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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第22章
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第4部22章『暗黒騎士』6

 ソニアは通常勤務の者並みに手早く鎧を装着して現れた。人に知られると騒がれそうなので、鎧の自動装着という奇跡は誰の目にも触れないよう自室で装着してくるのだが、そのお陰で準備にそれほど時間をかけずに出動できるのだ。

 この鎧は《必要ないから脱ぐ》と思えば体を解放してくれるので、一度着たらずっと脱げないわけではなく、とても便利な代物だった。

 ソニアはまず騎馬訓練場でまだゆったりと寛いでいるゼフィーの下に向かった。長い体を訓練場にグルリと回して、ちょうど噴水池に頭が向くようにしている。喉が乾いた時にはそこから水を飲むのだ。

 応急の世話係として任命されていた若い兵が3人おり、ソニアに気づいたゼフィーがスッと上体を起こすとビクリと驚いていた。まだ慣れていないのだ。そしてゼフィーの視線からソニアの存在に気づくと、慌てて敬礼した。

「世話をありがとう。大変でしょう」

「い、いえ、それほどでも! このような素晴らしい竜を間近で拝見できて光栄であります!」

ソニアはゼフィーに耳打ちした。

「良かったね。素晴らしい竜だって」

ゼフィーは皆の予想よりも遥かに大きな声でそれに応え、喜びをいっぱいに表現した。

「ウオオオォン!」

至近距離でこの雄叫びを浴びた若い兵士達は体をヨロめかせ、中には「ヒッ!」と声を上げて足を縺れさせる者もいた。

 慌ててソニアはゼフィーの首筋に飛びつき、宥めた。

「――――コラコラ! だから、むやみにここで大声出しちゃいけないっていったでしょ!」

するとゼフィーはピタリと止めて、あ、そうでした、というように頭を下げた。

 残響でまだ城が微かに揺れているように感じたので、ソニアはその場の兵にお願いして、今のはただの喜び一杯の返事なので、心配しないようにと各部署に伝達するよう頼んだ。そうしているうちにも、恐ろしい顔で城のあちこちから人の顔が覗いているのだ。

 ソニアはどうしても可笑しくて笑ってしまった。このやり取りと見ている兵士達も、段々とこの竜に親しみを持っていく。

「この子に食事をさせるから、ちょっと出てくるよ。じゃあ、後をよろしく!」

「――――はっ、はいっ!」

訳も解らず条件反射で返事をした彼等であるが、ソニアがヒラリとゼフィーの頭に乗り何か言うと、あっという間に巨体が浮き上がったので、また体を仰け反らせて転びそうになった。そして城の上空に達した白い飛竜は、ソニアを乗せたまま東の方へと飛び去っていく。

 若い兵達はポカンと口を開けたまま、暫くそこに立ち尽くしたいた。

「ス……スゲェ……」

「さすがだ……」

「馬みたいに……乗りこなしてる……」


 ソニアはゼフィーを海へと連れて行った。彼の発するイメージで、彼がよく食べるのは海の魚か陸の獣だと解ったので、無難な海を目指したのだ。陸だと誤って牧場の家畜を狙うかもしれないので避けたのである。今日は案内するが、これからは1人でも自由に食事できた方がいい。

 城から真っ直ぐ東を目指せば、最短で東海岸に達する。デルフィーからの距離よりずっと短いから、2人はあっという間に大海原に達した。

 漁師達のことも考えて、ソニアはなるべく沖の方で食事をするようゼフィーに教えた。そして、同じ場所で何度も続けて食べてはならないことも。これは生物の勘として、今まで生きてきたゼフィーにも解っているようである。特定のエリアで食べ尽くしてしまうと、そこの生態系が乱れてしまうのだ。

「それからね、食べること以外の目的で生き物を殺してはダメよ」

「グワウ!」

返事をすると、早速ゼフィーは回遊魚の群れを追い掛けるのに夢中になって、海面スレスレを右に左にと蛇行した。そして、ここと見定めると飛び込み、大口を開けて逃げ惑う魚を頬張れるだけ頬張り、水上に上がった。牙の隙間から海水が零れ、粗方水切りができると顔を上げ、殆ど噛みもしないでそれらを一気に飲み込んでしまう。

 強烈なダイヴだったので、ソニアの方はまだゴホゴホと噎せている。まだまだ食べるつもりのようだったので、彼女は一度海岸にまで戻って降ろしてもらい、それからゼフィーが自由に食事するのを遠くから眺めていた。

 なんとその数10回以上に及ぶダイビングを行っている。育ち盛りなのと巨体であるのとで、この大食漢の食料確保は今後の課題になりそうである。海の世界や漁業に影響のないよう、毎日場所を変えなければならないな、とソニアは思った。

 すっかり満足して戻ってきたゼフィーに再び乗ると、ソニアはその話を聞かせながら城へと戻った。


 城に帰り着くと、そこでは早速アーサーが朝の約束を果たしてくれていて、城の裏手にある丘にゼフィーの場所を用意していた。寝心地がいいように、兵馬用の藁の余りを敷き詰める作業をしているところだ。

「ここなら見晴らしがいいから、城の中で壁に覆われるよりいいと思うんだ。用がある時は城壁から呼べるし」

「そうだね。ありがとう」

 ゼフィーはすぐに寝そべり、ううんと伸びをして食後の睡眠を取ろうとした。沢山食べた後眠くなるのは、普通の動物と同じようだ。端から見ているとどうにも呑気なので、準備に携わった兵士達もアーサーも笑う。

 それから、ちょうどそこに到着した教師をソニアに紹介した。教師と言っても、兵士の中から選んだ者なので、普通に武装している。

 なんでも、王に許可を得た上で全軍から立候補者を募ったのだそうである。今までの所属隊からも勤めからも離れ、このゼフィーと時間を共にし、場合によっては他国出張もあるこの任務に志願する者はいるか、と。

 すると、この男が強く希望したらしい。他にも迷う者は何人かいたが、顔をつき合わせて相談した結果、やはりこの男が一番熱意もあって適任そうだったので、まず彼で試すことにしたのだとか。

 まだ若くて全体的に線の細いその男は、意欲満々の敬礼でソニアに挨拶した。はしばみ色の髪も細くて柔らかそうである。こういうタイプの兵は、大体ジマーのように動きや素早いとか、柔軟性に富んでいるとか、頭の良さで国軍入りを果たしている者が多い。

「141隊、アスキード=メルンであります!」

竜に魅せられた者は、その目を見れば解る。ソニアはこの若者を見て、すっかりゼフィーに惚れ込んでいるのだと知った。始終側にいて世話ができるなんて、そんなことが叶うなら何と幸福なことだろう、という喜びが体から溢れ出ている。

 昇進を考えていたり、未知なる体験にチャレンジすることを主にしていたりするより、このようにゼフィーを本当に可愛がってくれそうな者が世話してくれるのが何よりも望ましいとソニアも思った。

「クリーミャの出身で、国教会の伝道師の資格も持っているらしいんだ。一時期同じ隊にいたこともあるんで、人柄は申し分ない。それに、人道に関しては彼に任せて教育してもらえば安心だろう」

それならば確かに教育係にはピッタリだとソニアも喜んだ。彼女にも認めてもらえたことで、アスキードはすっかり上気していた。

「こ……光栄であります! 我が身命を賭して勤めに励ませていただきます!」

僧侶や教師は似たようなところがあって、これはというものにはとことん真面目に取り組む。どちらも子供の教育に向いているから、根気良くゼフィーを躾てくれるだろう。

 ソニアはゼフィーを揺り起こした。まだ眠っていないはずだ。ゼフィーは眠たそうにむずかりながら片目を開けた。なぁに~? といったカンジだ。こんなところがますます子供らしい。

「ゼフィー、今日からあなたの先生になってくれる人よ。よく覚えてね」

今度は両目を開けて、先生? 何それ? といった顔でアスキードを見る。ソニアはゼフィーの頬や額を撫でてやりながら説明した。

「あなたが何かをした時に、それがいい事か悪い事か見てくれるのよ。私はずっと一緒にはいられないけど、この人はいつも一緒にいてくれるわ。この人もあなたのお友達で、私と同じようにあなたを大切にしてくれるわ。だから、この人がダメと言った事はしないようにね。いい?」

「グウ」

ゼフィーが了解したので、ソニアはアスキードにも撫でさせた。

「よ、よろしく、ゼフィー君。私はアスキードだ」

ゼフィーが鼻面を押しつけてきたので、彼の全身がゼフィーと触れ合い、アスキードは実に嬉しそうに顔を輝かせた。これなら大丈夫だろうとソニアも微笑んだ。

「まぁ、見当もつかない困難な仕事になるだろうから、まずはこの子に慣れるだけで十分だと思うわ。暫く様子を見て、それであなたが適任のようだったら引き続きお願いします」

「――――はっ! ご期待に応えられますよう、全力を尽くします!」

ソニアは彼にゼフィーの性格や癖、好み、目下課題としていることの幾つかを説明し、早速彼にゼフィーの世話を頼んだ。最初はこの通り眠るゼフィーを見守るだけであるが、彼はゼフィーの横で、このような素晴らしい機会を与えてくれたことを神に感謝する祈りを捧げていた。

 ソニアはアーサーと共に城に戻りながら相談した。

「1人じゃとてもやり切れそうになかったら、2人でも3人でも付けてあげて。軍の中からじゃなくてもいいから」

「ああ、わかった。……お前、これから行くのか?」

「ええ、私が今日城下街に行くって噂が流れてるみたいで、お待ちかねのようだから、早く行ってあげないとね」

2人は別れ道に来た。ソニアは厩舎に行って久々にアトラスに乗るつもりであり、アーサーの方はこれから王室に報告に行くところである。この瞬間ですら彼は、今日、彼女を1人で行かせることにやり切れない思いを感じていた。しかし、どうしようもない。

 彼は持ち前の明るさでそれを隠し、彼女の背を叩いた。

「じゃあ、気をつけてな。くれぐれも妙なことに巻き込まれるなよ」

「ハハッ、何よそれ」

2人は笑いながら別れ、ソニアは螺旋階段を降りていった。アーサーは暫くそれを見送っていたが、人のやって来る声に気づくと顔を上げて颯爽と王室を目指し歩き始めた。

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