メリッサ・アイクリーナー
とある王様の草と呼ばれた植物がある。
「♪」
それはよく目にする有り触れた食材で。
「メリー! メリー!! 居ないのか!?」
小さく白い花を咲かせる植物。
「庭よ、オレゴンさん。どうしたの?」
ある意味その効果は有名なのかもしれない。
「冒険者だ! バジリスクに噛まれている!」
かの有名な蛇に似たその草の名は解毒作用がある。
「大変!このバスケットを持って行って!」
バスケットの中身はバジリコン王の草ーー即ち王草。
香水にも用いられた薬草に取り囲まれた家は王草の家と呼ばれていた。
朝焼けの中、ワンピースに大きなポケットのついたエプロンを着けた黒髪に檸檬のような黄色い目の少女ーーメリッサ・アイクリーナーは自宅の庭にて物憂げに佇んでいた。
ーー彼女の一日は空が白み始める頃に始まる。
いつものように、昨晩枕元にポットの水にミントを沈めて作っておいた水出しのミントティーで目覚めの一杯を楽しんでから、エプロンを身につけて庭へ出た。
夜盗虫や蛞蝓が居ないか庭を見回り、今日使う予定の草花を鼻歌交じりに摘む。
いつも通りの朝だたが、今日は早朝にも拘わらず来訪者がやってきた。
冒険者が毒蛇に噛まれた緊急事態と言うことで、解毒に必要な摘み立ての王草をまるごと渡したのだ。
おかげで食べごろの王草がさほど無い。
まあ放っておけばまた増えるのでたいしたことではないが、強いて言うならば今日はジュノベーゼパスタを食べたい気分だった。
その気で居た口が何を考えても代案受け付けてくれないため、ただ朝食が決まらず佇んでいるだけなので、他者がみて受け取る印象ほど実際は深刻に悩んでいない。
ーーこの量の王草ではとても足らないし、今日はジュノベーゼは諦めてサラダとパンケーキで済まそうか…うん、なんかもうおなか空いてきたから簡単に作れるそれにしよう。
考えがまとまったところで動き出す。
先ほど王草をバスケットごと渡してしまったので、代わりにエプロンの端を持って風呂敷がわりにすると、使う予定の植物達をポケットから選定ばさみを出してつみ始めた。
三色菫の花を摘んで、ボリジの青い花と若い葉も少し。
薔薇の芳香のするゼラニウムの葉は数枚。
後は薄紅葵を切り戻し序での収穫を…。
春の草花に囲まれて、あれもこれもと選んでいるとなかなかの量になる。
大体はサラダ用の為、食べきれない量になる前にほどほどのところでやめておいた。
庭に居ると食べごろの物がめについてつい、収穫しすぎてしまう。
取り過ぎたところで庭自体は広さと繁殖力も相まって平気なのだが、メリッサの処理許容範囲を超えかねない。
収穫を終えて台所へ移動するとまず、目を覚ましに飲んだミントティーのの残りの入った硝子ポットを加熱器にかけた。
塩水で洗った草花の大半は盛り付けて、作り置きのドレッシングをかけたサラダへ。
ローズゼラニウムの葉はバターと一緒にフライパンにいれてから、ホットケーキの生地を流し込んで焼き付けれる。
食べるときは香りを移して装飾と化した葉は残す派と食べる派に別れるところである。ちなみにメリッサは食べる派だ。
ホットケーキへ薔薇のジャムもそえて、全品用意が出来たところで席について手を合わせた。
「頂きます。」
自分以外に誰もいなくても命を頂くことには変わらない。
だから食事の挨拶は一人でも手を合わせてかかさずに。
鼻孔をくすぐるのは甘さと爽やかさと少しの酸っぱい香り。
『食事の見た目や味と香りが精神力を回復し、含まれる栄養は体力を養っていく。
だから食事は大切で、盛り付けも大事なことなのを忘れてはいけないよ?』
そう言って撫でてくれた祖母は既に他界しているが、その言葉は一人暮らしでもだらけず彼女がまともに生活を送れている理由の一つかもしれない。
元来の真面目な性格とごみ屋敷にしてしまう精神状態はまた別問題だ。
硝子のティーカップへ飲み物をつごうと手を伸ばせば、加熱器上のミントティーが入った透明なポットがメリッサの檸檬色の瞳を蜂蜜色に染め上げて映していた。
ーーレモンバームは蜂を呼ぶ檸檬の香りの植物とされる。
黒髪に黄色い目だなんて蜂のような色も、蜂を呼ぶため植え付けられて逃げれない植物の名前も、メリッサ好きではない。
丈夫な葉は風にそよぐだけで切り裂かれなければ舞うこともなく、地を這う様に伸びて枯れても本体の下敷きとなり腐葉土と化す。
多湿を好むのも、控えめな小さ過ぎる白い花も。陰気な性格の自分のマイナスさの現れのようだと思ってしまうのも卑屈過ぎるだろう。名づけられたときは当然性格も判明してない赤子だったのだから。
少し沈んだ気持ちを誤魔化す様に、暖まったミントティーへ朝は入れなかった蜂蜜を溶かして、時々咲くピンクと空色の入り混じったボリジの花を浮かべた。
甘いパンケーキには大きいビオラが可愛く乗っていて、薔薇のジャムは輝いているしバターとローズゼラニウムの香りは食欲を誘う。
甘いものばかりでおやつ感が強くなってしまった朝食を前に、先にサラダをたべることにした。
色とりどりの花や様々なハーブをふんだんに使ったサラダを口に含めば、苦み主張の強い葉をドレッシングが食べやすくまろやかにする一方で、他の主張の弱い葉や花はすっかり味を消されてしまっている。
サラダを食みながら、そろそろ作り置きがおわるので次のドレッシングやハーブはどんな組み合わせにして誰を主役にしようかと、今ある植物や調味料について思考を巡らせたところで、思考が冷蔵庫の中身についてへと逸れていく。
(強いて言うならサラダにもハムかベーコンが欲しかった。後で買いに行こう。)
野菜や香草などは庭に生えてるが、酪農してないので買わないとない物も多い。
(卵もそろそろ心許ないし、出来れば乳製品も補充したい所だけど…そっちは重くなるから次回に回してもいいかもしれない。)
ドレッシングの後味をさっぱりさせたくなってきてカップへ手が伸びる。
朝目を覚ますために入れるツンケンした味のミントティーは、今は蜂蜜で少し優しさを得て最初よりも少し取っつきやすい子になっていた。
バターとローズゼラニウムの甘い香りのパンケーキは、少し添えたジャムによって匂いだけでなく味も甘みを持ちはじめる。
(フレーバーティーもだけど甘い匂いなのに甘くないのはなんだか不思議で面白いと思って楽しめるのに、甘いものが食べたいときだと詐欺に遭った様な損した気になるのは私だけかしら?)
感想がでただけで一人の食事は会話も弾むわけもなく、とりとめのない思考はいつものように霧散した。
美味しく可愛らしい朝食に胃も心も満たしたところで、洗い物をしつつ買い物の算段をつける。
どうせ買い物にいくなら他に足らないものがなかったか…とリストアップを終えたところで、最近は雨が降らないので鉢植え以外の外の植物達にも水を撒いた。
朝の仕事が一段落したところでバスケットに財布を入れ、魔物除けを付けたら支度完了だ。
歩いて行くには少し気合いがいる道のりは、きっと今からでかければ商店が開く時間にはちょうど良いことだろう。
徒歩一時間ーー距離にして約五キロの道のりの最初の一歩を若干憂鬱になりながらメリッサは踏み出した。
メリッサ・アイクリーナー
母リリィ亡き後祖母マリーに引き取られた
祖母も既に他界しており
家の周りで育つ草花を用いて生計を立てている
基本的に自給自足で暮らしているが
肉類は調達出来ないので町に買いに行く
約5キロ一時間は作者の通勤時間。
メリッサは行きは丘を下り(加速)、
橋で川を越え(平坦な道を等速)、
森の獣道(河川敷程度の歩きにくさで減速)を抜けた所にある
最寄りの町まで行くので帰りは上り坂分もうちょいかかるかな…