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第74話

「聞いてた情報通り、ここまでは楽だったね」


 地下四階へと続く階段を見つけ、そこで小休止とする。


「油断大敵、よ」


 と、言っているヒストリアの表情も穏やかだ。男性陣も疲れたような表情はしていない。

 道中でいくつか見つけた宝箱に大した物が入っていなかったこともあり、船長なんかはまだまだやる気がありそうだ。


 ワンフロア挟んで急に敵が強くなるとも思えないが、油断しないに越したことは無い。ダンジョン内の景色は代わり映えしないが、敵は着実に強くなっているはずだ。

 ゴブリンやコボルトがちょっとずつ強くなっていたとして、私達ならそもそも敵でないので違いがわからない、というのはなんとも悲しい話。それほど私の腕も上がっているのだと好意的に解釈もできるか。

 その実力差のお陰で油断していても問題無いのが、やっぱり悲しいところ。


「この後も作戦は変わらず?」

「おう。いつも通り地道に慎重に行くだけだな。もうちょい急いでも大丈夫そうだが、なにが起こるかわからないのもダンジョンだ。気を引き締めていくぞ!」


 船長の言葉を合図に休憩は終わる。


 なんだかんだ船長の表情は引き締まっていて、他のみんなもリラックスはしていても油断しているような雰囲気は無かった。

 こういう時に気が緩むのはやはり私がまだ腑抜けているからだろうか。

 やはり経験値なのか。


 階下へ降りるがやはり景色に違いは見られなかった。


「ねぇ、ベイタ」

「なんでしょうか」

「ダンジョンって罠みたいな物はないの?」

「基本的には無いと思っていていいですよ。ただ、このダンジョンは人工的に作られている可能性もあるので注意は必要ですね」


 どうりで普段よりもゆっくり進んでいると思った。前にダンジョンへ潜った時よりも、そして普段、街道を進む時よりも歩みが遅かった。

 時折、船長が立ち止まって床や壁を叩いていたのも、罠らしき物があったからかもしれない。

 私であれば適当にほっつき歩いて三歩でトラップに引っかかって倒れる未来しか見えない。それをほとんど立ち止まることなく進めるのは、長年の経験あってこそ、だろう。


「え、でもダンジョンって自然発生する物じゃないの?」


 進んで来た限り、どこまでも整備された道や壁が続いていてなるほど、これは人工物にも近い無機質さがある。

 しかし前に聞いた話ではダンジョンは自然発生する物で、特定できない発生原因が喧々囂々話し合われているのではなかったか。


「中には人工的に作られたとしか思えないダンジョンもあるんですよ。ここなんかは特にそうですよね」

「……でも確か、一ヶ月前とかに発見されたんだよね? いくら森の中にあったとは言え、もっと早くに見つかってもいいと思うけど……」


 まさか一ヶ月前に完成しました、なんてことはあるまい。この中はもう何百年以上も放置されていたかのような雰囲気である。


 これに答えたのは後ろのミニッツだった。


「そもそもこの大陸自体に来る人が少ないし、その少ない人の中でも、二国が睨み合っている最前線、しかも魔物がウロついているのになにも無い森を探索しようなんて物好きはいないよ」

「でもどっちかの国が見つけてもいいんじゃない?」

「それがたまたま最近だったって話だよ」

「まぁ、元々隠されていたのがなにかの拍子に現れた、という可能性も否定できませんね」

「ふーん……。そんなものなのかなぁ……」


 私としてはなんとなく、今まで見つからなかった物がたまたま見つかる。そんな状況に引っかからなくもないのだが、ベイタやミニッツはまったくそんな感覚は無さそうだ。話している様子からもそれほど真剣味が感じられない。

 実際、ダンジョンの発生理由と同じ類いなのだろう。興味が無い人はとことん興味が無い。

 もしくは私が心配し過ぎているだけか。


 それに今は目の前のダンジョンに集中しなければならない。先頭の船長、最後尾のヒストリアが居るとは言え、いつ襲われるかもわからないのだ。

 それがフラグとなったかは定かでないが船長が足を止め、


「ヤバい奴が居るぞ……」


 と、前を指した。

 船長の目の前――通路の先は広い部屋になっていて、この五人なら鬼ごっこをしても十分遊べそうな広さがある。

 その部屋のど真ん中、体を丸めて休んでいるバケモノが居た。


 百獣の王ライオンと比べても引けを取らないほどに力強く、逞しい四つ足の胴体。獣らしきその胴体は成人男性でも二人くらいなら丸々お腹に収められそうなほど大きい。そしてお尻から伸びる尻尾は鋼鉄のように固そうで鈍色に輝いていて、先端には太い針が見えている。

 魔物、というよりはそれこそバケモノと言いたくもなる様相。ただその頭は、


「イ、イケメンだ……」

「えぇ……そうね」


 ギリシャ彫刻にでもありそうな彫りの深いイケメン頭であった。

 獣の胴体にくっついていても損なわれることのないイケメン度。それが瞼を閉じて静かに寝息を立てている。

 なんだか妙な気持ちになってしまう。


「特徴からしてマンティコア……かな? 実物は初めて見るよ……」

「俺も初めてだな」

「私もです。てっきり創作だとばかり……」


 男性陣は冷静であった。

 私とヒストリアも気を引き締めて、あれが敵であることを再認識する。


「ミニッツ、あれも魔物なの?」

「一応はね。でもそこら辺に居るような魔物じゃないし、それこそダンジョンの奥で目撃談があるくらいじゃないかな。できれば戦いたくはないよね」

「前足の爪。獣の動き。尻尾の一撃。あと、魔法を使うって話もあったな……」

「えぇ……それってどうやって倒すのさ……」

「倒す必要は無いだろ。別の道から行って下に降りられないか探そう」

「それもそっか……」


 幸い、マンティコアは眠っていてこちらに気づいていない。

 その向こう側には扉が見えていて、配置的にあの扉を守っているのだろうか。こちらから近付かない限りは襲って来ないかもしれない。


 なんとなくボス戦のような雰囲気に当てられたが、冷静に考えてみれば戦う必要は無い。自分で描いていった地図を見ても、まだ探索できていない場所はいくつもあり、その道の先に階段があるかもしれないのだ。

 と、最初は私も思っていた。


 どの道を進んでも最終的には行き止まり。何度も曲がりくねった挙げ句、別の道に繋がったり。残る未探索はマンティコアの後ろの扉だけになってしまった。

 これには流石の船長も苦笑い。

 結局、ボス戦が控えていたのだ。


「さてさて……どうしましょうか?」


 正直に言えば戦いたくない。私は別に戦うことが大好きなバトルガールではないのだ。

 こちらの世界に来て魔法が使えるようになったのは喜ばしいことであるが、魔法を使うことに憧れていて魔法で戦うことに憧れていたわけではない。なので避けられる戦いは避けたいのである。

 あと単純に怖い。


 人間の顔が付いているのだからもしかすると話が通じるかもしれない。

 そんな期待を込めて提案してみるが、


「魔物に話が通じるわけないだろ。馬鹿か」


 と、一蹴されてしまった。


「種類によっては取引できるけど……」


 控えめに言ったヒストリアだったが、その口振りからするにマンティコアがその種類である可能性は低いだろう。

 本当に中ボスだとすれば戦いは避けられないか。


 とりあえず私に対する扱いが雑になるくらいには用心しなきゃならない相手、ということがわかった。いつもの船長ならここまでぶっきらぼうにはならない。マンティコアに視線を固定しているのもその証拠である。

 相手は眠っている。しかし、次の週間には襲いかかってくるかもしれない、と警戒しているのだ。

 強い魔物なのだろう。余計に戦いたくない。

 話ができるかも、というのは割と本気で考えていたのだがそんなに馬鹿らしい提案だったろうか。


「ミニッツ、マンティコアについてなにかわかるか?」

「さっき話した以上のことはなにも。船長と知識はそんな変わらないよ」


 ガシガシと頭を掻きむしり、


「あー……やるしかないのか」

「やっぱりそうなるんだね」

「ここはダンジョンですから、遅かれ早かれ戦いは必要でしたよ」


 ヒストリアとミニッツも黙々と戦闘の準備を始めていた。

 物盗りの心配も無いので私も嵩張る荷物は部屋の入り口に置いておき、即効性のポーションだけいくつか懐に忍ばせておく。

 マンティコアの実力は未知数。もしかしたらさっきのゴブリンよりも弱いかもしれない。

 そんなわけあるか、と自分で笑ってしまう。


「いつも通りにいくぞ。でも最初は少し様子見だ。どんな魔物か戦っておきたい」

「了解」


 私含めた四人の声が重なる。

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