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第70話

 ポーターとして雇った冒険者はヘンリーというヒト種の男である。

 彼はタルーティア王国を拠点に活動する冒険者だが亜人排斥主義者では無い。これは依頼をする時に確認した。

 もしも船長達と合流した時に険悪な仲になっても勘弁だ。


「本当はちゃっちゃとこの国を出たいんだぜ? でもまだ冒険者としても腕が足りてないからな。金を貯めるためにも腕を上げるためにも、もう少し陰気臭い町で頑張んなきゃな」


 とは、本人の談である。


 腕が足りないと本人は言っているが私から見れば十分である。

 私とベイタが持っている分の二倍はありそうな荷物を持っても涼しい顔をしている。戦闘をしないからこそ持てる量でも大した力持ちだ。


 ダンジョンができてからポーターの仕事を何度か受けたらしく、道案内も引き受けてくれた。

 その経験からか、魔物の少ないルートを通っていて、私とベイタが魔物と戦ったのも二度くらいだった。


「ヘンリーはダンジョンに挑まないんですか? 上手くいけばすぐに国を出られますよ?」

「そんな度胸はねぇよ。俺には細々と金を稼ぐ方が性に合ってる」


 色々な考え方の冒険者が居るものだ。

 ギルドをちょっと見渡しただけでも、毎日のご飯と酒が楽しみのような、宵越しの銭は持たなそうな冒険者が居れば、常に張り詰めたような空気を出して誰とも馴れ合わず、黙々と依頼をこなしているような人も居る。

 それぞれにそれぞれの人生があると思うと、そんな人達が揃って冒険者という職業に就いているのがなんだかすごいことのように思えた。


 こんな真面目なことを普段はまったく考えもしないのだが、ヘンリーの案内で大した戦闘も無く、平穏無事に進んでいるお陰で頭に余裕ができているのだ。


 戦争中と言っても四六時中撃ち合いをしているわけでもなく、メインの戦場から外れていることもあって戦闘音は聞こえない。

 ただ、森に入る前にヘンリーから注意があった。


「ここからは気をつけてくれよ。王国軍も連邦軍もあまり立ち入らないから魔物の住処になってる。戦争で追いやられている分、種類も数も多いぞ」


 唾を飲み込み、気持ちを整える。

 それを終わらせてからベイタ、ヘンリー、私の順番で森に分け入る。


 森と言ってもあまり木々が密生しておらず、昼間であれば日も差し込んで明るい。とても魔物の多い魔の森とは思えなかった。


「来ましたね……厄介な敵ですよ」


 先頭を行くベイタが足を止め、前方を指す。


「うぇ……」


 私が変な声を出してしまったのも仕方のないことだと思う。


 木の枝の上、葉の陰から顔を出してこちらを覗いていたのは巨大な蜘蛛だった。

 離れていてもハッキリわかる八つの目がギョロギョロと――実際には瞳が無いのでわからないが――こちらを観察している。そして大きな牙が二本。あそこから毒でも注入されてしまうのだろうか。

 大きさは中型犬くらいはあり、見ただけで鳥肌が立つような気持ち悪い魔物である。


 恐る恐る周囲を見てみれば、他にも何体かが木の陰から現れた。

 木に紛れるような茶褐色から葉っぱの陰みたいな深緑。色も様々に紛れていて気づかなかったのだ。


 こちらを威嚇するかのようにカチカチと牙を鳴らしながら距離を測っている。そして次第にそのカチカチ音も増えていた。


「アラネグラ……。面倒な奴に見つかったな……」


 その名前にどこか聞き覚えがあった。記憶をほじくり返せば、シーサーペントを倒す時に使ったロープがアラネグラの糸で作られたロープであった。


 シーサーペント戦はよく覚えている。

 あの巨体、あの怪力を以てしても千切れることのなかったロープ。その素材がどれだけ強靱なのかは想像に難くない。


 ならば牙の攻撃だけでなく糸にも気をつけねばならない。蜘蛛なので当たり前か。

 幸い、巣らしい物は見つからないが、逆に言えば積極的に狩りをするような魔物とも言える。


 しかし、ベイタとヘンリーの二人が揃って面倒だと言う理由はなんなのだろうか。


「体液から特殊な臭いを発して仲間を呼び寄せるんです」

「……つまり?」

「潰したりしたら次から次へと現れて囲まれちまうってことだ。ついでに牙の毒は痺れるぞ」


 前から後ろから右から左から。どんどんどんどん現れて迫って来る巨大蜘蛛。想像しただけでさぶいぼが体中を駆け巡る。

 その光景に比べたら麻痺毒なんかマシに思えるからいけない。


 モンスターハウス――もといアラネグラハウスを防ぐには体液を出さないように仕留めるしかない。潰すのはもちろん、剣で切ることもできない。ナイフだってそうだ。魔法の弾丸で撃ち抜くこともできない。残されたのは全体を凍らせて動けなくさせることだが、魔法を撃ち出すよりも時間のかかる攻撃で、魔力も消費する。

 ペンダントにはまだ魔力が十分に残っていて、石は黄土色に輝いている。道中、ベイタに魔力を注いでもらったので今までで一番の貯まり具合だ。

 これを使うしかない、と覚悟を決める。本当はダンジョンまで温存しておきたかったが仕方ない。


「私とリリカで仕留めますからヘンリーは周囲を警戒しておいてください」

「わかった」


 ヘンリーを挟んで私とベイタは背中合わせになる。

 それを待っていたのか、それともアラネグラ達も準備が整ったのか、途端に襲いかかって来た。

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