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4。

いつも読みに来て下さってありがとうございますです

 


 国王と王妃が伴って謁見室へと入った時、初めて入る謁見室の厳かな様子に気圧されているのか不安そうにしながらも一人の少女が気丈に淑女の礼を取り続けていた。

「その方がエネス男爵家が一女リィズベリか」

 そう呼びかけると、声の震えを懸命に堪えながら教科書通りの挨拶の口上が返ってきた。

 どうしても彼女自身を知りたかったので父親である男爵の同席すら認めなかったため、極度に緊張しているのが見て取れる。その様を、壇上にある玉座から見下ろしながら、出来得る限り威圧的な態度で王はそれを受けた。

「はい。わたくしがエネス男爵家一女リィズベリでございます。偉大なるガゼイン国国王陛下の命により馳せ参りました」

 着ている服は貧相というほどのことはないが王宮へ参じるにしては簡素すぎるもので、この国一番と名高い商会を持つ男爵家の令嬢にしては宝飾品の一つも身に着けていなかった。

 着ているドレスは少女の瞳の色と同じ濃い藍色。生地と仕立ては上質だったがデザイン自体はとてもシンプルだ。手首まで包み隠す長い袖も、スカートの裾のふくらみを極端に抑えたデザインも。清楚というよりいっそ修道女めいてすら見えるほどだ。しかし、そのシンプルさ故に少女のほっそりとした肢体が、よりしなやがで可憐に目に映る。流行の先端を行くというより日々の生活を過ごしやすくと考えられているデザインのようだ。

 王宮からの「急いで参じ馳せよ」との言葉をそのまま受け止め、着の身着のままやってきたのだろう。それでも、艶やかな黒髪を纏めている細いリボンが息子の瞳と同じ色をしているのに気が付いて、普段から身に着けているのかと父王の心をそっと温めた。


「面を上げて、立つがいい」

 そう国王から声が掛かると、少女は幾分ホッとした様子で立ち上がり、そっと視線だけで周囲を見回す。しかし、そこに目当てのものを見つけることができなかったのか落胆した様子が見て取れたが、それを押し隠して玉座を見上げて次の言葉を待っていた。

 玉座を見上げるその瞳は不安に揺れながらもどこか希望という光があるのが見えた。それをこれから砕かねばならないと思うと、少しだけ心が重かった。


「リィズベリ嬢。そなたの事を、先ほど初めてリオノールから聞かされた」

 その言葉に、少女の身体がびくんと跳ねた。

 呼び出された理由について察しが付いていようが、それでも不安に思わない訳がない。当然だ。

「リオノールがどうリィズベリ嬢に対して約束をしたのかも聞いた。しかし、あれはこの国の王太子だ。それは判っておるな?」

「はい」こくりと小さな顔が頷いたのを確認し、強く仕掛けた。

「王太子の婚約者となるには…というか王太子妃になるという事は、この国の未来の国母となるということだ。お前にその覚悟はあるか?」

 なにも見逃すまいと、ハッとする顔を見つめる。どうやら自覚したことはなかったらしい。その様子に嘘はない。では、単なる夢見がちな乙女だということだろうか。

「王太子の婚約者を決める時は候補として同年代の令嬢達を集めた。侯爵および辺境伯家以上とした。何故なら伯爵家以下と侯爵家以上では淑女教育の質が違うからだ。勿論、相応しきものがいないとなれば伯爵家やそれ以下の爵位の家にも範囲を広げたかもしれぬがな。しかしそんな必要はなかった。公爵家に素晴らしい令嬢がいたからだ」

 男爵家の令嬢など眼中にはないのだと伝える。国母として在る為に必要なのは愛ではない。教養と資質だ。志でもいい。それのない者を高い地位に付けるなど国家の存亡にも関わるのだから。

「そうして婚約者としたフリーディア・リスター公爵令嬢には今日まで厳しい王妃教育を課してきた。それもこれも、未来の国母として在る為だ」

 じいっと国王の説明を黙って聞いていた目の前の少女が口を開いた。

「…リオノール様のお傍にいる為ならば、私はそれを身に着ける覚悟があります」

 その言葉を鼻で嗤って弾く。

「覚悟、か。言うだけなら容易いな? しかし、だ。覚悟では足りないのだ。

 足りないのは教養だけでなく爵位。爵位の持つ意味は判るか?

 爵位とは家格。家格とはすなわち人脈と信用。そしてそれを連綿と積み重ねてきたという歴史だ。

 つまりリィズベリ嬢には、未来の国母となる為に必要なすべてが足りない」

 すべてが足りないと言い切られた衝撃が治まり、言葉の意味が少女の頭に十分に染みこむだけの時間をゆっくりと待つ。

 顔色が赤から蒼白そして愕然とした真っ白なものへと変わっていく様をできるだけ冷たい視線で見つめた。

 華奢な肩が震える。その様は確かに庇護欲を誘う。しかし、それだけではなく、膝まで震えてはいても崩れ落ちたりしない強さもそこにはあった。

 何かを思いついたのか、ぐっと手を握りしめて少女が口を開いた。

「これからの努力を…」

「無理だ。爵位は努力では埋められるものではないからな。それとも親に強請って金で買うか?」

 侯爵の爵位は金で買えるものではない。しかし、実際には取れる手立てもある。例えば侯爵以上の家へと養子に入ればいいだけだ。

 しかし、それにも信用や人脈が必要となる。未来の王妃として相応しいとみとめられなければ無理だろう。

 子爵や伯爵家程度ならば国の未来より未来の王とのつながりを優先するものもあるかもしれないが、今この国の高位貴族において王家への忠誠よりも自家を優先するものはいない。それだけの自信をこの王は持っていた。

 黙り込んで考えている様子の少女に冷静になる時間を与えるつもりはない。


「そうは言っても、男爵令嬢のままで王太子の傍にいる方法がない訳ではない」

 その言葉に俯いていた顔が勢いよく上がる。

 国王の反対という壁により消えそうな希望が繋がるかもしれないという希望を与える。勿論これは罠だ。少女に対して巧みな罠を仕掛けに行く。

「愛妾でなら、今のリィズベリ嬢でも王太子の傍に置くことができる」

「……愛妾、ですか?」

 言葉としては知っていても、その立場について詳しいことは知らないようだ。

 責任を負うことなく贅沢がしたいだけならば狙う女性も多いが、どうやらこの少女の頭にはその思いはないように見える。

 そうして、ずっと少女を見つめていただけであった王妃が、国王の言葉を受けてその説明を始めた。

「非公式の恋人という立場ね。正妃は別に、爵位も教養も誰もが納得できるご令嬢を迎えることになるけれど、それでもある意味では王太子に一番近い場所で侍ることができる特別な存在よ」

 王妃は、マイナスの情報はさらりと流しプラスとなる情報がより強く残るように印象付ける。

 それを、真剣な顔で少女が聞いていた。

「もし、子供ができた場合は庶子となり、貴女が望み王太子の赦しが出た時には、王族としての全ての権利を放棄する旨を確約すれば共に王城から下がることができるわ」

 ここでのポイントは”王太子の赦しが出た時”という言葉だ。少女が望まなくてもそうされることもあるという事については言葉にしない。

「もしくは正妃へ養子に出すことで王太子の嫡子と認められて王族として暮らすこともできます。ただしその時は貴女に子供への権利の一切を放棄する旨を一筆書いて貰います。もし正妃が御子に恵まれなかった時も正妃の養子とすることになるので、養子に出すつもりが貴女に無かったとしても王城を下がることになるその日まで子供は王太子からお預かりしているのだと心して貴女がきちんと教育する必要があります」

 王妃が、この説明に遠い日の自分の覚悟を思い出しているのが横にいる国王にも伝わってくる。自ら経験したことだからこそ紡がれた言葉には力があった。

「愛妾は、公式行事や国政などの難しいことは正妃に全てお任せして、王太子殿下の御心を癒すことのみを考えて暮らすだけでいいのよ。その為にも、最先端のデザインのドレスを着て豪奢な宝飾品で身を飾り誰よりも美しくある。それも愛妾のお仕事なの」

 ね? 素敵でしょう、と。贅沢し放題のまるで夢のような素晴らしい立場だとでもいうように王妃はいうが、実際には不安定でいつその場所から追い出されるか判らない不安に付きまとわれる立場でしかない。しかし、それを口に出して説明することはない。

 騙す方が悪いのは当然だが、騙される方も悪いのだ。迂闊さも、知識のなさも、未来の王妃となろうとするならば、それは罪であり害悪だ。

「…正妃は、別…、基……ちらを立て……、子…は、庶し……嫡…は、……るのは、…の養子……のみ…」

 ぶつぶつと、王妃から言われた言葉を呟くその瞳からは、さきほど浮かんでいた希望の輝きが消えている。

「つまりは…愛人、ということですね?」

 少女の、あまりにも身も蓋もない言い直し方に苦笑する。

 確かにどんな言葉で飾ろうともそれは非公式の陰の存在でしかない。つまりはそうだ、愛人だ。

 その言葉に少女らしい嫌悪を見つけた王は、次の揺さぶりを掛けた。

「そうか、愛妾になるのは嫌か」

 つまらなそうにそう口にする。

 カツカツと音を立て、玉座の肘掛けを左手の爪先で弾く。

 そうして右手を顎に当ててしばらく少女の瞳をじぃっと見つめ、ついに王はそれを口にした。


「王太子を諦めてくれたら、なんでもいい、一つだけ願いを叶えよう」


 そう伝えると、硬い表情をして考え込んでいた少女が、思いのほか素直に頷いた。

 そのことに落胆してしまったのはどうしてか。見込みがあるかもと思った矢先だったからなのか、リオノールの為なのか。しかし、駄目ならそれが判るのは早いに越したことはない。今判って良かったのだと国王は胸の内でそう納得することにした。

 しかし。素直に頷いた筈の少女の口元の口角が、すぅっと持ち上がる。

 そこに皮肉な喜びを見つけて訝しんでいると、少女が願いを口にした。


「私は、できるだけ地位が高くて、今すぐ私と結婚してくれる人との婚姻を願います」


 そう、うっすらと笑顔を浮かべながら告げた少女の言葉に、国王の身体へ強い衝撃が奔った。

『王太子を諦める』という言葉を、『リオノール自身を諦める』とはせずに、『王太子という地位を諦める』とすり替える。

 つまり、王太子としての地位は諦めるが、できるだけ地位の高い位につけて自分をリオノールの正妻にしろという要求に、王の背筋が震えた。

 それも、今すぐだと。

 リオノールの気持ちが変わる前に、なのか、王もまた言葉の死角を見つける前に、なのか。それともどちらをも考慮しての言葉なのだろうか。

 王の告げた言葉の盲点を瞬時に探し出し、少女がリオノールという王族、元王太子の正妻の座を射止める方策を一瞬で見出す。

 しかもそれを同程度の言葉に隠し伝えてくる。その遊び心。それを難なく言葉にできる技量と度量。

 それは、これまでの視覚情報から得ていた華奢で実直な部分のある少女という当たり前の存在としての価値を大幅に覆し、未来の国母としての才覚の片鱗を感じさせる。

 ──これが、人形王子と呼ばれたリオノールを人へと変化させた少女か。

 思わずにやりと笑うと、横で同じ才覚のきらめきに気が付いたらしい王妃がそっと視線を寄こした。それは敬愛する前王妃の遺児が心惹かれた少女が、正しく価値のある女性であったことへの喜びに溢れていた。

 しかし。この少女のものだけでなく、リオノールのその覚悟ももう少し試してみたいと、国王は逸る気持ちを隠す。


「判った。選定に入るのでしばし待て」

 そう告げて国王と王妃が謁見室から退出すべく立ち上がると、リィズベリはゆっくりと淑女の礼を取って、この国で最も高貴な夫婦が出ていくのを見守っていた。



「リオノール。お前はどんなことがあっても、リィズベリ嬢を嫁にするのだったな。その誓いに嘘はないか?」

 謁見室から出てきた国王は、その足で息子であるリオノールの自室へと足を踏み入れると、開口一番そう訊ねた。

「勿論です。リィズを僕のお嫁さんにする、その誓い以上に大切なものは僕にはありません」

 そう言い切るまっすぐな視線に、人形王子と呼ばれた面影はもうどこにも見つけられなかった。

 実際には、あの笑顔は単なる演技だったのかもしれない。もしくは、そこまで執着したくなるものを何も見つけられなかったのだろうか。この国を背負って立つということですら、心を傾けるべきものと感じられなかったか。

 母親である前王妃が生きていたら、あんな笑顔をさせなかったのかもしれないと思って国王の胸が痛んだ。政務にかまけて心を内に篭らせていた息子に気が付くことすらしなかったことにも。

 それでも。今は、過去への後悔ではなく、未来を手に入れる話をしよう。


「ではその覚悟、試させて貰うことにしよう」



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