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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第20章
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第3部20章『青の国』7

 己の飛翔術だけでは飛竜の曲芸飛行についていけず、一時はソニアを見失っていたセルツァは、魔法により彼女の位置を特定し、今ようやく追いついたところだった。彼自身も過激な飛行を続けて疲労しており、やっと海に横たわる白い飛竜の姿を見つけた時には、かなり息が上がっていた。

 あれだけ暴れていた飛竜が力なく横たわっているものだから、まさかソニアにまで何かあったのではないかと思い、セルツァは心臓をギュッと掴まれたような痛みを感じた。彼には、どうしても彼女を守り遂げたい強い思いがある。ようやく対面できて早々にこんな所で失うなんて事は、あってはならないのだ。

 おそるおそる近づいてみると、心地良い風が顔に当たるのを感じた。ハイ・エルフである彼には解るのだが、これはエルフならではの清き風だった。それが最初に、ソニアが無事であることを告げていた。

 飛竜を起こさぬよう静かに覗き込んでみると、飛竜の頭に寄り添うようにソニアが海に浮かんで頬や鼻を撫でていた。そして歌っている。子守歌らしき和やかな歌が風に乗って辺りを包み、飛竜の全身を撫でている。飛竜は恍惚とそれに聞き入り、目を閉じて波に身を任せていた。心地良い時に犬や猫が鼻や喉を鳴らすように、グルグルという唸り声が低く聞こえる。

 セルツァはホッとして気が抜け、彼もそこでストンと海に降り、座った。彼の場合は水に触れずに、波の上を一定の間隔を開けて浮いている。だから波に合わせて体が上下した。

 安堵の溜め息をつき、彼もその歌を楽しんだ。彼の知るエアによく似た声の娘が歌う声は、やはり母のものに似ていて格別だった。

 ああ、こんな歌を聞いたら、どんな奴だって大人しくなっちまうよな。そう愉快に思いながら、セルツァは笑った。


 2人はずっと心で語らっていた。ソニアが言葉で話しても、この飛竜は理解することができた。飛竜の方から言葉を発することはできないのだが、知能は相当に高いのだろう。

 そこで十分に友好を深めてから、これからのことについてソニアが提案をした。考えたこともない選択なのだが、驚かずに飛竜は聞き、それ程深く悩まずに受け入れ、彼女がずっと共にいてくれることを願った。勿論ソニアもそうするつもりだった。

 方針が決まったことで飛竜は身を起こし、ソニアも頭に上って再び額の突起に掴まった。そしてそこでようやくセルツァに気がついた。

「――――――セルツァ!」

「無事で良かったよ! さすがは戦乙女殿だ! あれだけ降り回されてたのに落ちなかったんだな! 結局、そいつを手懐けちまったのか?」

ソニアは飛竜の耳の付け根を掻いてやりながら笑った。飛竜はまた気持ち良さそうに喉を鳴らしている。

「私達は友達になったの! もう暴れないと約束したわ! これから、ご迷惑をおかけした人達の所に戻って、謝るところよ!」

「ハハッ! 大したもんだ、そりゃ! 本当に、君の無茶なところはお母さんにそっくりだ!」

セルツァは本当に可笑しそうに笑った。誇らしくて、愛しくてたまらないといった様子だ。

「それで……お願いがあるんだけれど、セルツァ。ただ謝るだけでは済まない被害を受けている所もあると思うの。あなたはとても優れているから、あなたの力でそういう所の修復とか治療に手を貸してあげてくれないかしら」

セルツァは肩を竦めて片方の眉を上げ、おどけた表情をして見せた。

「ハイハイ、わかりましたよ。なんなりとお申しつけ下さい。姫君」

「ありがとう。会って早々、あなたには助けてもらってばかりだわね。本当に感謝してます」

セルツァは手を胸元に寄せて優雅なお辞儀をし、笑顔でそれに応えた。

 ソニアはスローヴルまで導いてくれるようお願いし、セルツァの先導に合わせて飛竜を飛び立たせた。お互い疲れているので、今度の飛行はゆっくりだ。でも、とても気持ちがいいものだった。

 心許せる者を載せて運ぶのが初めてである飛竜も、強引にではなく受け入れられて竜に乗るのが初めてであるソニアも、この飛行を楽しんだ。飛竜にとって彼女の重みは心地良く感じられ、またソニアには飛竜の手触りと温かみが心地良かった。

 先導役のセルツァも、飛翔術で前を行きながら振り返り振り返り2人の様子を見て笑いかける。

 日に照らされた大海原は、この海域が晴れていたお陰で真っ青に広がっており、また飛竜の白い毛並みが日の光に照らされてキラキラと輝くので、実に美しかった。まるで青い空に浮かぶ一筋の雲のようである。やはり、この竜は空を飛んでいてこそ光輝くのだとソニアは確信した。


 スローヴルの海域に来ると、多くの偵察イルカが顔を出して飛竜の再来を目撃し、皆一斉にギャアギャアと叫び声を上げた。もはや暴れないと解るまでそれは続き、海の中をグルグルと回って警戒の陣形を取りながら飛竜の姿をチラチラと盗み見た。

 その飛竜は額にソニアを載せて、セルツァの誘導を受けてここに来ているものだから、イルカの送る映像を通してこの模様を見ているグエル達も、何があったのかと驚いていた。

 いきなり再入国して騒ぎを起こしてもいけないので、ソニアは到着した護衛官を通して今の状況を説明し、この飛竜の謝罪を受け入れて欲しいことを伝えると、また高官達の話し合いが始まった。これも無理のないことで、飛竜の害に終止符が打たれたらしいことは大変に喜ばしいのだが、遠ざかってくれたのなら、いかに大人しくなったとは言え、もう二度と近づいて来ないで欲しいと思うのは至極当然な心理なのである。

 そこでセルツァの提案で、この飛竜が万一言うことを聞かなかったとしても脅威とならないサイズに縮めてから連れていくのならどうか、ということになった。飛竜がその魔法を受けることを拒まないのなら、それだけでも十分ソニアの説得を受け入れている証にもなる。何せ、セ・グールの魔法も破ろうと思えば破れた体の持ち主だ。ちょっとやそっとでは信用してもらえない。

 そこでソニアから改めて飛竜によく説明し、これからかける術を受け入れ、破らないことが如何に重要かを言って聞かせた。もし破ればソニアにまで迷惑がかかることが解ると、飛竜は了解した。

 飛竜の承諾を待ってからセルツァは縮小呪文を海上でかけた。ソニアまで一緒に縮まらぬよう、彼女は一度海に降りて離れた所から様子を見守る。セルツァの杖先から黄色い炎が生み出されると、その炎は一直線に飛竜に向かい、体に当たった。すると大きな体がその炎の色に包まれていき、全身隙間なく覆われたところで変化が始まり、体が段階的に縮んでいった。その様を、イルカも護衛兵もソニアも固唾を飲んで見守る。

 やがて縮み切った飛竜は、体型やバランスなどは見事に元のままでありながら、胴体部分の太さなどは小型の犬くらいにまで小さくなっており、全体の長さもセルツァが頭上に腕を伸ばしたその指先から足の先くらいまでに短くなっていた。

 小さくなった飛竜はすぐさまソニアの下へ降りてきて、体に巻き付くようにして友愛を示した。ソニアはこの魔法が面白いのと、こうして触れ合い易くなったことが嬉しくて笑いながら飛竜を抱きしめ、体のいろんな所を撫でてやった。小さくなったことで一度に沢山の箇所を掻いたり撫でたりしてもらえるものだから、飛竜の方も大層喜んでますます体を擦り付けてくる。その様は貴婦人にじゃれ付く白い犬のようだった。

「アハッ! これだと一緒に空は飛べないけど、こうして抱きしめられていいわね!」

 2人が気軽にじゃれ合っているのを見て、イルカや護衛兵達は信じられないような顔をしている。遠隔でこの様子を見ている高官達も、あれほど荒ぶっていた危険な竜をこんなにいとも簡単に手懐けてしまうとは、ハイ・エルフというのは水の操作に限らず余程優れた妙技を持っているのに違いないと考えて、感心し畏れた。これはますます、対応を間違えて敵対関係になることなどないよう、注意を払わなければならないという気持ちが強くなる。

 そこで、あくまでそのサイズでソニアが始終側にいることを条件として与えつつも、彼等は飛竜の再入国を承諾したのだった。

 護衛が監視役に変わり、ソニアとセルツァ、そして彼女に体を半分巻き付けている飛竜を囲んで防御壁を築きながら海底へと沈降していく。

 途中、気配に気づいた海竜が再び近寄ってきたが、飛竜に攻撃性がなくなったのを見て取ると、手は出さずに様子を見るだけに留めた。ソニアは飛竜をギュッと掴んで、落ちつくように呼びかけ続けた。さすがに戦ったばかりであるし、相手は酷い侮辱を行ったらしいから、飛竜は堪えていてもブルンブルンと体を震わせていた。

「しかし……一体何をしてコイツをそんなに怒らせたのやら」

「さあ……竜のその辺りのところはよく解らないわ」

どんなに海竜を睨んでいても、ソニアが抱いてさえいれば飛竜はそこに留まり、ジッとしていた。

 やがて都市部に入ると、大型生物は入れない特殊なバリアのお陰で海竜も近づいてはこられなくなり、やっと飛竜も元の落ち着きを取り戻した。そうでなければグエル達には会わせ辛いところだ。

 今回は例のドームには入らず、その建物にある大きなテラスで高官達に迎え入れられた。万一飛竜が大きくなった時の為に、建物が壊されてはならないからそうするのだろう。

「あなた方がご無事で何よりでした。そしてこの竜を見事鎮めて下さった。まずは我等一同、厚く御礼申し上げます」

何となく納得できていない様子の者も含め、そこにいる一同がグエルに習って頭を下げた。ソニアは、どうやらこの竜が子供のようであり、説得を聞き分たので、もはやこの国で暴れることはないと説明した。そして暴れた理由も自分が知り得た範囲で伝え、情状酌量の余地があると思われるから、自分がこの竜の身元引受人となり、この国の受けた被害もセルツァの手でできる限り修復のお手伝いをするので、今回のことは許して見逃してやって欲しいとお願いした。この申し出を断れる立場にないので、グエルはそれを承諾した。

「それで……あのアルカスという兵はどうしましたか? 無事でしょうか?」

「……彼は治療を受けて、現在牢にいます」

命は取り留めたようだが、やはり厳罰に処すつもりなのである。

「あなた方はこの竜を見逃して下さいました。だから改めて私も申し上げます。彼は彼なりに頑張っただけなのですから、どうかあまり酷い罰はお与えにならないで下さい。私は既に彼を許しています」

「……まぁ、恩赦ということで考えておきましょう。これで災害は終わりました。それは確かにめでたいことでしょう」

 その後は、飛竜を伴って簡単に被害地域の現場を視察させてもらった。竜は手負いの者が多く、戦闘の巻き添えを食らって怪我をしている大型の住人や魚もいる。都市部を離れて暮らすセ・グール民の家も衝撃によって崩れていた。通常と異なる激流が長期間発生したことで破壊されている地形もあるし、珊瑚なども痛々しく崩れていたりする。

 全く、よくこんなになるまで戦いを続けていたものだとソニアは呆れた。人間の場合は一個体の影響力が弱いから集団で戦を起こす。竜の場合は単体同士のぶつかり合いでそれ以上だ。

「珊瑚なんかの修復はセ・グールの技に任せた方がいいだろうが、怪我の治療や建物の修理の方ならオレでも何とかなるだろう。だが、時間がかかるな」

ざっと見たところ、セルツァはそう判断した。ソニアは、あなたがした事でこれだけ苦しんでいる者がいるんだと飛竜に教え、飛竜の方は少々しょげた。

 しかし、こうして落ちついてセ・グールの都市や周辺地域を見ていると、ソニアは新たな疑問を抱くようになった。ここはスローヴルという1つの都市で、世界中にはその他にも沢山の海底都市があるという。あの皇帝軍が地上侵攻をする際、このセ・グールのことはどう考えているのだろうか? 生活環境があまりに違うから、端から侵略対象にはしていないのだろうか? それとも、今見ているこの光景のように、この国まで攻撃して手中に納めるつもりがあるのだろうか?

 今まで知りもしなかった世界だが、セ・グールの存在そのものが地上世界1つや地下世界全体の規模に匹敵すると思われるから、決して軽くは見られていないだろう。

 そして、そう考えたからこそ、ソニアはまたトライアのことが心配になった。セルツァが大丈夫だといっていた時からまた大分時間が経過している。今度こそ早く帰らなければ。ここは本当に、今度の大戦とは全く何の関係もない問題で引き止められて捕まっていただけなのだから。

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