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第71話

「うひぃぃぃぃぃぃ!」

「冷静に!」


 足をシャカシャカさせながら地面を迫って来るアラネグラに思わず悲鳴を上げてしまう。ベイタに注意されてしまうほどの取り乱しようだが、脳内のどこかに冷静な自分は居て、しっかり魔法の狙いを定めていた。

 アラネグラの進行方向少し前に魔法陣が現れる。気づかなかったのか気にしなかったのか、そこに侵入したアラネグラは一瞬で氷漬けになった。


「よっし!」


 背後ではベイタが戦っているようで地面が時折揺れる。

 まさか岩で潰したりはしていないだろう。土で生き埋めにしたり、そういう細かな操作ができるベイタである。心配はいらない。


 そして他人の心配をしていられる私でもない。

 まだ体液を一滴も流していないのにアラネグラは次から次へと現れて襲い来る。それを一体一体凍らしていく。

 すぐ後ろではヘンリーが現れるアラネグラの位置を教えてくれて、その度に私やベイタが魔法を放つ。


 アラネグラの動きが素早いこともあって、私の魔法の狙いは大雑把になる。それをカバーするように氷結の範囲を広げているが、その分魔力が無駄になっている。ペンダントにはまだ残っているがいつまでも保つまい。


「もぅ……いつになったら……!」


 思わず悪態も吐いてしまう。


 次から次へとアラネグラをさばき、正に息つく暇も無い。その集中力の中にある一瞬の息継ぎを狙われたような形だ。


「リリカ、右だ!」

「え?」


 ヘンリーの声に一瞬遅れた。


 見るとすでにアラネグラが飛びかかって来ており、横からヘンリーに押し倒された。

 そんなロマンチックなことではない。私は「ぶへっ!」と変な叫び声をあげて転がって木にぶつかる。


 あのままでは牙で噛まれて動けなくなっていただろう。ヘンリーに助けられた。しかしお礼を言う暇は無い。

 転がって木に背中を預けたまま上下逆転した視界でヘンリーに跳び乗るアラネグラを見る。ベイタも背中を向けていて、ヘンリーも咄嗟に起こったことで気がついていない。


 咄嗟の判断だった。後から思えば軽率だったが、この時はこうする他に無かったのだ。

 瞬時に魔力を練り上げて小さな氷の礫を大量に生み出す。

 素早く、確実にアラネグラをヘンリーの背中から退かすには大きな一つよりも細かいたくさんの方が効果的だ。


 アラネグラはすでに、ヘンリーの背中へ牙を突き立てようと構えていた。

 ヘンリーが麻痺毒で動けなくなると、この戦闘中に守り切れるかわからない。その上、戦闘が終わった後にまたポーターとして働けるのかも不安だ。


「させるか!」


 そこに襲いかかる数多もの礫。

 失敗はできない。一度の魔法で確実にアラネグラをヘンリーから引き離さなければ。

 咄嗟にそんな思いで放たれた魔法は私の想定よりも威力があがっており、それこそショットガンのようにアラネグラを横から襲う。もちろん、その一つ一つが小石ほどの大きさもある恐ろしい弾丸である。


「ギチギチェッ!?」


 鳴き声らしき不快な音を立ててアラネグラは無事に、ヘンリーの背中から吹き飛ばされた。一つ誤算があるとしたら、込めた魔力が想定よりも多かったことだ。

 アラネグラを吹き飛ばしてなおも止まることのなかった氷の礫は、私が気づいて止めるまで十秒近く、アラネグラの体を叩き続けた。

 結果、どうなったかと言うと、


「……しまった」


 巨大な蜘蛛だったアラネグラは細切れの肉片へと変わっていた。

 スモークチーズの燻製の臭いをさらに濃くしたかのような不思議な臭いが辺りに漂う。


「リリカ……」

「いやいやいやいや! 仕方なかったんだよ!」

「言い訳は後だ! とにかく逃げるぞ!」


 ベイタは今戦っていたアラネグラを、もう体液を気にすることなく土で押し潰し、ヘンリーは転がっていた状態からすぐさま起き上がって荷物を拾うと駆け出した。

 この動きの早さが、アラネグラの恐ろしさ、私のやってしまった事の重大さを物語っているようであった。


 逃げている最中に、


「助かった。ありがとうな」


 とヘンリーが言ってくれたが、後ろから迫るなにかの気配にそれどころではなかった。

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