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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第4章
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第1部第4章『トライア国軍』その2

 その後、試合の結果によって予想通りの人事異動が行われ、その大胆さに皆は驚いた。試合結果の異例さからいけば当然のことなのだが、長年かけて階段状に上がって行くのが常だったこの世界としては、発表された飛躍ぶりは相当なものだったのだ。

 まず、いきなり国軍最高の第1中隊に編入された者が何人もいた。しかも新人から。そして、通常の第1中隊編入では最下小隊の119隊から始めるのがシナリオなのだが、あろうことか、それより上の隊にドマもアーサーも、幾人かの新人も導入されたのである。

 彼等の活躍によって、今大会振るわなかった者は格下げされて、下の隊に異動になっていた。厳しいが、現実なのである。しかし、また取り返すこともできるので、簡単に諦めて来季の帰郷を考える者は少なかった。

 そして、中で最も注目されたのがソニアの異動だった。何と、いきなり最高の小隊110隊への入隊が命じられたのだ。これこそ異例中の異例。本来なら、頻繁にメンバーが入れ替わっては隊の行動に安定感が無くなるので、今までは有り得なかったし、そこまでして導入しなければ勿体無い才児など10年に1度出るか出ないかだったので、大多数は概ねゆっくりと階段状に等級を上げていくものだったのだ。それが、各小隊2名を限度に入れ替えをし、大変革に踏み切ったのである。

 彼女の試合ぶりを見ていた者は実力には納得していたが、如何せん年齢的な問題を気にする者は多かった。

 そこで、采配に関わった国王と国軍隊長等の考えで、軍に動揺が走らぬよう説明がなされた。《経験を重視する声も確かに解るが、才能ある強者はその力を発揮できる地位にいてこそ更に腕を磨ける》と声明を出したのである。そして《若い者は特に、早くからその才能を開花させるべきであるし、上司の命に従って行動をするという点ではどの隊も同じだから、そこでもよく働いてくれるであろう》とも付け加えた。

 幹部から見解が発表されれば、上司の命が絶対の軍にあって、それ以降戸惑いを言葉にする者はなくなった。この緊張感が軍全体にいい刺激をもたらすと信じて、国王等は様子を見た。

 結局1番変化が激しかったのは新人隊で、ごっそりメンバーが変わって、折角決められていた隊長の役も、勤める前に当人達が異動になってしまったのだった。

 110隊の中には試合でソニアが落とされた相手もいて、向こうは戦友としてソニアを温かく迎え、ソニアの方もメンバーに敬意を払って入隊した。

 就任式の朝、その戦友ジマーはソニアに耳打ちした。

「この前、後何年持つかなと話してたところなんだ、ディランと」

ディランとは110隊のエースで、今回の優勝者だった。ジマーとは対照的にガッチリとした体格の、いかにも戦士的な巨漢だ。

 ソニアは訝しげな顔をした。自分が泣いて軍を辞めていく時のことを賭けている話かと思ったが、違った。

「オレ達の地位(ポジション)が保てる期間をね。君は近い将来きっと優勝者になる。そうしたら、ディランもオレも――――エースとその次点の席を譲らなきゃならなくなる。せいぜいオレ達を(おびや)かして怖がらせてくれ、トライアスよ」

ソニアはニッと笑った。

 110隊は出張や戦闘の出番が1番多いチームで、軍隊長との接触も多く、さながら彼の直属部隊のようだった。何年もこの地位を守っている者は城下街にいい家を持っていたりもするし、地方出身でも家族を呼び寄せていることが多い。名士の招待で会食する機会や、王立劇団ジュノーンの封切り日の招待状を貰うこともしばしばで、まるでスター扱いだった。実際、有能な者には魅力的な者が多いのだ。ソニアは、アイアスでそれを知っている。

 彼女は飲みこみも早く、すぐに110隊に順応し、隊の足を引っ張ることもなく国道の魔物退治や盗賊のあぶり出しに活躍した。石畳の補修作業をさせるよりはずっと彼女に合っていたし、ここでこそ才能は生かされた。遠征にはいつも一緒の軍隊長も、それを見て気に入っていた。

 人手の要ることも度々だったので、遠征には第1中隊がまるごと出動してアーサーやドマも一緒だったりした。アーサーは、早く自分も同じ隊に入りたいじれったさのこもった視線をソニアに送っていた。彼も115隊でよくやっており、隊員に邪険にされることもなく可愛がられていた。

 手紙では、彼の躍進を家族もとても喜んでいるらしい。リラもそうだった。次の休みには第1中隊の紋章を見せに行こうと2人共考えていた。


 そんな風にして彼女がこの城と街によく慣れてきた頃、城下街を散策していたある休暇の日に、ソニアは街角でばったりある人と遭遇した。

「――――わあ! お久しぶり!」

それはゲオルグだった。例によって人化している。

「私に会いに来てくれたの?」

「ああ、そうだよ」

「よくここがわかったのね!」

 ソニアは本当に嬉しくて笑いながら彼の手を引き、人があまり立ち寄らぬと知っている湖の(ほとり)へと連れて行った。その木立の中には腰掛けるのにちょうどいい乾燥途中の倒木もあり、ちょっとした崖の陰になっているので人目にもつかないのだ。夜に歌う場所を探して、休みの日中によく歩いたので詳しいのである。あれから殆ど毎晩、彼女は湖に歌いに来ていた。

 ゲオルグは自分でも人目につかぬ安全を確認すると、術を解いて姿を現した。蒼褪めた肌や紫の星を持つ翠玉(エメラルド)色の瞳を見るのは久しぶりで、ソニアは改めて微笑んだ。

 2人はこれまでのことを話し、ゲオルグは彼女の昇進に驚いてひどく感心していた。

「それじゃあ……君はいずれこの国の軍の要人になるんだろうね、すごいな」

ただ誉めているのとは違って、そう言う彼にはどこか面白くなさそうなところがあって、ソニアは首を傾いだ。

「……あまり気に入らないの?」

ゲオルグは目を薄めて、静かに笑んだ。

「……君が心配なんだ。上に行けば行くほど危険だろうし、責任もある。何か戦いがあったら……きっと君は先頭になって戦うだろう? 君にもしものことがあったら、オレは嫌なんだよ」

ソニアは彼の心を嬉しく思い、手を取って握った。

「ありがとう。でも、私も同じなの。私にも、何かあったら嫌な人が沢山いて、その人達を守れるようになりたいから今の仕事をしているの。解ってくれるでしょう?」

ゲオルグは仕方なさそうに苦笑した。

 彼はいつでもソニアとの旅立ちを提案していたが、これまで彼女はそれに(なび)きそうな様子を見せたことがなかったし、これからも叶うことはなさそうだった。全く、彼女の意思の強さというか、決意の固さは魔鉄鋼サタナイト級だと彼は笑っていた。

 ゲオルグは、自分の手を握る彼女の二周りは小さい白い手をそっと口元に運んで、接吻した。

「君にいつも幸運の星が輝くように」

2人はもう少し喋り、夕暮れの湖でソニアの歌を聴き、それから別れた。


 アーサーもまた、別の休暇の日に城下街で知人と会っていた。デルフィーで隣近所だった、ソニアよりも古い幼なじみの娘アイリスが上京していたのである。

 自分も都に憧れて出て来たのだと言う彼女は、街の食堂や酒場で働きながら仕事の道を模索していた。城の女官になれればいいのだが、国軍入隊と同じくらいその間口は狭くて厳しく、学もコネもない者にはとても難しかった。

 見映えの良さは折り紙付きで、彼より1つ年上の波打つブルネット髪の美人なのだが、それだけではどうにもならない。もし国王があと10年、20年若くて好色だったならば、身分構わず美女を揃えて城にハーレムを築いていたかもしれないが、国王はそういう人でもなく唯一人の王妃で通し、ずっと子に恵まれないにも関わらずそれを守っていた。だから妾入城の道もない。

 とにかく、彼女はまだ諦めておらず、この都を離れる気は更々無かった。

 彼の昇進を聞き、前途に希望を見出した家族は、長く離れ離れになるのは嫌だと考えて、特に妹のミンナが兄を恋しがってこの都への移住を計画しており、忙しいアーサーに代わってアイリスがその手引きをしてもいた。

 適当な空き家や空き部屋や土地がないか見て回り、彼がこうして休暇で来た時には、いいと思う物件の幾つかに連れて行って一緒に値踏みをした。今日も2つの家を見て来たところである。

 来季の軍再編時に引退して帰郷しようとしている年輩兵士の家族が住んでいる家がなかなか良かった。彼は母と妹に不自由はさせたくなかったし、戦いを職業にしていてもギャンブルには興じない為、自分では金を使わない方だったので、全て2人の生活に当ててもいいと思っていた。今いる住人の趣味で花も沢山植えられており、きっと気に入るはずだった。

 少々値は張るがここに決め、アーサーは立ち退き後に譲ってくれるように手続きをした。


 ある日、城の書庫でソニアが読書に耽っていると、同じく書を求めてやって来た国王に狭い通路でばったりと出会った。こんな所で会ったのが何だかおかしくて、2人共笑った。ソニアは兵士らしく背筋を伸ばして敬礼した。

「ほぅ、読書とは感心じゃな。こう……言っては何だが、字の入っている物はまるで読まんのが多いじゃろう、荒くれ者共は」

ソニアは笑って道を空けたが、彼はまだ関心を示しており、彼女が手にしている本に目を留めた。

「トライアス叙事詩……ほっほっほ! トライアスと渾名されている者がこれを読んでいるというのも、なかなか面白いことじゃな」

「大好きなんです。デルフィーにいた頃は図書館のものを読んでいました。ここの本は、それよりも素晴らしいですね」

「ここには原本や、第1写本が多いからのう。他所にあるのはその写しじゃからな。如何な本でも、著者の生きた字で書かれている原本は最高じゃ。躍動感が違う。残念ながら、トライアス叙事詩は古過ぎて原本が見つかっておらぬがな」

ソニアは納得した様子で深く頷いた。

「ところで、どの辺りが好きなのじゃ? この叙事詩の。聞かせてくれぬか」

通りすがりの已む無い社交ではなく、本当に彼が関心を示してじっくり話をしようと目を輝かせているのを見て、ソニアは驚きつつも本を眺めて言った。

「私が好きなのは……どのエピソードが、と言うより、ずっと彼女が主張している事です。彼女は人間以外の異種族や魔物にも理解を示していて、長い歴史の中で続いている戦いは、互いを知り、共存する道を探ることで解決できるのでは、と考えています。私もそれに共感しました」

「ほぅ……」

予想以上に理知的な答えが返ってきて王はキラリと目に喜びを覗かせ、その内容の奥深さ、彼女がこんなことを考えるに至った彼女の生い立ちを考えた。この歳で、しかも一兵卒の者が世界の事情について悩むことはそうない。さすが英雄の妹と言うべき聡明さだ。

 2人は叙事詩についてもっと話し、今までこの本を熟知して語らえる相手のいなかったソニアは、熱く楽しく思想のやり取りを交わした。王は、この娘が慈悲と寛容に満ちた善意の者であり、それを貫く為の心身の強さも持ち合せていることを知った。

 彼はかつて、こんな子供に恵まれることを望んでいた。男でも女でも良かったが、こうして今、彼女を目の前にしていると、それが娘であったような気がしてならなかった。

 もう少しこうしていたかったが、彼を探していた財務長官に見つかってしまい、2人はそこで別れた。

「やれやれ、何か楽しんでいると、何時もこうして誰かに邪魔される」

道化師のような面白い顔をして去って行く王を、ソニアは敬礼で送った。


 その後もソニアは110隊で見事な働きを続け、御前試合では体格と魔法力の蓄えの不充分さからジマーやディロン達には負けてしまっていたが、それでもベスト8やベスト4には入って地位をキープした。

 アーサーは日毎に背が伸びて体つきも良くなっているので、御前試合毎に順位を上げていった。ソニアがいるうちに同じ110隊に追いつくのが彼の目標だった。

 1年経って兵の入れ替え時期が来ると、予定通り空いた家にアーサーの家族が引っ越して来て、荷馬車から荷物を降ろして運ぶのを、ソニアや彼の隊の仲間が手伝った。アイリスも来て、細かな作業の手伝いをしている。

 妹ミンナは新生活に多少の不安があっても、それを大いに上回る喜び様で、これからいつでも会える兄に飛びついた。彼は休みの度に必ず姿を見せ、2人が早く街に馴染めるよう気遣った。

 1年のうちに、ソニアもアーサーも城都での芸術祭などを経験してすっかり城下街のことにも詳しくなり、この街の兵士らしい貫禄が出ていた。

 時折ゲオルグがソニアの前に現れ、2人の交流も続いている。

 国軍入隊試験は今年も行われ、各地方から希望者が集まり、30名が合格し、国軍入りしてソニア達に『新人』の頭文字はなくなった。

 ソニアは魔法力も上昇の一途であるし、背も伸びて、早くも小柄な兵士の身長は抜き、平均的な男の背に届きそうになっていた。かなり長身の娘である。盗賊討伐でも成果を上げ、110隊での確固たる地位を築いていた。

 成長期の少年と少女は日増しに逞しく美しくなり、ソニアは人々の予想に違わぬ美貌の女戦士になって、2年目2度目の御前試合ではジマーを破り、3度目ではディランまでも破って、遂に通常兵の中でナンバー1となった。

 そしてそれ以降、彼女の1位は磐石のものとなって不動を保ち続け、後は皆、引き離されるままとなり、風の祝福を受けている魔法戦士には到底誰も及ばなくなってしまったのだった。

 士官とだけはまだ戦っておらず、最強と聞いている国軍隊長とも戦ったことはなかったのだが、人々は既に、彼女の方が戦士としては上であろうと見ていた。しかし、国軍隊長という地位は戦士として優れているだけでなれるものではないし、易々と敗戦模様を人に晒してもならないので、特別な理由がなければ試合に出て来ることはなかった。

 国軍隊長ジェラード=ヘパカリオンはその地位が脅かされているとも思わず、しがみ付こうとも思わず、いつが自分の引き時かを心得ていて、ただジッとその時が来るのを待っていた。しかし、それはまだ数年かかることだった。

 ソニアは110隊のエースであったが、若さから隊長になることまでは控えられていた。何せ、やっと15歳になったばかりの少女なのである。身長も雰囲気も、彼女をそれ以上の大人に見せてはいたが、数字というものは人々に大きく影響するのである。

 この頃にはソニアより背も高く、少年から大人へと体の変わり始めたアーサーも体格負けすることがなくなり110隊入隊を果たし、ソニアと共に活動できるようになっていた。110隊員は小さいながら個室が与えられているので兵舎での部屋も近く、日勤夜勤の動きも一緒なので、彼はとても嬉しそうだった。

 彼女の方が地位や能力に先んじているにも拘らず、彼はいつも彼女の無茶や怪我を心配していて、彼女を笑わせるほどだった。だから、こうして何時でも側で見守っていられることは、彼にとって幸せなことなのだ。

 誰にも口にはしていなかったが、誰の目から見ても、ようやく16になるこの少年は明らかに彼女を好いていた。――――いや、『好いている』なんて言葉では済まないほどの想いに違いなかった。10代の若い国軍や20そこそこの若者や、それ以上の者達が彼女に魅せられていたのは事実だったが、彼女の地位と強さに尻込みしてしまって、想いを表現する者はいなかったので、誰憚らず一番好意を見せていたのはアーサーだったのだ。

 彼女の存在で陰って見えるものの、彼の昇進だって異例の早さなので、彼女と釣り合うのは将来的にもきっとこの男しかいないだろうと人々は思っており、彼女と彼を繋ぐ道はいつでも広く開けられていた。

 休暇が重なれば彼の家に2人で行ったりし、彼女と共にいられる機会があれば、彼は必ず彼女を誘って、観劇に行ったり演奏会に行ったりした。ソニアも親友である彼といるのは楽しかったので、特別な用事がなければ大体誘いを受けて一緒に休暇を楽しんだ。

 しかし残念ながら、彼女の心の中は常にアイアスという恋人以上の存在で一杯だったので、彼女がアーサーを友人以上の目で見ることは、あったとしても当分先のことになりそうだった。世の平均からいけば遅いことなのだろうが、やはり彼女は特殊で、事情も変わっていたので、人とは違っていたのである。


 2人揃っての110隊活動が定着した頃、国軍隊長と第1中隊とで遠征に赴くことになり、一行は西海岸のクリーミャに向けて出発した。道中では魔物退治や賊の掃討に力を振るい、クリーミャでは最近頻発しているらしい海賊を撲滅するのである。

 110隊を先頭に第1中隊は騎馬と馬車で行軍し、西海岸までの長い道程を片道5日間の行程予定で進んで行った。道中、商道付近の魔物を発見しては退治して数を減らし、村々に寄っては状況を調べて水などを調達し、順調に距離を伸ばして、後2日でクリーミャという所まで来た。

 その日はカドラスという町に立ち寄り、そこで野営をすることにした。有数の港と首都とを結ぶ商道に面しているので、長らく宿場町として栄えてきた、なかなかに大きな町だ。

 町の長官や名士はこの機会を逃さず、こぞって国軍隊長や110隊を招待し、国軍隊長もそれを承知して受けた。

 町の公民館が物凄い速さで飾り付けられて急ごしらえの会食会場となり、トライアの有名戦士達は手の込んだ接待を受け、名士達の嵐のような質問に答え、また嵐のような自慢話にも耳を傾けた。(わきま)えている長官が「まぁ、そのくらいに」と窘めるが、酒も入ってすっかり舞い上がっている彼等を止めることはできなかった。

 アーサーはテーブルの下で手を《やってらんないよ》の形(中指と親指を合わせて中指を弾く仕草だ)をして見せてソニアの笑いを取り、彼女も小指と親指を伸ばして、中3本は閉じる《同感》の手で答えた。

 食事が進むにつれて個々に話し合うようになり、ソニアに関心を示したある男が彼女に話し掛けて来た。暗い目をした長髪で痩せ型の中年男で、町の医者らしい。

「貴女はどちらのご出身ですかな?」

「デルフィーです」

「ほぅ……デルフィー」

男は興味深げに目を細めてじっくりとソニアを見ている。

「ご両親もそちらの方で?」

ソニアは彼が何を知りたがっているのか、目つきからも察して珍しく口篭もった。

「……いいえ、育っただけです」

「と、言いますと……ご両親とは一緒ではなかったのですね?」

 端で話を耳にしていたアーサーやジマーが割り込んで来てフォローした。男がズケズケと訊いてくるので失礼なくらいだったのだが、事は荒げなかった。

「訳あって親戚から預けられていたんだよな?」

「彼女の今日を見ればきっと喜びましょう」

男はチラと2人を見てから、またソニアを見た。普通に物事を弁えている者なら、これだけ《それ以上訊くな》という雰囲気が出ていれば察して止めるものだが、気づいていない様子はないのに、男は続けた。

「……貴女によく似た人を知っておりましてね。もしや母上様なのではと思ったのですよ」

こんなことを言われたのは生まれて初めてで、ソニアは目を見開いて急に鳥肌が立った。親のことなんて、これまで本当に考えた例など無かった。アイアスにその概念を教えてもらうまで知らなかったし、知った後も大して興味を持てなかったのだ。実感のない存在を追うより、アイアスの方が確かな家族だったから、彼だけで良いと思っていた。

 しかし、今初めてこんなことを言われて、ソニアは驚くほど自分の胸が、ギクリとも、ときめきともつかぬ刺激を受けているのを感じた。男の方は彼女の反応をじっくりと観察している。

「何処で……? 何処の人なんですか?」

ソニアが大いに関心を見せた様子から、男は何かしら満足のいくものを見つけたようで、ちょっと不気味な薄ら笑いを浮かべると、こう言った。

「だが、違いますかな。この国の方ではありませんから」

その言葉にも関心を失わないソニアを見て、男は席を立って彼女の側に行き、そっと耳打ちした。アーサーもジマーもただ見ているだけだった。

「もしご興味がおありだったら、2人だけでお話ししませんかな?」

何を言ったのか2人には解らなかったが、ソニアが立ち上がって彼に連れられて行くと、驚いて目を丸くし、眺めた。

 ソニアと男は人の少ない角に行き、そこで話し込んだ。

「事情がおありのようですな。もしや、ご両親の消息を知らないのでは?」

ソニアは答えに戸惑い、視線を泳がせ俯いた。

「……口外致しませんから、ご安心なさい」

ややあって、ソニアは頷いた。

「よろしければ……貴女がご両親と別れてデルフィーでお暮らしになった経緯をお話し頂けませんかな?」

ソニアは躊躇っていたが、彼が持っているかもしれない情報をあまりに自分が渇望するのを抑え切れず、大まかに説明した。

「……孤児なんです、私……。それをある人に拾われて……妹にしてもらいました」

「……そうですか」

男は同情的な表情を浮かべていたが、目には喜びと好奇の色がありありと映っていた。

「先程ご紹介されました時に、お名前を『パンザグロス』と伺いましたが……もしや貴女を拾われた方はパンザグロス家の方なのですか?」

それを直に訊かれるのも久々だったので、ソニアは彼をジッと見てしまった。

「……ご存知なのですか?」

「あの、アルファブラの名門の?」

「……はい」

彼はまた目を細め、身動きの少ない代わりに興奮と衝撃の波の瞬きを顔に表して、細く長い息を吐いた。臭いとまでは言わないが、あまり嗅いだことのない妙な臭いがする息だった。

「それでは……貴女を拾って、貴女を妹にしたという者は……アイアス=パンザグロスなのですね? あの英雄の」

ソニアは他人の口から彼の名を聞く度にいつも呆然と彼を思い出し、暫くしてから返事をした。

「……ええ、そうです」

彼は遠い目をして、何やら考え込んだ。一体何を知っているというのだろう? 自分からは何も言えず、ソニアはただハラハラと次の言葉を待った。

 会場ではまだ名士と軍隊長とが話しており、110隊のメンバーも他の町民に捕まっていた。アーサーやジマーは時々ソニアと男の様子をチラリと見ていたが、ソニアはそれに気づかず、彼が握る秘密の方に心奪われていた。

 ややあって、彼はこう言った。

「……私は、貴女の母上かもしれない人の手掛かりとなる物を持っています。しかし、今は医院に置いてあるし、この場を抜け出すわけにもいきません。宜しければ……もっと遅くなってから、皆さんお休みの時間にでも私の医院にいらっしゃい。そこなら人目を気にせず、ゆっくりと話せますから」

男はそう言うと、ソニアの返事も待たずに人々の中へ戻って行った。ソニアは呆っと立ったまま、今言われたことの意味を反芻して考えていた。


 公務の一環としての会食を終え、軍隊長も110隊も野営テントに戻り、第1中隊の夜の警備が滞りなく行われていることを確かめると、馬の世話をもう一度してから明日の計画を再度確認して夜の休憩に入った。

 110隊は2つのテントに分かれて休み、先程の会食での馬鹿馬鹿しい出来事や、耳にした面白い話を披露して笑い合った。そして行軍時の朝は早いのでやがて消灯し、酔っ払った酒好きのメンバーは早くも高いびきをかいて眠りについた。

 それほど時間も経たないうちにソニアが起き上がって出て行こうとしたので、アーサーが声を掛けた。夜の休憩時にテントの外に出る用事といったら、普通は1つしかないので訊くのもおかしなことだったが、今晩に限っては彼が気に留めたので、さすがに鋭いなと驚いて、ソニアは彼に「あれ(・・)だよ」とだけ言って外に出て行った。

 松明が灯る中、消灯後間もなくソニアが出歩いているのを警備の者は見つけたが、彼女が敬礼して何処かへ行こうとしても、男達がその辺の木陰で用を足すのと一緒で、しかし女性らしく、ちょっと別の離れた場所にしたいのだろうとしか思わず、自分も敬礼を返して彼女を見送った。

 ソニアは医院が何処にあるのか知らなかったが、国内共通で医療施設には青い十字看板が掲げられているので、暗さで色は識別できなくても、それらしき形状の物を探せばよかった。医院が町の外れにあることもあまりないので、中央通りを歩いて行けばすぐに見つかった。ここに自分がいて起きていることを知らせるように、窓辺に蝋燭が灯されていた。

 ソニアはきっとここに違いないと思い、小さく扉をノックした。辺りに響かぬよう気遣ったせいで音が小さ過ぎたかと思ったが、すぐに中から返事が来た。

「どうぞ、入って」

扉の鍵は開いており、ソニアが押せばすんなりと中に入ることができた。

 中は普通の医院で、診察用のベッドが1つと対面診断用の椅子が一組、医師用の書き机と薬品の並ぶ棚、診察用器具の置かれているテーブルがあり、それに患者の不安を和らげる花畑の絵が飾られていた。薬と魔法とを駆使して治療するのが現代医学の常識だったので、彼も術者で治療魔法が出来るはずだ。

 彼は奥の、医師としての空間とは別の私生活スペースにあるテーブルに腰掛けており、ランプの明かりの中で何か作業をしていた。ソニアの姿を認めると立ち上がり、そのテーブルに案内して席に着かせると、自分は戸口まで行って窓辺の蝋燭を吹き消し、カーテンをきっちりと閉めてからテーブルに戻った。

 そして彼女に茶を注いで勧めた。自分はもう先に飲んでいた。

「どうぞ。目が覚めない柔らかいのだから、明日に響かないよ」

《茶》として世に出回っている物は、ある特定の植物の葉を煎って出来たもので、興奮させたり目を覚ましたりするのに役立ち、頭がスッキリしたりすることから、朝などに好んで飲用されていた。その他に果実の乾燥片を混ぜた野草の葉や、香りが独特な野草の葉や茎を煎じて飲む別の茶もあり、それには興奮作用はなく、逆に鎮静作用や安眠作用があったので、夜によく飲まれている。そういった茶のことを《柔茶》と呼んでいて、彼はそれを進めたのだ。

 彼は自分もカップを手にして一口啜り、手振りで彼女にもう1度勧めて微笑んだ。ソニアは早く答えが得たくて、彼に勧められるがままそれを口にした。定番の茶の味ではなくて、変わった風味がしていた。医院なのだから、何か珍しい種類をブレンドしているのだろうかと思った。

「……よく来てくれたね、嬉しいよ。それほど君は知りたかったわけだね?」

花形部隊のエースというより、ただの少女になってソニアは恐る恐る訊いた。

「見せて下さい、その……手掛かりとなる物というのを」

男はニヤリと笑み、カップを置いた。卓上には書類が積まれている。

「まぁ……まずはもう少し話を聞かせてもらえないかな?」

「私のことは説明しました。私は、あなたが私と、私の母だと思う人とをどうして結びつけたのかが訊きたいです。教えてくれませんか?」

男は、今度は笑みなくジッとソニアの目を覗き込み、意味ありげな上目使いで言った。

「…………君が本当に、その人にとても似ているからだよ」

ソニアは呆っとした。彼に身振りでまた茶を促され、一緒に一口飲んだ。仄甘くて鼻に残る香りが魅惑的だったので、一口入れれば後は抵抗なくすんなりと飲めた。《飲まなきゃ教えないよ》とでも言いたげな彼の静かな圧力もそうさせていた。

「……似ている……? 顔が……ですか?」

また男は、笑いの菌が口の中から徐々に感染していく様にゆっくりと笑みを広げた。

「特に、その肌と目と髪の色がね」

ソニアは胸の中の的を見事に射られて愕然とした。自分の身体のあらゆる色を、人と少し違っている、変わっているとは日々思っていたが、誰かと一緒だなどと言われたのは生まれて初めてのことだった。それだけで、彼が『知っている』と言うのも頷ける気がした。

「……君は親もいないし、知らない状態だったところをアイアス=パンザグロスに拾われた。そしてこの国に連れて来られて、妹としてパンザグロスの名が与えられた。これでいいんだね?」

まだ呆然としているソニアは、頷きだけでそれに答えた。彼の些細な言葉にこれほど衝撃を受け、ボンヤリとしてしまっている自分にも彼女は軽く驚いていた。

「それで……英雄アイアスは君をどう思っているのかな? 君を大切にしてたかい?」

アイアスの幻が甦り、彼への想いが募って、ボンヤリした彼女の瞳はもっと潤んだ。

「……ええ、とても大切に……してくれた……彼を愛してた……彼も……私を愛してる……って……」

自分の頭が段々傾いでいるのにもソニアは気づかなかった。男の、穏やかで満足そうな声が聞こえる。

「……そうか、彼は君を大切にしていたんだね。……それは良かった。とても、とても……良かった……」

男の低い笑いが卓から零れ落ちて地を這っていく。

一瞬、やっとソニアはおかしいと気づいたが、その時にはもう遅くて、アイアスと夢の世界にいた。


 ソニアが戻って来るのが遅いので、アーサーはテントを出て辺りを見回してみた。先程話に聞いていたが、この辺りはここ数年人が突然消えたり殺されたりとかで、魔物を恐れて夜に人はあまり出歩かない。だから城都と比べてもずっと静かで、森の中の町らしかった。

 彼は歩き出し、陣内を1周して彼女の姿を探した。夜警の者に敬礼し、彼女を見なかったか尋ねても、町から出る側の森にいる衛兵は知らないと答えた。

 町に近い方の衛兵の所で尋ねた時、今度は望む答えが返ってきた。

「ああ、それなら先程あちらの方に行かれましたよ」

衛兵が指差す先は、町に近づく森の方角だった。アーサーの方が年下なのだが、彼の方が上官に当たるので、衛兵は敬語で話をしていた。また、自然とそうしたくなる威厳が早くも彼の内面から滲み出ていた。

「……遅くないか?」

衛兵はアーサーと、ソニアの消えていった方向とを見比べてキョトンとし、それからニンマリと笑って、この時ばかりは年上らしく肩に手を掛けた。

「女性は長いものですよ、何事も(・・・)

 アーサーがからかいにもめげず、《心配だからちょっと見て来る》と言おうとした時、急に金切り声のような音が辺りに響いて野営テントを覆った。あっという間にその数は増え、夜闇の中を何かが羽ばたく音が聞こえ、見上げると、幾つもの黒い影が星空の中を過っていた。

 何だ何だとテントの中から兵士達が起き出して武器を取った。松明の明かりに照らされた時、その刺々しい翼が目についた。

「――――――蝙蝠(コウモリ)だ!」

突如現れた蝙蝠の大群はテントに取り付いて齧ったり、兵士に攻撃を始めたりした。大群は町の方にまで流れ込んで行った。

「――――――町にも行くぞ!」

アーサーは叫んで駆け出した。町民に被害が及ばぬよう守らなければならない。彼は剣を抜いて、飛び掛かってくる蝙蝠達を追い払ったり叩き斬ったりしながら走り、森を抜けて町へ入った。後から続々とやって来る兵士の音が聞こえた。

 町にも無数の蝙蝠が飛来しており、屋根に取り付いて齧ったり、中には大型で特別奇妙なのが混じっていて、それは炎を吹き、家屋に火をつけたりしていた。

「――――――火だ! 火事だぞ!」

アーサーの声がワンワンと響いて町を通り、音に気づいていた住民達が慌てて出て来た。

 目覚めたのは住民だけではなかった。夢現の中でアイアスと対話していたソニアの耳にも彼の声が響き、半覚醒ながら、ただならぬ事態が起きたことを感じてフラフラとしながら立ち上がり、戸口を目指した。何かが腕を掴んだが、それを振り払い、扉を開けて外に出る。

 グラグラと揺れ動く世界の中で、彼女は火が燃え広がり始めた町を目にし、更に強く自分を奮い立たせた。夢だろうと何だろうと、彼女は兵として必死に動いた。火を見て慄きうろたえる住民達にソニアは声を振り絞り走った。

「――――――避難を! 逃げて!」

自分の声までもが大鐘の中で発したように頭の中で反響してクラクラとした。剣を抜いて蝙蝠を払いながら、最も手近な出火に氷炎魔法を浴びせて消火する。

 アーサーが彼女を見つけて駆け寄って来た。

「――――――ソニア!」

後から追いついた110隊員や他の兵士達もやって来た。

「これは何事ですか?」

「……解らない。とにかく火を吹く奴を狙って倒して! 厄介なのはそれだけだ! 後は無視を」

頭痛持ちの様に頭を抱えつつも、ソニアが毅然とした指示を出したので、聞いた者はそれに従い即座に散って行った。

 アーサーは彼女の様子がおかしいことを気にしてそこに残り、戦いながら彼女を見た。

「大丈夫か? どうしたんだ?」

 2人共大型の敵を見つけてそれを追い、ソニアが魔法でそれを落とすと、そこにアーサーが飛んで行って剣を突き刺し、息の根を止めた。ある大型蝙蝠を追ううちに町の外れに来た2人は、他の兵士達とは離れてしまった。集団は主に多数の大型蝙蝠が犇めいている町の中央へと集結している。

 ソニアがガクリと膝をついたのでアーサーは走り寄ったが、また火を吹く蝙蝠が現れたので、ソニアはそのまま氷炎を放ち、アーサーに止めを頼んだ。兵士として彼は義務を果たしに離れ、地に落ちてもがいている大蝙蝠に思い切り剣を突き降ろして、絶叫と共に蝙蝠の小刻みな痙攣が止まって動かなくなるのを確かめた。

 すると、今までになく小蝙蝠の大群が彼を取り囲んできて、いくら振り払っても身動きが取り辛くなってしまった。その僅かな隙間から、そこにソニアが倒れているのが見える。

「――――――ソニア?!」

すぐ側に行こうとするが、蝙蝠が邪魔をして思うように前に進めず、アーサーは喚いた。

「クソッ! どきやがれ! どけ! 邪魔すんなてめぇら!」

 ふと見ると、誰かがソニアを抱き上げている。一瞬、助けが来たのかと思ったが、そうではないことがその者の顔で判った。

 会食でソニアに無礼な質問を浴びせていた医師が、腕の中の彼女を見てニヤつき、裂くように広げた口には獣の牙のように異常に伸びた犬歯が覗いていた。そして、炎に照らされた顔色は妙に蒼褪めていく。黒かった髪も、黒かった目も、見る見る色が変わってブロンドの髪と紅い目になった。明らかに人間の姿ではない。こんな姿の者を見るのは、アーサーは初めてだった。

 旋風に舞う木の葉の如き小蝙蝠に取り巻かれながらアーサーは叫んだ。

「――――――何だお前は!! その手を離せ!!」

男はニヤリとアーサーに一瞥をくれると、何も言わずにソニアごと1つの光に変わって星になり、火の粉舞う夜空へと雷光の速さで飛び去った。流星呪文だ。

「ソニア――――――――――っ!!」

火事騒ぎで、彼方に飛び立った流星に気づいた者は少なく、今尚夢中で大蝙蝠退治と消火活動が行われていた。アーサーは蒼白になって仲間の下へと走って行った。


 火事の対処と住民の安全確保が優先されて軍の活動が行われ、やがて火は消え、蝙蝠達も何処かへ飛び去ってしまい、地には至る所に大小の蝙蝠の死骸が残った。そして住民に何事も無かったことと、家屋も思ったほどの被害はなくて、半焼が3軒程度で済んだことが判ってから、ようやくもう一つの問題が取り沙汰された。

 国軍隊長はアーサーの話に、これまで見たことがないほどの緊張を表情に走らせた。老兵という名がそろそろ相応しくなってきたこの歴戦の将は、当然ながら先の大戦でも活躍し、その記憶を鮮明に焼き付けていた。

「……ヌスフェラートだ……!」

証言を聞いていた何人かも、彼がそう口にする前に同じ結論に達していたが、言葉にされて耳に入ると一層ゾッとした。

「大戦以来見ることがなくなっていたが……まだこの様に潜伏している者がいたのか!」

「再び世界侵攻を企てているということですか……?」

 町の名士達も、何年もこの町に医師として住んでいた男がヌスフェラートだったということを知ると、あまりの恐ろしさから口々に、そう言えばこんなところが変だったとか、いや、巧妙過ぎて全く気がつかなかったとか、まるで言い訳のように捲くし立てた。

 ソニアがいなくなってこの場の最年少となったアーサーが、辺りを鎮める強さで言った。

「――――彼女はどうなるんですか?! どうして彼女なんですか?!」

驚き、一度声を潜めた兵士や住民達は目を見交わし、そのうち、住民の一人が思い出したようにおずおずと言った。

「この町でも、娘や婦人ばかりがよく消えたり殺されたりしたんだ。……旅人もそうだった。首に噛まれた痕があって……あいつはきっと、女の血が好きな吸血鬼なんだ……!」

「血が欲しいだけで、こんなに騒いで自分の正体を晒す意味があるのか?」

冷静な110隊員の言葉も尤もだから皆は戸惑い、頭を悩ませた。

 国軍隊長は沈黙して皆の様子を見つつ、一人、ある可能性を見出していた。そして沈着な老将らしくこう言った。

「……攫われた以上、何処へ行ったのかも解らぬし、我々に手立てはない。残念だが、彼女の無事を祈るより他あるまい。この国のエースなのだ。自力で脱出するやもしれん。我々は国の警備の方に専念すべきだ。急ぎ行動しよう」

軍隊長の指示の下、城都に事態を知らせる魔術師が飛び(遠征には必ず情報伝達の為の流星呪文術者が同伴されている)、クリーミャにも、予定が変更になり到着が数日遅れそうで、遠征そのものが中止になる可能性もある旨を伝えた。また蝙蝠の襲撃があるかもしれない町を守らなければならないし、医師に扮したヌスフェラートがこれまでに何を調べ、何人殺してきたのかを調査する必要があるのだ。

 ソニアの為に何もできない現実が突きつけられると、アーサーは悔しさに医師の家の壁を打ちつけて、夜に吼えた。ジマーもディロンも無念そうに拳で掌を打つ。

 国軍隊長は、自らの剣に刻まれたトライアスの姿に祈りの言葉を呟いた。

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