るい草叢に出て倒木に腰掛けた。そして先程仕留めた魔物を竜人が運んで来て、ルークスに一応了解を得ると、その場で魔法の炎を起こして焚き火を作り、手際良く魔物の皮を剥ぐと、火に掛けて炙った。

 魔法にもすっかり感心してしまったルークスは、ずっと目を輝かせて竜人の仕草ばかりを追った。その様子は竜人の保護心と哀れみを誘うようで、度々笑みを浮かべたり労しそうな顔をしたりした。

 未知の高等な種と対面している緊張感はまだあったが、人間の男に対して向けられるような警戒心はもはや何処にもない。

 まずはルークスのことばかり尋ねられ、ルークスはこれまでの生い立ちを語った。あまりに辛い部分はルークス自身詳細を語ることを躊躇ったが、言わずとも竜人の方には十分伝わったようで、これまでの彼の過酷な道程を竜人は把握し、理解した。名前も、ルークスだと既に教えている。

「……よく解った。ルークス。私は、ヴォルトと言う」

「ヴォルト……さん」

「ヴォルトでいい。お主が目指しているのは、ヴァイゲンツォルトなのだな? そこでなら安心して暮らせるだろう、と」

これまで考えてきたことだったから、ルークスは7才の子供とは思えない答えを返した。

「……他に目標がなかったんです。人間たちのいる所ではボクは結局隠れなきゃならない。だから、目指してました」

ヴォルトは深く頷いた。

「ウム、成る程な。では、急いではおるまい? どうだ、私と一緒に行かぬか?」

「えっ」

ルークスは大きな竜人を見上げた。ヴォルトは、人間だった時よりも竜人姿の方が体を大きく変化させているのである。そんな者の前では、ルークスは本当に幼い子供だった。

「私が、お主をヴァイゲンツォルトに連れて行ってやろう。だが、その前に連れて行きたい所がある。お主の話を聞き、お主の体を見た限りでは、お主は体をかなり痛めている。酷い生活を続けてきたせいで、体を悪くしているのだ。それに、竜時間も体に負担をかけるので、大分心臓に負担をかけてきたであろう。まずはその体を治す為に、ピッタリの場所に行くのだ。それに、うまく負担をかけずに竜時間を使う方法を私が教えてやろう。お主の今後に必ず役に立つ」

信じられない申し出だった。それに、竜時間は体に負担がかかるというのも聞き捨てならない話だった。

「お主の父も、恐らく必要があって已む無く竜時間を度々使って心の臓を患ったのであろうな。使える者が少ないだけに、対処方法もあまり知られていないのだ。だが、私は知っている。それをお主に教えてやる。そうすれば、お主はいつまでも巧く竜時間と付き合っていける。その前に、まずは体を治さねばならん。戦士にとって体は資本だからな」

言っていることの道理は合っているし、筋道通っているのだが、どうしてもルークスには理解できないところがあった。

「どうして……どうしてボクに、そんなに親切にしてくれるんですか?」

ヴォルトはまた労しそうに目を細めた。

「大人が子供の面倒を見るのは当たり前のことだ。それに、お主には他に面倒を見る者がいない。そして、同じ竜時間の使い手だ。ただの他人とは思えんのだ。心配しなくていい。お主さえ嫌でなければ、私と一緒に来なさい。その方が、きっとお主の為にもなる。世界を見せてやろう」

その言葉に、ルークスは骨まで恍惚と震えた。デレクも、自分の分までいろんな世界を見てきてくれと言っていた。

 世界。まだ見ぬ、人間達が住む国以外の世界。

 ルークスは承諾の証にコクリと頷き、2人して獲物を食べた後、早速出発した。準備は何も要らなかった。全ての財産は、いつでも身につけていたから。

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