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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第23章
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第4部23章『悪魔の子』6

※※注意※※

この章は大変ネガティブな内容になっております。

文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。

詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。

 森の小屋にいる噂の皮膚病の子供は、本当はヌスフェラートだという若者達の知らせを、母はその時まさにグレネルトで日々の務めを行っている最中に聞いた。

 施術を受けていた老人は「何を言っているんだ、あの馬鹿連中は」と一笑に付したが、目の前の母が青ざめて急に飛び出して行くものだから、目を丸くした。

「ルークスは……! ルークスは……! あの子は無事ですか?! 何かしたのですか?!」

母は若者達に駆け寄り、息を切らせながら尋ねた。その様子を街の人々も訝しげに見ている。若者達は母のこともやや警戒気味に距離を半歩取って見下ろした。

「この魔女め! あんたも本当は人間じゃねぇんだろう! 正体を見せやがれ!」

母はひたすらにオロオロとし、若者の1人に取りすがって顔を見上げた。

「ルークスに何かしたのですか?! あの子は無事なのですか?!」

若者は汚いものでも振り払うようにして母を突き離した。

「知らねぇよ! 勝手に消えちまったんだ! あいつは間違いなく化け物だ!」

その言葉で何があったのかを母は悟り、すぐさま森の小屋に向かって走り出した。

 若者達は町中にこのことを知らせる方に夢中になり、母の後を追うことはしなかった。


 小屋に着くやいなや、その荒らされぶりと、ベッド脇に落ちているルークスのマントとマスクを見て、母は小さく悲鳴を上げた。

「ルークス! ルークス! どこなの!」

母の叫ぶ声を聞きつけたルークスは小屋の側まで戻り、母しかいないことを見て取ると走り出て行った。母と子は固く抱き合い、彼女はルークスが無事であったことの感謝の祈りを天に捧げた。

 ルークスは涙声で起きたことを母に話した。事態はとても深刻だ。以前のように、いざとなれば守ってくれる夫がいるわけでもなく、ここは付き合いの浅い村だ。余所者など、簡単に排斥されてしまうだろう。しかも、あの若者達の騒ぎようが穏やかではないから心配である。グレネルトだけでなく、近隣の村々にもどのような形でこのことが伝わるのであろうか。

 ところが、すぐにでも旅立てるよう仕度をする間もなく、母よりずっと足の速い村の男の幾人かがこの小屋にやって来て取り囲んだ。後から若い女や年長の子供達までやって来る。

 逃げ場はなかった。

 若者達が無法者であることは皆知っているので、彼等が何か悪さをしたのであろうことは解っている。だが、子供についての証言はあまりに一貫していて真実味があるので、この不安な戦時であるだけに、真偽を確かめる必要があるだろうと考え、こうして即時に押しかけてきたのである。

 小屋の中で必要なものを拾い集めていた母子は、取り囲む村人達の要請で小屋の外に出て行かざるを得なかった。

 マントにもマスクにも覆い隠されていないルークスの姿を見た村人達は息を飲んだ。

「どういうことなのか説明してもらおうか! あいつらの言う通り、あんたら2人とも人間じゃないのか?!」

自分達の命を繋ぐのは明確な説明しかないと悟った母は、これまでのことを村人達にハッキリと話した。

 道で行き倒れていたヌスフェラートの男と互いに恋に落ち、夫婦となり子供を授かったと。当初いた村ではどうにか夫とルークスの存在を容認してもらい、聖職者としての務めを果たし続けて来たのだが、夫は既に亡くなり。この大戦が始まってからは、ヌスフェラートに対する悪感情が増してルークスの安全が確保できなくなったので、已む無くその村を離れてルークスの正体を隠しながら流浪の旅をしているのだ、と。

 この大戦と夫やルークスは何の関係もないし、ルークスは母思いの優しいいい子だから、皆の脅威になることなど有り得ないと。

 そして道はますます危険になり、これ以上母子2人で旅をするのはもはや無理であるから、どうか、せめてこの大戦が続く間だけでも自分達をここに住まわせてくれないか、と正直に願った。

「……信じられない! あんたはまともだと思っていたのに……どうしたらヌスフェラートのような汚らわしい連中のことを好いたりできるんだ?!」

「奴等は悪魔だよ!」

「ああ……あんたは悪魔に魅入られているんだ!」

何度、夫が献身的で素晴らしい人物であったかを説明しても、それは火に油を注ぐ結果にしかならなかった。

 だが村人達の方でも、今は彼女ほど癒しの技を持つ者が他にいないという葛藤があった。今ここで簡単に追い出してしまえば、同時に幾人もの怪我人や病人が薬も治療薬もないままに放置されることになってしまう。その中の何人かは既に効果が表れ始めていて、今後も継続看護をすることが完治に必須の状態なのだ。小屋を取り囲む人々の中にも、身内が治療中である者がいるので、軽々しく出て行けとは言えなかった。

 彼女が若者達の言うような、人間の姿を偽っている異種族には見えないし、ヌスフェラートの血が入っているとは言え、子供は1人で使いにも行けない程に幼い。また、彼女の言いぶりに嘘は感じられない者が殆どだったから、人間に対して何か悪い企みを抱いていることはないと思った。

 しかし、ヌスフェラートの子供を村の近くに置いておくのは何とも剣呑だ。そのような噂を聞きつけたヌスフェラート達が子供を助けに来たり、また自分達が子供を酷い目に遭わせたりしてそれが発覚したら、不要な恨みを買って、後で報復されるおそれがある。と、この辺りは以前の村と同じようなことを人々も考えた。

 そこで、このような一種の契約が成された。2人はこれまでのようにこの小屋に住むのだが、ここは村の監視下に置かれ、許可なしに勝手に出て行ってはならない。そしてルークスは小屋から出ることを一切禁じ、人目につくことも、存在が噂になることも許されない。存在しない者になるのだ。

 今後、村人達はこのことを軽々しく話題にしないように徹底し、近隣の村やヌスフェラートに子供の存在が知られることのないよう気を払う。そして大戦が終結し旅ができるようになったら、即刻このシェルトランを出て行ってもらう。

 それで十分だと母は受け入れ、深く感謝した。そして1つだけ、重ね重ねお願いした。

「ルークスは小屋の中で言いつけ通りに密かに暮らしますから、どうか私が皆様の所へ出向いている間は、この子をそっとしておいてやって下さい。この子は何も悪い事をいたしませんから、悪戯をしたりしないでやって下さい。どうかお願いします!」

その場にいる者達は了解した。だが、誰もが頭の中で、今回の若者のような無法者の狼藉を防ぐのは無理であろうと思っていた。


 こうして、何時誰に襲われるかもしれない緊張の中で毎日が綱渡りをしているような生活が始まった。ルークスは1人小屋の中で大人しく暮らし、誰かがやって来ないか、いつも耳を澄ませた。村人は当番制で日に2度ほど小屋の側を通過し、変わりがないか様子を見ている。母は朝早くから、夕方は森の道が見えなくなるまでに小屋に戻れる時間ギリギリまで村々を巡り、人々を癒していった。

 しかし、あの若者達のような残酷な連中はどこにでも発生し、母子を苦しめた。小屋には度々石が投げられ、木窓には穴が開き、隙間風が吹くようになった。

 さんざん待って帰って来た母の顔に痣ができている時には、ルークスは閉口した。母も石を投げられてしまうのだ。よさないかと注意する者も、あまり熱心ではなかった。

 日毎に小屋はいたる所が壊れていき、日毎に母の顔は痛ましいものに変わっていった。母の美しさが損なわれることを、何よりもルークスは悲しんだ。彼はあまりに辛くてよく涙を零した。

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