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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第22章
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第4部22章『暗黒騎士』14

 彼が考えるのを邪魔したくはなかったが、告白の後の沈黙というのは耐えがたいソニアは言葉を紡ぎ続けた。

「……私にとって不思議なのは……勿論、旅で起きた数々の出来事もそうだけど、何よりあの鎧を預け、私の出現を予言していた人のことなの。本当に20年も前にそんなことを予見していた人がいるのだとしたら、この旅の出来事も、全て運命ということなのか……」

彼女の失踪を《転機》だと読み、無事に帰還することも予言した優秀な占術者がこの国にもいるくらいだから、あんな見事な鎧を製作し、不思議で一杯の島に置いていける程の者ならば、そんなことも容易なのではないかと思えてくる。

「もし……今も運命の歯車の上に乗り、定められた流れの中を回っているのだとしたら……この先にどのような未来が待っているのか、その人には見えているのかしら……」

 ようやく、アーサーが身動きした。ソニアの肩をもう一度撫で、顔をジッと見る。そして言った。

「……オレが何より気になるのは、お前のことだ。それを先に確かめたい。つまりお前は……そのハイ・エルフという種族の長の孫に当たるんだな? 母親はもう死んでいて、父親のことは解らない」

「……ええ」

「それで……本当はあのヌスフェラート姿の双子と同じ歳だから……お前は今……173歳」

「……ええ、全く実感ないけれど」

本人も気づかずに過ごしてこられたのは、ようやく樹液の中から出てこられるようになった20年以上前のその時から、肉体の成長速度がちょうど人間と同じで、違和感がなかったからである。そしてそれが、ゲオルグを悩ませていた問題でもあった。

「事情があるから最初は教えなかったんだが……今はどちらも解ってるワケだよな? エルフもお前も血縁関係にあると。それでも……向こうはお前がこの国にいることを許しているのか? 一緒に住めって迎えが来たりしないのか?」

やはり、誰かが何処かからやって来てソニアを連れて行ってしまうことを彼は何よりおそれ、気にかけているのである。ソニアは首を横に振った。

「その点についてジックリ話し合ったことはないけれど、私の意志をとても尊重してくれてるわ。だから、村から旅立たせてくれたワケだし。それに……これは後で話そうと思ってたんだけど、例の助っ人は私が人間世界で暮らすのを見守る為に遣わされて来たから、セ・グールのことが終わったら追いついて、ここにも来ているのよ」

「えっ?!」

アーサーは驚いて辺りを見回した。

「ここには来ないでって約束してるから、守っていれば、いないと思うわ。心配しないで。プライバシーは尊重してくれるのよ。あなたにはこうして話せたから、タイミングを見てあなたにも紹介しておこうと思う」

そうは言われても落ちつかないようで、彼はもう暫く辺りを見回した。

「それにね、私のことを育んでくれた国だから、この国のことも守るって言ってくれたわ。何かあった時に強引に連れ去られたら、たまったものではないから、私の生き方は理解してもらってるの。……でも、本当の土壇場になったら連れて避難させようとするかもしれないけど」

「……いや、それならそれで、オレも安心だ。この国に何かあっても、そうしてお前のことだけは守ってくれそうな奴がいるんなら」

彼にしては弱気な発言のようだが、無理もなかった。連日のように続いた各国の襲撃事件の知らせやフィンデリアの話などを聞いていれば、万一の覚悟というものはさせられる。

「結構面白い人よ。ハイ・エルフに悪い人はいないし、慌しかったから、ゆっくりとお話できていないんだけど、落ちついたらお母様のことやお父様のことをいろいろ訊いてみたいと思ってる」

簡単に流してしまったが、ソニアの方こそ改めてアーサーをジッと見て尋ねた。

「……私が何であったって……と言ってたけれど……これまでに話したことを聞いても……あなた本当に……」

「変わるかよ! そりゃ、無茶苦茶としか思えない話もあるが、お前の生まれのことについては、オレだってずっと想像してたんだ。さぞかし綺麗で不思議な力のある連中なんだろうなって。その通りだっただけのことだ」

アーサーはソニアの両肩を取り、真正面から言った。

「ほぅら、やっぱりな、っていう風にしか思ってないよ。むしろ、ずっと1人で寂しそうだったお前に血縁が見つかって良かったと思ってる」

「アーサー……」

何て優しいことを言ってくれるのだろう、とソニアは感激した。この人は本当にいい人だ。嬉しくて、彼女の方から彼を抱きしめた。受けとめた彼は、もっともっと大きく彼女を包んだ。

 ソニアがどんな話をするのか、そしてアーサーがそれをどう飲み込むのか、それが解るまで双方が置いていた距離がこれでなくなった。互いが心配していたのは、結局こうして互いの隔たりを埋められるか、取り除けるかということだったのだ。

「風を動かせるのも、歌が普通じゃないのも、そうかぁ……元々そういう種族だったんだな。これで納得がいったよ。きっと、素晴らしい連中なんだろうな」

「ええ、本当に。話せるものなら、他の皆にも、彼等がどんなに平和で豊かな生活をしているか教えてあげたいくらいよ。きっと何かが変わると思うもの」

「あんな凄い剣を作れるんだしな」

受け入れられたということを双方が喜び、かみしめた。

「オレは思うんだが……あの鎧を置いてったという人物は……お前の父さんなんじゃないのかな」

「えっ……? 私の……?」

「……ああ。未来のことをそんな風に周到にやっておくなんて、身内の為でもなきゃ普通はできないと思うんだ。オレの人間的な感覚かもしれないけど。だから……オレはそんな気がするぜ」

言われて気がついたのだが、ソニアもどこかでそうではないかと思っていた。だが、そうであるなら――――アーサーにも解ってるのだが――――その人物はまず人間ではないだろう。彼女には一滴たりとも人間の血が入っていないことになるのだ。

 ソニアは俯いた。血のことだけではない。この謎はあらゆる問題を秘めているのだ。どうして自分は、母亡き後、エリア・ベルの村で暮らすこともなく、また父親とも一緒ではなかったのだろう? どうしてあの森で、魔物達と共に暮らしていたのだろう? 彼女のその疑問と不安は、肌を通して容易にアーサーにも伝わった。

 捨てられたのではないと思いたい。信じたい。何か事情があったのだ。でも、あの森を出て追い詰められていき、どんなに苦しんでも、一度でも父と思われる人物が現れることも助けてくれることもなかった。既に死んでいるのか、或いは……。

 ソニアはブルリと震えた。

 今にして、あのゲオルグが感じたであろう絶望と悲しみがよく解るように思う。幼かった自分が身内に捨てられた、或いは見放されたと知るのは、どんな刃よりも鋭利だ。どうか、そうであって欲しくないと願うばかりである。

 何故なのだろう? 家族と思っていた森の仲間達は皆死に、ずっと一緒にいたいと願ったアイアスも去り、まだ迎えに来てはくれない。老齢のリラがこの世を去ったのは自然なことだが、いずれにしても、家族だと思った者達は皆彼女から去っていった。本当の親は、最初から何処にもいなかった。

 鎧はとても素晴らしいが、それを託したのが身内なのだとしたら、その人はどうしてしまったのだ? 《いずれ会えるだろう》? どうして最初から会わないのだ? 身内ではないのか? では父は?

 ソニアは不安に震えた。

 他人の目から見れば、彼女はとても恵まれた、成功した人物に見えるだろう。だが実は、心から、魂の底から願ったことというものは、これまで一度も叶ったことがない。森の仲間を救うことはできなかったし、いくら望み通り軍隊長になれたとは言え、それはアイアスに会いたいが為だったのだ。肝心のその願いはまだ達成されていない。

 そんな彼女がようやく見つけた家がこの城であり、王を父と慕っているのだ。だからこそ、こんなにも必死でこの国に戻ってきたのだ。もうこれ以上、大切なものを失いたくないから。

 この、長年人には言えなかった孤独と不安は、ここで改めて彼女の表に出てきた。涙が零れ出て、止まらなくなる。それにアーサーも気づいた。

「……オレが、いるからな」

ソニアは頷いた。

「お前の過去に何があったのか知らないが……オレはずっと一緒だ。これから何があっても」

もう一度頷く。でも、涙は止まらなかった。

 先日、初めて互いの秘密を打ち明けた時と同じだった。彼女は、自分でもまだ解らぬことの為に、そして過去に、長年叶わぬ望みに苦しんでいる。

 こんな時に自分が彼女の涙と悲しみを止められる特効薬となれないことが歯痒くて、アーサーは胸を掻き毟りたくなった。ただ、ただ、愛しさとやるせなさばかりが、どうしようもなく高まっていく。

 彼女からどんなに信じられないようなことを聞かされようと、彼の想いは変わらない。こんな大切なことを、この国で1人背負うなんて無茶なことをせずに、自分に打ち明けてくれたことを心から嬉しく、光栄だと思っている。

 だが、分かち合うだけでは、まだ彼女を癒せない。笑わせられない。そのやり切れなさが尚愛しさを募らせて――――――

 彼は彼女の顔を両手で包み、引き寄せ、一思いに唇を重ねた。

 どれくらいそうしていただろう。

 彼女は少しも抗わず、ただそうすることを許していた。

 長かったのか、短かったのか、解らない。時のことなど考えられなかった。

 ただ、己の心の臓が何遍も激しく打ったことだけは覚えていた。

 互いの動悸が、互いの胸から伝わってくる。

 彼女が相手だからなのか、こうして触れ合っていると、相手の苦悩と愛が互いの方へと移り、混ざり、何度も行き来してお互いのものとなっていった。

 それにつれて双方の拍動も落ちついていき、夢中でものが考えられなくなっていた彼の頭も思考力を取り戻し、ようやく静かに彼女を解放した。

 ソニアは、ただジッと彼を見ている。

 アーサーはこの一時で自分の体温が数度も上がったように感じるのに、それを動とするなら、彼女の方は静だった。やってしまった今となっては顔から火が出るようで、彼女の反応がおそろしくてならなくなる。

 失敗しただろうか? 彼女の不興を買っただろうか?

 ソニアは目を伏せ、涙を零し、顔を歪め、背けた。彼をドッと後悔が襲った。

「……ご……ゴメン。悪かった。……済まない。本当に……オレは……」

心臓が痛みの悲鳴を上げた。彼女に嫌われるのだけは耐えられない。

 ソニアは首を横に振り、彼の頬に手を触れた。

「……いえ、いいの。あなたは……本当にいい人よ。アーサー。あなたに会えて……本当に良かったと思っている」

彼の長年の思いからすれば遅過ぎたほどの、この初めての口づけを、ソニアは素晴らしく思った。彼の思いが本当に自分の苦しみを和らげ、楽にしてくれたのだ。流れ込んできた想いは、嫌ではなかった。

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