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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第23章
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第4部23章『悪魔の子』3

※※注意※※

この章は大変ネガティブな内容になっております。

文章作品でも映像作品でも、その時のコンディションで受け取り方が変わるものですので、特にメンタルに不調を感じられている時はお読みにならないでください。

詳しくは活動報告の『次章23章について』をご覧ください。

 そして、森一面が銀世界に変わり静寂に包まれた夜に、男の子が誕生した。見るからにヌスフェラートの血を引いていることが判る青褪めた肌の、耳の尖った赤子だった。どんな姿であれ、彼女も夫も、その子が生まれたことをとても喜び、幸福感に包まれた。

 名前は2人で相談していたが、特に希望のない夫が彼女に任せることにして、こう名付けられた。『ルークス』と。光にまつわる聖人の名前だ。この名がこの赤子を度々苦しめることになろうとは、父も母も思っていなかった。

 ルークスはこうして愛の中で誕生し、人間に邪魔されぬ冬の間、そして父が生きている間は平穏に育っていった。

 顔立ちなどは父によく似たのだが、濁りのない美しい色の金髪や藍色の瞳は母から受け継いだものだった。父も姿の美しい人だし、母もまた美女である。きっと美しい若者になるに違いなかった。

 雪の降る日は村の人々も何かと困ることが多い。身動きできるようになると、早速彼女は赤子を背に負って病人などがいないか村を回った。さすがに心配した夫は、森の外れまで見送りに来て、彼女が各家を順に回っていくのを眺めていた。

 積雪で身動きが取り辛いこの季節は、医者を呼びに行くのも困難で金がかかるので、病人が出てもただ寝かせているだけのことが多い。現れた彼女に警戒しつつも、村人達は喜んで助けの手を借りた。魔術や祈祷、薬草学を駆使した彼女の治療術は重宝されている。

 家に入ると防寒着を脱いで赤子も側に降ろすので、その時ようやく村の者も赤子の姿をよく見ることができた。結局おそろしくて、若者以外に当のヌスフェラート本人の姿を見た者はまだいない。彼女が確かにあの忌まわしい一族と関わりがあることを目の当たりにできるのは、ようやくこれが初めてなのである。

 病人も家族もゴクリと生唾を呑み込んで赤子をしげしげと見た。色やパーツの形状こそ異なっているが、大きさも仕草も人間の赤子と何ら変わりがない。

 お産の時は誰かに頼んだのかと訊かれると、全て夫が手伝ってくれたと話し、彼女は夫のまめな献身を詳らかに語って聞かせたので、特に女性達の心は和らいだ。人間の夫でもなかなかそこまでしてくれる者はいない。

 それに子供は可愛らしい。これまで襲撃に訪れるヌスフェラートはどれも成人以上の者達ばかりだったから、赤子を目にできる機会などなかったので、実際にその血を引く赤子を見てみると、やはり子供というのは可愛いものなのだなと思う女が多かった。

 ヌスフェラートの中でも体色の濃い薄いがあるらしく、もっと毒々しい青い肌の者もいるそうなのだが、夫の言う所によれば、人間の血が半分入っているせいかこの赤子の肌色はわりと薄い方であるらしい。だからそれが人々に抵抗感を抱かせず良かったのかもしれない。

 ともかくそのようにして村人達に赤子をお披露目することができ、徐々にだが、彼女と赤子の組み合わせは受け入れられていった。

 勿論、根強くヌスフェラートに敵対心を燃やしている者も少なくはないので、決して安全ではない。だが、彼女がこうして役に立つ間は追い出したり害は加えたりしない、ということで暗黙の了解ができたのである。夫はそれをひとまず喜んだ。


 ルークスはすくすくと育っていった。自分によく似た息子を父はとても可愛がったし、母は何よりも愛した。そして当然ながらルークスも父、母を愛し、特に母にはべったりと懐いていた。

 やはり姿のいい子供で、彼女は事あるごとにルークスを『天使』と呼び、神を称えた。歩けるようになれば母に手を引かれながら村まで歩き、一緒に家々を巡った。

 まだ物心のつかないルークスは、村人達が自分を見る目の特別さに気がついていない。ただ、父と自分のような姿をした者が他にいないということだけを漠然と不思議に思っていた。

 そしてこの頃から、夫は胸の痛みを感じるようになり、時々発作に襲われるようになった。もともと戦士時代の過激な戦闘が元で心の臓を悪くしていたのである。自分でもそれを自覚していたので、ふと思い立ったようにヴァイゲンツォルトでの皇帝騎士団の任を退き、何処が終着点かもわからぬまま流浪の旅をして、この地上世界にまでやって来たのだ。

 そこで彼女に出会い――――実はその時も発作に見舞われて木陰に倒れていたところを彼女に発見され介抱されたのである――――これが終着点……いや、目標だったのだと悟り、彼女を求めたのである。だから彼の方でも彼女の方でも、予想していたことではあった。

 言葉が理解できるようになると、彼はルークスにヴァイゲンツォルトのことについて語って聞かせた。今後、安全の為に彼女共々そちらへ行くことがあるかもしれないからだ。

 だが、この状態では自分はもう動くことができない。だから行くとすれば母子2人だけの旅となる。そう考えた上で、2人だけでも辿り着けるように行き方や遭遇する危険について今のうちに教えておこうというのである。

 そんな話は聞きたくないと彼女は思っていたが、遮らずに知識を受け取った。

 そして間もなく大きな発作を最後に、彼はこの世を去った。死に際に言葉を残せるかが解らないから、そうなる前からたっぷりの愛と言葉を残して。


 村人達はこの一報に驚き、本当に死んだのか確かめる必要と、死人なら危険はあるまいという安心からくる好奇心によって、かなり多くの者が小屋での葬儀に参列した。そして、ここで初めて噂のヌスフェラートを皆が目にした。

 小屋のベッドで横たわる男は、病んでいたとは言え立派な体躯の持ち主なので、柩に入れる為に動かす時も村の男は直接触れるのを躊躇ったほどだった。

 生前から自分の柩を作ろうとしていたところを、縁起でもないから止めてくれと彼女がお願いしていたので柩屋を頼まねばならないところだったのだが、これも来訪の口実代わりに村人が造ってくれたので助かり、彼女は皆の手を借りて夫を葬った。柩を埋められるほどの穴も、彼女1人では到底掘れなかったろう。

 彼女は涙を流して皆に感謝し、自ら葬送の祈りを捧げて夫を申し分なく見送ることができたのだった。

 ルークスは父の死がよく解らず、普段人間が滅多に立ち寄ることのないこの小屋に大勢の人々が集まっているという環境への戸惑いでキョロキョロとしながら、ずっと母と手を繋いでいた。


 さぁ、これで一番厄介だった元凶は思いがけず早く去り、村に平和が訪れたと人々は思った。だが、まだ1つ懸念がある。この死人の落とし胤だ。生まれたばかりや腹にいるうちなら間引きや堕胎もできるが、ここまで育って何度も顔を見ている子供を今更殺せとも言えない。

 それに、何人かは好意さえ抱き始めていた。時折見せる笑顔にはなんとも愛らしいところがあったのである。それに、母の言うことをきちんと聞くよい子であったし、行動に問題はなかった。

 だから、この先成長してヌスフェラートらしい凶暴さを見せない限りは、やはりこのまま様子を見るより他ないように思われた。相変わらず彼女にはいて欲しいからだ。

 そこで彼女とルークスはそのまま小屋に住み続け、父に聞いていたヴァイゲンツォルトという所には行かなくて済んだのである。今のところは。

 しかし、すぐにそうもいかなくなってしまうのだった。

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