第4部23章『悪魔の子』13
※※注意※※
この章は大変ネガティブな内容になっております。
文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。
詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。
ルークスが連れて行かれた先は、この蟻の巣のような洞窟世界をかなり下った場所だった。何処にも子供がいるのだが、ここまで来るとかなりその数は少なく、ランプの数も減り、暗闇が多くなる。
「こいつらは燃料になる石を掘っている。その最前線がここだ。燃料になる石と、そうでない普通の石とまだらにあるもんだから、うまく場所を探り当てなきゃなんねぇ。しかもそういう所にはガスが溜まったりするから、なるべくランプを使いたくねぇんだ。爆発するからな。だから、月光石の明かりだけで仕事をしてもらうんだが、普通のガキじゃ、それじゃあ暗過ぎるんだ。そこでお前の出番というワケさ」
月光石のことはルークスも知っていた。光を留めておける性質のある石だ。日中太陽の光に当てておけば、その後は一晩中月のように仄かな光を発するのだ。旅の照明道具として父が持っていたのである。ヌスフェラートは夜目が利くからこれで十分なのだ。
燃料となる石のことは知らなかったが、世の中には沢山の不思議な鉱物があるということを父から聞いていたので、ルークスは簡単に受け止めた。
マントとマスクを脱いだままで、ヌスフェラートらしい姿を晒したまま人前にいるのは実に久々なことだった。いつも目以外の全てを覆っていたので、とても開放感があり、その点はルークスにとって嬉しかった。地上よりここの方が暖かいので、シャツだけの格好でも寒くはない。
行き止まりに思える暗い通路まで来ると、男が立ち止まり声を上げた。
「――――おい、デレク、ちょっとこっちへ来いや」
男の呼びかけの後、暗闇の奥の方で誰かが動く音がして、それが次第に近づいてきた。
それは痩せた、盲目の少年だった。盲目だと判ったのは、岩壁に手をついてやって来た仕草と、全くあらぬ所を見ている色の薄い瞳によるものだった。白濁してしまった母と同じような色の目をしている。だからルークスはドキリとした。
「こいつは明るいも暗いも関係ねぇから、ここで役に立ってんだ。おいデレク、新入りだ。ルークスってんだ。こいつは暗い所でもよく目が見えるらしい。ここでのやり方ってもんをお前が教えてやってくれ。早くこいつが要領を飲み込んで成果を上げりゃ、おめぇにご褒美をやるぜ」
そして男はデレク少年にルークスを任せると、すぐに行ってしまった。
鳶色の髪、そして土まみれでも色白とわかる肌。年は10才前後というところか。
デレク少年はルークスに、視線ではなく耳を傾けた。
「……君、暗くても見えるの? 本当に?」
「……うん」
「すごいね。僕みたいな目の見えない子供じゃない人がここに来るのって、すごく珍しいよ」
ルークスは、教えずにこのまま彼と行動を共にするのは何だか卑怯な気がして、言った。
「……ボク、ヌスフェラートの血が半分入っているんだ。父さんがヌスフェラートで、母さんは人間なんだ。だから暗い所でもよく目が見える。それでここに連れて来られた」
あきらかに、『ヌスフェラート』と聞いてデレク少年はビクリとした。しかし、それはほんの一瞬のことで、後はまたジッとルークスを全身の感覚で見ていた。
「……そうか、だから少し、普通の人と違う感じがしていたんだ」
目の見えない人間が感じ取れるような違いがあるのかと驚き、ルークスは訊いた。
「どんな風に?」
デレク少年はちょっと首を傾げた。
「何て言うか……ちょっと触っていいかい?」
妙なことを言うので戸惑ったが、ルークスは「いいよ」と言って手を差し出し、指の先を触れさせた。デレクはそれを頼りに慎重にルークスの腕を触り、さらに手を伸ばして彼の肩を触った。そしてその辺りを軽く撫でる。
「……野菜で言うなら、ソークとヴィデッキだな」
「?」
ルークスの知らない名前の野菜だが、なんでもどちらも似たような形をしており、ただ色と味が異なっているらしい。ソークもヴィデッキも根菜で、主にスープに入れる具材だ。ソークは白くて辛味があり、ヴィデッキは紫色で甘味が強い。そしてどちらも栄養がある。
「ヌスフェラートに直に会ったことがないから知らなかったけど、思ったほど違わないんだね。半分人間だからなのかな」
そんなことを言われて、逆にルークスの方が驚いた。例えに野菜を用いたところといい、この少年はルークスに対して恐怖や悪意を抱いてはいないのだ。やはり、何より人々の恐怖心を煽るのは、この外見の方なのかもしれない。
一応不要な不安を抱かせない為に、ルークスは生い立ちを簡単に話した。ヌスフェラートの国で生まれ育ったわけではないから、今度の大戦には全く関係していないし、人間である母を愛していたから、人間の方から害をなしてこない限りはこちらも何もしない、とも。
「うん、わかったよ。だって君、悪い子じゃない。僕には解る。あの男達の方がずっとずっと悪くて怖いもの」
こんな環境だが、2人ともそれで「フフ」と少し笑い、それですっかり打ち解けてしまった。何とも不思議なことに、これがルークスにとって初めての友達との出会いになった。
男に手渡されていた月光石を掲げてデレクと一緒に穴の奥に進んで行き、そこでルークスは作業の進め方を教えてもらった。
酷い環境だった。いつ崩れるともしれない、子供の力でも掘り進められる硬さの岩ばかりで、削ったり掘ったりする度に粉塵が舞い上がり喉に入ってくる。ルークスは何度も咳込んだ。
デレクは素手で岩肌を掘り、その感触で燃料用の岩とそうでないものとを見分け掘り進んでいる。これがそうだと教えられた石は、ルークスの目には青白く見えた。この月光石の光に一番強く反射する岩質のようなので、ルークスの場合は目で見分けることができそうだった。
ここでは上の子供達のようにスコップやつるはしを使わず、シャベルで少しずつ掘っていく。
「こうしていると、時々空間に当たったりするんだ。そうすると、その中にガスが溜まってて、吸い込んだりすると死んじゃうこともあるから、穴を開けたと思ったらすぐに逃げるんだよ」
デレクの場合は感覚と耳で、もうすぐそこに空洞があることに気づけるらしい。だからこれまで死のガスに遭遇せずに生き延びることができたのだ。
男達の寄り付き難い、また立ち寄りたがらない場所であるだけに、ここでは監視の目が薄いから、成果さえ上げれば好きなようにお喋りができた。勿論この悪い空気の中でできる範囲ではあったが。それでもデレクもルークスも、ここに至ったそれぞれの物語を知り、またこれまでそれぞれが孤独であったから、こうして2人でいられることを嬉しく思い、仕事が捗った。
今のルークスぐらいの年に馬車の事故で視力を失ったデレクは、その事故で両親も失ってしまい、以来親戚の家を転々とし、何の手伝いもできないから厄介者扱いされて酷い目にあってきたらしい。そして大戦が始まり、その頃彼を養っていた家が焼け、逃げ惑ううちにはぐれてしまい、1人ぼっちとなってさまよっていた所を男達に攫われてしまったのだそうである。
盲目であるということ。そして同じように人々から辛い仕打ちを受けてきたという母と自分との共通点を少年に見出し、ルークスはデレクに深く同情した。デレクの方も、ルークスのこれまでの不幸を本当に哀れみ、労わった。
「ボクは必ずここを出て行く。その時はデレクも一緒に行こう! 僕は母さんのことも支えて歩いたんだ。だから君のことも支えて歩くよ。こんな所にいつまでもいたら死んでしまうもの!」
ルークスにしか見えぬ暗闇の中で、痩せ細ったデレク少年は「うん」と笑みを浮かべた。その約束が、この粗悪な場所で生きる2人の希望となった。