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第72話

 大量の蜘蛛に追いかけ回されるなんてホラー映画、もしくはパニック映画の中だけの話でまさか自分がその主人公になるとは思ってもいなかった。

 最初に注意されてはいたものの、迫って来るアラネグラがあれほど恐ろしい物だとは思わなかった。

 思い出したくもないのでここまでにするが。


「次からは……気をつけてくださいね」

「うん……。ああいうのは二度とゴメンだよ」

「俺もちょっと軽率だったな」


 なんとか大群アラネグラを撒き、ようやく一息吐くことができた。

 最小限の荷物で済んでいる私やベイタと違い、ポーターとして荷物を一手に引き受けているヘンリーは息も絶え絶えと言った様子だ。


 撒いた、と言ってもほとんど倒した、と言って過言ではない。

 どこまでもどこまでも追って来るアラネグラと鬼ごっこは終わりが見えず、逃げながら放った魔法で余計に数が増えているのでは、と錯覚したくらいだ。

 結局、私とベイタで魔法を存分に放ち、アラネグラの死骸を山と築いたところでようやく彼らも諦めてくれたのだ。


 念のためにそこから離れたが、しばらくは安全だろう。


「はぁ……二人は強いな……」

「荷物をヘンリーに預けてるからね。じゃなきゃ私は戦えないよ」

「そうです。それにヘンリーの身の安全を守るのも仕事のうちですからね。任せてください」


 ベイタもめずらしく強気な様子。


「じゃ、ご飯にしよっか。流石にお腹ペコペコだよ」


 こんな時に携帯食料だけなんて味気ない。ヘンリーが運んでくれた荷物から干し肉を取り出し、簡単なスープを作る。これがあるだけでも変わるものだ。

 本来であればポーターであるヘンリーの食事を私達が用意する必要は無いのだが、せっかくなのでお呼びすることにして、彼も大人しくお呼ばれしてくれた。


 干し肉はそれだけで食べると固くて塩っ気も強いが、スープの具としてしまえばそれだけで味が決まるほど。肉自身のうま味もそうだが、塩のお陰で後から味付けする必要も無くて楽ちんだ。

 ちなみに、この前受けた盗賊捕縛の依頼の時から料理にハマっている私だ。ここしばらくは船での料理は何度もチャレンジさせてもらっていて、船長を始めとするパーティの面々からもご好評を頂いているのが密かな自慢である。

 スープのレパートリーに関しては相当な自信がある。

 トマトベース、ミルクベース、具だくさんなスープと様々。出汁の素なんて無いがその苦労の分、上達している気もする。


 閑話休題。


 アラネグラから逃げ回っているうちに自分達の居る場所も見失って、日もすっかり沈んでしまっていた。

 朝まで交代で番をすることにして、その間にヘンリーが場所を割り出してくれるようだ。


 そして翌日。目的地までは一日歩けば辿り着ける位置であることがわかった。


「それほど離れてなくてよかったね」

「そうだな。ルートは外れていたが方向は間違ってなかったみたいだ」


 聞けばこの森にはアラネグラ以外にも厄介な魔物がたくさん潜んでいるらしい。

 ただのグリズリーであればこの面子なら苦労しないだろうが、そのグリズリーだって弱い魔物ではないのだ。油断はできない。

 私達が倒したアラネグラの死骸を求めて他の魔物が近寄っている可能性もあるのだ。


「では、早く行きましょうか」


 ちゃっちゃと朝ご飯を食べ、出発する。

 この森の中で安全な場所がどこかといえば、ダンジョンの周辺である。目的地でもあることだし、急ぐのもやぶさかではない。


 船長達のパーティに入れてもらってから私もいくつか依頼を受けて、それだけの経験を積んでいる。

 二人が警戒しているが、私も十分に耳をそばだて、目を凝らしていた。

 わずかな草木の揺れにも反応し、小さな角ウサギすら真っ先に気づく。


 そんなこんなでしっかり警戒していたお陰か、昨日のアラネグラのような魔物に襲われることも無く、無事に目的地であるダンジョンまで辿り着くことができた。


「うわぁ……想像してたのと違う……」


 ダンジョンの周りには、ダンジョンの攻略諦めた冒険者達がそのまま居座って、食料や情報を売って小銭を稼いでいる、とは先に聞いていて、その通りの光景が広がっていた。

 しかし私が想像していたのは五人かそこらの冒険者。今目の前にある通り、何十人もの冒険者が並んであたかも市場のようになっているダンジョンは想像もしていなかった。

 武器を売る者。食料を売る者。なんでも聞いてよ、と客引きをする者。

 ちょっとしたシートを広げ、そこに商品を並べただけの市場だが、店主は全員、冒険者。そう思うと少し気後れしてしまう。


「おっ、アンタもここのダンジョンに挑戦か?」


 声をかけてきたのは剣を腰に下げた男の冒険者。どうやら店を開いている風では無い。


「そうですけど……なんか活気づいてますね」

「それだけここが難しいってこった。俺もダンジョンに挑戦するのは初めてだったが早々に諦めたよ。話に聞いて想像していたダンジョンとはずいぶん違うようだ」

「はぁ……難しいんですね」


 実際に挑戦して諦めた人の話を聞くと私自身怖じ気づいてしまいそうになる。

 ちょっとした会話の隙間にベイタが入り込み、


「ここら辺でキャンプを張れるような場所はありますか? 待ち合わせしてるんです」

「それなら向こうの方だ。これからダンジョンに挑戦する奴らはそこに固まってもらっている」


 男が指した方には確かに、いくつかのテントが並んでいた。武器の手入れをしている人も居て、その表情には一攫千金を夢見る色があった。

 周辺に居たのは商売をしている冒険者に比べたら少ない人数。

 それだけダンジョンが難しく、諦めた人間が多いということだろう。


 しかし商売をする人と客となり滞在する人。これはもう一つの町と言っても過言じゃない。


「久しぶりだな、リリカ」

「船長!」


 私達の探していた人物らはそこに居た。


「ちょっと見ない間にたくましくなったんじゃない?」

「そう? 最後に会った時と変わらないと思うけど」


 ヒストリアとミニッツもちゃんと居る。

 別れていたのはたった一週間とそこらなので、ミニッツの言う通り別れる前と大差無いだろう。ただ、大量のアラネグラに追いかけ回された私はその頃とは違う、という自負もあった。

 どちらにせよ、ダンジョンの中で見せつけてやればいい。


「ヘンリー。ここまでありがとうございました」

「うん。重かったでしょ? 助かったよ」

「仕事だからな、気にすんな。それより、仲間と合流できてよかったな」


 普段、獣人を見ない生活をしているからだろうか。若干の戸惑いを見せつつも、船長達になにかあるということも無く、ヘンリーは運んで来た荷物を降ろした。


「これが報酬です。ありがとうございました」

「ありがとう、ヘンリー」

「こちらこそ。帰ったらダンジョンの話、聞かせてくれよ」


 ヘンリーはそのまま帰るようで、早々にダンジョンに背中を向けた。

 それ自体は道中でも聞いていたことだが、せっかくここまで来たのだから、と少し思ってしまう。

 しかしなにをするかは本人が決めるべきことで、一期一会と割り切る。

 こちらはこちらでやることもあるからだ。


「船長達はいつ頃ここに着いたの?」

「昨日くらいよ」

「取りあえずリリカ達の分もテントを張って、今日は休もう。いくらか情報も買って作戦も立てているが……まぁ、出発は明日かな」

「了解しました」


 流石は長年冒険者をしていた船長達で、私とベイタが居らずともできることは先に済ましていた。

 ならば船長の言う通り、今日はゆっくり休んで明日以降に備えることにしよう。


「リリカはここまでどんな旅だった? 少し顔つきが変わって見えるわよ」


 私お手製のスープをみんなに振る舞い、男用、女用のテントにそれぞれ別れて眠った夜。

 ふと、ヒストリアが話しかけてきた。


「大変だったよ……。アラネグラに追いかけられたりさ」


 体は疲れているはずなのに妙に目が冴えていた私はすぐに答える。


 アラネグラに追われていたのはつい数時間前の話だ。忘れたくても忘れられる時間ではない。

 私の台詞を聞いたヒストリアは静かに笑って、


「どうりで。ちょっと顔がやつれてるわ」

「えっ、顔つきが変わったってそういう意味?」

「ふふっ。なんだか慌てふためいているあなたの様子が想像できるわ」

「失礼だね。ポーターを助けようとした魔法が、必死になりすぎて強かっただけだから」

「あなたが原因なのは間違いないのね」

「それは……そうと言えなくも無いけども……」


 からかうような調子の時のヒストリアを相手にすると、上手く丸め込まれてしまう。からかってはいても馬鹿にはしていないのでそういうものだと割り切るしかないか。


 しかしこうして話していると、パーティに戻って来たのだと実感する。


「なんか……嫌な国だったよ……」

「こっちも似たようなものね……」


 恐らく、互いに似たような光景を思い浮かべているのだろう。

 獣人嫌いが行く所まで行ってしまい、見せしめのように、子供達すら洗脳するかのように獣人の生首を町中で晒していた。

 あれを見ると、戦争があったから獣人嫌いになったわけでなく、獣人が嫌いだから戦争を仕掛けている、と言われてもすぐに納得できる。

 それなら、百年以上も戦争が続くわけだ。


 元の世界でも肌の色で差別をする人々は居たがこちらの世界でも似たような物はあるのか。


 パーティメンバーのほとんどが獣人であることを差し引いても、この国の考えは理解できないし異常だと思える。


「ヒストリア……気をつけてよ。タルーティア王国から来てる冒険者も居るんだから」


 ヘンリーのような人も居て、全員が全員同じような思想の持ち主でないのはわかっている。

 それでも、町中の生首がヒストリア達の首になると思うと、不安は拭えなかった。


「大丈夫よ、ダンジョンまでは追って来られないから。それにあなたもダムニスモ連邦の連中には気をつけなさいよ」


 これだけで、ヒストリアも向こうの国で似たような光景を見ていたのがわかる。

 不安もそうだが単純に呆れてため息が出てしまう。


「嫌な国だねぇ……」

「どちらかと言えば、嫌な大陸ね」


 思わず二人で吹き出してしまう。


 恐らく明日、ダンジョンに潜ることになるだろう。潜ってしまえば周りを気にする必要は無くなる。別の意味で警戒は必要だが、人間と魔物なら魔物相手の方が気は楽だ。


 帰りのことは気にしない。

 気にしないようにしているうちに、いつのまにか意識は眠りの中に落ちていった。

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