第4部23章『悪魔の子』15
※※注意※※
この章は大変ネガティブな内容になっております。
文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。
詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。
竜時間の発動に慣れてきて、一回毎の発生時間も体感的に平時の30秒ほどは維持できるようになった頃、ルークスは謎の扉の向こうを探索することを決意した。
いつも就寝と食事の際に地上に戻る通路の途中に、男達だけが進んで行ける分岐点がある。数段階段を昇った先の奥が曲がり道になっており、その先がわからない。だが、左からも右からも扉を開け閉めする音が聞こえるので、何処かに通じる扉があるのは明らかだった。
そこで、一列になってこれから地上へ向かおうと歩いている時に、その別れ道の所で竜時間を発動させ、残り時間で十分に戻れるギリギリの所まで進んで曲がり道の向こうを調べた。
左にも右にも木でできた扉があり、鍵穴がある。男達が地上に戻って就寝する時などは施錠されるのだろう。だが、これまで男達が行き来している時に鍵をかけるような音をきいたことがないから、普段は往来が多いので開けっぱなしにしていると思われる。
ルークスは試しに右側の扉を開け、開くことを確かめ、その奥の様子をチラリと見てからすぐに扉を閉めて元の列に戻った。仕事から戻って来た時には左側の扉を開けて中を確かめた。どちらも部屋になっており、その先に続くらしい別の扉が奥に見えた。
左側の部屋は休憩室らしく、木のテーブルに木の椅子があり、食べ物や飲み物が並んでいて、上着なども掛けられる。右側の部屋はそれに比べて質素で、単なる通過点という雰囲気が強い。こちらの部屋の奥にある扉こそ、その先に地上へ続く通路がありそうでルークスは気になったのだが、現在の竜時間ではそこまで調べるのは無理なように思われた。
そこで、毎日のように何度もその部屋への侵入をチャレンジし、慣れてくるとお決まりの障害物を避けるのも達者になってくるので到達点が少しずつ伸びていき、しかも、ある時ちょうどその扉を開けてこれからこの部屋に入ってこようとしている男が止まった状態でいたので、覗き込むだけでその先を見ることができたのだった。
その先はやはり通路で、その突き当たりがまた曲がり道になっており、その上方から明かりが射し込んでいた。あれは太陽の光だとすぐに判った。
これで、やはりあの先に、出入口かどうかはともかくとして少なくとも明かり取りの窓がある空間に繋がっているのだということは判明した。部屋に入ってこようとした男の格好が外から来たばかりの外套を纏った様子であったから、出入口がある可能性も濃厚だ。
その先を確かめるのはさすがに難しいので、竜時間がより伸びるのを待つか、何か別の方法であの先を見る機会が得られないかを望むしかなかった。
子供ながらに、確認不充分な今の段階で賭けに出るのは危険だと解っていたので、間違いなくルートがあって安全が認められるまでは脱出の計画は立てられないと判断し、ルークスはひたすら機会を待ちながら竜時間の訓練を続けた。
男達の言っていたように、大戦時のように易々と子供達を獲得することができなくなったようで、ルークス達を最後にあれ以降の新入りは殆どいなかった。今では減るばかりで、だからこそ、この坑道の生産性を維持したい男達の方も焦ってくるようになった。
気晴らしで少年達をいたぶったり、暴力によって消耗することのないよう、これまでより少し丁重な扱いに変わっていき、食い扶持が減った分、一人あたりの食事の量がちょっとだけ増えていった。
それで衰弱死は多少ながら減っていったが、それでも全体数が減っていくのを止めることはできなくて、一時は肘が当たるほどにギュウギュウ詰めだった食事のテーブルも、余裕のある間隔を持って座れるようになった。
これでまたさらに半年ほどの時間が経過した。
劣悪な環境にありながら、それでもルークスの背は少し伸びた。父が上背のある人だったので、それに似ればルークスも長身になるはずである。
デレクの衰弱は進み、明らかに肺を悪くしていた。毎日のように岩石の粉塵を吸っているのが、体に悪影響をもたらしているのである。それはルークスにも同じことだった。
できるだけ早くここを出ないと、これ以上脱出を先に延ばすと、この友が死んでしまう。ルークスはそう思い、焦りを強めた。これ以上、絆を築けた人を失いたくはなかった。
2人でここを脱出し、デレクが安心して生活できる場所を探し、無事そんな所が見つかったら自分は再びヴァイゲンツォルトを目指す。それがルークスの願いだ。生きる理由だ。
そこで、かなり危険は伴うが、連続して竜時間を発動させて行ける所まで行ってみることにした。途中でバレてしまう可能性はあるのだが、友の体力を考えると踏み切らずにはいられなかった。それにこれ以上自分も衰弱したら、脱出する力を失ってしまうかもしれないのだ。
ルークスは仕事中にデレクに断って持ち場を離れ、竜時間をかけては移動した。そしてまず通路の先にある右側の部屋に侵入し、木製のロッカーの中に隠れて竜時間が切れてから辺りの様子を窺った。静かで誰もいないと見て取ると、もう一度竜時間を発動させ扉の先に進み、太陽光が射し込む曲がり角を曲がった。そこは階段で、上った先がまた曲がり角になっている。階段状の天井近くに明かり取りの窓があるのだ。
ルークスは階段を上がり、角を曲がって、その先にもあった階段を上がった。誰もいない。しかし念の為手近なところにあった木箱の陰に隠れて竜時間がちょうど切れると一息つき、また辺りの様子を窺った。殆どの男達が地下の監視に降りているのか、地上に用のある者は施設を出ているらしく、ここにも人の気配はなかった。仕事の時間を狙って外に出て来た甲斐があった。
今いる通路は左右に伸びており、どちらの突き当たりにも扉がある。明かり取りの窓は手の届く高さにあるから、ここはもう地上だ。おそらくあの扉の外はもう自由な世界だろう。
ルークスは決心して再度竜時間を発生させ、向かって左手の扉に駆け寄り、開くかどうか試した。しかし、さすがにここは施錠されているらしい。だから下の方は無防備なのだろう。こんな風に侵入できる子供がいるとは思ってもみないだろうから。
そこでまた引き返し、木箱の陰に隠れて一息つき、それから右手の扉も同じように試した。こちらも施錠されている。ここから先を突破するのはさらに特別な策が要りそうだ。
また木箱に隠れて、さすがの連続移動で息を切らせていると、右側の扉がガチャリと開く音がし、男がちょうど入ってきた。すかさずルークスは竜時間を起こした。
身を乗り出して見ると、扉が大きく開かれ、男をシルエットにその背から眩しい光が存分に射し込んでいる。何て美しいんだろうとルークスは思い、およそ一年ぶりの純粋な太陽光に目を細めて走り出した。
男の脇の下を通り過ぎると、その先はだだっ広い荒野で、荷馬車が2台停まっていた。あれが燃料岩石を運搬するのだろう。そして近くに2匹の黒い犬がいる。番犬のようだ。見渡す限り家も村もなくて、遠くに森らしき木立がようやく見える程度だった。
今ここで走り出て何処かに隠れ、竜時間を繰り返せば、これで簡単に自由になれたろう。だが、一通り情報を得るとルークスは躊躇いなく引き返し、今度は階段を一気に降りて元の部屋に戻り、再び木のロッカーに隠れて一息つき、それから部屋を出て仕事場へと戻って行ったのだった。
デレクの下に辿り着いたルークスはさすがにヘトヘトで、「疲れた」と言って寝転んだ。デレクは何してきたのか詳しく訊くことなしに、ルークスの分も働こうと岩堀りに精を出した。