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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第22章
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第4部22章『暗黒騎士』2

 帰国後、人との話や歓迎ばかりに追われていたソニアは、日が傾き始めた頃にはもうくたびれていて、王の勧めでティータイムを取った。それでも事務的なやり取りの必要があるから、軍幹部や官吏の者、女中達がひっきりなしに訪れる。

 そして少し人の波が切れたところで、これが好機と人払いを頼み、テラスでフィンデリア姫とだけ語らった。

 姫は、ソニアにとって不都合そうなことは伏せて、別れるまでの経緯を皆に話していることを教え、自分が来てからはどのようにこの城があったかを客人の目からソニアに教えた。それで、ソニアも皆にどのように接すればいいかが解り、途中まで旅の流れが判っているのだったら、残りは後で話せばいいだろうと判断した。

 そして、夜の宴で全て話すことになっているから、それに参加してくれるよう姫に願った。勿論姫はその誘いを受けたのだが、彼女にしか解らぬことで1つ質問した。

「あの……彼女は? ポピアンという……」

「ああ、彼女とは……ちょっと事情があって、今は別々に。無事ですよ」

それで、フィンデリアもホッとした安堵の表情を見せた。自分が招いたあの脱出劇で、ソニアを逃す為にまさかあの妖精に何かあって、今ここにいないのではないかと心配したのである。結局、あの無茶で復讐は達成したが、何も失われなかったのだと知って、フィンデリアは罪悪感から解放されたのだった。

 その短い会談の後はティータイムも切り上げ、ひたすら軍務の情報伝達に従事し、不在だった期間中も軍の体制に特に綻びは生じなかったようだと知って、元の通り彼女を頂点に戴いて動くシステムが起動していった。不在中その役を担っていたアーサーからのバトンタッチも巧くいき、満足のいくうちに日没が迫ってくる。

 そして気懸かりなゼファイラスのことも、適当な場所と世話役があてがわれたことを確かめ、何度か様子を見に行っては気に入らない所や不安がないか訊いてみた。ゼファイラスは新しい環境に今のところ不満はなく、好奇心を満たされ、人間とのやり取りを楽しんでいた。

 国務に忙しい自分はこれから始終一緒にはいられないから、動物との心の疎通に優れた教育係を、今後正式に用意する予定である。

 とにかくこの飛竜は人目を引き過ぎるから、ソニア見たさ半分、竜見たさ半分で人は城内を行ったり来たりしていた。

 軍やゼファイラスのことが安心できるようになると、次は開催の迫った祭の準備がどのような進み具合であるかを訊き、自信満々に語る実行長官の報告や国王の話、アーサーの話などを聞いたりして、その順調さを知った。これにもソニアは安心した。

 そして日没後、彼女の帰国を祝しての宴の準備が整い、出席を許された上官達とフィンデリアにカルバックスなどが続々と小宴会場に集まり、席に着いた。

 大勢集めて騒いだところでソニアの話が聞こえなくなってしまうから、彼女からゆっくりこの不在中の出来事を聞かせてもらえる特権は、ごく限られた上層部だけに与えられ、彼女の声が通りやすいよう会場も小さくしたのである。声を張り上げずとも、部屋の隅々まで響く格好の場所だ。国賓との会談メインの食事会ではこちらの部屋を使うことが多い。

 皆が壁に背を向けてズラリと並び、この時間に合うよう仕度された料理達もきれいに揃って、すっかり元気を取り戻した国王の音頭で乾杯し、宴は始まった。

 国王は、帰還したソニアと本当に対面できて彼女としっかり抱き合い、喜びを現実のものと実感すると、後は一刻一刻、時の経つごとに顔色が良くなり、今では見違えるように元気になっていた。

「いやぁ、まこと、軍隊長殿は国王陛下のお薬でございますな!」

「ご病気の魔など、何処かに吹き飛んでしまったようですな!」

ハハハハハ、と皆で大笑いする。王が誰より一番朗らかに笑っていた。

「左様、ソニアはワシの守護天使でもあるのじゃよ。無事にお帰し下さって、トライアス様に感謝してもしきれんわい」

そこで、国王の平癒祈願にもう一度乾杯し、それから後はソニアに語らせた。

 彼女はまず、こうして無事に帰れたことをトライアスに感謝し、不在の間も国を守ってくれた皆に感謝した。そして、刺客に襲われて光となり飛ばされた後、どのような事があったのかを話し始めた。後に内容を公表する為に配置された速記の書記官がペンを構える。いちいちインクをペン先に付けなくていいよう、インクを蓄えておけるタンクと一体になっている、最新式のガラスペンだ。

「まず最初に、私が飛ばされた時、何が何だか解らないうちに水の中に落ちました。とても冷たくて深くて……鎧が脱げなくて……溺れそうになったのですが、その水の中に棲んでいる大きな魚が近づいてきて、私を助けてくれました。そこで意識を失くしたので、後は地元の人々が見つけて助けて下さいました。そこは……北のスカンディヤ大陸だったのです。私が落ちたのは、ビヨルク領内の湖でした」

人々は呻いた。既にフィンデリアからビヨルクが最初の地だったことは聞いているのだが、まさかそんな危険な状況にあったとは知らなかったのだ。勿論フィンデリアも知らない。彼女と一緒にいた時に、そこまで細かく話をする余裕はなかったのである。

 今回もソニアの隣に席が設けられているアーサーがそこで身震いし、その魚とトライアスに感謝の言葉をひとしきり熱心に呟いた。

 ソニアはビヨルクの滅び様と、洞窟内の人々の暮らしを語り、術者も物資もないから、まずは帰還の方法を求めて主都へ向かったことを説明した。滅んだ国の話は皆にとって人事ではない恐ろしいものであり、とても静かに息を潜めて聞き入ってくれた。

 片腕のない元騎士団隊長のソーマ。ルビリウス。貯蔵庫に隠れていた2人の子供達。いかに気候風土の違う異国とはいえ、健気に生きる子供達の話は涙を誘った。

 そうして主都に到着した一同は城で生き残っていた王子達と出会い、城に残っていた魔物と対決して地下倉庫を解放したのだ。寄生されていた雪猿の話や、その寄生から救われた後には人間達と仲良くなったという逸話は人々の関心を強く引いた。

 以前だったらとても信じられないような話なのだが、ゼファイラスというもっと恐ろしい魔物を連れてきたばかりであるから、それより小さな雪猿という魔物に纏わる出来事も、作り話などでなく本当なのだろうと多くの者が思った。

 ソニアはこの旅におけるこの先の展開について真相を伏せ、最初の嘘をついた。

「その地下倉庫で見つけた転送薬を王子様に頂き、私はスカンディヤから中央大陸のガラマンジャに移動することができました。流星魔術薬ではなく、災害時の避難用に用意されていた転送薬だったので、決められた安全な場所にしか移動することができませんでした」

あの魔鏡ヘヴン・ミラージュは王族だけの秘密であるし、その先にあったエルフの村のことはもっと話せないことだ。だから、ビヨルクからすぐにディライラ領に辿り着いたことにした。

「私はお別れする際、メルシュ王子様にお約束しました。無事にトライアに到着することができたなら、ビヨルクに復興援助させて頂くと。ですから、どうか早急に支援部隊をご用意頂きたいと存じます」

これには、一番了承の必要な国王が2つ返事で請け負った。

「それはとても重要なことじゃ。我々の防備を疎かにする訳にはいかぬが、余力はできるだけ派遣しようぞ。そのような国が甦ってこそ、世界の国々も力付けられよう」

冷静で、やや悲観的な立場を取る国務長官のハルキニアがそれに待ったをかけた。

「素晴らしい方針ではございますが……どこからその人員を割きますかな? 北方国とあっては、全く違う気候風土ゆえ、人選が多少困難かと思いますぞ」

それについては、先に考えていたソニアが答えた。

「その通りです。あの寒さでは、このトライア生まれの人では十分に力を振るえないかもしれません。ですから、術者や建築技師など知識でお手伝いできる人員を特に選び、運搬に関する力仕事などは、あのゼファイラスにも手伝ってもらえればどうかと考えています」

「え? あの竜をですか?」

「はい。あの城も既に雪猿と暮らしていますから、ゼファイラスのことも受け入れてくれるでしょう。何かできることがある土地に行ってお手伝いし、人々の役に立てる方が、あの子の成長にとってもいいと思うのです。きっと勉強になるでしょう」

確かにそれならば、人間を100人送るより役に立つだろうと皆も納得した。

「勿論、あの子が了解して行ってくれる場合だけですが。ここにいてくれる場合でも、防衛については大変な力になると存じます」

まだあの竜との生活を受け入れ切れていない人が多いので、遠ざかってくれる方が今の時点では嬉しいのだが、いざ皇帝軍に攻撃されるのだとしたら、確かにとてつもなく頼もしいものだと考え、何人かが唸った。

 この件についてはこの後で詳しく検討することにして、旅の話を先に進めさせた。

 トライアに流星術で行ける魔術師を探す為にディライラの主都ソドリムを目指し、そこでフィンデリア姫と出会った。ここでの話については、フィンデリア姫も時々話に加わった。

 互いの利害が一致したことで、姫とその付き人としてディライラ城に入城し、王と会談し、術者を手配してくれることになったのだが、出発は翌朝の予定となり、一泊して待ったところ、術者は急遽別件で出動することになって、発見されたサルファ王の生存確認に向かった為、もう暫く待つことになり、その間に皇帝軍の虫王大隊が襲撃を仕掛けてきたのだ。姫もソニアも已む無く戦った。

 そして大いに活躍し、謎の戦士による闘いも発生したことで虫軍は撤退を決めたのだが、事故的に巻き込まれたフィンデリアが撤退する運搬用の甲虫の中に引き摺り込まれてしまい、ソニアもカルバックスも彼女を救う為に後を追い、中に入った。そこから脱出できず、発生したガスで気を失い、次に目覚めた時には皇帝軍の本拠地にいたのだ。

 ここでもソニアは嘘をついた。既にフィンデリアが彼女の為についた嘘に合わせてのことである。キル=キル=カンに行ったことを話せば、どうやってそこから脱したのかの説明が難しい。なにせ地下世界の国なのだ。自力で脱出できるはずがない。だから妖精ポピアンのことや、女王ザビニとの取引を話さねばならなくなる。そしてポピアンのことを話せばエルフのことも話さなければならなくなるので……そもそもキル=キル=カンに行かなかったことにした方がいいのだ。

 彼女達は皇帝軍本拠地ヴィア=セラーゴに連れて行かれてしまい、元々拉致されたわけではなくて紛れ込んでいただけなので気づかれるのが遅れ、巧いこと虫軍の目を誤魔化して脱出できそうになったのだ。

 だが、その間際、フィンデリア姫は仇敵の姿を目撃し、自分一人だけで仇を討ちに行った。彼女を置いて逃げられるはずがないソニアとカルバックスは後を追い、ソニアがどうにか防いで2人を逃した。ここまでは皆も知っている。この先からが、皆が聞きたくて仕方のなかったところだった。

「私はその後、必死で戦いました。しかし敵は多勢でこちらは1人。しかも皇帝軍の上位者ばかりでしたので、捕まるのは時間の問題でした。私は、念の為にともう1つ貰っていた転送薬があるのを思い出し、彼らに目撃されぬ場所まで逃げると、そこで薬を使いました。それで……今度は、ガラマンジャの別の場所に飛ばされたのです。ビヨルクの城に保管されていた転送薬には2種類あったのです」

自分でそう話しながら、どうしてこうも、この旅には人に聞かせられぬ出来事ばかりが起きたのだろうとソニアは思った。ヴィア=セラーゴで自分を助けてくれた者がいただなどとは話しても信じてもらい難いし、あまり噂になると皇帝軍に知られてしまうかもしれない。しかも、その正体は身内だったのだから、マキシマのことは話さないのが無難だ。人間側でも、自分と皇帝軍の関わりを疑う心理が働いてしまうかもしれない。

 この語りを疑うことなく聞いている人々は、感心の溜め息を漏らした。王立劇団ジュノーンが演ずる芝居よりずっとスリルがあって、しかも本当の出来事なのだから夢中になった。それに、その主人公は目の前に生きて無事でいるわけだから、結末はハッピーエンドだと解っているので安心して聞いていられるのだ。

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