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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第23章
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第4部23章『悪魔の子』5

※※注意※※

この章は大変ネガティブな内容になっております。

文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。

詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください

 旅は辛かったが、その道中で人気(ひとけ)のない時に母と子は沢山話をし、時には笑った。そしてこんな話もした。

「お前があの時助かったのは、きっとお父様の血のお陰でしょうね」

斧で頭を割られそうになったのに助かったあの現象についてである。母はルークスの話を少しも疑っていなかったし、生前の夫からルークスが今後見せるかもしれない特質についていろいろ話を聞いていたので、すぐに受け入れられたのである。

「それはきっと、《竜時間(ディナソル)》というものよ」

「でぃなそう?」

「ディナソル、よ。お父様がそう言っていたわ。《竜の時間》と言うんですって」

竜の話はよく父に聞いていたので、ルークスはすぐに興奮した。まだその目で本物の竜を見たことはないが、既に夢中になっているのである。ヴァイゲンツォルトというヌスフェラートの国で父は皇帝騎士団を勤め、しかもその首席戦士であり、その頃騎士団の者が乗り物として使っていたのが竜なのである。かつて竜との戦闘も幾度となくあったらしいから、竜は父の生活でとても身近な存在だったのだ。

 その竜がつく言葉なら、それは特別なものに違いなかった。

「この世界にはいろんな種族や生き物がいるけれど、特に竜は特別で、時間の流れ方が違うんだそうよ。それで、ヌスフェラートの戦士たちの中に時々、時間が止まって見えたり、ゆっくり見えたりする人が出てくるんだけど、そういう才能のことを竜にあやかって竜時間と呼んでいるそうなの。お前が体験したことは、正にそれだと思うわ」

あの経験はとても怖いものだったけれど、大好きで憧れている竜の名が付く特技を自分が持っているかもしれないということは、たちまちそれを凌駕して誇らしさに変えた。

「ボクも、お父さんみたいに強い戦士になれるの?」

「もちろんですとも。お父様はその竜時間を持っていたからこそ、首席戦士になれたのだそうだから、お前もそうなら、きっと立派な戦士になれますよ。素晴らしいことだわ」

人間にも火事場の馬鹿力というものがあって、必死になっている時は隠れた力を発揮することがあるらしいから、今回のことも命の危険を感じて才能が目覚めたのだろう、と母は言った。

「今は無理にその力を表に出そうとしなくとも、成長につれて徐々に出てきますよ。きっと。天が授けた才能ならば、それは必要なものなのですから。使うべき時に使えるよう、神様が計らって下さることでしょう」

辛いこと、悲しいこと、苦しいことが多い中で、これは珍しくルークスの胸を期待で膨らませた。早くその竜時間が使えるようになって、早く大きくなって、父のような強い戦士になって母を守りたいと強く願った。だからこの竜時間という言葉はルークスの中に刻み込まれ、魔法の呪文のようにいつでも音楽を奏でていた。

 そしてやはり、この前のように命の危険に晒されるような強烈な場面にでも遭遇しなければ発現しないのか、ただ旅をしている間は再びあの現象が起きることはなかった。


 そして村々で得られる情報で比較的安全な道を選んで旅するうちに母と子は北部地域にまで辿り着き、そこでようやく希望に適う環境に巡り会った。幾つもある近隣の村の中で一番大きなものはグレネルトという所で、そこでは母のような治療者の手を渇望していたのである。

 そこでも村に住まうことを勧められたのだが、彼女は「神の御技を行う為には俗世を離れた場所を住処としなければならない」と、教義からすれば嘘にはならない口実を建前にして村の中に住まうことを断り、代わりに少々離れた森の中に今は廃屋となっている小屋があるから、それを使ってはどうかと提案されたので、試しに見てみて、とても気に入ったのでその小屋を住居とし、以前のように日中の巡回を務めとすることにしたのだった。

 大戦が終わるまでルークスは姿を見せない方がいいだろうと判断し、母が外に出ている間のルークスは留守番をすることになった。そして母の言いつけを守り、誰かが来ても決して顔を出さず、小屋に隠れていることにした。

 その森一体の地域はシェルトランといい、幸いこの戦時下ではあまり人の往来はない。でも、元からある小屋なので多くの人々がこの場所を知っており、急患などがあれば夜間に人が呼びに来ることもあったので、そんな時は手早くマントやフードで身体を隠すことがルークスの習慣となった。

 どうしてヌスフェラートは人間達を攻めるのだろう。どうしてそのせいで自分はこんな風に人間達から姿を隠さなくてはいけないのだろう、と思いながら。


 やつれても美しく心優しい母は、あっという間に村々に定着し、訪れれば歓迎されるようになった。そして皮膚病を患い人前に出られぬ可哀想な子供がいるから、子供の分も加味した謝礼が支払われた。それでもこの戦時下だから、母は必要な分だけしか受け取らず、村人皆の生活の方を気遣った。だから尚のこと母は村人達に好かれた。

 大戦が長引き、人間が滅ぼされることだってあるかもしれない。だが、もしこの大戦が終わって道が安全になるなら、その時はルークスと2人で父の言っていたヴァイゲンツォルトを目指そう。母と子はそう決めていた。

 いつまでもルークスを閉じ込めておくわけにもいかないし、たとえ戦が終わったとしても、ヌスフェラートに対する恨みが速やかに消えるとは思えなかったからである。

 それまではこのシェルトランで耐え忍び――――ずっと旅を続けるよりはマシな生活だ――――僅かながら旅の為の資金を貯めていこう。そう計画し、母と子は清く貧しく生活した。拠点があり、将来の目標があるというのはいいものである。


 その頃、人間側の方でも有望な抵抗勢力が現れ、ヌスフェラートの軍団と戦い、撃破することもあるようになった。そのグループを率いているのはアイアスという若者で、アルファブラという一番の大国の出身者であるらしい。

 その国一番の戦士だということだから、話を聞いたルークスはどことなくその人物を父と重ねてみた。ヴァイゲンツォルトの首席戦士だった父も、何かの必要があって国を代表し戦うことがあったのかもしれない。

 そう考えると、このアイアスという若者のように自分も将来何かを代表して戦える人物になりたいものだと思った。こんな小屋で静かに隠れ暮らし、まだろくに戦えもしない幼い子供の体ではなくて、十分に成長し、父のように立派な体格となって。


 ところが、母と子の一時の安息はある時破られてしまった。ある日、いつものようにルークスが1人で留守番をしていると、ここには皮膚病の子供1人しかいないと知っている悪い連中が盗みをする為に小屋へやって来たのである。それは3人組の若者だった。

 信仰心の厚い者や良識のある者、彼女に恩義のある者ならば、そんな道外れたことはしないのだが、長引く大戦の為に無法者は何処にでも出没し、悪行を働いていたのである。彼等も貧しいのだが、それ以上に貧しい母子から何も取るものなどありはしないだろうに、あれだけ村々を回っていれば相当稼いでいるに違いないだろうという汚れた憶測で母子を妬み、標的にしたのだ。

 村から離れて暮らすということは、このような危険に見舞われる可能性をいつでも孕んでいるのだが、それでも致し方のないことだった。

 若者達は愚かで残忍であったから、冗談を言って笑い合いながら騒々しく小屋に近づいて来たので、早くからルークスは察知し、小屋の戸締りや窓の状態を素早く見て回った。閂はしてあるが、窓は日中なので閉め切ってはおらず、侵入しようと思う者を防ぐことはできない。木戸を閉じてつっかえ棒をするのは、夜眠る時だけなのである。

 その若者達は窓から侵入できることを知っていながら、敢えてそうはせず、正面入口である戸を思いっきり蹴破って小屋に乱暴な押し入りをした。

 いかに首席戦士の父を持つとは言え、相手は血気盛んな若者3人である。ルークスは率直に怯えた。後年彼はそれを恥じるのだが、この時ばかりは仕方がなかった。

 背ばかり高くて痩せぎすの若者達は、侵入するやいなや小屋の中を荒らし始めた。ヌスフェラートの脅威に怯える日々の中で、こうして自分達より弱い者を攻めることで鬱憤を晴らし、不当な優越感を味わうことで己の自尊心を保とうとしているのである。

 ルークスはベッドの下に隠れて、胸をドキドキとさせながら若者達の立てる音を聞いていた。小屋荒らしは遊び半分なので、すぐにこの小屋に大して盗み甲斐のある物がないことが判ると、若者達は不機嫌になって毒づき始めた。

「ケッ! なんだよ! 何もねぇじゃねぇか! シケた家だな!」

そして、今度は噂の皮膚病の子供を悪戯してやろうという方向に目的が切り換わった。狭い小屋なので、若者達が探せば、1つしかないベッドの下に隠れている子供などすぐに見つかってしまった。ルークスはマントごと掴んで引きずり出され、若者3人に囲まれ逃げ場を失った。

「おい! オメェ病気なんだってな。どんなバケモノみたいな顔になってんのかオレ達に見せろよ!」

一緒に暮らしている母親がずっと平気だから、感染する病気ではないらしいと見越しているのだが、それでも彼等は用意周到に手袋までしてきて棒でルークスを小突いた。

 かつての村で石を投げられたりはしたが、ここまで悪質で卑怯な手口には遭ったことがなかったので、ルークスはおそろしいのと同時に心底この若者達を嫌悪した。

 自分がヌスフェラートだとは知らずに、病気の人間の子供だと思っていて、それでもこんなに卑怯な行為ができる人間がいるということが信じられなかった。母はどんな者にも神の魂が宿り、全ての人々の根底にあるのは善だと言っている。今こそ、ルークスはそんなことは信じ難いと思った。

 まだ5つにもならない幼い子供を挟んで若者達は代わる代わる棒でルークスを小突き、そのうちフードが外れて肌の色と尖った耳が露になってしまった。

 若者達はギョッとして手を止めた。

「お……おい! 何だこりゃぁ!」

「病気で……こんな風になったりするもんなのか?」

若者達は棒で触るのを止めて、ルークス自らがマスクを取るように強く命じた。従いたくはなかったが、あまりにも威圧的な強制にそうせざるを得なかったルークスは、おずおずとマスクを外した。すると、父親のものほど鋭くない可愛らしい牙が覗いた。

「これは……これは……」

若者達の顔色がどす黒くなっていくのが見えた。信じ難い恐怖と怒りによるものだ。

「まさかコイツ……病気じゃなくて……ヌスフェラートなんじゃないのか?!」

再びルークスは棒で小突かれ始めた。

「おい! そうなのか! どうなんだ?! 言ってみろよ! 口ぐらい利けるんだろ?!」

ルークスはただ歯を食い縛り、何も答えずに堪えた。

「あの女、本当はヌスフェラートで人間に化けてるんじゃねぇのか?!」

若者達のおそれと不安は一気に高まり、目つきの残忍さが一段と増した。

「こいつを縛って村に連れて行こう! 皆の前に突き出すんだ!」

若者の手が伸びてルークスの小さな肩を掴んだ。

 その瞬間、またルークスの中で何かが切り替わり、世界の動作が物凄くゆっくりになった。

 ルークスは若者の手を必死で剥がし振り解き、囲む3人の隙間から抜け出して小屋の外に出て行った。そしてできるだけ小屋から離れ、丈高い下草が密生する茂みの中に隠れた。

 若者達にとっては、一瞬のうちに子供が何処かへ掻き消えてしまったように見え、我が目を疑い、しかし3人同時に目撃しているから何かの見間違いなんてことは有り得ないので、恐怖がいや増した。

「化け物だ……!」

「怪しい妖術を使ってやがる……!」

若者達は大騒ぎして子供の姿を探したのだが、見つからないとなるとグレネルトの町に向かって走り出した。

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