冒険者
「ありがとさん、さっそく塗ったり、周りの家の奴にもわけてやらないとな。気をつけてかえるんだぞ? メリー。」
食材屋に戻り、使い方説明と共に納品を終えると、御礼に料金と乳製品を分けて貰った。
ちなみにメリッサの制作物の料金は払い手に丸投げしている。
基本的に酪農品しか買いに来ない代々自給自足の生活で、先祖が元王族お抱えだった為、何かあれば力になる代わりに税を免除されている。
だから正直メリッサには金銭感覚がないし、別に困ってもいないのである。
困りごとを強いていうなら魔法使いではないので、そろそろ税金払った方が良いくらいの技量しか自分にはないのでは?と、いつか言い渡されそうな特別扱いの撤廃には戦々恐々としているが…王家の解毒と香水制作を担ってきた王草の育つ家はまだまだ使い道があると判断されているらしいので、今の所その兆候はない。
「ええ、ありがとう。貴女も荷物持ちありがとうね」
食材屋前まで忌避剤を運んでくれた少女に礼を言う。
ホントは撫でながら言いたいところであったが、トレードマークのようなとんがり帽子でかなわなかったので目線を合わせて笑顔での御礼と報酬を少しわけることで感謝とした。
「えへへー。私、しばらくあそこに居るからよかったらまた植物のこと教えてね!」
「ええ、機会があれば。」
社交辞令なので、基本的に敷地から出ないから機会が無さそうなことはわざわざいわないことにする。
貨幣を握りしめてない方の手を大きく振って去る少女を、メリッサは小さくてをふりかえして見送った。
「メリーは家が遠いし山羊馬でも飼ったらどうだい?」
食材屋が心配そうに提案した山羊馬とは、体は短毛の大きな馬、顔つきは山羊の乳も捕れる騎乗可能な生き物だ。
羊駱駝が羊の馬化したものに近いとしたらその山羊バージョンといえるかもしれない。
「餌はきっと困らないけど飼い慣らして乗りこなす自身がないわ。酪農する知り合いがいなくて飼うには情報もなさすぎるし、それでは主として無責任だもの。」
草食で子だくさん、懐かないと頭突きをしてくる。メリッサの持ってる情報はそれだけである。
酪農しない町の小さな趣味の書店も基本的に娯楽本しか集まらないし、都市までわざわざ飼育書の購入と山羊馬の取引をしに行くのも、小屋を建ててくれる職人を探すのも正直面倒に思えた。
「それもそうか。気をつけて帰るんだよ」
気の強い山羊馬なら魔物からも守ってくれたり、背に乗せてくれそうではあるが、動物の飼育経験のない二人にはリスクを上回るだけの愛情を持つ自信もない。
「ええ、ありがとう。」
行きより気持ち軽くなった籠を背負って、獣道に入る。
夜にはまだならないがもう夕方なので急いだほうがよさそうだ。
ガサガサガサ。
近くの茂みが慌てたように揺れる。きっとこれは魔物達が自分からの物音と香りで逃げていく音だろう。
獣道を歩く分には日が沈みきる前までなら魔物除けももしかしたら要らないのかもしれないーーふと、荷物を持ち帰るときに魔物除けを付け替えるのを忘れていたことに今更ながら気づいた。
かもしれないどころか、確実に要らない状態なのをうっかりで知るとは。
メリッサの植物染めの衣服は石鹸草で洗い、外干しでしっかり他の香草の匂いを吸収しているし、メリッサ自体も洗髪料に石鹸まで植物製で、食べてるものも香草を必ず使うので体臭にも影響が出ている可能性すらある。
最早メリッサは生きた魔物除けだった。
こうして持ち歩き忘れた場合の類い希なる弊害はと言えばーー
「危ない!」
ーーこうして、外部からの冒険者が魔物除けを持たないメリッサに慌てて、逃げて行くはずだった魔物に斬りかかって怒らせてしまう時くらいである。
擬音しがたい叫び声を上げた大蜘蛛が黒かった目玉を怒りに赤く染め上げて前脚二本をあげて威嚇したいる。
ちなみに怒った魔物に対してメリッサからする程度の魔物の嫌う香りは全くもって効かない。
「君、町は反対側の筈だよ!? さぁ速く逃げて!」
勇ましく大剣を構えた冒険者と大蜘蛛が獣道上で対峙する。
守ってくれてるつもりらしいが大変迷惑であり、関節を上手く切断できるならともかくとして相手は燃やすなりする方が倒し安い魔物。
吐く粘液はよっぽどの業物でないと断ち切れずに逆に刃を鈍らせてしまうだろう。
しかし、彼が持つのは武器に詳しくないメリッサでも知ってるようなお手ごろ価格の量産品に酷似しているーーいや、それどころか構えればしっかり輝き主張してくる安物量産品店のロゴががっつり見えた。
「あのー、私は大丈夫ですから。」
出来ればそんな装備しか買えないなら武器をだめにする前にどいて欲しい。
冒険者は消耗品が多くてお金がないひとが多いらしいので心配だ。
「魔物除けも持ってないお嬢様が何言ってるの!? 危ないから逃げて逃げて!」
どうやら今日のワンピースはお嬢様に見えるくらい良い物だったらしい。
いや、籠を背負う御転婆なお嬢様なんているのだろうか?
小さな疑問よりも正直なところ申し訳ないのだが、メリッサは虫系の魔物に関しては弱点をつけるので、さっさと倒して帰りたかった。家は遠いのだ。
しかし、メリッサが倒すには距離が開きすぎていて、この距離だと魔法を届かす自信もない。つまりは冒険者が邪魔なので退いて欲しい。
なんて言おうかと考えている間に、大蜘蛛が吐いた糸がまっすぐ冒険者の剣へと向かう。
くっ付いたところで大蜘蛛が顔を背ければ、あっという間に彼は武器を取り上げられてしまった。
「ああ!武器が!」
判断が遅いばかりに可哀想なことをした。蜘蛛糸は焼き切らないと取れないが大抵の剣は炎でだめになる気がした。
鍛冶屋に持ち込んで直して貰うにせよ、買い直すにせよ、出費は安物を扱う彼には痛そうだ。
「あのー、炎魔法とかつかえないんですか?」
森は存外水分を帯びてて燃えにくいので、虫系を焼き殺す程度なら非魔法以上の火力でも火事にはならない。
万が一の場合は鎮火に協力しようと思って聞いてみる。
「使えるのは土魔法だけだ!」
それだと土いじりをするメリッサには一瞬で畑が耕せそうで羨ましい部類の魔法だが、今は全くもって役に立たない。
岩を作って押しつぶすとか、壁を作って閉じ込めるとかしないあたり使えるだけで威力かスピードが足らないのだろう。
「一か八か走って撤退しよう!」
メリッサの手を取った冒険者には、足のリーチ差で絶望的すぎる作戦しかないらしい。
何故勝てない相手に喧嘩を売ったのかーーいや、そもそも丸腰のメリッサを助けるためであった。
それなら此方のせいなのでなんとかしなければと、袖から手の洗浄用に携帯していた石鹸草の粉末の入った試験管を取り出す。
「町へ用事ならそのまま行って下さい。私はここを通って行きますから。」
コルク栓を親指で撥ねながら、中身を逆さまに落としながら詠唱を始める。
ちなみに魔法詠唱は、現象を引き起こすのに必要な想像力を補助する物で、魔法使いレベルの人はほぼ使わない。
『水よ、集まり撹拌せよ』
落下中の薬草が大気や地中から集まってきた水に包まれて蠢き、泡立ち始める。
『そして、対象者を包囲せよ』
泡水の塊は此方を餌と認識して突っ込んできた大蜘蛛を包み込み、その衝撃で固まった大蜘蛛が滑るようにそのままの形で、二人の頭上をトンネルのようにすり抜けた。
『水の牢獄』
本来なら流水で吸血鬼を閉じ込める魔法だが、魔法使いほどの力がないメリッサでは、全体を一センチ程度の厚みしかない薄い水の膜を張るのが精々で、効果範囲も持続時間も中身に害成すほどの力は全く持ってない。
「ありがとう!でもそんな弱い結界なんか張ったところで目くらましにしかならない!速く逃げよう!」
冒険者の言うことはもっともだ。虫は割合簡単に気絶して少しの間なら動きは止められるが、所詮は時間稼ぎにしかならない。
だからメリッサは、水を洗剤に変えて虫を包み込んだのだ。
「大丈夫、もう終わったもの。」
虫は洗剤で窒息死する。それは大型の魔物でも変わらない。
呼吸器に入り込んだ洗剤は、魔力製ではなく実物の水を集めて薬草で創った物だ。
体表を水が包むというメリッサの魔法が解けても、体内から魔法で作られてない物が消えさることはない。
「え?何言ってんだ、あいつ激しく動き出して…!?」
塞がれた大蜘蛛は確かに激しく動いていたが、それはひっくり返り死ぬ間際の足掻きなのは見て取れる。
「私は冒険者ではないし、解体も出来なければ素材にも興味はないの。欲しければまるごとあげるわ。」
弱ってから息絶え、完全に動かなくなるまで虫はとても長いが、それをまったり見守る気は全くない。
踵を返して帰ろうとしたところで、何故か先回りされた。
「凄い!あんな大蜘蛛外傷もなくやっつけるなんてどんなに高く取引できることか!君は魔法使いって奴なの!?」
すごく輝いた赤みがかった茶色い目でみられてしまってなんだか居心地がわるい。
落ち着いてみると軽装の冒険者はふわふわした髪も赤みがかっているが、此方は痛んだせいなのだろうな、などと頭の片隅で考えて期待の目で見られることから軽く現実逃避をする。
「…残念ながら私は非魔法の植物使いよ。魔法使いだったら無詠唱で水刃で切り裂くなり、炎で焼き尽くすなり力業も使えるのでしょうけど、私にそこまでの力はないわ。」
自分でいっててメリッサは魔力の無さに悲しくなってきたが、冒険者は何故か尚目を輝かせていた。
「それでも無傷で倒せる方がずっと凄いよ!」
確かに冒険者なら魔物の死体は売り物だから、自己顕示欲に任せて一瞬で灰にされるより、時間がかかっても綺麗に倒す技術の方が上なのかもしれない。
「虫系の魔物にしか使えないけれどね。」
褒められた事は嬉しくても、自己肯定の低いメリッサは素直に受け取れず、ついそんな言葉を返してしまった。
「それでも凄いなぁ。あ、強いから魔物除けももたずにうろついてたんだね!」
否定しても気にもとめず、めげずに褒めてくる。この人は他人をほめごろすのが趣味なのだろうか。
「植物使いだから魔物に嫌われる匂いが染み付いてるだけよ」
過大評価はやめてほしかった。ただでさえメリッサは王草の家の主人として国が過大評価してるというのに。
魔法使いになれなかったメリッサにとって国が税金免除など特別扱いしてくることもコンプレックスでしかない。
「これからどこに行くの?」
「町外れの家まで帰るのよ。」
「行きたい!ついてっていい!?」
子犬の様に輝いた目で間髪入れずに言われて勢いで肯定しかけるが、若い年頃の男女が他に泊まるところのない家にこの時間から一緒に行くと言うのは如何なものか。確実に泊めないと行けなくなるコースである。
「…見ず知らずの独り暮らしの異性の家にこの時間からとまるきかしら?」
寂しい一人暮らしといえど、送り狼はごめんである。
助けてくれようとしてくれた相手には冷たすぎる言い方になってしまったきがしたが、残念ながらメリッサの不信の方が勝ってしまった。
「あ、そうなんだごめんね!? 行きたくなったら日中訪ねるから方角は?」
可愛らしい言い方が出来ないことにメリッサは若干申し訳なくおもってたのに、冒険者は全くもって気にした様子はなかった。
「…そこまで普通来たがる物かしら?」
反省と安堵を繰り返してるくせにやはり口が悪い。表情に出てない自信だけはあるが愛想もないことも自覚済みである。
「俺、みたことないものがみたくて冒険者になったんだよね。植物使いなんて初めて出会ったから気になっちゃって!」
メリッサからすれば植物使いとはよくお互いの収穫物交換をするし、冒険者ではなく定住する身なので頻繁に訪ねられている。
あまり町にすら降りないことも相まって、植物使いが珍しいという感覚はよくわからない。
日中ならば何かあっても対処出来るだろうから訪問自体はかまわなかった。
植物使い意外にも修理屋のように植物目当てに意外と訪問者は多いのだ。
「…そう。まぁ、日中ならお客様の一人として持て成すわ。」
「ありがとう!」
子犬の様な人なつっこさとさわり心地の良さそうな頭に思わず撫でたくなるが、相手が子供ではないこともあって思いとどまった。
「私の家はこの獣道を抜けたずっと先の唯一の建物よ」
「解った!じゃあ俺、あれを売って宿とらないとだからまた明日ね!」
そう言うと意外と力が強いのか虫系が軽いからなのか、冒険者は蜘蛛糸だらけの剣と洗剤まみれの魔物を軽々持ち上げて町の方へと走っていった。…騒ぎにならなければ良いのだが。
「あと、滑って落とさなければ良いけど」
結局その日、彼が町で手を滑らしてボーリング球のごとく蜘蛛を滑走させてしまった事を知らずにメリッサは帰宅したのであった。
ちなみに洗剤で綺麗に洗えたこともあって、大蜘蛛は相場より高値で取引されることになる。
山羊馬の名前の元ネタは |千匹の仔を孕みし森の黒山羊《シュブ=ニグラス》から。
アルパカみたいな可愛い名前は思いつかなかったよ。
黒以外は劣性遺伝子で多産ですぐ増えて馬肉とジンギスカンを混ぜたようなワイルドな味の肉、ミルクは山羊乳と牛乳の中間な品質です(雑
山羊馬には女帝グラスが君臨し、従えているーーとか
不倫した女から腹を食い破って産まれてきたーーとか
要らない子は彼の母に愛されるーー(小山羊馬を孕まさられるのか小山羊馬になるのかは地方によってブレがある)とか
恐い伝説を物語に組み込みたいね!(クトゥルフ脳)
子だくさんでいつの間にか思ったより増えてて数が合わないきがするせいや
子供の教育のためになまはげがくるよ枠とかの伝承です、多分
良い子にならないと魔物の餌の動物にされちゃうぞー的な。
子だくさんだから儀式や魔物の囮とかにも食用にも流通してるんじゃないかな!
ドラゴンに家畜攫われたり、魔物に家畜喰われる世界だから繁殖力の高さは重宝されてそう