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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第20章
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第3部20章『青の国』4

 ただ、トライアに戻ってあの国を守りたいだけなのに、どうしてこんなに行く手を阻まれるのか。すぐ近くで竜同士の決闘の声が響き、振動と光が断続的に起こるこの異常な環境。もはやこれは、考えてどうにかなるうようなものではなかった。

 ソニアは観念し、そこで頭を抱え俯いた。

 グエルが救援部隊を遣わしてここを発見してくれることに期待しよう。あのサメ人間の言いぶりからすると、それも邪魔をされそうではあるが。他にできることはないのだから。

 それにしてもあの竜達。あんなに大きな竜を間近で見たのは初めてだ。何て素晴らしい生き物なんだろう。それがどうして、あんな風に戦っているのか。それが不思議だ。

 グエルは《外からやって来る問題を解決するには、外の力を借りなければ》と言っていた。つまり、二匹の竜のうち片方はセ・グールの者ではないということだ。だとすれば、外観からどちらなのかは明らかである。大きい海竜は水に適した体で、白い竜の方は本来空に適している体だ。あの白い竜が外からやって来て、問題を起こしているということなのだろうか。

 しかし一体、どんな理由があってあの白い竜はここで暴れているのだろう。せめてそれが解れば、他の対処方法が提案できるかもしれないのに。

 そんな風にしてジッと座り続け、どれくらい経った頃だろうか。また急に、電光とは別の穏やかな光が洞窟内に発生して、彼女の顔を照らした。気づいたソニアはグエルかと思い、パッと顔を上げた。

 今度の光は洞窟内に直接出現し、フワフワと漂っている。まるで蛍ような小さい灯だ。グエルの月とも、サメ人間が手にしていた照明球とも異なるものだ。色も、蝋燭の炎に近い。

 それは暫くフワフワと辺りを漂って、やがて乾いた岩場の上に降りた。そして灯がフッと消えると、そこに人がいた。

「――――――ウワッ! 何だ? ここは」

現れて早々、その人はソニアよりも驚いて洞窟内を見回している。そして光量が足りないと見るや、掌からいとも簡単に照明球を発生させて辺りを照らした。

 明るくなったことで、その人はソニアを見つけ、ソニアもその人をポカンと見つめ、一瞬、時が止まったかのように感じられた。

 火山湖に見られるような強い青色をした髪。そして、左頬に走る三本の爪跡。植物系の自然な風合いの色調でまとめられた旅の装束。

 初めて会うのに、ソニアはその人を知っていた。フォンテーヌの目を通して。

 そしてその人も、ソニアのことを見つけるや、ひどく感激した様子で暫し固まっていた。

 フォンテーヌの記憶を知らなかったら、この人のことをハイ・エルフだとは思わなかったかもしれない。それほどに、あの村の人々の平均的な外観から外れているのだ。顔立ちは端正で肌の色も青白く、確かにエルフらしいのだが、この髪色と顔の傷のような攻撃的なものは、村人には一切見られなかったものである。

 その人のことを知り得た経緯があまりに複雑で、苦しみを伴うものだったから、ソニアは強張った表情のまま、胸に痛みを覚えながらその人のことを見ていた。

 やがて、その人は顔をゆっくりと綻ばせ、笑顔になった。

「驚かせて失礼した。君は……ソニアだね?」

見間違いでなければ、その人の目は少し潤んでいた。フォンテーヌの過去を知っているソニアには、その理由が解った。ああ、この人は母のことがとても好きだったのだ、と。それならば、瓜二つと言われている自分の姿を見ることは、さぞかし感慨深いものがあるのだろう。

 ソニアがそこまで事情を知っているとは知らぬその人は、あくまで彼女が急に出現した不審者に対して警戒しているのだろうとしか受け取らず、まずはソニアの緊張を解そうと試みてきた。

「オレはエリア・ベルの者だ。君がこないだ訪れた村の者だよ。あの時は村にいなかったが」

 ええ、それは解っています、とは言い難い。誰もフォンテーヌのことは知らないのだ。下手なことを言うと、そこから真実が明るみに出てしまうのではないかという恐れが体を覆って、ソニアは返事すらできなかった。そしてその反応は、ますますその人の振る舞いを変え、子供をあやすようなものにしていった。

「怖がらないで。オレは、君を守りに来たんだ。つい最近、君はポピアンという妖精と一緒にいたろう? 彼女も護衛役だったんだが……何か事情があったようだからね。今度は代わってオレが来たのさ」

彼が言っていることを考えるよりも先に、フォンテーヌのことばかりが頭を過ってしまい、ソニアは尚もその場で硬直していた。

 ああ、フォンテーヌは、あなたが助けに来てくれることを、とても、とても望んでいたんですよ。心の底から、願っていたんですよ。

 でも、もういないんです。私が全て終わらせたから。

「どうやら本当に驚かせてしまったみたいだな……」

その人は苦笑して頭を掻いた。その人自身の目もまだ潤んでいる。

「ともかく、まぁ聞いてくれ。オレは村にはいなくてずっと遠い所にいたから、君のことを聞いて慌てて村に戻ったんだよ。オレは、君の母さんのことをよく知っているんだ。とても大切な人だった。だから、娘の君のことは必ず守りたいと思ったんだ。それに、ポピアンが村に戻って来ちまったんで、今は誰も護衛がいないっていうから、すぐに来たんだよ。しかし……ここは一体何処なんだい? なんか……無茶苦茶な所にいるなぁ」

感動で時折声を詰まらせているが、根は明るい人のようである。フォンテーヌの記憶の中でも、平時はそうだった。

「落ちついたら、どうかこの状況を説明してくれないか? でないと、助けようにも方法を選べないんでね」

フォンテーヌに纏わる事の波が寄せるだけ寄せて引き始めると、ようやくソニアも新たな状況に対応できるようになっていった。

 有り難い。願ってもないハイ・エルフの助けが来たのである。しかも、知り得る限り優秀な魔術者が。

 ソニアは一度だけ目を閉じ、深呼吸をして、フォンテーヌに詫びながら記憶を押しやった。

「……ごめんなさい。今、ちょうどとても困っていたところで……しかも、本当に驚いてしまったから。確かに、私がソニアです」

ソニアの声を聞き、その人はまた一段と嬉しそうに破顔した。声も似ているらしいから、更に感激しているのだろう。幾ら突然の出現とはいえ、こんな顔をして笑う人のことを警戒するなど、できないものだ。それ程に、親愛の情が滲み出ている。

「あの村の方なんですね。名前は何て言うの?」

「セルツァだ。だが……ああ……君は、本当にお母さんとそっくりだね」

セルツァはソニアの前に恭しく膝をつくと、手を差し出した。ソニアがそれに応えて手を出すと、彼はその手を取り、甲に接吻した。エルフらしい礼儀正しく優雅な挨拶だ。

「何て嬉しいことだろう。こうしてエアの娘さんに会えて、オレの手で手助けできるなんて」

彼はソニアの手をなかなか離さなかった。肌を通して親愛の情が伝わってくるから、ソニアの方も次第に自然な笑顔が浮かんでくる。

 そして、洞窟全体がまた震動し水面が波立ち、大きな雄叫びが体を揺らせたので、ソニアの手を握る彼の力がグッと強まった。もう保護心が働いているのだ。

「先に状況を教えてくれ。こいつはかなりヤバそうだな。何が起きているんだ?」

束の間感動に緩んでいた顔が、すぐに真剣で隙のないものに変わった。この切り替えの早さと眼差しの強さが、この人の優秀さを物語っている。

 ソニアは軍人らしく、簡潔で要点を押さえた説明で彼に現状を教えた。ポピアンと別れてからの足取りを知らないであろうから、アルファブラの戦に加わり、その後セ・グールの人に保護されてここに来た経緯を伝え、そしてアー・リー・グエルの要望と、その決定に反対する者がソニアの出国を妨害してここに至ったことを説明した。

「何てこった……! ここはセ・グールか! ここに来る前に君の居場所を調べてはいたんだが、《海だ》としか出なくて、しかも陸地から離れているから、船にでも乗っているのかと思っていたんだ。だが来てみれば……あの海底王国にいたとはな!」

セルツァは、まずソニアの体の様子を見て南風妖精呪文ドライアドというものをかけた。ソニアの周りにだけ温かくて乾いた風が吹き、濡れていた体がみるみるうちに乾いていった。

「海の底で戦ってる竜のことなんか、正直知ったこっちゃないんだが、確かにハイ・エルフは水の操作に優れている。オレはできないが、若い娘は大抵自在に動かせるもんだ。それを期待されたんだろう。だが、君ができないとなると、他の娘を連れて来るよう頼まれそうだな。オレ達の村は外界を避けているから、大切な娘を外になんか決して出さない。どのみち彼等の期待には応えられないわけだ」

セルツァはポンと自分の膝を叩いた。

「よし、逃げよう! 何もする必要はない。しかも連中の方が我等ゆかりの娘に失礼極まりないことをやってるんだ。気にせず出て行こう。抗議されないだけ有り難いってなもんだ」

 どうやって出て行くのかは知らないが、そう言ってくれるのだから脱出は容易なのだと思い、ソニアはホッとした。だが、そうなると今度は逆にセ・グールの人達のことが気になってしまった。

「彼等は本当に困っているようなの。あなたでも……彼等に提案できるいい方法が何か思いつかないかしら?」

「こんなことをされたのに、助けてやろうってのか?」

セルツァは呆れた顔をした。だが非難しているわけではなくて、すぐに苦笑に変わった。

「お人好しでお節介なところまでエアに似たんだなぁ。そりゃあ、オレなら大掛かりな魔法を使えば何とかできるかもしれんが、時間がかかるし、そんなのはオレの目的じゃない。オレは君を守る為に来たんだ。君の安全に関係のないことに手を出すつもりはないよ」

「でも、鳥族に連れ去られそうになるところを助けられたのは確かなのよ。自分達の目的の為だったからといって、私が助かったことに変わりはないわ。そのまま放っておかれたら溺れてたかもしれないし、でなけりゃ皇帝軍の本部にまで連れて行かれていたかもしれないもの。一部の部下が反逆したけれど、長官はとても誠実に対応して下さったの。何もしないで黙って出て行くなんてできないわ」

セルツァはソニアの真剣な顔を見て肩を竦め、溜め息をついた。

「ああ……実にエアも言いそうなことだ。しようがないなぁ。こんな状況で、よくそんなことが言えたもんだ」

呆れているが、セルツァは笑っている。竜の咆哮と震動に始終揺す振られているこの環境の中では、それはとても余裕があることのように思えた。

「とりあえず、ここは出よう。竜が喧嘩してる危ない場所にいちゃいけない」

そう言うと、彼はブツブツと長い呪文を唱え始めた。左手でソニアの手を握り、右手には杖を握っている。魔術師は己と相性のいい宝玉を杖先に埋め込んで持ち歩くことが多いが、彼も金属製で大層使い込まれた様子の杖を所持していた。杖先にある、立方体を傾けて上下に引き伸ばしたような形状の宝玉は、詠唱に応じて青白い光を放った。宝玉と施術者の連動具合、そして光の強さなどからその魔術師の能力を計ることがある程度できるのだが、かなりの玄人である様子だ。

 やがて、彼の周囲に薄っすらと虹色に輝く球体の表面が出現し、網目模様がクルクルと回転した。手を握って側にいるソニアもその中に入っていった。

 そして、彼の命で球体が動き始めると、その中にいる彼もソニアも一緒に浮き上がり、魔法の外殻に守られた状態で再び水の中に潜り込んでいった。技の性質としては、最初にグエルに運んでもらったあの月の効果に近いらしい。

 狭い所を潜り抜ける時は柔軟に外殻の形状が変化し、セルツァもソニアも岩に手をついて体を先に押し出した。この外殻は決めた者を何処までも追いかけながら包むようで、セルツァやソニアの動きに合わせて変化し、安定すると球状になった。

 外殻自身が放つ光で辺りを照らしながら進んでいき、珊瑚状の空洞をうねうねと右に下にと動いていくと、ようやく一面水だらけの広い空間に出た。海流の激しさや光の閃き、振動などを体感して、セルツァは「凄いな」と驚いている。

 そしてまずは上昇に転じた。装備をした状態で泳いで上がろうとしたら恐ろしく困難だったろうが、魔法のお陰で2人はスルスルと水深を上げていき、辺りがどんどん明るく眩しくなっていき、やがて水の世界から抜け出した。一気に大海原が目の前に広がる。太陽の位置からして朝のようだ。球は海上数ディーオスのところで上昇を止め、滞空した。

 そうしていて暫くのことである。足下から強烈な気配が昇って来るのを感じ、2人共が下を見た。すると間もなく海面が盛り上がり、矢のように白い飛竜が飛び出していった。水柱が長く尾を引き、朝陽にキラキラと輝く。

 その後を追うように更に大きな海竜が海からジャンプし、その雄大な全身を露にした。物凄い勢いで飛び出していったものだから、もう少しで白い飛竜に追いつきそうな高みにまで達し、身を踊らせる。

「スゲェ……!」

ソニアもセルツァも、開いた口が塞がらない状態だ。しかも双方が知らぬうちに好奇で顔を輝かせていた。やはり、竜は素晴らしい。ただ目にするだけで魂を輝かせるものがある。

 白い飛竜に届かなかった海竜は、じきに引力に負けて落ち始め、綺麗なポーズでダイヴした。それこそ、こんな水柱が立つのを見ることはまず他ではあるまいというくらいの水が天に昇って、海面を激しく波立たせた。滞空していた球体が水を被り、その後も何度か下半分を洗われる。

 そして今度は白い飛竜の方が後を追って海に突進して行った。海竜より小さく抵抗の少ない体をしているから、こちらの方はそれほど大きな波は立たなかった。

「ハハッ! こりゃホントにスゲェや! あんなのは久しぶりに見たな。あれが戦ってる二匹か。しかし、なんだってあの飛竜は海で戦ってんだ?」

セルツァも同じ疑問を抱いたようである。

「だから対処が難しいって長官が言ってたわ」

「だが、しかし、こりゃ大事だぞ。あのサイズの海竜に飛竜だろう? しかも本気で戦ってる。これを止めるとなると、何をしたらいいものか……。一つ確かなのは、こんなに危険じゃ、絶対に村の娘達は呼べないってことだな」

彼は杖を顎に当て、ひとしきりブツブツと独り言を呟いた。あれもダメだし、これも巧くいかないだろうし、というようなことを言いながら方法を考えている。

 自分の為に現れてくれた人にこんな無理難題をお願いしているのが急に悪いような気がしてきて、ソニアは躊躇いがちに言った。

「あの……無理にはしなくていいのよ。グエルさんに、仲間が来てくれたけれど、彼も無理だと言っているとお話しすれば解ってもらえると思うから」

「いや、できるよ」

彼はあっさりとそう言った。まだ方法を決めてはいないようだが、漠然とした自信だけでそう言っているのだ。

 ソニアは感心した。フォンテーヌの記憶の中でも、彼はハイ・エルフの村で特別な存在だった。世界中を旅して回って、余程力を身につけているのだろう。大戦のことも、トライアのことも気になるのだが、あれだけ素晴らしい竜を、この人がどんな秘儀でこれから対処するのか見られるのだと思うと、ソニアは正直胸がワクワクとした。最近酷い事ばかりだったし、ついさっきまで本当に気が滅入っていたので、こんな高揚した気分になれるのは実に久々のことだ。

 また、それは竜のせいばかりではなく、このセルツァという人物の明るさのお陰かもしれなかった。軽いとかふざけているというのとは違い、思慮深さや実力があった上で、それをユーモアによって覆い隠している雰囲気なのだが、それがいいようだ。危機的状況でも、一人信頼の置ける人物があっけらかんとしていると、それだけで楽観的になれるものなのである。

 フォンテーヌの記憶の助けもあり、何だかこの人をよく知っているような安心感があって、ソニアはこのセルツァを信頼して任せることにした。

「――――よし、じゃあまず、そのスローヴルという都市に行って、その長官とやらと相談してみよう。全く違う世界だ。オレの考えた方法ではその世界の均衡を崩すこともあるかもしれんし」

ソニアはその前に、これだけは尋ねておいた。

「ところで、トライアは無事か知っている? 本当はそこに早く帰ることが一番の目的なの」

「ああ、もうてっきり帰り着いてるんじゃないかと思って調べたからね。ここに来る直前に遠隔で見た限りでは、普通そうだったよ。それにしても、ポピアンの旅でも色々あったらしいし、今度もこんな所にいて、君は相当トラブルに巻き込まれるのが得意なんだね。オレといい勝負だ」

それを聞いて何よりも安心し、ソニアも笑った。ならば、グエルと彼を引き合わせる仲介役として、もう暫くここにいてもいいだろう。

 そこで2人は再び海中に潜り、できるだけ竜のいる海域から遠ざかることを急いで、その後はスローヴルを目指した。ただの濁った海水の中でも、彼は魔法の地図を呼び出して都市の位置を正確に把握し、迷うことなくスローヴルを目指し進んで行くことができた。

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