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第8話

「その角ウサギの角は高く引き取ってもらえますよ」

「えぇ!? こんなにかわいいのにそんなひどいことするの!?」

「角はまた伸びますから……。あと、かわいいかどうかは……」


 歯切れの悪いベイタだが、このままではいつこの子の角を折り取られるかわからない。

 せめて無事なまま逃がしてあげようと後ろを向いたその時、角ウサギが真っ直ぐ私に飛びかかって来るのが見えた。

 一瞬、私の思いが通じて抱きしめて欲しいのかと思ったが、その鋭い角が真っ直ぐ私の頭を狙っていた。


「うおっと! ――っつあ!?」


 何とかその突きは躱すことができた。ちなみに女の子らしくない叫び声は、仰け反ったことで腰に変な痛みが走ったからだった。

 これはしばらく動けないかもしれない。ゴロゴロその場を転げ回れるので動けるかもしれない。ちゃんと立てた。


 振り返るとさっきまでのかわいさが嘘のように角ウサギは私のことを睨んでいる。

 これはあれか、俺のことなんか心配するんじゃねえ、的なツンデレさんなのか。


「ベイタさん……この子はいったい……」

「角ウサギ。角と肉は換金対象。縄張りに侵入して来た相手を追い出してから殺す魔物。縄張りを汚したくないから、と言われていますね」

「なるほど。解説ありがとう」


 つまりこれまでのかわいらしさは演技だったのか。それなら付いて来たのに触らせてくれなかったのもうなずける。とんだ腹黒ウサギである。

 襲って来たということは縄張りから出たのだろう。こちらを睨みながら低く唸っており、縄張りを出たのに大人しく帰してはくれなさそうだった。


「ベイタ……これどうするの?」

「角ウサギは執念深いですよ。倒してしまうのが一番楽ですね」

「……グサッと?」

「グサッと」


 冒険者の言う倒すが、殺すとほぼ同義なのはこの短い付き合いでもわかった。


 しかしいくら騙されて襲われたとしても、このかわいらしいウサギを殺すのは気が引ける。睨みつける瞳がつぶらで、その毛並みは雪のように真っ白で綺麗なのだ。


 さっきから何度も何度も突進を続けているが、小さなウサギの攻撃を避け続けるのは容易い。

 もしかしたらこのまま諦めてくれるんじゃないだろうか。


「丸一日追いかけられたって話を聞いたことがありますね。後は森の外に出るまで追いかけられたとか……」

「なにそれ最悪じゃん!」


 結局、自分でどうにかするしかないということか。ベイタは自分が狙われていないからと、こちらの手助けをしてくれる様子がない。これも強化週間の特訓の内、とでも言うつもりか。流石に一日中、避け続けるわけにもいかないだろう。

 せめて一撃で楽にしてあげよう。しかし今の私には動いている角ウサギを一撃で仕留められるような力量はない。


 周囲を見渡しても木々とベイタしかいない。

 どうにか角ウサギを倒す算段をつけなければならない。


「キュルルルルル……」

「かーわいー」


 避け続ける私に苛立ちが募っているのか、かわいらしい声で唸っている。


 勢いを増した突進を躱しながら、魔力を手の平に集中させていく。私の属性は氷だ。角ウサギの足下を凍らせて動きを止めよう、という作戦だ。

 身体強化の魔法を使いながら、動きながらでも魔法を使えるようにミニッツと練習していた。その成果を見せる時である。


 長い時間をかけてようやく必要な魔力を練り上げることができた。

 後は角ウサギの足下を狙って魔力を一気に放出するイメージ!


「くらえ!」


 角ウサギの足が止まったタイミング。すぐにまた動くことできず、僅かにも隙ができる。

 手の平からゴッソリと力が抜けていくような感覚。練習で何度も味わった、魔法を発動した時の手応えだ。

 実践で使うのは初めてだったが、うまくいって心の中でほくそ笑む。


「危ない!」


 ベイタの声に反応して、咄嗟に横に跳ぶ。

 今その瞬間まで私がいた場所を角ウサギが過ぎ去っていった。あのまま突っ立っていたらグサッとされたのは私の方だろう。


「……どうして?」

「単純に練習不足ですよ」


 私の疑問に答えたのは地面に手をつけたベイタだった。


 角ウサギはというと、檻状に固まった土に囚われていた。檻を壊そうともがいているが、土の檻はビクともしない。


「練習不足って……今まではちゃんとできてたよ?」


 ベイタが角ウサギを捕らえていてくれるお陰で落ち着いて質問することができる。


 これまでミニッツと練習していた時は小さいながらも氷の弾を発射することができた。それと同じ要領で魔法を発動したはずだ。


「魔法を発動するのに必要なのは魔力とイメージ。発動しなかったということはどちらかが欠けていた、ということですよ。発動させようとした魔法に魔力が追いついていないんでしょう」


 何度も魔法を発動することで魔力の総量もだんだんと増えていく。何度も魔法を発動すれば強固にイメージもしやすくなる。


 それほど規模の大きい魔法を使うつもりはなかったが、頭の中ではずいぶんと大がかりな魔法になっていたのかもしれない。角ウサギの足下を瞬時に凍らせて動きを止めるには、まだまだ練習不足なのか。


 ベイタの言葉が耳に痛い。

 しかし裏を返すと、練習さえすればできることも増えていくのだ。そう思えば俄然やる気も湧いて来る。


「ありがとう。私、もっともっと魔法の練習頑張るよ」

「それよりも先に頑張ることがありますよ」

「へ?」


 ベイタの言葉の意味を尋ねるよりも早く、角ウサギを捕まえていた檻が消える。

 そして自由になった角ウサギは、捕らえたベイタではなく私の方へ真っ直ぐ突っ込んで来た。


「どうして!? あのままだったらすぐに終わってたじゃん!?」

「それだとリリカの修行にならないじゃないですか。今は強化週間ですからね」

「鬼め!」


 迫る角ウサギの突進を躱す。

 どうにかして魔法を使わずに角ウサギの動きを止めなければならない。


「そうだ!」


 突進を避けながらジリジリと位置を調整する。角ウサギは私の企みに気づかず、素直に突進を繰り返している。

 何度やっても当たらないのに続けるその姿勢は、私も見習わないといけないかもしれない。


 そしてもう何度か突きを躱し、背中に目的の感触を捉えた。タイミングよく角ウサギも突進の構えだ。

 私がそれを待っていたとも知らず、力を溜める。この短時間で何度見たことか。そこから飛び出すタイミングはもうバッチリ覚えている。

 角ウサギが地面を蹴るのと同時に、私は横に避ける。

 スコン、と小気味良い音が森に響いた。


「作戦通り!」

「考えましたね」


 飛びっきりのピースを作って見せる。


 私の後ろにあった巨木には、角ウサギが突き刺さってもがいている。しかし高い位置に刺さったせいで地面に足が届いていない。その状態でどれだけ暴れても、深く刺さった角は抜けることがなかった。

 それだけの勢いで突進していたということであり、その威力に背筋が寒くなる。


「後はトドメを差すだけですよ」

「うん。わかってる」


 コボルトを倒し、ゲオルギネズミからも薬草を採った。それと同じように角ウサギからも角と肉を採取するのだ。


「すっかり躊躇しなくなりましたね」


 ナイフを今まさに角ウサギへ振り下ろそうとしていた私にベイタが言う。


「もー! 忘れかけてたのに!」


 角ウサギを捕まえた喜びのままに捌くところまでできそうだったのに、お陰様でかわいらしいと思っていた気持ちが蘇ってしまった。

 もちろん、それで始末を変わってくれるベイタではない。

 私の強化週間、最初の一日はこうして終わった。

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