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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第22章
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第4部22章『暗黒騎士』4

 ウィナホル大陸のバワーム王国は、皇帝軍の襲撃を早い段階に受けながら、ホルプ・センダーの協力により陥落を免れ、その後順調に復興作業を進めている農業王国である。

 軍事力や鉄鋼資源などに恵まれているわけではないのだが、食料自給率150%以上を誇る農作物の生産性は大変な強みで、多少農地を荒らされはしたものの、十分に食べていけるから人心はとっくに回復していた。やはり世の中、住処が破壊されようと着る物がボロボロになろうと、食べる物にさえ不安がなければなんとか乗り越えられてしまうのだ。

 お陰でバワーム王国の輸出生産性は0にはならず、まだ他国に優秀な作物を送り出している。そんなバワーム王国の首都エランドリースでは、今日も活発に市が立ち、色とりどりの野菜や穀物が並べられていた。作物が豊かだから、この国は料理やパンなどが旨いことでも有名だ。世界3大料理の1つにも数えられている。

 そんな市の様子を眺めながら、特に買い物をするわけでもなくフラフラと散策している娘がいた。艶やかに波打つ栗色の髪に、吊り上がったアーモンドアイが印象的な娘で、この都をもう2日間歩き通している。年の頃は18・9といったところで、ほっそりとした四肢のバランスやスタイル全体が整っているものだから、道行く幾人もの若者や男達を振り返らせていた。それは、誰が見ても類稀な美貌を持つ娘だったのである。

 そんな娘が1人で町を散策していれば、当然ながら度々男共に声を掛けられるのだが、この娘はそれらに一切お構いなしで通り過ぎ、それにめげずしつこくついて来る者には鋭い眼光の一瞥を与え、その魔力で相手を怖気づかせたりしていた。

 この娘は、ある人を探していた。

 物探しの呪文で調べたところ、この都の何処かにいることは解ったのだが、それ以上細かく場所を絞り込むことができず、こうして地道に歩きながら探しているのである。

 それでも、この2日間は成果がなかった。なにせ、相手の方がどのような姿をしているか判らないからである。おそらく探し人は変化術を使っているはずだから。

 そこで、人ならぬ雰囲気を持つ者を探しているのだが、今のところそのような気配を捉えることはできずにいた。

 逆に言えば、相手の勘がとても鋭ければ、先に彼女の気配を察知して向こうがこちらを避けて通ることも有り得るのだが。何しろ、こちらも人間ではない。

 この娘の正体は、妖精のポピアンである。

 大きさも見た目もすっかり人間らしくなって、しかも彼女の好みをふんだんに取り入れて変化しているから、すこぶるつきの美女になってしまっている。妖精は美意識が高いのだ。それで人目を引くということは重々承知の上で、自分の作品をむしろこれ見よがしにアピールしているのである。人目を引けば引くほど、それは己の腕とセンスが評価されているのだと考え、ポピアンは悦に入る。

 彼女はソニアと別れてから、一旦エリア・ベルに戻り、長老エアルダインに報告をしてソニアが突き付けた条件を述べた。エアルダインは深く考えた挙句、こう言った。

『そなたの心情は解るが、ソニアがそのように言った以上、もう一度彼女の下に行きたいのであれば、それを果たすより他あるまい。それができるのは、そなた以外にいないのだから』

そしてポピアンは暫く村で塞ぎ込んでから、やがて決心をしてこの国に来たのである。どんな目的で何処に行くのかは他の誰にも言えないので、こっそりと村を旅立った。

 彼女が探しているのは、亡きエアの息子であり、ソニアの双子の弟であるゲオルグである。彼に対してついた嘘を、罪を、彼女は贖わなければならないのだ。

 当初はあの宮殿がある島に再び戻ることになるのかと覚悟していたのだが、いざ物探しの術で彼の居所を問うてみると、その答えはこのエランドリースを示していた。

 術の精度について疑いを持ってはいないので、ここに出向いてきたのだが、彼が一体何の目的で人間の国に来ているのかは全く見当がつかなかった。少し立ち寄ってみるだけかもしれないので、日に何度か術を行っているのだが、結果は相変わらずこの町を示していた。

 ほんの数日だが彼の側にいたので、近づけばあのヌスフェラート独特の雰囲気は判ると思う。だが、まだそれらしきものには巡り合っていない。

 長期滞在の可能性が出てくれば、それはそれで不穏なことだった。かの皇帝軍で彼の父は重要な地位にいるし、彼も陰ながら加わっている。なにしろ、ディライラのソドリムで起きたことを思い返せば、彼は何か企んでいるとしか思えなかった。

 彼は虫軍の大将ヴィヒレアと戦っていたが、あれは虫軍の阻止やディライラ防御が目的ではないだろう。他軍の戦闘に乗じて、何かを試していたのに違いない。

 すると、今度はこのエランドリースでもまたソドリムのようなことが起きるのではないだろうか? 考えるほどに、ただ自分がソニアから命じられた贖罪を果たすだけでは物事が済まないような気がしてくる。

 別に人間の味方ではないが、あのソドリムで起きたことは決して美しくはなかった。あのようなおぞましいことが再び起きようというのなら、相手がどんな種族であれ、止めて救ってやらなければならないように思う。

 あのゲオムンドや彼は、一体何をしようとしているのだろう。

 そう考えていると、またお腹が鳴った。今日何度目だろう。

「はぁ……お腹空いちゃったな」

夢中になって時を忘れてしまうせいもあるが、人間のサイズになったことで食べる量も人間並みのものを体が求めているのだが、それに見合うだけの食料を与えていないのである。

 どうも不慣れであるというのと、全部を1人で行うという手間から、すぐに疲れてしまう。先日の旅はソニアが一緒だったから楽だったものだ。彼女を守るという使命はあったが、平時は割りと好きにしていられた。食べ物もあったし。

 人間社会への単独潜入はこれが初めてであるので、何しろ知らないことが多い。ソニアとの旅がなかったら、感覚を掴むのだけでもっと時間がかかったろう。

 今回、エアルダインからは『自分の力だけでやりなさい』と言われているので、長期化するようなら人間世界の通貨なども必要になってくる。村ではそんなものはないので、必要があった場合には村の製品を売ってお金に換えるものなのだが、ポピアンにはそれに適した品の持ち合わせがない。貴重過ぎて売れないものが少々、というところなのだ。

 お金を生み出す魔法はないので――――そもそも、魔法で何かを0から作り出すことはできない。食べ物だって衣服だって、材料があってこそ魔法で整えることができるのだ――――いざとなったら働くことになるだろう。魔法で盗みを働くのは村で禁止されているから。

 働くなんて、生まれてこの方したことがないポピアンには妙な感覚だったが、好奇心は彼女を後押ししていた。大体、エルフの村で行うことは賃金労働ではないのだ。作物の生長を促す歌を歌ったり魔法を使ったり、新しい呪文を考えたり、踊ったり、魔法の修行をしたり……しかも、どれも楽しんで行っている。

 先日の旅では、人間達はあまり楽しそうに仕事をしていない様子だったので、不思議に思っていたところである。彼らは魔法が使えないので手間がかかるから、あのように面倒そうな顔をしているのかと考えたものだ。もし人間と一緒に仕事をするのだとしたら、やはり魔法は使えないから、そうすると自分も楽しくなかったりするのだろうか。

 そんなことを考えながら、ポピアンは川辺に移動した。妖精の彼女は町中より自然の方が好きである。エランドリースには流れの穏やかな川があり、よく整備もされているから、綺麗な石畳の堤防で腰を下ろした。

 なるべく人に見えぬよう角度を選んで、そこでまたこっそり魔法で尋ねてみる。今度は、彼の滞在は一週間以上になるかという問いかけだ。

 杖先でチョンと突ついた石に魔法の力が宿り、その石を川に投げる。奇数回跳ねて沈めば《はい》で、偶数回だったら《いいえ》だ。彼女の水切りは3回の跳躍だった。

 ふむふむ、彼は本気でここに留まっているのか。ではやはり自分もそのつもりでいなければ。

 すると、何処からから追いかけて来たらしい若者が川に石を投げて自分の水切りをみせている。6回。あ、そう。

 ポピアンはアピールを軽く無視して再び町中に戻って行った。この姿で歩いて解ったのだが、どうも人間の男というのは女性に興味がある時、エルフや妖精のように花や歌や魔法を相手に捧げるのではなく、自分の優れたところを見せつけて関心を引こうとすることが多い。中には猛烈な賛辞を浴びせることから始める者もいるが、手法に優雅さを兼ね備えている者は極稀だ。

 全く、詩的でもないし美しくもない。あれで、人間の娘という者はなびかれるのだろうか? この点については、ポピアンは既に興醒めしている。

 そうしていると、また次の新手が現れた。しかも2人組だ。

「ねぇねぇ、君、何処から来たの?」

「この街の人じゃないでしょ? 見たことないもの」

あぁん! どうしてロマンティックな事をしようとする時に仲間とつるむの?! 有り得ない!

 ポピアンは彼らを見ることもなしに眉間に皺を寄せて通り過ぎて行った。しかし、ヘラヘラ笑いながら2人組はしつこくつきまとってくる。

「待ってよ! スカさないでさぁ!」

うぅん我慢ならない!

 ポピアンは足を止めて振り返り、ニッコリと笑って言った。

「……どちらかお1人とでしたら、ご一緒しますわ」

すると2人組は顔を見合わせ――――――そこで喧嘩を始めた。その隙にポピアンはそそくさと先に行ってしまう。

「――――あっ! 待ってよ! ねぇ待ってよ!」

互いが互いの足を引っ張り合いながら追うので、彼らは遅れてしまう。

 あんまり面倒だったら姿を消して散策しようかと考え始めた頃、今度は街角で煙をふかしていた男とすれ違った。その男はポピアンを見るとキセルをポトリと落とした。そして慌ててそれを拾う。

「ハハハ、あんまり驚いて落としちまったよ。やぁ、お嬢さん。あんた、とびきりの美人さんだね。美人には挨拶をするもんだ。どうかオレに挨拶されてくれ」

ポピアンは一応立ち止まり、男の挨拶を受けた。青二才という年齢域は超えている男性だ。身を低くして優雅に腕を回し、ヒラヒラと胸の前に持ってくる。慣れている様子だ。

「この街の方ですか?」

「ああ、そうだとも」

彼はエドリックと言い、舞台俳優だそうである。どうりで挨拶が板についていたわけだ。俳優であるから古典的な台詞を喋る機会が多いし、それを巧く日常的にボヤかした話し方ができるところがちょうどポピアンの耳に心地良かったので、彼女は彼に頼ることにした。

「実は私、この街で働く場所を探しているの。何処かいい所をご存知ないかしら?」

エドリックは「ホゥ!」とキセルを上下させた。

「そりゃあ、任せておくれな。この商売やってると色々顔が利くから、確かな所を探してやるよ。お嬢さんみたいなとびっきりがどこかの悪い奴につかまったりなんかしたら、このバワームの損失だ」

 エドリックはまず俳優にならないかとポピアンを誘ったが、それは彼女のスケジュール上断った。これだけの美人なら、多少演技が拙くたって客は見に来るだろうからエドリックは熱心だったのだが、役者というのは稽古があって、実際の舞台以外の拘束時間があるからポピアンには不都合なのだ。彼女は、日中の間はまるまる時間を空けて、夜だけ働きたいと注文をつけた。

「そうすると……あの辺だなぁ」

エドリックはポピアンを連れて夜の街へと案内した。いわゆる酒場街である。

「こういう所はピンからキリまであってなぁ、上級な所なら安心だし、お嬢さんなら多分雇ってもらえると思うんだ」

そろそろ日が暮れる頃なので、この界隈には店の準備を始めている所が多い。ディライラでも、ソニアに負われる荷袋の中にいて酒場街の様子は少し感じていたが、こうしてジックリ見るのは初めてで、ポピアンはキョロキョロとした。

「――――おい、エドリック。そりゃ、新しい女優さんか?」

「いいや、残念だが」

ポピアンを連れて歩く彼は得意そうだし、そんな彼に幾人かの男が声をかけた。特定の男と一緒だと、今度は人々の接し方が変わってくる。

 そして案内された先は、いわゆる奥の裏通りではなくて、広場に面した一等地だった。石畳の広場に煉瓦作りの重厚な雰囲気のある建物が建っている。窓はアーチ型で、華美過ぎないレースのカーテンがかかっており、どの窓にも花が植えられている。入口脇にかかる看板には、コマドリを描いた彫刻がされていた。

「ここは、城の高官さんなんかが御用達にしている高級な所で、格式が違うんだ。オレでも、舞台の初日とか最終日に高官の誰かに招待されて時々来ることがある程度なんだ。でも、ここの女将とは付き合いがあるから、話をしてみるよ」

裏通りの店は何処も見るからに酒の匂いが漂ってきそうな如何わしさがあったのだが、ここは酒を飲む所、というより高級料理店に近い趣である。

「あ、ホラ、噂に聞いてた通りだ。まだ募集してるな」

エドリックは裏口に回り、準備の為に開け放たれている扉に向かって声をかけた。そこへ、食料を抱えて何処かからやって来た丸坊主の大男が2人を見た。

「お? エドリックか。こりゃまた、たまげた別嬪を連れて、何の用だ?」

外観からは、ただの警備役なのかコックなのか判別できかねるその男に、ポピアンから先に切り出した。

「私、働きたいんです。彼がここを紹介してくれました」

「ほー」

大男はポピアンをじっくり値踏みして目を薄くした。そこに、彼女がつけた注文をエドリックが色々説明して、ここに至った経緯を教えた。

「ま、ひとまず中に入れや。そういうことならテレサに会ってもらおう」

大男の後に続いて、ポピアンとエドリックは中に入った。食在庫があり、厨房があり、カーテンで仕切られた出入口の先にはフロアーが広がった。

 四角いテーブルが間隔を大きく取って配置されている。2階へ続く階段があり、上にもテーブルが沢山あるようだ。そして何処からも見える位置に小舞台があり、大きな演奏器具が置かれていた。椅子は各テーブルの上に逆さにして置かれている。仕度で3人ほどの従業員が行ったり来たりしている。

 1階のカウンター席に女性がいた。すぐに見知らぬ者の存在に気づき、目を向ける。

「おおぃ、テレサ、メーッロク殿がすんごい美人を連れて来たぜ。ここで働きたいんだそうだ」

テレサという名の中年女性は、クセのある黒髪を持つ妖艶な人だった。ポピアンのように魔法を駆使したわけでもないのにこれだけ美しいのだから、かつてはさぞかし夜の街に名を馳せたのであろうと思われる。

 テレサは、神秘的な雰囲気のある青い瞳でポピアンを鋭く凝視した。頭のてっぺんから脚の先に至るまで、魔法が見抜かれそうなほどに。

 動じることはなかったが、人間でも美の一線を越えた者は、このような特別な引力を秘めているものなのだと知り、ポピアンは感心して彼女の瞳に見入った。

 その、物怖じせぬところがテレサのチェックポイントの1つをクリアーした。

「久しぶりじゃないか。メーロック将軍」

なんでも、このメーロックというのはエドリックの当たり役のことらしい。2人は先に挨拶を交わした。そして、エドリックが先程のようにポピアンのつけた注文と、それで自分がここを紹介した経緯を説明した。テレサの声は野性的な感じのするかすれ声だった。

「ふぅん……まぁ、いいよ。とりあえず雇ってみよう。だが言っておくよ。うちは厳しいからね。人気があるから志願者はよく来るけど、最初の3日間で大体みんな音を上げちまうんだ。ここは、気遣いの利いて物覚えのいい者でなけりゃ勤まらない」

「はい、ありがとうございます。頑張ります」

開店前で準備に忙しい時だから、テレサはすぐにポピアンを案内して店内の説明をした。早速今夜から働いてみるのだ。厨房のコック。ちょうど入って来た他の給仕係の娘。年配のバーテンダー。若いウェイター5人に挨拶をする。皆も興味津々だ。これだけスタッフがいて手が足りないということは、店は毎晩相当繁盛するのだろう。

 説明の最中、ポピアンの目に好奇の光がチラチラと過るのを何度もテレサは目にして、期待した。素質もありそうだし、結局は面白がれる者が成功するのだ。

 その後は給仕係にポピアンのことを頼んで、テレサは店の仕切りに戻った。再び店内は慌しく動き始める。椅子はすっかり降ろされ、テーブルクロスが整い、花が生けられ、ランプが点っていく。

 エドリックは働きぶりを見に来ると言って、邪魔にならぬよう去っていった。ポピアンは彼に礼を言って別れた。

 夜は人探しに向かない時間だから、この面白そうな仕事にたっぷり打ち込もうとポピアンは思った。そして彼女が空腹であることを知ると、給仕係の娘が裏方に頼んで簡単な食事を用意してくれたので、それを摘まみながら仕事を覚えていった。あんまり飲み込みが早くて頭がいいから、この子は一体何だろうと給仕係も不思議に思う。

 こうして、妖精ポピアンの初仕事が始まった。

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