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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第22章
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第4部22章『暗黒騎士』1

今回から第4部が始まりました。

長くお付き合いくださっている方々、そして最近読み始めてくださった方々、皆様ありがとうございます。

引き続き、本作をお楽しみいただければ幸いです。

 森と湖に恵まれた亜熱帯の国、トライア。乾期の始まりと共に、多くの風媒の植物たちが一斉に子孫繁栄を願って花を咲かせるので、一年で最も美しい季節となる。花の種類が豊富で色も形も様々だから森は宝石箱のように輝き、その花の蜜を求めて虫や小動物が行き交うことで生命感に溢れていた。

 そんな乾期の訪れと時を同じくするように、1頭の竜とその騎手がトライア領の森へと入って来た。北の隣国ペルガモン領から南下する形で進路を取り、更に南を目指している。

 その竜は翼竜で、大きな翼を左右に持っており、本来なら空を行くのが得意なのだが、地下世界の火山地帯出身であるせいで地上世界の強光を苦手としており、特にこの亜熱帯の国では日差しが強いものだから、日中の移動はこうして森の中を足で進んでいるのである。

 飛竜と違って後ろ足は大きく発達しているから、それほどの長時間でなければ陸上の歩行も自然に行えるので、便利な種類である。その翼竜にまるで馬のように鞍をつけ、随分と巧みで手慣れた様子で騎手は乗りこなしていた。一足一足、竜が大地を踏みしめる度に地鳴りが響く。

 若き騎手は、黒装束に身を包んでいた。真っ黒い飛行スーツに真っ黒いマント。スーツには光沢があるが、マントはマットな素材で、おそらく夜に出会えば闇に溶け込んでしまうだろうというほどに全身が闇の色に染まっていた。

 騎士の背には物々しい武器が負われている。それを見るだけでも、この竜騎士の恐ろしさを物語っていた。

 ふと、せせらぎを見つけて辿ると、その先に小さな崖から糸のような滝が流れ落ちていたので、騎士は翼竜の歩みを止めて、その背から下りた。

 騎士は自分の背丈より少し高いその滝の下に入ると、頭から水を被り、身を清めた。とても爽快で、思わず笑顔になる。

 騎士はひとしきり水を浴びると滝から離れ、濡れてクタリとなった濁りのない金髪を手櫛で梳き上げ、温かい風がすぐに体を乾かし始めるのを楽しんだ。

 そして今度は竜を呼んだ。

「パース、お前も飲むか?」

翼竜は勧めを受けて小さな滝壷に首を下げ、長い舌でビチャビチャと清水を飲んだ。騎士はそんな翼竜の首筋を撫でてやりながら、森を見回す。蝶が何羽も舞い、至る所に大輪の百合が咲き競っていた。木の高い所の枝にも種々の蘭が顔を覗かせている。

「……美しい所だな、ここは」

騎士は地下世界よりも地上世界を好んでいる。パートナーである翼竜が太陽を苦手としていても、自分はこの日差しや、この日差しを受けて鮮やかな発色を見せる自然がたまらなく愛しいのだ。かつて、望んでも自由にそれらを楽しめない時期があったので、その反動でか、今は自然の中を己の生活場としていた。特定のねぐらなど、何処にもない。

 地上世界のいろんな所をこれまでに巡って来たが、この国も大層素晴らしい所のようだ。今は偶然通りかかっているだけだが、それもこれも、主から命を受けて秘密の使命を果たしに行くからである。だから、この美しい森をこの時期に通る偶然を生み出してくれた主に、騎士は感謝した。

 そして騎士は、懐から改めて文書を取り出した。ほんの昨日届いたばかりの、主からの伝書だ。彼と会う機会は最近少ないし、このような手紙をもらうことも珍しいから、騎士は何度もそれを読み返していた。主から命を受けることを待ち焦がれていた騎士にとって、待望の使命なのだ。

 騎士は主をとても尊敬し慕っているが、主従関係ではなくて、主の方はあくまで命令ではなく、頼みとしてその使命を述べている。それはこの騎士にとって結果的に命令に等しいのだが、主の方はそれでもできるだけ軽い調子で内容を綴っていた。

《達者にしているだろうか。大戦の進展模様はお主の耳にも入っているのだろうな。

 実は今度、その大戦がらみの件でお主にちと調べてもらいたいことがあり、この書を認めた。

 ナマクア大陸は魔導大隊――――――あのエングレゴールが率いる大隊の管轄なのだが、彼等に気取られぬよう密かに、その大陸の状況を調べて欲しいのだ。

 南端の国テクトでは副将の隊が敗れ、バル・クリアーという聖域魔法が発動しているらしい。その為、魔物もヌスフェラートも近づけなくなっている。お主がそこへ入ることができるかは判らぬが、可能であれば事の真相を確かめ、この件に天使が関わっていないか突き止めてくれると助かる。そのテクトの件には隣国トライアも関わっているらしいので、どちらも簡単に調べてくれないだろうか。

 新たな天使が出現したか……或いはあの英雄アイアスが復活をした可能性があるのだ。どこまでが彼等の手によるもので、これまでに何をしてきたのか、今は何処にいるのか、そういったことを私に教えて欲しい。

 そして叶うならば……復活をした英雄アイアスともう一度会い見えてみたいと思う。可能な範囲で構わぬ。急ぐ用件でもないので、適当に調べてくれ》

漠然とした使命だが、この情報だけで騎士には十分だった。人間の世界で起きていることを調べるのならば、皇帝軍に属する者の中でこの騎士は適任だろう。その為にも、この数年ずっとこの地上世界で暮らしてきたのだから。時には、この世界の日差しを嫌う翼竜を故郷へ帰してやって、己一人で巡ることもしながら。

 大戦が始まり、幾つもの国が陥落していく様を眺め、人間の滅びを見守ってきた。まだ、ほんの手始めだ。少々の痛手を負ったのは魔導大隊と、虫軍と、鳥軍程度だ。他の大隊は完全な状態で控えている。

 後少しで、今度こそ人間は完全に滅びるだろう。その光景を思い浮かべるだけで、騎士の背中がゾクゾクと震えた。彼の脳裏で、町が炎に燃え盛っている。

 微かに疼く胸の痛みは炎で包み、押し込めて消した。

 この神聖な行いに、感傷など要らぬ。あるのは、大義だけ。

 騎士は文書を折り畳んで懐にしまい、十分に水を飲んだ翼竜の背に飛び乗った。そして、南へと進路を取る。滅びるべき者達の住む国へと。



 天空大隊の襲撃を受けて日の浅いアルファブラでは、大激震が走っていた。

 大隊の撤退により辛うじて陥落は逃れたものの、城の大半が以前の形を留めていなかったし、破壊された町の様も実に痛々しかった。

 だが、一番人々にショックを与えたのは、国王崩御の知らせだった。敵の魔法による崩落に巻き込まれ、護衛兵の身を呈しての守護により一命を取りとめていたのだが、瀕死の重傷から回復することなしに、翌日息を引き取ってしまったのである。

 第一王女フェリシテの夫、セイルもその崩落で死んでいるから、これで王室男子はすべて失われた。王太后も、王妃も、王女も深く深く悲しみ、特に王女フェリシテは、結婚生活まだ4年という短い夫婦生活だった夫を失ったことで、愛する男を全て失い、悲しみに打ちひしがれていた。 

 英雄アイアスを待てばこそ断り続けてきたセイルの求婚をようやく受け入れ、別れを告げられたアイアスのことは忘れようと努力し、ゆっくりとセイルとの愛を育んできたのである。この人との人生でもいいかもしれない。そう思えるようになって、まだそんなに時は経っていないのに。あのセイルさえも失ってしまったら、自分の未来には何が残るというのだろう。

 そんな悲しみの中にあるフェリシテに、もう一つ重要な問題が持ち上がっていた。父である国王も死んだ今、王妃か、或いは自分が女王となって立たねばならないのだ。

 王妃は、自分にそのような才能はないし、年も年だから、王位を継ぐのはフェリシテしかないと言っていた。余程の事情がなければ、普通は直系長子が受け継ぐものなので、それが自然な形である。だが、フェリシテにはとてもそんな自信がなかった。

 今、自分はこんなに打ちひしがれ、悲しみのどん底にいる。そんな者が人々の上に立ち、導くことなどできるわけがない。指導者というのは、こんな時に誰より気丈にして明るい未来を語り、その実現を民に信じさせなければならないのだ。今の自分にそんな芸当はできない。

 フェリシテの心情を察する母として祖母として、王妃も王太后も強くは言えなかった。だが、いずれ誰かが立たねばならない現実は変わらない。一時的な摂政として国務長官に全てを任せ、まずは戴冠式だけ済ませよう。それからゆっくり慣れていけばいい。それが2人の意見だった。

 王女としての立場を心得て成長してきたフェリシテにその道理は十分解っていたので、致し方なくそれを引き受けることにし、当分の間は摂政に任せきりになるだろうと思った。


 そしてこの事を全く違った観点から受けとめてショックを感じている者がいた。

 マントで身を隠しながら、このグレナドに潜入している少年――――アイアスの記憶を持つ少年は、今では過去の情報をかなり取り戻しているのだが、王女が長い間自分を待った挙句、別の男と結婚していた事実に軽く驚いていた。

 記憶にある限り、とても彼女を幸せにはできそうにもない探求の旅ばかり続けていたので、結局痺れを切らしたのだろうと思った。別れの手紙を置いたことまではまだ思い出していないのである。

 しかも、その男が死んでしまっているので、残された彼女の身を心配した。美しく慎みがあり、物事を弁えている才女のあの人が、どうしてこうも不幸に見舞われなければならないのだろう。誰か他に、彼女を支えてくれる相応しい男がいないものだろうか。自分がその役を担えなかった罪悪感から、彼はそう思った。

 そして国王の死。放浪の旅に出たとは言え、自分の身分は今でもアルファブラの戦士だ。その、かつて仕えていた国王が救えなかったというのは、出身戦士として彼を落胆させた。

 こんな訳の解らない状態に自分がなかったら、この国をここまで傷つけずに国王も救うことができたのだろうか。そう思うと、完全に戻らぬ記憶が憎らしくて、じれったくて、不甲斐なさを感じた。なんとやり切れないことだろう。

 相変わらず体の方はまだ『少年』という表現がピッタリの姿であるから、見知った誰の所にも会いに行くことができない。老いた父母にも早く会いに行きたいのだが、今のペースでいくと、あと1~2週間は様子を見なければならないだろう。

 王亡き後の国の行方と、王女の身の振り、そして両親のことがどうしても気になる彼は、そうしてこのグレナドに滞在を続けることにした。

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