第4部23章『悪魔の子』17
※※注意※※
この章は大変ネガティブな内容になっております。
文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。
詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。
そうして、ようやく地上への別れ道に辿り着くと男の気配を数多く感じた。下に降りていくこともできず、かと言って現場を放棄することもできない一部の役立たずがここでウロウロしたのである。ここなら現場にいることにはなるし、階下で爆発があったことに気づけばすぐに脱出できて助かるのだ。幼い子供を外に出さずに、いい大人がこんな所にいるというのは、なんとも滑稽なものだった。
だが、困ったことになった。この者達に見つからずに通り抜けて行かなければならない。ルークス1人なら可能だが、デレクを連れて行くには、この連中を何処かに払わなければ。この先は、松明やランプを消しても外からの月明かり等で自分達の姿が見えてしまうのだ。
2人は、まだ暗闇の領域にある所の木箱の陰に隠れて考えた。
デレクは冷静で、こんな時でも賢かった。成長すれば大した役職につけるのではないかと思うほどだ。
「……この木箱の中には、僕らが掘っている燃料の石が入っている。これを燃やそう」
その提案にルークスは驚いたが、同時に危険な冒険に対する気分の高揚も感じられた。ルークスはデレクの指示通り燃料石を取り出して付近の各部屋に配置し、竜時間によって奪ってきた松明の炎でそれぞれを発火させた。火が点き難いのだが、一度点けば長時間高温で燃焼し続ける特質のある石で、だからこそ坑道でも松明を使うことができるのだ。
物の燃える臭いに気づいた男達が慌て始めた。爆音は特に聞こえなかったが、既に引火しているのではないかと思ったのだ。
その頃には各部屋から黒煙が上がり始めていた。
「――――助けて! 助けて!」
2人揃ったところでルークスが叫んだ。男達が声に驚き駆けつけてくる。そして通路の先の闇と、部屋からチロチロと漏れる炎の光、流れくる煙に慄いた。
「お前ら、何でこんな所にいる?! B6に入らなかったのか?!」
「ボクら遅くて、その部屋に入れなかったんだ。デレクの具合も悪いし、どんどん火が点いて上に上がってくるから、ボクら2人でここまで逃げて来たんだ! お願い助けて!」
たった2人の子供にこんな騒ぎを起こすことができるとは思っていないから、男達は簡単に信じ、2人が来た道の方へ行くのは恐れて2人を連れて引き返した。子供達が眠る場所の方にも火を点けてきたから煙が出ており、そこにも連れて行けないと判断し、緊急事態だということで、普段決して子供達を通らせないエリアにまで足を踏み入れさせた。
それでも、換気用に出入口を開けているから煙がどんどん流れ迫ってくる。男達は足を止められなかった。
「どうする? 出て閉めちまうか?」
「それが安全だな!こいつらみたいに部屋の外にいる奴がいなければいいが!」
人為的に起こした火災だということに気づかず、男達はルークスが何度も確かめた部屋と通路を通って地上へ、外へと向かっていった。この2人は貴重な人材だし、2人だけなら簡単に捕まえておけると思って外に連れて行くのである。
上層階だけの火災は他の燃料にも引火し、軽い爆発が起きた。これでますます雰囲気ができ上がり、誰も疑うことなく現場を放棄した。
歩くのが遅いデレクのことは体の大きな男が小脇に抱えていき、階段を昇り、扉を抜けて、遂に2人は月の輝く夜の世界に出ることができた。
ルークスは下弦の月を見上げて、何て久しぶりに月を見ることができたのだろうと感激し、吐息した。月の美しさは、薄幸だった母をどことなく思い起こさせるところがある。
全員出ると男は扉を閉めた。ここまで来る途中の扉もその都度閉めている。そして地上に開いている、通路や子供達の生活ゾーンに通じる換気口を塞ぐべく、奔走した。間違えて仲間や子供達が避難している部屋の換気口を塞いでしまってはならないから、慎重に場所を確かめている。こうして火の点いたエリアの空気の通り道を塞ぎ、内部の火を消そうというのである。
この前見かけた犬はもっといたようで、今は5匹の黒い犬が駆け回ってしきりに咆えていた。火が点き、煙が上がり、爆発もあったから、いつもと違う状況に興奮しているのだ。問題発生! 問題発生! と高らかに夜に告げている。
ルークスは自分のことをしっかりと掴んで離さない男に向かって言った。
「デレクを治療したいんだ! 離して!」
男はルークスと、そこで別の男に抱えられているデレクとを見比べ、その男と目配せし、やがて手を離した。デレクのことはそこに寝かせた。
「妙なマネはするなよ」
犬がいるし、何かあっても自分達ですぐに捕まえられると思っているので、男は特にロープで縛ったりせずにルークスを解放した。
元々肺を悪くしているのと、先程の火付けで吸った煙のせいで、デレクは本当に咳込んでいた。ルークスは自分自身も軽く咳込みながらデレクの治療をした。
この男達の目を盗むことはできるかもしれない。だが、犬の方はなんとかしなければ。
ルークスは治療に十分時間を使って、周りの状況を読み取ることに専念し、考えた。猟犬や牧場の犬を見て知っているので、この犬たちもきちんと働くのであれば、何処までも自分達のことを追いかけてくるだろう。
心を決めると、ルークスは竜時間を起こしてその場を離れ、一匹ずつ犬を捕らえては抱えて運び、すぐそこにある大きな涸れ井戸に投げ込んだ。涸れているから溺れないし、下に砂が溜まっているので死ぬほどの酷い怪我はしないだろう。竜時間の間はゆっくりと下降するのだ。そうして竜時間を起こす毎に一匹ずつ犬をその場から取り除いていった。
通常の時間を生きる男達の方にしてみれば、何やら急に犬の声が遠くなり、何処かでキャンキャンとまとまって鳴いているから不思議に思い、首を傾げた。
「おい! 犬はどうした?!」
「わかんねぇ! 急にどっかに行っちまったぞ!」
あの井戸から犬を救出するのは時間がかかるだろうから、これで当分の間は時間を稼げる。
男の1人が犬の鳴き声がする方へ様子を見に行った。これでまた2人を監視する男が減った。
すぐそこに、本当の暗黒がある。月明かりでルークスにはよく見える荒野だが、人間にはまるでものが見えない闇の世界だ。点在する茂みに隠れながら進んで行けば、何とか遠い森にまで辿り着けるだろう。今がチャンスだ。
ルークスはデレクの耳元で囁いた。
「これから行くよ。君を運び易いように、ちょっと屈んだ格好で立ち上がって」
デレクはすぐに指示に従った。すぐ側にいる男がチラリとこちらを見たが、治療が効いて立ち上がれるようになったのだとしか思わず、それより気になる換気口の作業や犬の声がする方などに目を向けた。そのタイミングをルークスは選んだ。
ここまで連続して行ってきたものよりずっと気合いをいれて竜時間を発生させ、抱え易いポーズになってくれたデレクの体を背に負い、できるだけ急いで闇の荒野に向かって走っていく。時間が元に戻りそうな頃合いを体で見極められるので、ギリギリで進んで行けそうな茂みを選んでそれを目指し、辿り着くとそこにデレクを降ろし、息をついた。
ルークスの息切れ具合で、移動があったことをデレクも理解した。
「僕を運んでくれたんだね。凄いな」
ルークスは激しく息を切らせながら言った。
「すぐまたやらなきゃ。十分離れたら、デレクにも走ってもらう」
そして、「おいガキ共は何処だ」と騒ぎ始める男の声が聞こえた所で、また時間を緩めた。そしてデレクを抱えてできるだけ男達のいる場所から遠ざかり、松明やランプを掲げても光の届かぬ範囲にまで到達できるよう急いだ。
そしてそれを3回繰り返し、そこから先はデレクと一緒に手を繋いで走りに走った。振り返ると、ルークスの目には自分達がいた場所の外観が見える。だだっ広い荒野に、ポツンと存在する農家のようだ。燃料を箱詰めにして保管している倉庫は、家畜達を入れる小屋にも見える。隆起は少なくて、遠い所に岩の山がヒョコヒョコと顔を出している程度だ。今は雪のない季節だが、冬になれば一面の白い平原になることだろう。
闇を味方につけた子供2人は、そうして男達の追跡を免れ、体力の続く限り前進して森を目指し、夜が明け染める頃には無事に木々生い茂る緑の安全地帯に逃げ込むことができたのだった。