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Sonja〜ソニア〜  作者: 中島Vivie
第20章
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第3部20章『青の国』1

ここから先は、どこにも発表したことがない章に入っていきます。

引き続き《小説家になろう》でのみ公開してまいります。

お楽しみいただければ幸いです。

 薄ぼんやりとした光の波がユラユラと蠢いている。見ているだけで眠気に誘われそうな優美さである。ああ、水の中の光はとても美しいものだ。半覚醒の状態で目に映る光景に対し、ソニアはまずそう思った。

 そして半覚醒ながら、これが夢ではないことも既に判っていた。この所、目覚めると見知らぬ場所にいるということが多かったものだから、またそんな状況にあるらしいことが直感的に感じ取れたのだ。

 暗い岩肌がゴツゴツとそそり立ち、壁や天井を築いている。人工的に削られ整えられた形跡はない。自然に出来た空間のようだ。水路に近い地下牢にでも入れられているのだろうかとソニアは考えた。暗い岩肌を舐めるように、水の乱反射による網目状の光紋様がゆったりと踊っているのである。かなり大きな水辺の側にある洞窟と思しき光景だ。

 現在の自分がどのような状況に置かれているのかはともかくとして、ソニアはこのまま、この光の揺らぎを見ていたいものだと思った。それ程に落ちつく空間だった。

 やがて嗅覚も醒めてくる。すると、海辺の街デルフィーに長年住んでいた記憶を呼び覚ますような香りがした。塩の水独特のベタつきと、磯辺に棲む生き物や藻類のような少し生臭い香り。どうやら内陸の城の地下といった場所ではなく、海辺の洞窟に近い環境らしい。

 どうしてこうなったのかが解らない時は、まず思い出せる限り最近の記憶を呼び起こすに尽きるとソニアは学んでいる。そこでようやく自らの内部に問いかけた。そして、今回は随分と早く結論を出せるに至った。直前の行動がかなりのハイリスクで、自分がどうなるのか判らないという意識を持っていたからである。事故が起きる可能性を十分に理解して常に行動していた者と、何も考えずに行動していた者がいざそれに遭遇した時、己の置かれた状況を逸早く理解して受け入れるのにはれっきとした差が出るものだ。

 ソニアは自分が嵐を起こしたまま、それを終わらせた記憶がないことに気がついた。つまり、途中で気を失ってしまったのだ。鳥の軍勢が都市を去り始めたのまでは覚えている。だが、完全に見届けることが出来なかったから、本当に都市は助かったのか、はたまた軍団が引き返してきて止めを刺されたのかは不明だ。グレナドは、パンザグロスの義父母はどうなったのであろう。

 それを知る術は今の所ないが、どうやら懸念していた通り、自分の成したことが発覚して連れ去られてしまったらしい。こうして牢のような空間にいるのだから、すぐには殺されず、まずは意識が戻るまで幽閉されているのだろう。

 自分は、皇帝軍に見つかってしまったのだろうか……。

 そう思うと、いつまでも水の光紋様を眺めているわけにもいかず、ソニアは身を起こした。薄暗いが、全景はほぼ見渡せた。ここは完全なる洞窟だ。城の地下のように通路が見えたり、鉄柵や扉があったり、ということはなかった。自然にできたただの洞窟の一角に横たわっていたのだ。

 すぐ側には水面があって、静かに波打っている。その下から光が射しており、その輝きが洞窟の壁面や天井を照らしていた。水の中に何か光るものがあるらしい。重力方向的にそこに太陽があるわけはないし、すぐ底に白い砂の絨毯があって、それが太陽光を反射させているといった様子でもなかった。発光するものが複数、水の向こうにある感じだ。魔法の照明が水の中にあるのだろうか。だとしたら随分高度な施設だろう。ここはただの洞窟にしか見えないが、近くにはきっと洗練された文化があると思われる。そうすると勿論――――ここは人間ではない者の世界だ。

 自分は皇帝軍に捕まって、ヌスフェラートか他種族の拠点に連れ去られてしまったのだろうか。だとしたら、自分の正体がバレて先日の姫と結びつけられ、エリア・ベルの村に迷惑がかかっていないだろうか。ソニアは頭を抱えて吐息した。

 一番の望みと目的はトライアに戻って国を守ることなのに、それを果たすどころか近づくことも出来ず、日に日に状況が悪くなっていく。懸念が増え足枷が増え、腕の力さえ奪われてしまった。自らの選択と、取った行動に後悔はないが、結果にはいつも痛みが伴う。ああ……今度は一体何処に連れ去られてしまったというのだろう。

 スカンディヤでは目覚めてすぐにビヨルクの人々が教えてくれたし、エングレゴールの地上宮殿ではポピアンが知らせてくれた。だが、今度はそんな都合のいい環境ではないようだ。恐らく敵方の領域にいて、近くに味方は一人もいないのだろう。

 ソニアは、できる限り自分の力だけでここが何処なのかを探ろうと試み、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。360度、世界の気配を感じてみる。

 すると、どうしたことだろう。これまでソニアは、こんな世界を感じたことはかつてなかった。生まれてこの方、ずっと風や大気が己の身を守ってくれていたものだが、その大気が近くに感じられない。この洞窟内のように多少の空気はあるとしても、空と呼べるような広さにはとても至らない。感じられる限りの四方八方が、大気よりもずっと重いもので埋め尽くされているのだ。

 自分はまた地下世界に来てしまったのだろうか?岩や壁に阻まれて、奥底深くに閉じ込められてしまったのだろうか?

 だが……これはなんだろう。大気ではなく重いものだが、同じような流動体の感触がある。すぐそこに見えているくらいだから、この辺りは水だらけなのだろうか。だとすると、この印象ではかなり深い湖の底にでもいるような感じだ。

 水の底……あの鳥の軍団とはかけ離れた世界ではないか。

 幸い、怪我はどこにもないようだった。拘束具も施されていない。捕らわれれの身かもしれないが、空間内は自由に動くことができる。服装もトレスで装備した時のままだし、精霊の剣も腰に差さったままだ。武器を奪わないなんて、どういうことだろう?虜囚ではないのだろうか?

 ソニアは立ち上がり、辺りを探った。岩陰に隠れた入口はないか、扉はないかと調べてみるが、やはりない。出入口は足下に広がる水の中だけだ。それなのに、自分の体は全く濡れていない。水を潜って連れて来られたのだとしたら、その形跡があってもいいのに、服の具合や髪の感触からして、一度ビショ濡れになってから乾いた様子はなかった。一体、自分はどんな技で連れて来られたのだろう。

 ソニアがそうして不思議に思っていると、早くも事が展開した。パシャリという音と共に洞窟内が明るくなったのに気づいて見やると、水の中から月のような青白い発光球が現れ出でて、宙に浮かび上がった。

 正体不明の物体なのに、まるで本物の月を見ているような安らぎを抱いてしまう。それほどに美しくて、脅威は感じられなかったのだ。

 発光球は音を発した。それに合わせて光の強弱が変化する。よく聞くと、それは言葉だった。

『ようこそ。あなたは風使いだと聞きました。本当ですか?』

何と単刀直入だろうという驚きと、『ようこそ』と言うだけに歓迎しているらしい雰囲気の不思議さに、ソニアは首を傾いだ。

「……ここは何処? あなたは……誰?」

水上の月は暫し沈黙し、明滅を止める。こうしていると、いつか地下城で皇帝の首と対面させられた魔法を思い出した。あれと似た、遠隔で通信を行う術なのかもしれない。これだけ明瞭な言葉を発する知的な存在が目の前にいる気配はまるで感じられないから。

『……ここは我が国です。あなたが安全な人物か確認できるまで、このような場所にて対面する非礼をお詫び致します。あなたに危害を加えるつもりはありませんので、ご安心下さい』

「……何という国ですか? 何処にあるのですか?」

ソニアの問いかけに対して、相手はゆっくり考えてからものを話すようで、たっぷり一呼吸置いてから答えた。

『ご不安なのは解ります。ここはセ・グール。あなた方の言葉では《海》と言うでしょう。そこにあります』

この言葉だけなら、海辺の国や島国を思い描くだろう。事実、ソニアも一瞬それを考えた。だが、自らの感覚が知らせていた環境と総合すると、もっととんでもない所にいるようだった。まさか、そんなことが有り得るのだろうか。

 だが、地の底に地下世界というものがあるのだから、その驚きからすれば、こんな事も当然なのかもしれないと思った。

「海の……海の下に……私はいるの?」

『……あなた方が、空に近い表面のことを特に《海》と呼ぶのならば、そういうことになるのでしょう。我々にとっては、セ・グールに上も下もありませんが』

ソニアは途方に暮れた。呆れて口をポカンと開けたまま、発光球と正面向き合える岩に座り込む。

「どうして……私はこんな所に……」

それは独り言で、彼女は再び頭を抱えて振った。質問と受け止めたのかどうかは定かではないが、月は答えた。

『我々が知っていることをお話ししましょう。あなたは意識のない状態で鳥に運ばれていました。あなたの世界のアルファブラという国をヌスフェラートの王が率いる軍が攻めていると聞き、我が方からも偵察に向かった者がいました。万が一にも、我々の領域にまで害が及んではなりませんから。すると、アルファブラを攻めていた軍団らしき鳥の群れの引き上げを目撃し、その中にあなたを捕えている一羽がいたそうです。何やら鳥の言葉で《嵐の原因だ。風使いを捕まえた》と騒いでいたとか。仲間達には殆ど無視されていたようですが。しかも手負いだったらしく、飛行が覚束なかったそうです。やがてその鳥は誤ってあなたを取り落としました。その隙に、我が方の者があなたを確保してセ・グールに連れ帰ったのです』

意識を失った後、天空大隊の一人に発見されて竜巻の張本人として捕らえられたのだろう。幸い鳥達は逃げるのに必死で耳を貸さなかったようだが、そのまま連れ去られていたら、今頃天空大隊の本部かヴィア・セラーゴにでも運ばれていたかもしれない。自分を運んでいた鳥が偶々負傷しており、落としてしまったというのは大変なラッキーだった。

 だが、まだ解せないことがある。

「……何故、あなた方は私を助けたの?」

相手が何者で、どんな意図を持っているのかも判らぬうちは、礼は言えなかった。相手も、今度はたっぷりと間を取ってから答えた。

『……あなたが本物の風使いであれば……是非、お力をお貸し頂きたいと思ったのです。あなたの容姿といい……我々の見立てに間違いがなければ、あなたは風使いの一族であるハイ・エルフだ』

ソニアは息を飲んだ。相手は皇帝軍ではないようだが、血の属するところがバレている。対処の仕方によっては戦場にいたハイ・エルフの噂が流れて皇帝軍に届いてしまうかもしれない。否定するのはあまりに白々しいが、慎重な対応が必要だった。

「……あなたは皇帝軍ではないの?」

『ええ、ご心配には及びません。戦場にいらしたのですから、あなたは皇帝軍と戦っているのでしょう。我々はあの皇帝の戦いには一切関与しておりません。あなたを売ったりしても何の利益もありません。むしろ、我々はあの者達の始めたこの度の戦で少なからず害を被っている側にあります。我々の為にあなたを匿い、守ることはあっても、その逆はありませんよ』

話ぶりは誠実そうだが、鵜呑みにすることはできなかった。相手の種族をよく知っていれば納得もいこうが、何せ光る月を相手に話しているだけなので、絵空事のように聞こえてしまうのだ。相手の方も頭は悪くないようなので、それを承知しており、言葉でしか示せないうちは数多くの言葉を繰ってソニアに向けた。説得したいという意志はよく伝わってくる。事前に行える意志の表明の仕方として、精霊の剣を奪わなかったのは賢い行動だったと言えよう。

『あなたがハイ・エルフであれば、お願いしたいことがあってお連れしました。お望みなら、決して所在が知られぬよう、皇帝軍からお守り致しますよ』

ソニアはまず、一番知りたい情報から一つ一つ手に入れていくことにした。

「……アルファブラはどうなりましたか?」

『偵察隊の知らせによれば、完全撤退をしたそうです。あなたを連れていた鳥は、その退却の流れの中にいました』

「……その後、再び攻撃は受けていない?」

『今の所は、そのようです』

ソニアは安堵の溜め息をホウッとついた。義父母の安否は定かでないが、自分がいた間はあの屋敷に酷い攻撃はなかったから、凌いでいるだろうと思われる。アイアスとは……結局会えず仕舞いだった。彼はどうしてしまったのだろう。

「……他に、皇帝軍に攻められている国の知らせは受けていませんか?」

『我々はセ・グールに近いものにしか目を向けていませんが、その中には今の所ありません』

トライアは主都が内陸にあるから不明だが、ディライラ等は無事らしい。下手に国名や地域を絞って尋ねられないのが不便だが、まぁ概ねこちらの欲しい情報はそのまま得られるようだ。

「私が鳥に連れ去られる所をあなた方に確保されてから、どのくらい時間が経ちましたか?」

『……あなた方は太陽の運行で時を区切っているのでしたね。それで言うと……太陽が現れて消える長さの半分位でしょうか』

半日が経過したということか。それならばまぁいいだろう。トライアさえ無事でいてくれたら、ロスとしては少ない方だ。

 ソニアは気を取り直して背筋を伸ばし、月をジッと見据えた。

「あなた方にどのような必要があるのかは存じませんが、まずその前に私の立場を聞いて下さい。私は皇帝軍と戦っています。地上世界を守る為に。だから少しでも早く帰らねばならない場所があります。私を必要としている所があるんです。こんな時ですから、例えどんな種族の方でも、困り事があったら助け合いたいと強く思っていますし、私に出来ることならお役に立ちたいと思います。皇帝軍のように他の者を脅かしたり、他の者から奪ったりするような横暴なことのお手伝いでなければ。ですが、只今申し上げた通り私は急いでいますので、簡単なことしかできません。ジックリ時間をかけて行うようなことでしたら、諦めて下さい」

月は沈黙し、ソニアを観察しているらしい間を取った。先手を打たれた形になってしまったのだろうか。依頼しようとしていたことは、簡単なことではないのかもしれない。

『……では、あなたはやはりハイ・エルフなのですね?』

「……血は引いていますが、一族とは何の関係もありません」

『すると……ハイ・エルフそのものが皇帝軍と敵対しているわけではないと?』

「そうです。ハイ・エルフもあなた方と同じく関与していません。私だけが特別に人間と関わりがあって、アルファブラを守らねばならなかったので、単独で戦地に赴いたまでです」

『なるほど……そういう訳ですか』

虫軍の本拠地で虫達と対面していた時は、相手が向こう側で相談しているらしい雰囲気が感じられたものだが、今は一人の人物だけを相手にしているようだった。一体、どれ程の地位にいる者なのだろう。

「助けていただいたことは、本当にありがたく思っています。できることならただちに恩に報いたいと思っています。ですが、そのような訳で出来かねる場合もありますので、私が話を伺ってお断りする場合の為に、どうぞ先にご了承いただきたい」

『……戦時とあっては、時間が命を左右する大切なものだということは解ります。こちらも急を要するので《承知した》とは言いかねますが……まずは話を確かに伺ったと申し上げておきましょう』

また少しの間を置いてから、月は語り始めた。

『……皇帝軍の進撃が始まって以来、我らのセ・グールも影響を受けています。特定地域の住民が凶暴化したり、縄張り争いが激しくなったり、明らかに闇の力がセ・グールにも浸透しているのです。それを回避する為に皇帝軍と戦うのはあまりにリスクが大きいので、耐えて忍ぶことで我々は意見を一致させています。なるべく影響を受けない、セ・グールの奥底に多くの住民を移動させ、この嵐が過ぎ去るまで静かに暮らすようにしています。

 ですが……耐えるだけではどうにもならない甚大な被害が及んでいる所があります。我々は早急に何らかの手を打たねばならない。ですが……どうにもならない』

ソニアは再び、これまで以上に首を大きく傾いだ。

「あなた方の国で起きる物事で……あなた方に対処できないものがあるのですか?」

『……ええ、セ・グールの者が起こす問題ならどうとでもなりましょう。ですが……いまはあらゆる世界が他の世界にも干渉し、侵害し始めている。外からやって来る問題を解決するには、外の力を借りなければ難しいことが多い。我々は、あなたのような方の助力が得られないか、ずっと探していました。ハイ・エルフは自然の操作能力に長けている。あなた方の地上世界で《風使い》と言えば、ハイ・エルフのことしか有り得ません。《風使い》を見つけたと聞き、私は胸踊る思いがしました』

ソニアは徐々に話が見えてきて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「風を……動かして欲しいんですか?」

月は一瞬柔らかに光を増した。それは、その向こうにいる人物の微笑を思わせた。

『風ではありません。が……嵐を呼べるほどのハイ・エルフになら、きっと動かせるものです』

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