3。
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「どういうことか納得できるご説明を戴けますか、リオノール様」
ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうなほど強く歯を食いしばりながら、涙を堪えるように俯いた様子のフリーディア嬢を伴って会議室へと入ってきたリスター公爵が、開口一番目の前にいる国王陛下への挨拶すらせずに咬みつくように問い掛ける。
それを、苦々しい表情で座っていた国王たるリオンヘルト・ドゥ・ガゼインは咎めることなく聞いていた。その場にいた、王太子のしでかしに苦い顔をしていた重鎮たちが諫めようと声を上げようとしたがそれに対しても軽く手をあげて制する。
それを受けて、宰相クレイブン伯爵も騎士団長パニエル伯爵もどうにか元の席についた。その後ろには王太子の学友である息子たちが並んで立っていたが、苦い顔をした親たちとは対照的に涼しい顔をしている。
渦中の王太子リオノールに至っては、涼しい顔どころか普段と同じ微笑みすら浮かべている。
その子供達の態度も、大人達の苛立ちを募らせる一因だ。
婚約を無くすにしても、いきなり破棄を通告するのではなく、白紙に戻すなり解消とするなり、どちらにしろお互いに前もって話し合いを重ねた上で、出来得る限りお互いに瑕疵を残さずに済む道を模索して行うべきである。それをいきなり学院で注目を集めた上で強行した王太子こそ責められて当然だ。
但し、第一王子の生みの親である現王妃ポーリーン様、第一王子パートリィ殿下に関しては能面の様にその表情を押し隠したままだったが。話し合いの席に呼び出されてはいるものの、まるで自分達には関係ないのだと思っているようだった。
実際に、これは隣国との盟約による次代国王と定められた者に関する話し合いであり、この二人には口出しをする権限はない。ただ、立場上同席を求められている、それだけだ。
「どういう事も何もそのままですよ、リスター公爵。
実際のところ、僕は候補に挙がった段階からフリーディア嬢との婚約だけは無理だと反対してきました。公式に発表する前にも『無理です』と幾度となくお伝えしてきました。それを勝手に公式に発表してしまったのは貴方がたであって僕ではない」
2代続けて王妃を国外から迎え入れていること、国内外共に安定しており、国内から王妃をと望む声が大きくなってきていた事などから立太子する前に婚約者候補をという話になった際、いつの間にかフリーディア嬢が筆頭候補とされ、あっという間に婚約が発表されていたのだ。そこにリオノールの意見は取り上げられなかった。
勿論、リオノールも王族である。国を栄えさせる為、安定させる為に最善だということならどんな婚姻も受け入れる覚悟はある。
しかし。中にはどうしても受け入れられない、そういうこともあるのだ。
「そもそも私は最初から、私の正妃として迎え入れる相手はフリーディア嬢以外が良かったと、何度も申しております」
まったく悪びれる様子もなく、堂々と主張する。
リスター公爵はそんな様子のリオノールを射殺さんばかりに睨みつけた。
「王太子殿下におかれましては、我が娘フリーディアがたかが男爵令嬢に劣ると申されるか」
唾を飛ばして激しく詰め寄る。その顔は口惜しさと恥辱に塗れ、顔面といわず全身の血管がはち切れそうに震えて真っ赤になっていた。
国内有数の有力貴族であるリスター公爵の激高ぶりにもどこ吹く風といった態でリオノールがいつもの綺麗な笑顔で答える。
「劣るとか優るという話ではありませんよ。フリーディア嬢は幼い頃からパートリィ義兄上の恋人です。私の婚約者としてこれ以上相応しくない女性はいません」
その言葉に、そこにいた誰もが頭が真っ白になった。
「幼い頃は、お二人で私の前で、よくくちづけをしてましたよ」と、リオノールは口調を変えることすらせず追い打ちを掛けた。
沢山の視線が、これまで無関係だとばかりに能面のような表情を張り付けていた第一王子と被害者然としていた王太子の婚約者の間を行ったり来たりする。
そう。これがリオノールが婚約を取り消すよう主張してきた一番の理由だ。
これまで、リオノールが何度婚約について申し入れをしようとも大人達は鼻で哂ってスルーしてきたし、フリーディアは悲しそうに俯いて何も言わずにいた。一番の裏切り者である、フリーディア自身が。
今になっては実直過ぎ馬鹿かと自分で思うものの、リオノールはいつか義兄がちゃんとフリーディア嬢と適切な関係を取るようになるか、正式に頭を下げて彼女を迎えにくるものだと思っていた。
しかし。自分に守りたいものが出来た今、ようやく耐える意味がないと思い切れた。
「そ…んな、幼い頃の話を…」
受けた衝撃から一番最初に立ち直ってみせたのはリスター公爵だった。しかし、
「今も、文のやり取りをされているようですが? というかお二人だけで会われてますよ」
リオノールの更なる発言に遮られ、最後まで言い切ることはできない。その上、リオノールが上着の内ポケットから証拠として数通の手紙を取り出し広げてみせると、声は喉の奥に張り付いたようになって言葉を発することができなくなっていた。
リオノールが手にした封筒には、フリーディアが好んで使っている薔薇の押し花があしらわれた特別な便箋が収められていた。
「内容は…ここで読み上げて良いものなのでしょうか?」
すんなりとした綺麗な指が、はらりと薔薇の香りのする便箋を広げ、そこに書かれていた文字を目で追いながらたまにわざとらしく目を見張って見せながら言う。
蒼い顔をして震えていたフリーディアの顔に朱が混じる。すべてが際どい内容ではないが、どの文を盗まれたのか判らないままではどういう態度で出るべきか判断できない。
「……本当にフリーディアが書いたものか精査させて戴くためにお渡しください、リオノール様」
リスター公爵が贋物だったらフリーディアの名誉に拘わります故と手を差し出した。
それに、くくくっ、とくぐもった嗤いがリオノールから漏れる。
「公爵にお渡しした途端に破かれたり、あまつさえ偽物と交換されては困ります。
渡せと言われて差し出すと思われるとは。そこまで馬鹿にされていると思うと、いっそ清々しい気分になりますね」と続けられて、公爵の顔にも朱が走った。
確かに、つい先ほどまでリスター公爵はそう思っていたのだ。娘であるフリーディアを嫁がせ陰からリオノールを傀儡として国の実権を手に入れる。王位継承権第二位以上にはなれなかった自分がそれを手に入れるチャンスが転がり込んできたのだとほくそ笑んでいた。それが──。
「僕が望んでいるのはリィズとの未来。それだけです。他はどうでもいい」
ふわり。ここにはいないその人のことを思い浮かべて、リオノールが微笑む。
その笑顔は、それまで舌鋒鋭く糾弾していた男が浮かべるにはあまりにも優しく思わず誰もが見惚れてしまう程美しかった。
それは人形王子とまで言われていたリオノールが、国の重鎮達、いや自分の家族に対して見せた初めての人としての表情だった。やわらかで繊細な心の在り方が伝わる笑顔。それを一瞬で消して険しいものへと変える。
「フリーディア嬢だけでなくパートリィ義兄上の手紙や二人が重ねた逢瀬の話を面白おかしく城下に振りまきましょうか? 散々お二人の噂…うーん、事実なので噂という不確かなもではないですね…なんと表現しましょう。そうですね、醜聞がいいですね。うん、醜い伝聞。まさにこれですね。お二人の醜聞を流した後にフリーディア嬢を正妃に迎えた馬鹿王太子となるもの一興かもしれませんね。それを期待されていたのかもしれませんが…」
じぃっと、その場にいる大人達を眺めて回る。その視線はどこまでも冷徹で奥底まで見通す力に満ちていて、人形王子と言われた生気のない男のそれとは思えない。
そうして、散々場の空気の密度を高め、威圧したリオノールは
「僕は、可愛いリィズしかお嫁さんに迎えるつもりはないんですよね」
そう、ゆっくりと宣言した。
強い視線を父たる国王陛下へと向けお言葉を待つ。
「…判った」
ふぅ、と大きく息を吐き出して、額に手を当てたまま周囲のやり取りに耳を澄ませていた国王陛下が了と頷いた。
「「「「な、陛下っ?!」」」」
動揺に、周囲が騒めく。それを片手で制して、この国の王が裁定を下した。
「リオノールとフリーディア・リスター嬢との婚約は破棄する。白紙ではない。この件についてリオノールには一点の瑕疵もない。故に、破棄とする」
「しかしっ。お相手がパートリィ様ならっ」
リスター公爵が慌てて口を挟もうとしたが、
「私の裁定に不満を申すか」
ばっさりと切り捨てられて口を噤む。そこに心底厭きれたような声が浴びせられる。
「誰が相手だろうと関係ない。婚約者がいるのに他の男に秋波を送る、二人きりで会う、共に過ごす。単なる令嬢としてだけでも最悪だが、なにより未来の国母として相応しい行動ではない」
きっぱりと言い切られてフリーディアとその父が蒼い顔をして項垂れる。
「そして。自分の弟の婚約者に言い寄るとは。呆れるばかりだ、パートリィ」
お前には幻滅した、とそう付け加えられてパートリィもその場で立ち尽くした。膝が震え顔は蒼白を通り越して真っ蒼だ。
「第一王子として生まれながら弟であるリオノールを支えることに不満が出たのかもしれない。しかし、主張する場所が間違っておる。お前はその才覚でリオノールを凌ぐ力を出す努力するべきであった。決してそれは弟の婚約者を後ろから盗み食いするような恥ずべきものであってはならなかった」
そう言った国王陛下の言葉に、はっきり否を突きつけた者がいた。
「それは違います、陛下」
「リオノール」
背筋を伸ばし堂々と態度で、国王陛下の強い視線を受ける。まだ線の細い少年期をようやく過ぎただけの身体のどこに、それだけの胆力があるのか。その姿に未来の国王としての可能性を見る。
「パートリィ義兄上は、私の婚約者に手を出した訳ではありません。
義兄上の恋人を、陛下が私の婚約者に据えたのです」
「リオ…」「リオノール殿下」
恋人同士が、恋の障害物だとしか認識していなかったその名前に、救いを見つけようとその名を口にする。
近付いて来ようとする二人を片手で抑える。
「パートリィ義兄上。先ほども言いましたが僕は貴方が、ご自分からフリーディア嬢の話を通しにくるものだと信じていました」
僕が陛下と王妃に婚約解消について願い出ていたことも御存じでしたよね? そう寂しそうにいうリオノールの言葉に、信じられないとばかりにフリーディアの目が見開かれる。
「リオノール殿下が、私との婚約の継続を望まれているとお聞きしていたのですが…」
困惑したフリーディアの言葉を、リオノールが鼻で哂い飛ばす。
「僕がですか? まさか。僕は貴女と同い歳ですよ。貴女が兄上に恋をして僕が見ている前でくちづけを強請っていた事だって覚えているに決まっているでしょう」
マゾでもあるまいし継続を望むなんてことがある訳がないとリオノールは不快げに吐き捨てる。
「僕はずっと陛下に婚約解消についてお願いしながら、いつか義兄上と一緒に貴女もお願いに来ることになる筈だと信じて待っていたのに。
貴女が厳しい王妃教育を受けていたのは、兄上との逢瀬を隠すカモフラージュでもあったんですよね? 堂々と王城へ登城する、その為に」
その言葉に、その教育係として一部を請け負っていた王妃が声にならない声を上げる。さすがに、ここまできても自分が自分の産んだ息子がしでかしていた不義のあいびきを手助けしていたとは考えなかったらしい。
誰よりも淑女らしく常に冷静でいた筈の王妃が思わず立ち上がり、息子の頬を思い切り叩いた。
その事に、その場にいたすべての人が衝撃を受ける。その中で一番ショックを受けたのは、叩かれた第一王子か、叩いた本人だろうか。
それを横目で見遣りながら唯一人だけ冷静なままだったリオノールが本題に戻す。
「…フリーディア嬢に対して諦めきれないほど本気だったのなら、何故きちんと筋を通さなかったのです? 僕には笑顔で対応しながら彼女との交際を続ける道を選んだ訳は?」
寂しそうにリオノールが問い掛ける。
それに、パートリィが手をぐっと握りしめる。
「私が…私に、それが許される筈が、ないだろう?」
ははっ、と自嘲するような芝居めいた笑い声をパートリィは上げた。それはまるで泣いているようでもあった。
「側室の子として生まれた私が、第一王子として生まれながらも、正しく正室の子として生まれた第二王子に仕える未来と定められていた私が、王太子たる第二王子の婚約者を欲しいと、望む? …そんなこと、できる筈が、ない」
最初こそ大きな声で叫ぶように始まったその慟哭は、最後は震える小声になっていた。
「正しく許されることを諦めるなら、そこで彼女の手を取ることを、フリーディア嬢自身を諦めるべきでした」
凛とした声が断じる。
「それができたら…できるなら、苦労なんか、しなかった」
ゆっくりと、想い人同士が視線を合わせた。そこにはどんな惨めな思いをしようとも、諦められなかった想いが確かにあった。
「僕は、諦めませんよ。絶対に、リィズとの未来を手に入れます」
その言葉に、すっと国王陛下が目を眇める。それは傍から見ると子の成長を寿ぐようにも、冷徹な施政者として次代の資質を見抜こうとしているようにも、今ここにいない愛しい前妻へ息子の成長を伝えたいと考えていたのかもしれなかった。そうして、そのどれでもあるのかもしれない。
果たして。国王陛下が口を開く。それはこれから先の未来を決める為の言葉だった。
「して。そのお前のリィズとはどんな女性だ。
お前はパートリィとフリーディア嬢の関係を不義とした。しかし、婚約者のいるお前と共に想いを育んでいたそのリィズとの間も、不義ではないか?」
その言葉に反応したのは、リオノールだけではなかった。
「陛下。発言をお許しいただけますか?」
実際に幾らリオノール自身が言葉を募らせようとも信用を上乗せすることはできないだろうが、それが傍付き学友たちのものなら別だ。自分の将来のことを考えられる頭があれば闇雲に王太子に肩入れした報告はする筈がないのだから。
だから、そう頭を下げた学友に対して許可が出たのは至極当然のことだった。
「クレイヴン伯爵家子息ジェフリーの発言を許す」
その言葉に、ジェフリーは頭を下げ感謝の礼を捧げる。そうしてゆっくりと話し出した。
「リオノール殿下とリィズベリ・エネス男爵令嬢の間におかれましては、不義という言葉に該当するような行為は一切ございません」
そう断言する言葉に同調するように、後ろに控えたままだったベン・パウエルも力強く頷いた。実直を絵にかいたようなこの男も自信に満ち溢れた瞳をし、いつか仕えることになる未来の国王陛下への信頼に溢れているのが手に取るように判る。
しかし、そんな二人の学友たちの報告に対して懐疑的な声が上がった。
「しかし。学院では、王太子のみならず学友達までも侍らし悦に入る毒婦だと噂が」
「黙れっ。リィズに対して、そんな虚偽の悪評を流すとは。絶対に許さないぞ」
したり顔で異議を唱えたリスター公爵に対してリオノールが激しく言い返す。そこにフリーディアの呆れたような声が混ざる。
「殿下。そう思っているのはリオノール殿下ご自身と、一緒になって侍っていたご学友のお二方のみですわ。学院でエネス男爵令嬢の行いに対して鼻白んでいない令嬢はおりません」
それは虚偽と言い切れるものではない。
確かに、リィズベリ・エネス男爵令嬢はご令嬢方から距離を置かれていた。
「ワザとらしく殿下の前でハンカチを落として拾って貰えるまで繰り返す、ワザと躓いた風を装い殿下によろつき支えて貰おうとする、ワザと窓からダンスシューズを放り投げ殿下に取らせる。
如何ですか? 一つも身に憶えがないとは言われませんわよね?」
フリーディアが自慢げに指折り数え上げるそれは、間違いなくリオノールとリィズベリが親しく話すようになった切欠たちである。
あまりにも古典的な男女の切欠の作り方。それで墜ちたと言われているリオノール自身よりも王妃や第一王子、宰相や騎士団長の方が呆れたような物悲し気な憐れむような恥ずかし気な態度を取った。
「そうですね。そのどの時のリィズもとても愛らしくて。すべてきちんと憶えていますよ」
生温い視線を一身に受けながらも、リオノールはどこ吹く風といった態度だ。
「そうやって話し掛ける切欠を自作自演で作り出し、掛かった獲物にその身体を恥じらいなく押し付ける。そうやって彼女が縁を結ぼうとしたのは、なにも殿下だけではないのですよ?」
にやぁ、と嫌な嗤いをそっと手に持った扇子で隠しながら伝える。
「…リオノール殿下。それで堕ちるのはちょっとチョロすぎませんか?」
騎士団長として荒くれ共の相手を務めることも多いパニエル伯爵が、呆れたように呟いた。
「愛らしいでしょう? 碌に魔法が使えない平民ならともかく、魔法を使えることが当然の貴族でありながら、この僕に対して懸命にそのような小細工を施す姿を愛らしいという言葉以外のどう表せというの?」
にっこりと笑顔で返されてパニエルは言葉に詰まった。
「大体、悪女や毒婦と呼べるほどリィズはそういう意味で賢くないですね。いや、頭自体は悪くないというか回転は早いんです。勉強も才女という程ではないけれど出来る方ですしね」
高名な家庭教師がついた事がある訳でもない男爵令嬢のリィズだが学年で20位以内を落としたことはないと続けるが、それが王太子自身によるテスト前勉強によるものだという事まではこの場で伝えることはしない。ただし、一緒に勉強をするようになる前、最初の頃のそれはリィズ自身の実力だ。
「それに、誰かの目に止まりたいと行動に出る事を悪だと僕は思っていない。
じっと見つめているだけでいつかその人が自分を見つけ出してくれると夢見られる方が気持ちが悪いし、自分が注目を浴びる為にそのポジションにいる相手を悪意のある嘘で貶しめるような方法を取るよりずっと好感が持てると思わないかい?」
そうだろう? そう言って、じぃっと見つめられて、フリーディアは思わ目を逸らした。
「おや。自分が流した嘘の噂について問い詰められて恥じ入る心くらいは持っていたのですね。貴女が流した嘘の噂をこんなところでまで滔々と話し出すくらいだから、そんな殊勝な心は持っていないんだと思っていました」
ごめんね? とコテンと頭を傾げてみせられて、フリーディアは身体が震え出していた。
「事実に嘘を混ぜ込んで噂として流す。100%嘘の噂を流すより信じ込ませ易い。巧い罠ですよね」
さすがです、と褒めたたえられても喜ぶことはできない。できるような内容でもない。ただ蒼い顔をして俯くばかりだ。
「それとも。自分で吐いた嘘だってこと、忘れちゃいましたか? たまにいるっていいますよね、天性の嘘吐きの中には」
侮蔑の篭った瞳に睨まれて、フリーディアはもう声も出なかった。そのまま床に崩れ落ちる。
事実、そうだった。自分から流した嘘を周りから聞いている内にそれが事実だといつしか誤認していた。
だからこそ家にもそう報告していたし、先ほどパートリィの件で遣り込められた分を返してやれるチャンスだと思ってしまった。
「リィズが僕に直接触れたことなど一度もない。大抵は制服の端を軽く摘まんでみせるだけだ。身体を使って篭絡など、嘘にもほどがある」
その言葉に、学友二人も頷く。その瞳はリオノールと同じくらい、嫌悪に満ちている。
令嬢間においては嘘も戦う術ではあるが、それをこれほど容易く看過され言い負かされてしまってはいけない。指摘されても笑顔で流して見せる胆力があってこそだ。
「…貴女は僕の事を、義兄上から玉座と貴女という恋人を奪った憎い男だと思っていたんですね。ようやく判りました。なんで僕に興味もない貴女が婚約を断りもせずリィズに嫌がらせをしているのかと、ずっと不思議だったんです」
僕が幸せになるのが許せなかったんですね、そう言い当てられて、フリーディアは声を上げて泣いた。泣き続けた。
「だって…、わたしはっ、ずっとずっとお慕いしていた、パートと引き裂かれて国王となる為の後盾として使われるのにっ、…じ、自分だけ、幸せになろうなんて…絶対、ぜったいに許せなっ…」
うわぁぁぁん、と慟哭を上げるフリーディアにパートリィが駆け寄り、寄りそう。
それを知ったとて、リオノールはフリーディアを許すつもりはない。
リオノールが王太子として立ったのは隣国との約定によるものであり、フリーディアを後盾として求めたことはないのだから。
いつか、それが逆恨みでしかないとフリーディアが理解できた時には和解できるかもしれないが。今のリオノールにはフリーディアを許すつもりは全くなかった。
「ふむ。では、今回の件についてまだ何か言い足りないことがある者はいるか?」
小競り合いに付き合うつもりはないとばかりに、この国で最も忙しく高貴な人の声が問いかける。ついにこの件について決着がつくのだと、この席に参列している全ての者がその言葉を待つ。
しかし、国王陛下が出した答えは、そこにいる者の心を落ち着かなくさせた。
「では、私がリィズベリ・エネス男爵令嬢が本当に悪女または毒婦なのか、それともただ愛らしいだけの存在なのか、確認することにしよう」
今すぐその者を呼べと続けられた言葉に、宰相が頭を下げる。そのまま席を立つと呼び出しの手配を取りに退出していった。
「父上?」
リオノールが焦った声を上げるのにも国王は意に介さず、「このまま会議室から出ていき私室に戻れ。呼び出すまで部屋を出ることは許さん」と近衛たちに申し付けた。
「父上!」
なおもその意を確かめようと縋る我が子に、国王は国のこれからを司る者として冷徹なる目を向けた。
「その娘の真がどこにあるのか。他人からの伝聞だけでは弱いようだ。私が自ら確かめたいと思う」
それに不満を表すほど、リオノールは道理が判らぬ痴れ者ではなかった。
必要なことなのだと受け入れる。しかし、リオノール自身にも譲れないものがある。
「国王陛下の裁定に従います。ただし。彼女が王太子である私に相応しくないとお考えだろうとも、僕は彼女に、『絶対にリィズをお嫁さんにする』と約束をしました」
これを違えるつもりはありません、と頭を下げて、リオノールはおとなしく退席していった。
そうして、この場に残った者達へも国王からの命が下される。
「私が許可するまで、この部屋から出る事は叶わん。もし勝手に外部へ出たり連絡を取るなりした者には処罰を与える。心して待て」
そういうと誰の反応も確認することなく王妃を伴って会議室から出て行く。
残された人々は、いきなり下されたその命令にただ途方に暮れていた。




