第三話 お仕事
「そろそろ楽器のメンテナンスもしないとね」
私はケースから愛用している、フルートを取り出す。
仕事の内容は、正午に切り替わると同時に、国全体に演奏を届ける事である。
定刻に鳴る鐘の役割と似たような役割というものだ。
ただ、ここは大聖堂である。大きな鐘はついているし、別に破損している訳でもない。普通に使うことは可能である。
....じゃあその大聖堂についている鐘を鳴らせば良くないか?と思うだろう。
どうしてこんなへんちくりんな仕事をしているのか。
.......事は1か月前に遡る。
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アイリア大聖堂の近くにある湖の外れにある湖の畔、ここは静かで、自然を感じることができる彼女のお気に入りの場所である。そこで演奏の練習をするのが彼女の日課であった.
「..ふう、よし帰ろう。」
「.....とても、素晴らしい演奏でした。」
!?
一通り練習を終えたときに不意に声を掛けられた。
優しい目でこちらを見据える男、恰好から見て神父であることがわかった。
「あ、ありがとうございます。」
「よく、ここで演奏されるのですか?」
「ええ...」
「貴方さえよければ、また聴きに来ても宜しいですか?...ふふ、正直聞き惚れてしまいました。」
「そんな....ありがとうございます。私のお粗末な演奏であればいつでもいいですよ」
「(演奏技術もそうですが、謙虚な心までお持ちとは。)」
「ん?何か仰いましたか?」
「いえいえ、お気になさらず」
初めて神父様にあったのがこのタイミングである。
それから数日、神父は彼女の元へ演奏を聴きに訪れるようになった。
次第に談笑できる仲になり、密かにサナも神父と話せるのが楽しみになっていった。
ただ、そこから数日後、よくわからない展開へと発展していった。
「突然の訪問、失礼する。」
自宅にて、突然国王が押しかけてきたのだった。慌てふためく両親、サナも何が何だかわからず頭を伏せることしかできなかった。
「ここに見たこともない楽器を用いて、人の心を浄化する音を操る女性がいると聞いたのだが」
おそらく私の事を言っているのだと理解はできた。
しかし、人の心を浄化する音を操ったことなどない。
何か勘違いされている。というより、どうしてそんな誤情報が国王の耳に入ったのか意味不明である。
「国王様、確かに、楽器は自作で作ったので、そうであるかもしれませんが.....私は人の心を浄化する音を操る事などできません。」
「そ、そうなのか。」
「失礼ですが、誰からその情報を聞き及ばれましたか?」
「あぁ、アイリア大聖堂の神父から聞いた。あいつとは旧知の仲でな、君の話は聞いているよ。」
「あっなるほど......」
神父様は予想以上に顔が広いようである。
恐らくであるが、その誤解の元である神父が王に対して、話を盛りに盛った結果、現状に至ったであろうことが理解できた。
誤解であることを説明した後は、少し残念そうな顔をされた王に、彼女もばつが悪そうに別の提案をする。
「もし良ければ、一曲聴いていかれますか?」
国王はその提案に乗った。
....数十分後
「.....素晴らしい」
演奏が終わったと同時に王から漏れた感嘆の言葉。
涙まで流している。この世界の住人は情緒不安定であるのか、音楽に対しての感情の振れ幅が異常である。
「素敵な演奏をありがとう。」
「あ、ありがとうございます。」
そんな一市民が体験できないような超体験から数日後
「サナ様でいらっしゃいますね?」
「ええ....はい」
家の前には恐らく兵士の方であろう人が彼女に話しかける
「国王があなたをお呼びです。この後の時間をいただけますか?」
「あっはい、大丈夫です。」
二つ返事で了承してしまったが、そもそも平民であるサナが断れるわけもない。
馬車に乗せられ、城へと到着する。
城内へ足を踏み入れる最中、呼ばれた理由について思考を巡らす。
前の突然訪問されたときには別段不敬を働いたわけでもない、何が目的で呼び出されたのか思い当たる節が見つからない。もしかしたら、何か言ってはいけない言葉を使った?異世界転生者とバレた?突然嫌な汗をかき始めた。
その後は、謁見室で待つこととなった。
暫くして、国王とその後ろから神父様も一緒に姿を現した。
「よく来てくれた、サナ」
「きょ、恐縮です」
「そんなガチガチに緊張しないで大丈夫だ、リラックスして聞いてくれ。今日は少し仕事をお願いしたくて呼んだんだよ。」
「お仕事....ですか?」
「それについては、神父から話を聞くと言い」
そこからは神父様から仕事内容の説明を受けた、内容はというと.....
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そして正午に演奏をすることになった、という状態である。
彼女自身も演奏を聴いてもらうのは好きだから良いとは思ってたいるものの、最初は展開についていけてない状態であった。
今では楽しく仕事をさせていただいているようだが。
別室で、フルートの準備をしてから神父に話しかける。
「神父様、じゃあ行ってきます。」
「はい、宜しくお願いしますね。」
神父様に見送られながら、大聖堂から出ていく。
演奏場所の外観は、ライブステージに似たようなものになっていて、基本的には、関係者以外は入れないように魔法錠が、掛けられている。
ただ、この空間、機材がすべて透明でできており、外側からでも内部からでも状態を視認することはできる。
魔法錠を解除して中でフルートを構える。
仕事開始である。
透明感のある音が国全体を包みはじめた
今、響かせる音楽はローズベル王国の国歌『白の御旗』
私自身も好きな曲であり、この王国の定番曲。
幻想的でどこか儚げであるが、聞くと元気が出そうな不思議な感覚になる。
白の御旗自体の生まれを聞いたことがある。
たしかローズベル王国と隣国のバース王国が戦争していた時代の話。元は両国とも協和関係にあり、物資の提供を頻繁に行っていた。
戦争の引き金となった発端は、実に下らない国王同士の口喧嘩から始まった。
良く覚えてはいないが、本当に下らない理由だったのは覚えてる。
....卵焼きは醤油派?ソース派?くらいのレベル。(ついでに私はソース派である)
どちらでも良いような、下らない内容でいがみ合う国王に付き合わされる兵士はもちろん、元々仲が良かった両国の民は、士気などほぼ0に等しく、自国に対して不信感を抱くこととなった。
その時にローズベル国民が歌ったのがこの白の御旗らしい。
この曲には『下らない争いなんてやめよう、私たちが戦っている相手は手を取り合うべき相手、互いを認め合おう。』といったメッセージが込められている。つまり反戦争を掲げた魂の楽曲である。
結果として、戦争は収まり再度国王同士も和解できたそうな。
そういう経緯もあり、国民に愛されているこの曲は固定で1曲目だ。
他の曲は元世界にあった曲なんかをいくつかピックアップして演奏している。
30分ほど経過し、演奏も終わりを迎える。
私個人での評価だが、今回は上々の出来ではなかっただろうか。音が良く響いていたと思う。
演奏終了時には観客といいますか、人だかりが出来ていた。
いつも来訪者には、一人ひとり挨拶をしている。
なんていうんだろうか、そう、握手会的みたいなノリである。
「感動したー!」
「ありがとうー!今日は特に上手にできたよー。明日もまた聴きに来てね。」
「相変わらず綺麗な顔だね」
「またそうやって茶化すんだからー、その台詞、私で何人目なの?」
「最後の良かったね!なんていう曲なんだい?」
「あれは ----って曲でね、そうそう最後の盛り上がりがいいよねー」
「こっからの仕事頑張れそうだ!ありがとよ!」
「おっ!頑張ってねー、ちょっと最近温かくなってきたから水分取らないとだめだよ」
「その楽器吹いてみたい!」
「いいよー。私のやつ貸してあげるから今度家においでよ」
「結婚してください」
「お断りしていいかな?」
彼女の握手会、もとい交流はさらに30分ほど続いた。