出会い再び・ジャクリーヌ嬢
モリニューさんを我が家に招いて一年が過ぎ、再び迎えた春、モリニューさんは無事で元気に沢山の花を咲かせてくれた。
この一年間は、これまで購入した植物達とは比較にならないほど『良いお家の出』であるモリニューさんを前に、二十歳前後以来のバラ栽培のお勉強の日々だった。取り敢えず、初心者向けの本を二冊ほど買い込み、バラ農家の御夫人が教えて下さった一年のルーティンを詳細に確認した。バラ農家さんにも言われ、どの本にも書いてあったのは、バラの天敵は病害虫と極端な暑さ・寒さ、そして水切れなのだそうだ。
私の生息区域から考えて、寒さはさほど問題ではない。むしろ注意すべきは、暑さの方だろう。
病害虫に関しては多少の知識はあったが、推奨されるのは日々の消毒で、家族の庭犬と私の愛猫娘がいる身の上では、薬剤散布は出来るだけ避けたいところである。けれども、母方の祖父が家を建て・諸々の庭木を植えまくり、祖父亡きあとは祖母が・やがては母が各種草花を植えまくってきた庭は、各種虫さん達のパラダイスでもあった。
出来るだけ薬剤を使わない方法を探して、またモリニューさんに寄って来る虫さん達の情報を求めて、度々ネットの海の中に潜ることとなったのである。
そうして、最初の壁だった一年をどうにか無事に過ごした。
以前はあんなに不可能に思えたことが、何故出来たのだろう?
答えは簡単である。知識や知恵を求めても、ひたすら本に頼ることしか出来なかった私の若い頃に比べると、手に入る情報量が格段に違うのだ。『バラを育てたい』だけであるなら本だけでもいいが、そこに『犬猫に害のない方法を』とか、駆除するべき虫さんと駆除する必要のない虫さんの選別とか、私のニーズに合致する情報はネットの海の中で見つかった。それも、かなり詳細に。
おかげで、なんとかかんとか乗り切ることが出来たのである。
そして、モリニューさんと出会った季節が再び訪れた。
今年の私は、JRの駅前広場で、件のイベントが行われるかもしれないことを知っている。たった一年だけなのだが、長年の課題をなんとか上手く乗り切った私が、イベントの有無を確かめずにいられるだろうか? いや、それはないっ!
勿論、開催の有無を確かめ、イベントの日程を調べ、友人を拉致して強引に突き合わせ、物資の運搬に適した自家用の軽自動車で乗り付けた。はっきり言おう。たった一年の成功にテンションが上がりまくっていた私は、正しく『ちょーしこいて』いたのである。この時の私の行動は、出会い系サイトに出入りする男女とほぼ同じだった。ただ単に、出会いたい相手が植物=バラだっただけである(まあ、世間的には、そこが大きな違いなのだが……)。
この一年で、多くのバラの種類の写真&資料を見ていた。メジャーな品種はホームセンターなどでも売っていたし、剣弁高芯咲きの最もバラのイメージ通りの品種もまた、その時点ではあまり魅力を感じてはいなかった。出会いを望んでいたのは、少し珍しい一重のバラ───しかも『カクテル』という赤がメインで黄色の差色がある育て易く、メジャーな品種ではないものがいいな───と思っていたのだ。
一年間、営業であちらこちらを回りながら観察していると、バラを植えているご家庭は案外多い。そして、壁に沿わせて一重の白バラを育てているご家庭も結構あった。それらを見て「いいなぁ…」と思ってはいたのだが、「同じ種類でもなぁ…」とも思っていた。
かくして私は無事に会場に潜入し、昨年アドバイスを頂いたバラ農家の御夫人にも再会してお礼を述べ、お陰様でモリニューさんが元気に育っていると報告することが出来た。これで、会場に来た最初の目的は完了。
次は、出会いを求めての徘徊である。
一年前にも思ったことだが、このイベントでは、ホームセンターや通常の園芸店では出会えない品種と巡り合えた。
あれもいい・これもステキ───と思いながら徘徊していたが、そうそう何株も購入出来るほどの資金力は、私にはない。だからこそ、「もしも、この品種と出会えたら……」と思っていたものを探して丹念に見て歩いていた。
御存じの方も多いとは思うが、バラの品種はそれこそ星の数ほど多い。一村一品と言われるヨーロッパのワインの種類にも、その数は引けを取らないほどである。だから、本で見たことしかない品種に出会う可能性は、とても低いだろう。アレかコレかソレに出会えたらいいなぁ───ぐらいに考え、幾つかの候補を頭の中に用意していた。
───が、しかし、天の歯車が回っている時、出会いの偶然は必然なのかもしれない(大袈裟)。
しっかり出会ってしまったのである。脳内第一候補だった品種に。
その名も『ジャクリーヌ・デュ・プレ』。
私が仕事中によく目撃していた一重の白バラは、『ナニワノイバラ』だと推定される。真っ白な花弁に鮮やかな黄色い花芯のバラである。対して、『ジャクリーヌ・デュ・プレ』は白バラ属性ながらも、ほんのり桜色を帯びており、花芯も染井吉野を思わせる赤と黄色のコラボ。バラという豪華&華やか代表の花でありながら、桜の可憐さを併せ持つというところが、とても魅力的だった。
その大本命と一発で出会えるとはっ!
しかも、思い描いていた通りの麗しいその株は、お財布に情け容赦のない価格の大株でもあったのである……。
モリニューさんと出会った時にも、その価格に退いた。けれど、ある程度の期間、バラ農家で大切に適切に育てられたからこそ、初心者のちょいミスにも耐えうる体力を持った株だったのだと、何となく解っていた。そのモリニューさんに負けず劣らずの高値の花価格───今回は、『母の日の贈り物』という免罪符は事前封印されている。
迷いながら会場を回っていると、同じ『ジャクリーヌ・デュ・プレ』の可愛らしいサイズと価格の一年株を発見。まだ細く・短い枝の先に、一輪だけ咲いた花が愛らしく揺れていた。
同じ品種なのだから、こちらで妥協するべきなのかもしれない。毎年大株を購入出来るほど、私のお財布は太っていない。加えて、『購入して終わり』ではないので、モリニューさん共々、今後ずっと経費が掛かるのである。
そんなふうに迷っていると、件の御夫人に声を掛けられた。
「一年株は、逆に大変ですよ。あちらのサイズまで育つのに五年はかかるし、ちょっとしたことで枯れるし」
だよね~───と思ったことはいうまでもない。
(まあ、いっか。意中のヒト(花)だし、本命を手に入れた以上、これ以上増やすこともないだろうし)
そういうことで、『ジャクリーヌ・デュ・プレ』の大株はうちの子になることになった。
つまるところ人というものは、甘い見積もりで沼へ次の一歩を踏み出すことになるのだろう。進めば進むほどに、ぬかるんだ泥は深く・抜け出し難くなると理解しないまま。
【Jacqueline・du・Pre】
シュラブ・ローズ 繰り返し咲き ティー香
芳香種 白 半つる性
Harkness社作
名前の由来は、イギリスの名チェロ奏者の女性に起因する。