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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第20章
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第3部20章『青の国』2

 何やら訳の解らぬソニアだったが、光の主はそれ以上の詳細を語ることはなく、まずは現場を見て判断して欲しいと言い、ソニアをその場から連れ出そうとした。状況的にも、そして直感的にも危険な相手ではないと判っていたので抵抗するつもりはなかったが、相手の要求を完全に把握できていないので、どうしても不安な気持ちが纏わりついた。

 この世界に長くかかずらわされることなく、自分はトライアに帰還することができるのだろうか? 穏便にこの世界から抜け出すことができるのだろうか?

 そんな不安を抱きながら、ソニアは光に促されるまま立ち上がり、水辺に寄った。すると月のようだった発光球は急に膨らんで大きくなり、人間をすっぽり包めるくらいになるとソニアの方へ寄り、彼女を静かに飲み込んだ。

 衝撃はなくて、流星呪文で光に置換される時のような爽快感が体を包む。光に置換される時は意識だけが残って肉体の感覚は薄れるものだが、この光の中では己の体はそのままに残っていた。ビヨルク城の地下から魔鏡ヘヴン・ミラージュを通って来た不思議の方に近いようである。

 光の外が薄っすらと見えるので、ソニアは外界の変化が見て取れた。乗り物に乗って発進する振動もないままに外の景色が動き出し、岩肌の洞窟から月が登場した水の中に潜り、そのまま一面障害物のない世界に入っていった。前方は何処も白んで見通しがきかない。足元まで霧に覆われた中で滑るように散策をしているかのようだ。

 そんな中で、大小幾つもの月らしき発光体が空間を漂っている。これが光源だったのだとソニアは知った。

 光に近づくと、通り過ぎ様にその周辺の物が見えてくる。光に照らされているからだ。それは岩や壁などではない、れっきとした建築物だった。こんなに深い水の中に、このような建物が沈んでいることにソニアは驚いた。見上げても水面らしき地上の光が見えない程の水深にありながら、自然物ではないものが存在しているなんて。それに、水没した古代都市のような廃墟の雰囲気もなく、水草や藻のこびり付きも少なくて美しい表面を保っており、今現在使用されている生命感が放たれていた。

 手近な所の建造物しか見えないので全体像はわからないが、地上の人間世界で言うところの塔のような細長い建築が林立していた。どれも水の抵抗を受け難い滑らかな流線型をしており、強いて言うならビヨルクの城に近い。

 月の光に包まれて進むほどに、それが幾つも通り過ぎて行くから、都市と表現していいほどの規模があるようだ。

 建物内部からも小さな光が覗いている。大小とりどりの窓から漏れる明かりのようだ。昔、幼少期に大鴉のパッチに身体を引っ張り上げてもらい、空を飛んだことがあったが、これはその感覚を思い出すものだった。もし彼に人間の都市の上を飛んでもらったら、もっと近いのではないだろうか。人間世界で生活するようになってからは、空の移動に使用するのは専ら流星呪文ばかりで、このように滑るように高みを行く感覚は久しい。最下部が見通せないから霧に煙る都市を飛行しているようで、何とも言えぬ不思議な浮遊感があった。

 上下にうねる何かが近づいてきたと思ったら、それは大型の海生哺乳類の姿だった。デルフィーの付近では見たことのないものだが、アイアスとの旅で目撃し、知識として知っているオットセイというものに近いようだ。黒っぽくて大きな弾丸のようである。それはあっという間に通り過ぎて行ってしまった。

 そして、それからはこの世界の住人らしき者の姿が影として幾体も視界に現れ、近づいた時にはその全貌を明らかにした。

 背の高い尖塔と、空中を飛ぶかのような住人達。霧にむせぶ都市。

 こんなに幻想的な光景を、ソニアはこれまでに想像したことがなかった。自分の生きる世界とあまりにかけ離れているから、この外観だけで、思想の違い、善悪の観念の違いがどれほどのものであろうと察せられて圧倒される。虫族の王国キル・キル・カンとはまた違った異世界感だった。

「……これが、あなた方の王国、セ・グールですか?」

『そうです。我等の領域は広いですから、集落は世界中に分布していますが、ここは数ある都市の中の一つ、スローヴルです。あなたを見つけた場所から最も近い都市です』

アルファブラの近海底ということらしい。先程は光の球の中に話し相手がいるように思われたが、膨らんで中にいる今は逆に空間の外側から声が聞こえてきた。かなり特殊な魔法のようである。魔法にあまり頼らぬ虫族と違って、水の民は魔法に通じているのかもしれない。

 歩くのと泳ぐのとでは速度に大きな差があるものだが、この光の球は水の抵抗を受けていないかのようにスルスルと前進していく。あまり高速で移動すると周囲への影響も大きいだろうから、最高速度に制限は設けているのだろうが、それにしても速く感じられた。水上の船なら相当な波を立てていそうな勢いだ。周囲の水を揺らせずに高速移動できる特殊機能でも備わっているのかもしれない。このあたりも、魔法か技術の高度さを窺わせた。

 やがて、光の球は下降して巨大なドーム建築の中に入っていった。内部は適度な光で満たされ、大きな柱の立ち並ぶ大空間だった。鋭利なものは何処にもなく、角々が丸みを帯びている。水中で生物は傷を負い易いからだろう。ソニア自身も岩場で肌を切りそうになったことがよくあったものだ。

 空間中央に広い円卓があり、その真ん中には大きなガラスの半球があって、中で光が渦巻いている。それを囲むように座席が12個あって、そのうちの4つに見たこともない人々が座っていた。

 一人はオットセイの骨格を二足歩行の生き物のように変形させて衣服を纏っている黒い人物。もう一人は肌が滑らかな銀光沢を放ち、頬に青いストライプの入っている鱗人間――――ヴィア・エセラーゴで目撃した鱗のある人物とはまた別種の、いかにも魚らしい鰓を首筋に持っている。もう一人はそれよりもう少しダブダブシた感じの皮膚を持つグロテスクな面の魚人間。最後の一人は半透明の身体をローブで覆い隠している、のっぺりとした顔の白っぽい人物だ。

 円卓の側で光球が停止すると、ふいにこれまで彼女を包んでいた光は消えてしまって、ソニアは急に水の中に出されてしまった。しかし不思議なことに、あまり環境の変化が感じられなかった。例えば水が冷たいであるとか、重いといったような感触だ。いつの間にか、この世界に適応できるように何らかの術が施されていたらしい。呼吸も普通にできている。この旅で数々の不思議と出会ってきたソニアだったから、慌てず騒がずにその神秘を受け入れ、しかし心の中では驚嘆していた。

「改めてご挨拶申し上げます。風使いよ。私はこのスローヴルの長官、アー・リー・グエルです」

半透明の体の人物が席を立ち進み出た。他3人と比べると、優雅さと賢さでその地位にいるように思われる雰囲気がある。名の発音は非常に独特で、『アー』はガラガラと濁るように喉を鳴らし、『リー』は波長の短い高音だった。

 自分に理解できる言葉を話してもらえるのは助かるのだが、どうしてこうも他種族は彼ら本来の言葉ではない言語を器用に使いこなせるのだろうと感心することで、逆に人間世界の底の浅さのようなものを感じてドキリとしてしまう。何故ならば、すぐそこで他の面子が全く理解不能な彼ら独特の言葉で、ソニアのことをなんやかんやと言っている様子だからだ。知識ある高官達だからなのかもしれないが、他種族には実にバイリンガル――――いや、それ以上の者が多い。

 セ・グール人たちの言葉は、アー・リー・グエルの名の発音に見合った、喉以外の部位も震動させているような独特のものだった。それが水中で発せられていることで、地上とはまた違った響きを生み出している。

 ソニアはどうしたものか一瞬迷ったが、正直に理由を述べて偽名を名乗ることにした。

「……私は、皇帝軍との戦時中故、真の名を隠して旅をしております。なので私のことは『ナルス』と呼んで下さい。真の名を申し上げられぬご無礼は何卒ご容赦を」

自分の発する声さえも、地上で発するのとは少し違ってくぐもって聞こえた。

 アー・リー・グエルは薄い瞼を閉じて軽く会釈した。半透明なので、閉じた時も瞳の色が薄ぼんやりと青紫色に透けて見えた。

「承知しました。ナルス殿。では私のことはグエルと」

『ゲル』に近い発音である。ソニアも頷いて返した。

 グエルは早速空いた席を勧め、そこにソニアを座らせた。他3人のメンバーについてもざっと紹介され、挨拶する。皆、この都を預かる高位の者ばかりであった。

 グエルの言うままに、ソニアはテーブル中央のガラスの半球を覗いた。渦巻く光の中に何かが見える。

「急ぎお帰りになる場所があるとのことですから、早速状況をご覧頂きましょう。今ここに映し出されているのは、このスローヴルに近い、ある海域です。我々とって他の海域への行き来に使用する重要な場所なのですが……そこで暫く前から、このようなことが起こっております」

光の中に、突如雷光のようなものが走った。そして叫び声。大きな身体を持つ者が発する、重低音のきいた咆哮だ。すると、何か大きくて長いものが過った。

 地上の昼間と違って、ここは水中であるから多少の濁りがあり、この世界に適した目を持っていないソニアには完璧な視界は得られない。その上、半球の映像も水中のものであるし、光と渦で入り乱れているから、何やら全く判らぬ状態だった。

 光の渦が原因で大型の生き物が混乱し暴れているのか、それとも逆に生き物の暴れる様が光と渦を呼び起こしているのか、といったところが、どうにか感じ取れた印象である。そして、それは概ね当たっていた。

「動きが激しいので捉え難いのですが、これは竜です」

「竜……」

ソニアはこれまで、あまり竜に遭遇したことがないので、竜と聞いただけで胸がときめいた。ヴィア・セラーゴ上空を行く何らかの部隊の影を見たくらいで、間近に見られた機会はない。アイアスはそれに変身できる技を持っていたが、話に聞いていただけで実際に目にすることは出来なかった。危険が伴う高度な技だからとのことだった。だから、ソニアは率直に竜への憧れを抱いている。その竜が関わる事件とのことであれば、自然と目が輝いてしまった。

「竜が暴れているのですか?」

「そう言えば、そういうことになりましょう。ただ、通常であればセ・グールの竜は決まった海域に棲みテリトリーを築いており、領域侵犯することはあまりありません。あっても、本格的な決闘には発展せずに事が済みます。回遊する種類はそれらを巧く避けて通りますので、無用な衝突は起こりません。ですから……病でも発生して頭がおかしくなるなどの事がなければ、このように長期に渡って繰り返し争うことはないのです。そういう点では、《暴れている》と言っても差し支えないでしょう。狂っているとしか思えませんから」

「狂っている……のですか」

それは少々ショッキングな言葉だった。現在のように世界中の魔物達が心おかしくして暴れていても、竜だけは別格であるという神聖なイメージを持っていたので、竜が狂うなどということがあるのが信じられなかったのだ。強き者は多少のエネルギー変異に影響されるとは思えないのである。

「実際のところは、よく判っておりません。積極的に向こうが意志表示をしている訳ではないので、何が原因で暴れているのかは不明なのです。迎え撃っている方ははじめ冷静でしたが、長期化するにつれてそちらも戦いに夢中になってしまい、今では両方とも止めることが出来なくなってしまいました。制止を聞き入れる余裕がなくなってしまったのです。付近の者達は全て避難いたしました」

軍人として危機管理にも携わるソニアは、その説明で大まかな状況は理解した。だが、それでもますます解らぬことがある。ここは水の世界だ。そして、未知の巨大な竜が暴れている。それも複数。そんな問題に、果たして地上に生きるただの一介の戦士が、どのようにして役に立つというのだろうか。

「……お話をお伺いした限りでは……とても私がお役に立てるとは思えないのですが」

グエルは少々意外そうに目を見開いてソニアを見つめた。頼みを聞き入れたくないことが優先されているのではないかと、表情から彼女の真意を読み取ろうとするかのように。

「計画をお聞き下されば、そんなことはないとご理解頂けますでしょう」

「計画とは……何ですか? あなたは先程、《嵐を呼べるほどのハイ・エルフにならきっと動かせる》と仰ってました。何を動かしたいんですか?」

まさか、あの竜達を動かせとでも言うのではないかとソニアは想像した。エルフは何でも物を動かせる念力者というわけではないのだ。風だけは特別で、まるで自分の体のように粒子の動きを感じることができ、イメージするだけでそれを望むままに操作できるが、生き物という塊と自然の物ではまるで勝手が違う。

 ソニアが巧みに断ろうとしているのではないらしいと読み取ったグエルは言った。

「暴れる竜を捕獲用の檻に入れる為に、誘導して欲しいのです。セ・グールの道を動かして」

「道……ですか?」

「あなた方が水と呼んでいるものです。普通であればセ・グールの水は決まった流れを持ち、道となっている。今は竜の乱闘によってそれが崩されていますが、あなたであれば道を作り、そこに竜を取り込むことも可能でしょう。報告に聞いた程の規模の嵐を起こし、鳥族の軍団を退けさせたのですから」

ソニアはポカンとしてしまった。グエルはいとも簡単に水を動かしてくれと言っている。

 水を動かす? 風と水は別物だ。動かせるワケがないじゃないか。ソニアはそう思った。

「私……水なんて動かせません」

グエルは再び目を見開いた。元から落ちついた雰囲気の人なので、何事も大袈裟に反応するタイプではないだろうから、本当に驚いているらしい。

「そんな、まさか……」

他の高官達も顔を見合わせている。

「だって……あなたはエルフ族の……しかもハイ・エルフの方なのでしょう?」

「そうですよ。と言っても……実の両親を知らないので、あくまで片親の血を引いているらしいと最近知ったばかりなのです。純粋なハイ・エルフ族の方々と共に暮らしたことがないので、彼等ほどエルフの秘術に通じてはおりません」

「…………」

グエルは高官達と目を合わせた。ソニアだけでなく、彼等にとっても理解し難い状況のようである。

「むしろ私の方からお訊きしたいのですが……実は本物のハイ・エルフの方々と親交できるようになりましたのは、つい最近のことで、これまでは人間達の国で暮らしていたので、ハイ・エルフのことをまだよく知らないのです。確かに私は風を操ることができますし、それはハイ・エルフ族の持つ力であるとも知っています。でも……水を動かせることは知りませんでした。本当にそうなんですか?」

グエルは口元に手を持っていって覆った。こういった時にする仕草は、地上の人間と然程変わらないらしい。

「……そうです。しかもこちらも、直にハイ・エルフの方にお会いできる機会が滅多にないので、通説として知っているだけのことで。ハイ・エルフは風使いであり、特に若い娘は水の操作に長けている、と」

それには正直ソニアも驚き、また胸ときめいた。自分がそのような技を素質として持っているかどうかは別として、本当にそのような神秘まであの人々が備えているのだとしたら、何と素晴らしく誇らしいことであろうと。

「そうなのですか……。恐らく、彼等と共に暮らして育つことができなかったせいでしょうが、私が自然に身につけることができたのは風を動かすことのみで……水は動かせません」

断るに足る正当な理由が示せたことで、ソニアは内心ホッとした。

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