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嵌った沼に花束を  作者: 睦月 葵
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木香薔薇三姉妹

 ジャクリーヌ嬢をうちに連れて帰ることになった日に、同じ即売会の会場で、お値段もサイズもBIGではないもう一つの出会いがあった。

 木香薔薇(もっこうばら)───しかも黄色の一重。一重の木香薔薇というのは、これまでに見た事がなかった。


 木香薔薇は住宅地でよく見る品種で、年に一度の開花ながら、小花がモコモコに咲き誇っている姿が愛らしい、私好みの垂れ下がり系の品種である。もっとも、モコモコになっているのは八重の品種だが。

 自宅庭の支配者である我が母は、かなり偏屈で変わり者。桜の花びらが舞い散るのすら鬱陶(うっとう)しいと評する御方だが、「そういえば、石垣(実家は、生活道路より敷地の位置が高いのである)に垂れ下がる系の植物が欲しいとか言っていたな」と、余計なことを思い出してしまった。加えて、一重の木香薔薇が珍しかったこともあり、勢い余って連れて帰ることにしたのだ。元々が小さな花である上に一重の子ならば、舞い散る花びらも少なかろうと、安直に考えたのである。

 脳内第一候補と自宅に植えてみたいNo.1の株を手に入れて、テンション上げ上げの私は、即売会の会場からの帰りに、自宅近くのホームセンターに寄った。『ジャクリーヌ・デュ・プレ』を植え替える為の大きめの鉢と当面の一重の木香薔薇の為の鉢と支柱、バラ用の土を買う為に。

 そして、そのホームセンターの園芸用品売り場で、出会いは重なるものだと運命を感じざるを得なかった(単に、ちょうどそういうシーズンだったとも言える)。

 ホームセンターでは、季節柄で最も多く取り揃えられたバラの株の群れの中、木香薔薇の黄色と白の八重が私を待っていたのだ。

 ()くして、連れて帰った株は四株。買った鉢は大小三個と垂れ下がり系の木香ちゃん達の為の支柱、加えてそれを満たすに足るだけのバラ用の土───ということになった。即売会で購入意思があった私は、前年の経験を踏まえてそれなりに多めの金銭を用意して出かけたのだが、自宅に帰り着く頃にはすっからかんだったことはいうまでもない。


 すっかりルンルン気分で帰宅したのだが、私にクレームをつけることを趣味にしているような母親が、何も言わないわけがなかった。

 ジャクリーヌ嬢に関しては、「私が気に入ったの。去年のモリニューさんはお母さん用だけど、この子は私用のバラなの」と言って押し通した。けれども、木香薔薇達に関しては、「石垣に垂れ下がる植物が欲しい」と言っていたのを(ひるがえ)し、「花は嫌、散る時に散らかるから」と言い始めたのである。

 『別に花を付けない植物でも、枯葉は落ちるだろうに……』───と、思いはしたものの、母の土地である以上、こちらが折れるしかない。

 幸い、木香薔薇ちゃん達はまだ小さいので、当分は鉢で何とかなるだろうと簡単に考えた───が、その考えは綿あめよりも・練乳よりも甘かった。


 木香薔薇は、限りなく原種に近い品種なので、一年に一度しか花を咲かさず、加えて丈夫で成長が異常に早い。彼女達を購入したのは、その年の花が終わったあとで、夏の間はひたすら成長する為の期間だったのだ。どんどん枝を増やし・伸ばして、用意していた支柱からたちまちはみ出して行く。

 このままでは収拾がつかなくなると思った私は、夏の間に大根を育てられるほどの巨大な鉢や、蔓のような枝を長く絡ませることが出来るアイアン・アーチを購入し、しばらくはそれで何とかなるようにした。勿論、次から次へと何だかんだと購入する私に、母からのクレームは尽きなかったが、いつものことなのでガン無視である。


 そうやって、木香薔薇三姉妹(黄色一重・黄色八重・白八重)の為のバラのアーチは完成した。

 けれども、本来は枝先を下げた方がいい品種なので、元気ではあるものの、五年経った今でもそれほど花付きは良くない。けれども、本来好きなモコモコ八重の黄色・白の愛らしさもさることながら、黄色・一重ちゃんの可憐さは想像以上だった。『繊細な蜜蝋(みつろう)細工のような』とでも言えばいいのだろうか?───はっきり言って激カワなのだ。

 そして、今年に至ってとうとう、石垣沿いの陽当たりのいい一角に移植して良いとの許可をもらった。膝・腰を悪くした母が、以前ほど庭仕事が出来なくなってきたからである。若い苗であれば、移植に適するのは十月頃だ。花芽を付ける時期が九月から十月頃で、剪定(せんてい)に適した時期が六~七月頃なのだが、コロナ禍で自宅待機シフトが設定されている近日中に、サクサクと剪定をし・さっさと植え替えてしまおうと思っている。

 何故なら、木香薔薇に多くの花芽を付けて貰う為には、九月頃から水だけを与え、肥料や活力剤を与えない断食生活に入ってもらわなければならない。栄養が少ない、生命の危機を感じさせてこそ、野生種に近い木香薔薇は、多くの花を咲かせてくれるのだそうだ。それに、花芽を付けたあとに移動となると、植え替えている間に花芽が落ちてしまう危険がある。今のうちにより善き環境に移すことが出来れば、夏の間に新しい枝を伸ばし、秋には花芽を付け、春にはステキなモコモコを見せてくれるだろう。時期外れの移植には、枯れてしまう危険も伴うが、そこはこれまで見て来た木香薔薇三姉妹の野性の力に期待するしかない。

 この時、木香薔薇三姉妹の為に購入した物資は、巨大な鉢が二つとアイアン・アーチと大量のバラ用土。そして、これからの移植の為に、良質の土と横広のフェンスが必要になるだろう。


 こうして、バラの品種によって必要な物が増え、深まる沼に潜むのは花の株ばかりではないことを知ってしまったのだ。



【木香薔薇】

 常緑・つる性低木(枝に棘がない) 一季咲き 弱性ティー香

 黄色:八重・一重 白:八重・一重

 一般的に植えられているのは八重がほとんど

 中国南西部産 野生種に近く非常に強健

 名前の由来は、インド原産のキク科の木香という芳香性のある生薬にも使われる植物に、香りが似ていることから付けられた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 木香薔薇の一重。 確かにカワイイ。 というかバラだと言われても疑うかも。 [気になる点] 気がつけばバラの画像を検索している私がいた。 [一言] お庭が充実してきたようで何よりです。
[一言] 確実に沼に嵌っていく様子が、手に取るように分かります。 あ、あ、あ、あぁぁぁぁ。 「安易に手を出してはならない」植物だということは、安易にバラに絡んで作品を書いた経験から、よく分かります。…
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