表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第21章
115/378

第3部21章『孤島の聖堂~帰還』4

 トライア城の高官居住エリアにある貴賓室で、フィンデリアは目覚めた。ここで寝泊りするようになって、早4度目の朝である。通常の外交と異なるからもてなしは質素でいいと強く言っているのだが、貴賓室に飾る花は減らされず、寝間着もレースの美しい豪華なものだった。

 戦いに告ぐ戦いの間は髪が乱れ、体中土埃にまみれていることもあったが、今こうして姫君らしい装いをして内装の煌びやかな部屋にいると、生まれながらの王族である彼女は実にしっくりと空間に馴染み、それが従者カルバックスを喜ばせていた。そのカルバックスはすぐ隣の従者専用の部屋で休んでいる。

薄汚れていた魔術師の装束も、王妃たっての申し出で一流の職人がシミ抜きし、新品同様に甦って壁に吊るされている。《サルトルの涙》も健在だ。

 このように若い貴人が城に滞在することが珍しいので、国王も王妃もとてもフィンデリアに良くしてくれ、嬉しそうだった。世話焼きの王妃などは、自分の歳では合わなくなったからと言って沢山のドレスを見せ、できるだけ多くをフィンデリアにあげようとしている。

 実質国の存在していない姫がパーティー用のドレスなどを持っていても無意味だとフィンデリアは考えているのだが、カルバックスは頂きなさいと言ってしつこい。着飾って何処ぞの世継ぎに見初めてもらおうという魂胆が見え見えである。

 ドレスそのものは芸術性名高いトライア国の品らしく、レースや刺繍、織りの見事な一品ばかりであった。亜熱帯の国なので軽装タイプが多く、それが刺激的に思われたので、結局一着だけフィンデリアは有り難く頂戴し、それも壁に吊るしている。深紫色のロングドレスだ。大人っぽくみえるところがフィンデリアの気に入っていた。彼女の髪の色に似合うと、王妃や侍女達の評判もいい。これからまた続く旅にも、それほど嵩張らないので都合がいい。

 そんな美しい品々に目を留めて暫く物思いに耽っていたフィンデリアは、ベッドから出て身支度を始めた。貴賓室に泊まっているとは言え、彼女はただの客だとは思っていない。あくまで、ソニアがこの城に戻るまでトライア守護を担う一魔術師として働く為である。王の申し出で食事は時間を共にし、優雅な一時を過ごすが、それ以外の時間は戦闘可能な装束で杖を手に城内を巡回していた。

 赤毛の美少女がそうして毅然と防備に精を出しているので、嫌でも人々の目を引き、兵士の多くは見とれていた。だが、国が滅び、現在はホルプ・センダーの主力メンバーとして最前線で戦う姫であるので、誰もが敬意を持って彼女に接し、失礼のないよう気を払っていた。

 彼女は、滅びと戦いという、この大戦の恐ろしさを目に見える形で表す象徴なのだ。

 ソニアが消え、今はこのフィンデリア姫がいることで、トライア城の戦に対する警戒はいやおうなしに高まっていた。何かあっても、初動が遅れるということはまず有り得ないであろう。

 フィンデリアは魔術師のローブ姿になると、隣室のカルバックスを呼んで、それから2人して王室を目指した。姫に付き従い戦うことで歴戦の貫禄が滲み出ているこの中年男が姫の脇に控えると、2人の存在感は確固たるものになる。彼の衣装も一緒に職人の手で洗われ手入れをされたので、彼の方も元の高官らしい堂々たる装いに戻っていた。

 2人は、王室の手前で近衛兵隊長と行き会った。彼もまた定例報告の為に王室を訪れるところなのである。

 この黒髪の青年をフィンデリアは高く評価していた。この役職の平均年齢からいくととても若いのだが、あのソニアという超人と同郷でずっと彼女と兵士生活を共にしているせいか、彼女の持つ優秀さをいろんな面で見習い、体現しているのだ。なかなかできるものではない。

 近衛兵隊長はフィンデリアにずっと優しく接してくれている。兄弟は兄ばかりだったフィンデリアも、同い歳の妹がいる彼の兄らしい温かさがすぐに気に入っていた。

 貴賓室の世話をしてくれる女中達から耳にした噂によれば、あのソニアとこの近衛兵隊長は恋人同士だとかで、確かに彼女の不在という打撃で痛手を負っている様子に見えた。幼馴染みでここまで来たのだから、さぞ長年培ってきた深い想いであろうとフィンデリアは察する。

 果たしてソニアの出生についてこの人がどこまで知っているのか解らないので、言わない方が賢明そうなことは今のところ一切伏せているのだが、無事に彼女が帰国できて喜びの対面となった後、彼女の真実を知って、この青年がどれだけ受け止めることができるのだろうと思うと、少し心配になってしまうのだった。

 フィンデリアにはもはや、帰りを待つ家族はいない。この戦で死ぬ覚悟をしているから恋人もいないし、作ろうとも思わない。だから、せめてこのような良い兄という人々は、これからも幸せに生きて欲しいと願う。

「おはようございます。姫君」

「おはよう。隊長さん」

近衛兵隊長はフィンデリアに先を譲り、自分は後から王室に入った。

 今日も若く美しい姫との花のある朝食ができるとあって、王の食卓は既に整っており、王と王妃が待っていた。フィンデリアはこの夫婦のこともとても気に入っていた。立場上これまでに何度か王や女王を見てきてが、これほど穏やかに人徳で治める王は他にいない。あれほど必死に、この国に帰還して守ることを望んでいたソニアの気持ちが解るようだった。

 何としても、彼女が戻るまでは、この王と王妃を、そしてこの国を護らねば。フィンデリアは笑顔で朝の挨拶をしながら決意を新たにした。



 日の出前に聖堂の島を発ったソニアとゼファイラスは、朝日が昇ると一面金色に輝く朝の海を突き抜けていった。光の角度が浅いから、行く手の海面に飛竜の影が伸びている。そして次々と小島が過ぎていく。

 ゼファイラスの飛行が速いから、朝の方も追いついてくるのが大変で、金色の世界は長いこと続いた。何て美しい光景だろうと、ソニアはずっと感激していた。

 この光る海の向こうに、ナマクア大陸が、トライアがあるのだ。こんな素敵な朝だというのに、これ以上の障害など起こり得るだろうか?

 もうすぐそこだと思うから、この長い旅のいろんな事が浮かんできた。スカンディヤに飛ばされ、ビヨルクの湖に落ちたんだっけ。一番初めに助けてくれたのは、今思えばあの大きな魚だ。そしてビヨルクの人にも助けられ、主都を目指し……。

 ルビリウスは元気にしているだろうか? あの雪猿と仲良くやっているだろうか? そしてメルシュ王子やソーマは、城と街の復興に精を出しているだろうか? トライアに戻ったら、復興の支援をしなければ。

 ヘヴン=ミラージュを通って辿り着いたハイ・エルフの村エリア・ベル。実の祖母と知ったエアルダイン様はお元気だろうか? あの素晴らしい人々。素晴らしい技。そしてマナージュ。この戦が無事に終わることがあったら、もう一度あの村を訪れたいものだ。

 妖精のポピアンはあの村からずっと私について来たのだった。ディライラの襲撃さえなかったら、あの時彼女と一緒にトライアに帰れたのだが……。

 結局あそこで虫軍と戦い、サルトーリのフィンデリア姫と一緒に虫族の国に連れ去られてしまった。キル=キル=カンの女王の威容。虫族という不思議な者達。ヴィヒレアの美しい甲殻。戦などなしにあの種族と交流して、あの文化を知ることができたらどんなに素晴らしいだろう。

 そして女王の出した交換条件で皇帝軍の本拠地ヴィア・セラーゴに行き、あの皇帝と対面した。その他にも沢山の軍幹部が居揃っていたものだ。

 所謂、外交や陳情といった静的な手段ではあの軍を留められないことを思い知らされ、これからどう立ち向かっていけばいいのか、今も解らない状態だ。

 あの悪魔の城で戦いとなり、フィンデリア姫と従者は無事脱出させられたが、自分の方は危うい所を、今はその正体を知っているゲオルグに救われ、ようやく難を逃れたのだった。

 私を守りたいが為に彼は私を拉致し……あの島へ。あの悪夢のような出来事。フォンテーヌ……。あそこで初めて自分の出生の真実を知った。とても苦しくて悲しい別れをしたゲオルグだが、彼は今どうしているのだろう。ポピアンは……自分が与えた課題と贖罪を果たそうとしてくれるのだろうか?

 ナマクア攻めの一将としてゲオルグが来ることだってあるのかもしれない。彼と会って彼の知らない真実を教えてやりたいが、できれば戦いたくはないものだ。

 それからまた単身の旅となって、トレスから帰還できるはずが、アルファブラの襲撃報告を聞き、救援に向かった。パンザグロスの義父母を守り、グレナドの街を鳥軍からどうにか守って撤退させられたのは幸運だった、あの後、あの街はどうなったのだろう。

 自分は気を失ったまま鳥軍の兵に運ばれてしまい、皇帝軍本拠地に連れ去られる所だったが、セ・グールで思いも寄らぬ助けを請われて途方に暮れ、危険にも晒された。だが、エリア・ベルからセルツァという頼もしい助っ人が来てくれて自分もセ・グールも大いに救われた。彼はまだセ・グールの修復に携わっているのだろうか。

 この飛竜ゼファイラスとも出会い、友となれ、こうして空を飛べることの喜びといったら! こうしていつまでも金色の海を飛んでいたいほどである。

 そして偶然立ち寄った島の不思議な聖堂。その守り主シャー・プーム。彼女に予言を残し、自分に鎧を授けた謎の予言者。自分が白い竜と共にあの島を訪れると予見していた者がいるというのは、何とも驚きである。これまでの混沌としているように見える出来事の数々が、運命付けられていたとでもいうのだろうか? だとすると、この先の出来事もその人は知っているのだろうか?

 世界は、一体どうなるのだろう?

 だが、今はトライアを目指すだけだ。そこから全てが始まる。私に出来るのは、それだけだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ