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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第21章
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第3部21章『孤島の聖堂~帰還』3

 シャーはそのドームに進み、扉のない正面入口から中に入っていった。その先が暗闇だったので、ソニアは入るのを躊躇した。さすがにこれは無防備だ。するとシャーが振り返り、ソニアが入ってこない理由に気づいたようで、そっと手を滑らせると足下の床と壁の際にボッと炎が灯り、それが奥へと伸びていった。

 これで内部構造が判るようになったので、ソニアは慎重に罠などの気配を探りながら中へと入っていった。通路を進んで中に入って行くと、大きな空間に出た。このドームの中央にある大空間のようで、通路と同じ青い炎が壁と床の際を照らしている。そして上を見上げると、小さな光が沢山内壁で輝き、まるで本物の夜空のようになっていた。

 ドーム内でシャーが手を掲げると、その光が強くなって空間を明るく照らし、全貌を明らかにした。半球状のドーム内に数え切れない程のランプがあり、その全てが黄金色の光を放っている。広さはトライア城の宴の間以上だ。

 天井には――――天井と壁の区別はないのだが――――幾重もの同心円が描かれており、その中心には8つの尾を持つ星がその腕を伸ばしていた。そして星の腕も同心円も外側にいくにつれて虹のように色を変化させ重なっていく。

 最も外周の円は、古代文明が描く太陽のような炎の揺らめきを思わせる波のうねりを見せていた。天井が遠いのではっきりとは見えないが、同心円の各層には更に細かく何らかの文様が描かれている。

 床はよく磨かれた黒い石を敷き詰めて鏡のように光り、天井の明かりをそのままそっくり下にも映し出していた。だから、完全な球の中にいるような錯覚を抱いてしまう空間だった。生活用の建物ではない。これは聖堂か寺院だ。

「――――さぁ、こちらへ」

ソニアが中央空間に夢中になっていると、シャーが更に別の部屋へと続く通路の入口でソニアを呼んだ。ソニアの記憶では、つい先程までそこに入口はなかったように思う。ここは不思議ばかりだ。

 シャーの後に続いて、ソニアとゼフィーは通路の中に入っていった。この通路も、床と壁の境界が炎で縁取られている。そして通路の先にあるらしい空間から光りが届いていた。この聖堂に入る前に見た外観からすると、この通路は長過ぎるように感じる。入口が急に現れたくらいだから、ここは亜空間なのかもしれない。そんな所に隠している鎧とは、どんな代物なのだろう。

 ようやくその空間に辿り着くと、そこは以前にアイアスと探検した古代の王墓にも似た石の部屋で、しかも全ての石が青白く発光していた。人間の住む部屋ほどのスペースだから、そこにある物がすぐに目に入った。

 それは部屋中央の、石を積んで一段高く設けられている台の上に鎮座ましましていた。一瞬、鎧武者がそこに座っているかのようにも見える。それ程精巧に、全装甲タイプの見事な鎧が組み立てられているのだ。顔面を覆うスライド式のマスク部分まであるから、本当に中に人が入っていてもおかしくないように見えてしまう。

 それでドキリとしたというだけでなく、その鎧は本当に、見ただけで質の良さが判る素晴らしい物だった。正直、これまでの人生でこれほど見事な品にはお目にかかったことがないように思う。ヴィア・セラーゴに潜入した時にも、いろいろ優れた品は見かけたが、相性という観点からしても《欲しい》と思うような物にはなかなか巡り会わなかった。

 だがこれは、人目で触れたくなる霊的なパワーを持っているように感じられる。

 材質は何でできているのか、金属なのか、それともこの部屋のような謎の石材なのか。それ自身が薄っすら光を放っており、全体が青く輝いていた。

 戦士としての直感が示すところでは、この鎧の潜在的な能力は、ソニアの持つ精霊の剣の上を行くだろう。材質の差なのか、作り手の能力差なのか、それともこの鎧に込められた想いの大きさの差なのか。それは解らない。

 とにかくこれは、尋常の代物ではない。それが標に、光の脈動を強めていた。

「……シャー、これは……何なの? どうしてこれを私に見せたの?」

シャーは鎧に目を向けて、語り始めた。

「私は……ずっと昔、この島にやって来た。その頃は……まだ、ただの人間だった。父と母……そして弟と一緒でした。世界中が戦いの中にあったので……家族で避難しにここへ来たのです」

アイアスの戦いのことを言っているのだろうかと思い、でもそうするとこのシャーが幼過ぎるように見えるので、ソニアはおかしいと思った。

「ずっと昔って……いつ頃のことなの?」

「さぁ……もうどれくらいになるのか。少なくとも、あれから……4度戦が起きています。今度のは5度目……」

大戦が4度あったって? ソニアは驚いた。ざっと見積もっても軽く150年以上生きていることになるではないか!

「その時の……ヌスフェラートの攻撃がこの島にも及んで……私の家族は……全員死んでしまいました。戦は終わったものの……私は一人残され……ここで途方に暮れていました。

 そこに……ある方が現れ……私に、この島で番をしてくれないかと……頼みました。友達の存在も教えてくれて……私はここで暮らすのが楽しくなりそうだったので……引き受けて番人となりました。この島と……この聖堂は……昔からあって……その方の大切な場所だったのです。

 それ以来……私はこの島で暮らしています。その方も時々見えるし、世界中の精霊達も来るから……寂しいことはありませんでした。

 その方が……20年くらい前に……この宝物を持って来て……ここに隠すよう……言ったのです。そして……何年先のことになるかわからないが……白い竜に乗った娘がここに来るだろうから……そうしたら、その人にこれを授けるよう仰せになったのです」

授ける?! では――――これを自分に与えるということなのか?! こんなに素晴らしい鎧を? どうして?

「私は……言われた通り、白い竜が来るのを……待っていました。そうしたら今日……そんな竜が来たと皆が教えてくれたので……お迎えに行きました」

シャーは鎧の側に立つと、今度はソニアに向かった。

「この宝物に触れてみて下さい。これがあなたの物ならば……きっと……応えます」

訊きたいことが沢山浮かんでくるのだが、今はまず何にも増して触れたい気持ちが勝った。触れてみろと言うのなら、そうするまでだ。ソニアはそっと手を伸ばし、恐る恐る撫でるように膝部分のパーツに触れてみた。

 すると、それだけで体が痺れ、温かくなった。鎧なのに、この作品から伝わってくるのは不思議なことに護り意思の穏やかな波動ばかりである。こんな防具は初めてだ。

 ソニアがそうして恍惚としていると、鎧を包んでいた青い光が俄かに強まり、星のように輝いた。驚いて手を離すと、ガタガタと揺れて鎧がひとりでに動き始めた。

 各パーツ毎に分かれて1つ1つが宙に浮き、こちらに飛んでくる。そしてソニアの肩や胸に取り付こうとした。しかし元から装着していた鎧が邪魔をするものだから、当たっては離れるというのを繰り返している。

 この動きの意味を悟ったソニアは慌てて鎧を脱いだ。しっかり装着されていたのですんなりとはいかなかったが、その間も謎の鎧のパーツ達は空中で待ってくれている。ようやく全て取り外すと、待ってましたと言わんばかりに各パーツが迫って来て、それぞれの部位へと移動すると互いに連結し、緩過ぎずキツ過ぎず、ちょうど適した具合に見事納まり、彼女はものの10数秒で全てを装着してしまったのだった。

 普通ならこれくらいの鎧だと、体のサイズに合わせた調節や引き絞り等で、装着に最低でも10分以上は時間を要するものである。この装着機能自体が何と素晴らしいものだろうと感心した。

 そしてこの感触。先程伝わってきた守護の力が全身を包んでいる。そのエネルギーにも感動し、ソニアは目を閉じて暫くこの感覚に浸った。

 しかも、全装甲なのに思ったよりもずっと軽い。材質は金属のようだが、鉄などよりはずっと軽量の金属でできているようである。おそらく、それでいて強度は鉄以上なのだろう。

「やはり……それはあなたの為の物だったのですね。白い竜に乗った娘とは、あなたのことだった」

シャーもこの一種のスペクタクルに感動している様子だ。

 こんな素晴らしい物を、一体何処の誰が自分の為に用意してくれたというのだろうか。20年ほど前と言えば、ソニアが森で魔物達との暮らしを始めた頃に近い。

 ハイ・エルフの母が用意してくれたのだと考えることもできたが、話ではその頃に母は死んでいるし、この鎧には所謂ハイ・エルフ的繊細さの美が見受けられないので、ハイ・エルフ由来の品ではないだろうと思われる。では、一体誰が?

「……シャー。誰なの? 私が来ることを予言していて、ここにこの鎧を置いていった方は」

ソニアの晴れ姿に目を輝かせてシャーは言った。

「きっと……そう訊かれるだろうと……その方も言ってました。でも……名は言わなくて言い……と。言わない方がいいこともあるから……って」

「ハイ・エルフの人?」

「……いえ」

やはり母ではないらしい。エリア・ベルの人でもない。

「本当に……あなたが現れるようであれば……未来は……自分が見ている流れの通りだから……そうなら……いずれ会えるだろう……と、そう伝えるようにとも……言ってました」

《いずれ会える。今は訊くな》……か。ソニアは鎧の中に答えを求めてみたが、奥に隠されているようで、反応はなかった。

「……受け取ってくれますか? 贈り主が……わからなくても」

理性より先に、心も身体も、この鎧を求め、欲し、受け入れていた。答えは既に出ている。

 だが、この鎧があまりに素晴らし過ぎて、しかも何の障害も試練もなしにこれをくれようなどという恵まれ過ぎた話があまりに常識離れしているものだから、理性が彼女を躊躇させていた。

「それは……あなたの為に存在するものです。あなたしか……受け取るべき人はいない」

物事に慎重になり過ぎてしまう自分の心の強張りをソニアは笑い飛ばした。この長い旅で、過酷な状況に幾度も遭遇してきたから、この建物やこの鎧が放つパワーに一片の濁りも感じられないというのに、すんなりと受け入れられないなんて。

 でも、試練や障害は、ここに至る前に数限りなく超えてきた。だからこそ、今ここに自分がいる。その予言者も……それを見越した上で、この場所に鎧を置いたのではないだろうか。この島に、白い竜を伴う状態で来ることができるのなら、これを得る資格がある……というように。

 そうだ。私はきっと……これを自分の物として受け取る資格がある。そうなのだ。

 ソニアの顔から迷いが消えていき、彼女はシャーに向かって頷いた。

「……わかりました。有り難く……この鎧、受け取らせてもらいます」

シャーはホッとして微笑んだ。

 その瞬間、辺りの像が歪んで光が弾け、気がつくとソニアは元の大広間の方に戻っていた。あの部屋も、それに繋がる通路への出入口も消えている。

「……あの部屋は、この宝物を置く為だけに……存在していました。役目を終えて……無に戻ったようです」

魔法で生み出していた空間ということなのだろうか?

「その宝物は……あなたの為だけに奇跡を起こします」

「奇跡」

「……はい。そうです。だから……《奇跡の護り》と呼ぶのだと、その方は言っていました」

「それが……この鎧の名なの?」

シャーは頷いた。名があるとは、腕のある名工が手掛けた作品のような格式の高さだ。

「《奇跡の護り》……か」

どんな奇跡が起こるというのかソニアが考えていると、今度は一瞬のうちに無数のランプの輝きが消え、そこは薄暗い外の世界へと変わっていた。

 足が踏んでいるのは黒い石ではなく、柔らかい草だ。見回すと、広い芝生はそこに残っているのに、ここにあったはずの聖堂が消えてなくなっている。そしてゼファイラスも元の大きさに戻り、そこで浮いていた。

 森のランプも全て消え、普通の島に戻っている。森の様子が見えたのは、東の空が明るくなり始めていたからだ。そんなに長い時を過ごしたつもりはないのに、もう夜明けが迫っている。

 今度は頭の中にシャーの声が響いてきた。

『さぁ、ここに長居は無用です。あなたには……行くべき世界がある。いつか……時が来たと思ったら……またここに来て下さい』

まだまだ訊き足りないことが沢山ある。だが、必要のないことを敢えて教えぬ為にも、聖堂とシャーは姿を消したのだろう。今がその時ではないから。

 ソニアは、この島に施された不思議の数々、そしてこの鎧に託された謎の人物の意図を思い、今一度辺りの風景を見渡した。

 ゼファイラスも心得ていて、ソニアに向かって頭を下げてきた。《乗れ》という仕草である。去る時だと解っているのだ。

 ソニアも頷き、荷物を纏めて手に取り、ヒョイッとゼファイラスの頭に乗り上がって額の突起に手を掛けた。白い竜の頭上にある鎧武者の姿は青白く映えていた。立派な竜騎士の出来上がりだ。

「――――――ありがとう、シャー! 私は行きます! きっとまた会いましょう!」

ゼファイラスは出発と別れのしるしに咆哮し、それから舞い上がった。森の上に出て旋回しながら上昇すると、島の全景が見えてくる。とても小さい、奇形の三日月のような形の島だった。誰が見ても、今は無人島に見える姿だ。

 ソニアは空が明るくなる方角から東を知り、その逆である西に向かって飛ぶようゼファイラスに願った。白い飛竜は昇り来る朝日を背に、海を渡り始めた。その姿は正に、朝日と共に今誕生したばかりの光の矢のようであった。

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