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第75話

 武器を持って戦う船長とヒストリアが前に出て、完全に魔法で攻撃する私とミニッツが後ろ。その中間をベイタが埋めるようなフォーメーションである。

 フォーメーションなんてかっこつけた言い方をしたが、単に距離を空けてサイコロの五の目のように散らばっただけである。


 ソロソロと近付きつつ、マンティコアの様子を窺う。

 前を行く船長達の背中にもどことなく緊張感が漂っている。

 しかし隣のミニッツは緊張しているのかリラックスしているのか、どちらともつかないヘンニャリした表情だ。


 船長達からは、もしもの場面でない限りペンダントの魔力は使わないように言われている。

 すぐに使っていては私の力にならないし、本当に危ない時に魔力がすっからかんではなにもできないからだ。

 せっかくストックできるなら取っておけ、という話だ。


「私も成長してますからね……。これが無くとも十分ですよ」


 言い聞かせるように一人呟く。

 魔力の容量はそれなりに増えている。ミニッツほどではないが戦力に数えてもらっていいだろう。


 マンティコアはまだ眠っている。すでに私とミニッツの射程範囲には入っていた。

 このままを先手を取ろうかミニッツとアイコンタクトを交わしていると、ピクリとマンティコアの体が震えた。

 気づかれたのか気づかれていないのか、どちらなのか定かではなかったがその瞬間を見逃さずに船長とヒストリアが一気に距離を詰めた。


 ここまで来てはもう仕切り直すということはできない。

 覚悟を決めて魔力を練り上げる。


 顔を上げたマンティコアは近付く二人を確認して、


「うぉあ!?」


 叫び声をあげて飛び退いた。

 そこにミニッツの放った水流が直撃する。

 出遅れた私の氷は明後日の方向に飛んで行き、すぐに霧散した。


「なにやってるの!」

「ゴメン! でも……ぶふぉあ!」


 ついに堪え切れずに吹き出す。


 マンティコアの驚いた声はそれこそ、そこら辺のおっさんが、足下にあった犬の糞に驚いた時のような人間らしい声であった。

 まさか魔物がそんな声を出すとは。そして彫りの深いイケメン顔に似合わない、野太いおっさんみたいな声。

 どうしてみんな耐えられるのか。

 見ると、ミニッツもどこか笑いを堪えているような様子だ。残りの三人も同じなのか。私だけが耐えられなかったのだとしたら申し訳ない。


 深呼吸をして魔力を練り上げ、マンティコアを濡らしている水分をまとめて凍らせる。

 集中できていなかったのでできたのは薄氷。マンティコアが少し体を動かせばパリパリと剥がれて舞い散った。

 それでも、一瞬だけ動きを止められれば十分。その隙に船長とヒストリアが肉薄している。


「おらぁ!」

「はぁぁぁぁぁ!」


 二人の攻撃が一閃。斧と剣がそれぞれマンティコアの前足に突き刺さった。


「いらあああああああああ!」


 叫びながら今度はマンティコアが尻尾を振り払う。

 すぐさまベイタが地面に手をつき、魔法で船長達の前に土の壁を生み出す。しかしそれは一瞬で破壊され、破片諸共マンティコアの尻尾が船長達を襲った。

 そんな最中で私の意識を占めていたのは、


「ねぇ!? やっぱりマンティコア喋ったよ!」

「それどころじゃないでしょ! 人間の頭があるからそれっぽく聞こえてるだけ! 意味は無いし理解もできてないよ!」


 ミニッツの魔法によって破片が洗い流され、そのままマンティコアの足下まで流れていく。そこを私の魔法で凍らせる。

 ちゃんと戦闘用に思考も切り替えている。


 それでもやっぱり、私にはマンティコアが「痛い」と言っていたようにしか思えなかった。

 まさかここに来て話し合いでこの戦闘を終わらせられるとは思ってもいない。ただ、本当に話せるのかどうか、それが気になっているのだ。


「でもまぁ、検証してる暇は無いよね……」


 今回の目的はダンジョンの探索であって、マンティコアの研究ではない。そして、マンティコアもそんな簡単な相手ではない。

 さっきから尻尾を振る度に風を切るような鈍い音が響いている。前足を振り下ろす度に地面が揺れている。

 今は避けられているが、いつ二人が致命的な一撃をもらうかわからない。


 魔力を更に練り上げ、足下を凍らす氷をさらに強固にしていく。

 このメンバーでの戦闘では、魔法に長けたミニッツはもちろん、ベイタの魔法も、船長やヒストリアの武器だって私の魔法より攻撃力は高い。

 倒すのが目的であれば、私はサポートに徹しているのだ。

 その方が離れた位置で戦えて比較的安全だし、ベイタの動きを見て戦い方の勉強もできる。今も、私は攻撃するべき、と考えていたのだがベイタは迫る尻尾の軌道を変えて船長達から逸らした。

 こういうサポートの動きはやはり、ベイタに一日の長がある。


 最近はベイタとずっと一緒だったので今まで見えていなかったベイタの美点が見えていた。

 例えば、町を歩いていてもまったく人とぶつからないことだとか、道を歩いていてもさりげなく荒れた部分や汚い部分を教えてくれたり。ご飯の時には自然と私の好きな物を頼んでくれていたし、ギルドで私が困っているとみるとすぐに助けてくれたり。

 簡単に言ってしまえば気遣いができる人間なのだ。もう少し踏み込んで言えば、視野が広い。なんにでも気がつき、そこに手を差し伸べることができる。

 サポート役には打って付けの人材だろう。


 そして、船長、ヒストリア、ミニッツにもそれぞれ美点はある。日常生活から戦闘においても、美点が強みとなってそれぞれが噛み合っているのだ。


 四人はともかくとしてじゃあ私にはなにか美点があるのか、という話。

 ソフトボール部で毎日汗を流していたので運動神経には自信がある。が、これは冒険者であるみんなも同じ。投擲力にも自信はあるが、あまり戦闘には活かせない。

 ペンダントに蓄えられる魔力は戦闘に有用だが、それが私の美点か、と言われれば首を傾げざるを得ない。


 さてさて、じゃあなにも無いと思われそうな私であるが、ちゃんと得意分野はある。

 ペンダントに魔力を込めるのが日課になっていて、戦闘になる度にそこから魔力を引き出したりしていたものだから魔力を感じ取るのは得意になっている。

 これはミニッツやベイタのお墨付きでもあって、完全に私の美点と言えるのだ。


 閑話休題。


 魔力が感じ取れるからどうだ、という話だが、戦闘にもちゃんと活かせる。


「全員離れて!」


 咄嗟に叫ぶ。


「いやあああああああああ!」


 次の瞬間、マンティコアの体内で練り上げられていた大量の魔力が、叫び声と共に魔法となって放たれた。

 全身から、光るように放出された雷は足下の氷を粉々に砕き、床や壁、天井を穿ち、私達の目をくらませた。

 砕かれた氷の破片や崩された天井が雨のように降り注ぐが、ベイタとミニッツの魔法で取り払われる。マンティコアの魔法自体も、私の声で距離を取って構えられていた船長達は難なくいなした。


「流石リリカだ」

「ありがとう。助かったわ」


 魔法が収まるや否や船長とヒストリアは再び駆け出す。


「うーん……ボクにはまったくわからなかったなぁ……」

「次も頼みますよ」


 ぼやきながらミニッツが魔法で二人をサポートし、ベイタも加わる。


 魔法を放ったばかりでマンティコアは若干の息切れを起こしていた。自由に動けてはいるが、前足で二人の攻撃を防ぐので精一杯だ。尾は地面にぺったりへたり込んでいて動きそうにない。ミニッツとベイタの攻撃を受けるがままになっている。

 もしかしたらマンティコアはあまり魔力を持っていないのかもしれない。

 それでもマンティコアの攻撃は苛烈に熾烈で、船長とヒストリアの以てしても防御を突破することはできなかった。

 しかし相手は一体。対するこちらは五人。均衡はすぐに破られた。


 船長の攻撃がマンティコアの前足を強烈に弾き、大きな隙を晒させる。そこに踏み込んだヒストリアがマンティコアの懐を切り裂き、その直後に船長の斧がそこに深く突き刺さる。


「ぎゃああああああああ!」

「リリカ、いきますよ!」

「えっ? あ、うん!」


 人間の叫び声そのままでやっぱり笑いそうになっていたが、急いでベイタに合わせる。

 ベイタが生み出したのは巨大な岩の杭。マンティコアの体半分ほどの岩石が宙に浮いているのは壮観であった。

 それが放たれ、見事、大きな傷を負って隙だらけだったマンティコアに突き刺さる。

 勢いはなおも収まることなくマンティコアを壁に磔にする。それでもまだ生きていたマンティコアは脱出しようと杭を殴る。ただ、ベイタがトドメを刺そうと生み出した魔法がそう簡単に壊せるはず無い。


 一拍遅れて私が生み出したのは巨大な氷の塊。巨大と言ってもベイタの杭よりかは一回り小さい。


「いっけええええ!」


 私の――イメージの中では――巨大な氷塊がベイタの杭目がけて飛んで行く。釘を打つハンマーのように杭をさらに奥深く差し込み、マンティコアは耳を塞ぎたくなるほど巨大な絶叫を残して力尽きた。

 一秒。二秒。三秒。少し待ってもマンティコアが動き出す気配は無い。やがて私とベイタの魔法が塵となって消え去り、磔になっていた死骸がドサリと地面に落ちた。

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