修理屋ジョーンズ・ワット
「やぁ、メリー。今期のカミツレの花はそろそろ買えそうかな?」
メリッサは食材を買い終わって店を出た所で修理屋のジョーンズに鉢合わせした。
修理に熱中しすぎてハイになりすぎるせいか寝付きが悪くなりがちな彼は、つみたての美味しくて寝付きの悪さによく効くカミツレの花茶を毎年心待ちにしている、植物使いのメリッサの常連客だった。
「あら修理屋さん、おはようございます。カミツレなら今朝はつぼみをつけてるところだったからもうすぐよ。咲いたら届けに来るわね。これから食材屋さんへ?」
「いや、人の住まない店より民家が先だよ。…ってことはここもシャッターの故障かな?」
「ええ。これが開かなくてお店が今日は薄暗かったわ」
後ろの片方だけ閉まったままのシャッターを放置した食材屋をさせば「これはかき入れ時だ」とジョーンズは苦笑いした。
「メリーの家は…心配無いと思うけど大丈夫だったかい?」
「うちは川向こうの草原だし、薬草の香りを魔物は嫌うから。怖いのは雷くらいね」
見晴らしと日当たりの良すぎる草原に基本的に魔物は出て来ない。
このあたりの野生動物も生息地は川が草原の丘と森を隔てているためほぼ森や川の近くに限れるので草原の丘はほぼ安全地帯だ。
ちなみに、丘の上の王草の家は一番高い場所なので確かに雷は落ちやすいが、避雷針もちゃんと備えている。
「雨や夜でも草原は隠れる場所がないからか、魔物は出てこないからなぁ…」
「高台だから川の氾濫も関係なくて住みやすいし、皆あっちに家を建てて町にしてくれたら歩かなくて助かるのだけど」
ちなみに王草の家から草原が約三キロ、そこから大河にかかる石橋を渡り、森の獣道を抜けるたところが食材屋の裏手だ。
安全地帯とはいえ栄えてるあたりからは遠い。
そもそも王草の家は景観と日当たりの良さから薬草師だった先祖ご自給自足の隠居生活の為に建てたので水魔法を使えない者のことは全く考慮されてない設計かつ、川や町からも離れていた。
幸いメリッサは水魔法が少し使えるが、他の人が住むには井戸でも掘り当てないと水道関係が厳しいし、物欲があるほど町から遠いのは苦痛だろう。
「はは、確かに安全だが、都会に繋がる鉄道から離れて不便だからね。都会に働きに出たい人は片道二時間以上も通勤していられないだろう?」
「それもそうね。都会までの通勤時間を考えると絶望的だもの」
この町は都会へ通勤できなくはない距離で、規模も税金も小さい田舎な為にベッドタウン化し、基本的に駅近くが居住区、町の外側に小さな住民が趣味やセカンドライフで初めた店がぽつぽつとあるといった造りをしている。
基本的に皆都会で買い物をするしそちらの方が品質もよいことと、駅から離れるほど安く店や家が持てることから駅前はそれほど賑やかではない。
鉄道が通って町が出来る前から今までずーっとぽつんと一件屋なの王草の家のお隣さんやご近所さんは商店なのはありがたいが。
「所で今回はいつも出ない魔物が出るって話だったけども、どんなのが出たか聞いてるかしら?」
日が沈むと外には誰も出なくなるので基本的な大した情報は出回らないが、修理屋はいろいろな家に出入りして情報が集まりやすい。
魔物によって好みの違いもあるので、忌避剤の参考になればと一応聞いてみる。
「咆吼を聞いたって話やかなり高い位置をひっかいてること、食材屋のシャッターを歪めることからでかくて力が強そうだってことくらいしか解らん。」
「大きいってどのくらいかしら?」
「熊…人位はありそうな引っかき傷だったが、大きい狼も立ち上がればそのくらいのいちはいくしなぁ。正直わからん!」
「そうなの…そんな大きいのに私の魔除けが効くかしら?」
魔物は大きいほど強く、忌避剤も効かなくなってくる。そこまでのクラスだと本格的に狩人や冒険者に頼るほか無い。
しかしこの町は鉄道は熊クラスまでの魔物を跳ね飛ばせるので守る必要は無いし、中途半端に都会に近いので町のギルドが存在せず、更に都市にわざわざ依頼を出しても、冒険者が来た頃には大概元凶時代が行動範囲を変えていたりするので正直当てにならない。
「正直あまり効くと思えないがそれでも全く効かないわけじゃないだろうよ。臭い町にはいられねぇって奴さんがどっか行ってくれれば一番だけどなぁ。」
「…そうね。」
メリッサはすっかり慣れてしまっているが、香草の匂いは好き嫌いがかなり分かれるので人間にも臭いと言われかねない。
そういう意味で言ったわけではないのだろうが、自分が作った忌避剤のせいで町が臭くなると表現されるのは微妙な心境だ。
「あ、メリーの魔物除けが臭いってコトじゃなくてだな!魔物にとっては劇臭って意味で…!」
「大丈夫、わかってるわ。」
それでも自分にも染みついているだろう匂いが臭いと表現されるとレディとしては気になってしまう。
今度は消臭剤か香水でも自分用に作った方が心の平穏は守れるだろうかと考えたところで、どのみち魔物除け持参で外出するので意味は無かったと思い当たったので、この思考には終止符を打つことにする。
「修理屋さんはこれから仕事でしょう? 頑張ってね。」
「ああ。メリーは帰るなら気をつけて。」
「ええ、ありがとう」
食材屋前の井戸端会議を解散すると、メリッサは背後の森の獣道へと戻る。
保管庫に食材を入れた後は忌避剤を作って、夕方までには納品して帰らなければ。
魔除けがあっても森の中など魔物の領分に夜間にうろつくと、気が強くなっていて襲ってくる個体もでてきてよろしくないのである。
ベーカリーで軽食を買って、花弁の雨が降る森でゆっくりピクニック気分でお昼を取る予定は諦めて、気持ち早足で獣道を進んだ。
ジョーンズ・ワット
修理屋
仕事が無くても趣味でゴミ収集所から直せそうなものを拾っては
寝食を忘れていじり倒してる
ちゃんと寝ないと精密機器の修理に支障が出るので
度々メリッサに寝付きのよくなる草花を注文している
眠りやすくなるよう飲み始めたのがきっかけで
ミルクティーに目がない
カモミールとラベンダーの季節が好き